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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
映画「アンダンテ~稲の旋律~」を観る
 先輩と、旭瓜あかね原作「アンダンテ~稲の旋律~製作委員会」製作の映画を観てきました。
 対人恐怖症とひきこもりから抜け出そうとする主人公、千華が農村生活・農作業を通じて、自分にも、存在意義があるんだと思えるようになる姿を描きます。ロケ地が隣町の横芝光町で、町名が映画に使われています。そのせいもあり、主人公を支える農民、晋平家族の言動に、共感の笑いが幾度も沸きあがりました。
 当然、農業が抱える問題、つまり、自給率・生産性の低さ、農薬・化学肥料に頼る農業の危うさ、そこから見える現代社会の脆弱さを、会話の中で、さまざまな事実・統計資料を上げて、浮き立てています。経済効率追求社会に追い詰められてきた農業の姿は、主人公千華の苦しみと重なります。
 「大丈夫。転んだって、いいんだよ」「曲がって植えようが、転んで植えようが稲はまっすぐ上を向いて伸びるんだよ」「効率が低いことは悪いことなのか」「無駄をするから見える大事なことがある」これ等の言葉と、この通りに生きて、心底、満足している晋平やその両親達に、自分の広い居場所を見出すのです。
 「効率が低いことは悪いことなのか」に、思い出したことがあります。「先生、勉強嫌いな事は悪いことなのか」「勉強嫌いな者は学校に来てはいけないのか」という生徒の言葉です。少なくとも、高校教師は、無意識に、ホワイトカラーを育成することを前提に、仕事をしています。そのことと、高度経済成長以来の効率主義は不可分の関係にあると思います。
 大学紛争がピークに達した時、高校紛争も全国各地で起きました。「なぜ、勉強するのか。大学に行き、高給取りになるために勉強するのか。他に答えはないのですか」それを教師から聞きたくて、授業拒否に参加した生徒も居ました。私もその一人でした。「受験技術を教えるのが先生方の仕事ですか。教師の本質的な仕事は何だと考えますか」この回答を欲しがる仲間も居ました。生徒は納得いく答えを教師達が持っていると思っていたのです。しかし、応えられる教師は少なく、与えられた答えに、尊敬できるものは、さらに、少なかったのです。
 答えがないまま、40年が過ぎました。その結果が、強固な経済効率優先社会を生んだのだと思います。この社会が生んだ病理を健康正常に戻すには、経済成長前の生活情緒を取り戻すことが大切ではないでしょうか。現社会が、いかに、多くの人達にとって、不自然で、無理ある場なのかを気付かせてくれる映画でした。
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コメント
コメント
 済みません。コメントいただいた後から、書き加えてしまいました。ほんとうに、失礼なことをしてしまいました。
 家庭菜園でも、命の不思議を感じることは多いです。自然の鼓動と共鳴している自分の熱勢を感じることもあります。
 人間社会に命を押し込めてしまうと人間存在は孤独になりましが、その枠を外してしまうと、そうではないことのように思われてきます。
2010/02/27(土) 23:44:39 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
対人恐怖と引きこもり・・・
そういえば、私もそういう時期がありました。大なり小なり、誰でも経験していることかも知れませんね。 そんなふうに、頑なになってしまった心を解かすのは、薬でも叱咤でもなく、大自然であり、温かい心であり・・・私も家庭菜園で、さんざん?野菜を作りましたが、お日様のありがたさ、雨降りのありがたさが、身に沁みたものでした。そして、育った野菜からは力を分けて貰いましたね。。。
2010/02/27(土) 19:00:23 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
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