FC2ブログ
早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
子ども達に注意される
 先週のサタデースクールも暑い日でした。短パンにポロシャツといういでたちで家を出たのです。
 教室で、子ども達が何か私に言っています。言葉の意味が分からないでいると熱田(若い女性の指導員)さんが「シャツをズボンから出しなさいって」「シャツはズボンの中に入れるものでしょう」「かっこ悪い」「違うよ」の大合唱です。先を急ぎ出欠を取りました。
 ここで、時間をとって、お互いの言い分を面白おかしく交し合えばよかったと後悔しました。ここらが、未だ、野暮天で、未熟なところです。それもそうですが、気になるのは彼らの指摘です。子ども達は、私の着こなしを「格好が悪い」と言っているだけではないのです。そのレベルを越えて「常識がない」と見ているのです。
 教師になってしばらくすると、シャツを出す生徒が現れました。部活中に「中に入れろよ」と注意、大会に行くとマイクで「シャツを中に入れなさい」そして、それは、制服にも広がりました。
 あれから二十数年、小学生が「先生、シャツ出しなさい」と注意します。なるほど、彼らの親はシャツを出してた高校生です。思わず苦笑いなのですが、色々考えさせられました。
 「常識とは何か」「美意識は時代とともに変わる」「速い社会変化は人の変化も速める」「何が変わっていいもので、何がいけないのか。また、それをどう判断すればいいのか」そして、変化というか、進歩さえもが、人間にとって幸せなのかどうか?
 
スポンサーサイト



コメント
コメント
美代子さんへ
 本心を隠して、指導していました。本心は、私もどうでも良かったのです。しかし、服装頭髪の変化は何かの合図であることが多々ありました。「卒業するまでに一度だけ、パーマ掛けたかったんです」などというのもありましたが。
 親子関係の悪化から、変化が現れることが結構ありました。生徒間の力関係からもあるんです。バカにされないため、いじめられないため、これもありました。彼女、彼氏が出来たなんというのも。
 なんでも、「はいはいそれでいいよ」と言うのは教育の放棄かもしれません。壁にぶつかって人は考えるものです。自分のしたい頭髪服装ができないぐらいの壁は、ワクチンのようなものですが、その役割を果たします。本当の社会の壁にぶつかった時の準備、予行練習です。
 頭髪服装指導を通じて、生徒と関わることが出来ます。その意味で、この規則、指導は手段です。目的は生徒です。
2010/09/15(水) 18:39:15 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
あまりキツイ校則もねえ。
私が教師になったら、生徒の自由を何でも認めてやりたいほうなので、すぐにクビにされるかもしれません。耳輪でも、茶髪でもしておいでなんて言ってしまいそう。 子ども達は、一時期、そんな格好に憧れても、いつかは軌道修正しますからね。好きなだけやらせてあげればよいと思いますが、世間はそうは行かないのですよね。。。笑。
2010/09/15(水) 16:57:17 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
 異常な学校でした。その学年主任さん生徒から取り上げた靴下を、私に自慢げに見せてくれました。私を気に入らない体育科の長老は、私のクラスの生徒をいじめていました。
 規則と言うのは学校では生徒が社会と付き合って行く方法を学ぶ手段です。目的であると思っていては教育になりません。
 しかし、あの学校のような考え方をする教員が増えました。残念です。
2010/09/14(火) 22:21:43 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
こんばんは。シャツですか。ものの基準は、時代とともに変わるものも多いですよね。高校時代にはちょっと、とっぽい(死語?)生徒はシャツを出していました。高校は県下有数の、そのものの厳しさだったか、それともその数の多さだったかの校則に拘束(すいません。。)されわずかなる抵抗を試みました。学年主任の先生は、「うちの規則では靴下は白!だから私もこの歳(当時50代半ば)で白いのを履いてます」と集会があるごとに言ってたのを思い出しました。「靴下は靴かスラックスにあわせるのがコーディネートの基本」とピーコが言っています。黒いスラックスと黒い革靴に挟まれた靴下が白の校則の高校時代にピーコがいてくれたらなぁと最近思いました。
2010/09/14(火) 19:13:07 | URL | 草加ヒロ #- [ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック