FC2ブログ
早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
攻撃本能ゆえに戦争は避けられないのか?
 オーストリア人動物行動学者のローレンツは言います。「自分と同じ種の仲間を攻撃する動物は多いが、この攻撃は、その種にとって不利にならず、逆に、種を保存するために不可欠な本能なのだ」嬉しいではありませんか。もしそうならば、戦争ゆえに、滅びそうな人類の現状を、楽観できそうです。
 ところが、「攻撃は元来健全なもの、どうかそうあって欲しいと思う。だが、まさに攻撃行動は、本来は種を保つ、れっきとした本能であるからこそ、危険きわまりないのである」ともいうのです。攻撃本能ゆえに、戦争を避け得ないのは我々の宿命なのでしょうか。戦争を無くすことは出来ないのでしょうか。
 彼はこうもいいます。「動物は、同種内の争い、殺し合いを避ける行動を儀式化している」つまり、殺し合い防止を様式化しているということです。猿の毛づくろい、犬が尻尾を股の中に入れ込む、これ等は服従の意志を示す行動パターンです。同じことが多くの生物にもあるそうです。
 ということは、人類も例外ではないでしょう。そういえば、誕生して400万年、その内の399万年は武器を作らず、戦争をしていません。戦争は、農耕を始めた一万年前からの、文明化した時代に限られた特徴です。戦争がない時代の方がはるかに長いことは注目に値します。人類はこの一万年、文明と言う名の風邪を得ているだけなのかもしれません。
 文明は厳しい環境を生き抜く方策として、人類が生み出したものです。しかし、その文明が殺し合いをも創造してしまい、皮肉にも、我々を滅び行く可能性の中に引きずり込みました。生き残るために大型化した恐竜が、その巨大化のために滅びの道を歩んだように。風邪で済ますためにはどうしたらよいのでしょうか。
 それは、どうしても、文明を問うことになります。攻撃が生得の本能であるように、文明を築いてきた知恵も生得の「本能」だと言えます。我々は、人間固有の能力である理性を「本能」に成し得るでしょうか。文明の質を見極め、問い続けていきたいと思います。
スポンサーサイト



コメント
コメント
 ローレンツさんの「攻撃は本能」と言う科学的真理を歪曲して、だから、戦争はあって当然だという人がいます。彼はそんなことをいっていません。文明の中に、何か欠陥があると見ています。現に、「文明化した人類の八つの大罪」と言う本を書いています。確かに戦争がしたい人、好きな人がいるようです。
  また、同じく進化論の適者生存、自然淘汰理論も、歪曲して、能力ないものを助けることはない、彼らが死んでゆくのは自然の摂理だと言う考え方は、ついこの前まで、確信され、大手を振るっていました。今もそう考えている人は沢山居ますが。その代表は石原さんでしょう。東京都民がなぜ彼を知事にしたのか、理解に苦しみます。といって、千葉県民もあまり変わらない人を知事にしてしまいましたが。
2010/03/12(金) 10:09:58 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
確かに
世の中には、「戦争したい人間」 が確かにいるようですね。人々は、豊かな生活、知識、技術などを目標にして生きてきたのだと思いますが、恐らくは、侵略者が現れたことにより、これらから身を守るために、闘争心、戦闘能力などを養うことになったのでしょうね。とても興味深く拝読させて頂きました。ありがとうございます。
2010/03/12(金) 07:15:44 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック