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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
バブルの産物天神山公園へ
 29日はサタデースクールの後、天神山公園に行きました。ここは数億円の市費を費やして、造成されました。当時の市長はここに天守閣も造る計画を立てました。生コンをたくさん使う設計です。ちなみに彼は生コン会社社長です。その建設費15億円。反対運動が起きました。私も参加、元市役所職員を対立候補として、市長選に臨みました。危機を感じた自民党県連は現職県会議員を立候補させたほどです。結局、その県会議員が当選、天守閣建設は廃案となったのです。
 その公園に行ったことがなかったのです。行ってみたら、だれも居ません。その一角に忠魂碑がありました。良く見ると、西南戦争(1名)と日清戦争(どこで区切ってよいのか分からなかったのですが、1名、多く見ても数名です)と日露戦争(これは百数十名)の戦死者の碑でした。
 西南戦争で戦死した郷土の先輩が居たとは、先ず驚きです。そして、日露戦争の戦死者がかなりの数であること、この戦争がかろうじて勝った戦争であった、大変な犠牲を生んだと言うことを、実感させられました。もし、ロシア国内が安定していたなら、とても勝てる戦争ではなかったことを戦死者の多さが示しています。
 その中に、八角姓のお二方の名前を発見しました。富谷地区とありますから、父が「富谷の叔父さん」といっていた家の関係者だと思います。歴史で知っていた日露戦争が違って見えてきました。このとき、遺族達が味わった悲しみ、理不尽を国家も国民も正当に取り扱わなかったことが15年戦争の悲劇の一因であったことは間違いでしょう。

   忠魂碑苔に紛れず名を残す

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展望台から南側=海側の風景です。
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北側=山側の風景です。忠魂碑は森の中にありますので、デジカメでは撮れませんでした。台座が横6メートル縦4メートル高さ1メートルほどあり、畳二畳ほどの石版に戦没者の名が刻まれ、碑は高さ3メートル以上あります。
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レストラン、エストエストのご主人の、歴史検定合格お祝いプレゼントです。画像 828 画像 831 画像 832 画像 833

  縁側の日差しの密度梅に合い




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コメント
コメント
 記憶が正しければ、日清戦争の戦死者は2000人台だったと思います。それに対して、日露戦争は8万8千、戦傷病者44万人です。その教科書的知識が八日市場の忠魂碑にしっかり刻まれていることで、知識が体験に変わりました。
 そうなんです。「苔に紛れず」か「苔にも負けず」かどちらにしするか迷ったんです。見抜かれましたか?
 ケーキが花に見えるなんて、かっこいいですよ。花がケーキに見えるタイプかと思っていました。
2011/02/01(火) 20:48:07 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
ケーキだったんですね。
スキップさん、鉢植えの花のお祝いかと思いましたが、拡大してみたら美味しそうなケーキでした。(笑) 改めておめでとうございます。何でも努力を重ねたら結果が出るということですね。ご立派です。

石碑にご先祖さまの名前を見つけるなんて凄い経験でしたね。苔に負けないで、名前を残したのですね。
2011/02/01(火) 16:59:47 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
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