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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
なぜ、対等外交にこだわったのか。
 今日は、先日の種明かしです。聖徳太子がなぜ、隋との対等外交にこだわったのでしょうか。朝鮮での影響力を回復するための軍事力行使は一時的に成果があっても、長続きしません。そこで、外交政策を持って目的を達成しようとしたのです。
 朝鮮三国は隋の柵封を受け、各国国王に任命され、朝貢しています。ですからもし、その隋と対等な国際的地位を日本が持つならば、日本の国際的地位は三国の上位に権威付けられます。この事実を持って、特に、新羅の動きをけん制しようとしたのです。
 では、中国皇帝以外に許されない「天子」の呼び名を、日本王が名乗る無礼ゆえの怒りを表わしたのに、なぜ、中国皇帝は返答使を派遣し、あたかも、要求を受け入れたと思われてもしょうがない対応をしたのでしょうか。
 隋は、柵封を受けながらも従わない高句麗を攻撃していました。しかし、敗退する始末です。そこで、高句麗と良好な関係にある日本が高句麗と同盟を結ぶことを恐れたのです。現に、隋は三度目の高句麗遠征を決定しましたが、兵が集まらず、反乱が拡大し、618年に滅びます。

今回、反応が今一というか、いただけませんでしたので、次回は工夫して、その気になる日本史上の問題提起をしたいと思います。

今日も、出来ることは出来ました。

   どてら着て水菜のピザを所望する

   客去るも和みを残すスィートピー

   桜木の芽吹き覚悟の範と見る

   向き変わり風車も惑う新年度

   笑点が始まる前の風呂上り

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「散歩、散歩」の声を聞く前と後の図です。興奮して、なぜかボールを銜えます。 
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田んぼ道を走り周っていたのを、「こっち来い」を聞いて、私の傍まに走ってきたところです。


 
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コメント
コメント
さより庵さんへ
 ぼーの写真でよければ、毎日でも載せますよ。でも、愛犬自慢と言うのは、傍迷惑ということも多く、自己満足の世界ですからね。まあ、やはり適度にありますかね。
2011/02/28(月) 20:44:35 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
 俳句ですか。どてらとイタリアンレストランとのミスマッチが滑稽で、川柳根性抑えがたく、出てしまったと言う感じでないですか。これまた、俳句と川柳両方に投稿してみますよ。もし、どちらかで採用されれば、正体が明らかになるんですが。
ご鑑定有難うございました。
 信長の件、ありそうな話ですね。秘密や不可解さは英雄の条件ですね。その点、あけぴろ気な自分は・・・。
2011/02/28(月) 20:40:45 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
 はあ、そういう利害の計算があったんですねえ。
 このところ、ぼー君のお写真が多くてうれしいです。
2011/02/28(月) 17:52:13 | URL | さより庵 #- [ 編集 ]
うむむ。
スキップさん、どてらの句は俳句だと思います。 そんな句が昔のものにもあったように思います。ただ、どてらとピザがミスマッチの印象があり・・・そこがいいと言う人もいるかも。。。俳句では軽みも愛されるんですから。

信長の遺体について、ある歴史研究家の方から聞いた話ですが、天正伊賀の乱で、女、子どもまで虐殺された伊賀の生き残りの者達が、信長の命を奪う機会を待っていたと言うのです。

そして、本能寺で、光秀の軍に紛れ込み、いち早く寺内に入って、自害した信長の遺体を担いで外に持ち出し、さらに八つ裂きにしたと言うのです。だから本能寺の変のあと、野山のどこかに、野犬や動物達に食い荒らされた死体があったはずだと。。。さて。

この文書が伊賀のどこかに残されていたと言うんですよ。。。私はこれが真実だろうと思っています。信長は、英雄扱いされていますから、世間には受け容れられない話なのかとも。
2011/02/28(月) 17:32:42 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
 信長の遺体ですか。分かりませんね。うる覚えですが信長に仕えていた黒人が持ち出したのではないかと言う説があったような、なかったような。信長は誇り高き男です。自らを神とした男です。さらし者にならないように指示して腹を切ったのでしょう。
 それよりも、どこでしたか、近くの寺かどこかに居た長男信忠が、逃げられたにもかかわらず、家臣のそう言う進言があったにもかかわらず、そうしなかったことに興味があります。彼は信長に引けをとらない統率力がある有能な武将だったと聞きます。だからこそ逃げなかったのでしょうね。
 もし、彼が逃げていたら、それこそ歴史はどう転んだのでしょうか。ここにも関心があります。
 俳句、スィートピーの、自分も気に入っているんですよ。褒めていただいてうれしいです。有難うございます。ところで、どてらの句、これは俳句?川柳?俳句を作っていたときに浮かんできたのです。その点では俳句です。しかし、浮かんできた時の感じは川柳心が顔を出していたというものです。もちろん、俳句を作る意志の元にですが。こうなると自分では俳句なのかどうか分かりません。客観的に見ると、ますます、どちらにも取れるんですね。さて、ご鑑定を!!
2011/02/28(月) 14:58:27 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
そうなんですか。
中国が日本王に、天子の呼び名を許したのは、日本が高句麗と同盟を結ぶのを怖れたからだとのことですが、歴史って、常に、心で動くのではなくて、利害で動くものなんですね。現在はもっとアカラサマですが。。。

ところで、本能寺の変のとき、信長の遺体が見つからなかったことについてはどのように思われますか。って、いきなりですが。(@@)¥

今日の句で好きなのは <客去るも和みを残すスィートピー> 。。。素敵ですね。

2011/02/28(月) 13:51:15 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
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