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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
丁稚と集団就職
 昭和37年だったと思います。父は3人の少年を採用しました。いわゆる集団就職です。
 その夏の夕食後、彼らの部屋の前を通ると、父が三人と向き合っています。1人が泣いており、さらに驚いたことに、父も泣いているのです。父の姿に、小学生だった私にも、彼の切なさが伝わってきました。結果、迎えに来た父親と故郷に帰って行きました。
 夢に父が出てきた朝は、聞かされた話を思い出します。父は14歳で上京、丁稚奉公を始めます。主人は使用人に腐った飯をだし、飼い犬以下に扱ったそうです。「夏に蒸かしご飯が出ると不機嫌になったな。故郷の飯が恋しかっただろうな」と思ったその時、結びつきました。「あの時、父が泣いたのは自分と彼とが重なったのだ」
 あの時の彼の姿から、逆に、14歳の時の父の悲しみの深さを知ることが出来ました。彼は今、どうしているのでしょうか。会ってみたい気持ちになります。何の意味もないことですが。


   語らいを紅茶に浮かべきんかんタルト

   聖製の湧き水水菜胃袋に

   イタリアの国旗パスタを誇ってる

   淋しさを隠し転勤おめでとう

   夢の父今も教えるまこと道
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コメント
コメント
 絵咲木さんへ
 インターネットとは改めて凄いですね。本来なら、一生お話など出来ないだろう、九州の方と会話できてしまうんですから。と同時に、人と人が出会う、偶然と言う神秘性がないだけ、ありがたみにかけますかね。
 様ざまな方々の生活・経験を知人のようにして知ることが出来るkとは、やはり、素晴らしいことだとは思っています。これから、よろしくお願いします。
2011/03/06(日) 16:05:04 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
ご訪問有難うございました。
遠いですけど、九州の八女市の町屋の日常を、またのぞきに来てくださいね。
これからもよろしくお願いします。
2011/03/06(日) 11:52:15 | URL | 絵咲木 #- [ 編集 ]
 美代子さんへ
 父は世界大恐慌の混乱の中、少年時代を迎えました。祖父の材木業が不振になり、養蚕が駄目になり、三男坊の父は丁稚に出されました。そこで、副業のようにやっていた熊野神社の神主を本業にしだしたらしいです。何でもそれなりにこなした人だったらしいのですが、どれもお金にはならなかったと聞きます。所謂、器用貧乏と言うやつです。姓名判断で調べたら、まさに、43画「器用貧乏運」と出ていました。当たるんですね。でも、穏やかないいおじいさんでした。
2011/03/03(木) 20:23:01 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
貧困・・・
スキップさん、日本全体が貧しかったころ、少年達は早くから丁稚奉公に出されたんですね。昭和の始めごろに始まった東北の大飢饉では、多くの少女たちが身売りされましたね。貧困って、哀しいですね。結核もありましたね。
2011/03/03(木) 19:18:18 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
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