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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
「エキスポ」を観に行く その①
 昨日は、劇団「テアトロ海」第68回公演「エキスポ」(作、中島淳彦 佐藤庸一演出)を甥と観に行きました。
 時は1970年、大阪万博の真最中、場所は宮崎県のとある町です。昼は弁当屋、夜はラブホテルを営む母、ひさこが「人類の進歩と調和が・・・」を最後の言葉に、急死します。その通夜と告別式の日の大場家居間が舞台です。
 正直、はじめは「さほど笑えない、ただのコメデイーか」と思いました。しかし、原作の大きな問題意識を細かくし、散りばめた上で、総合・消化するための演出が仕込まれていました。役者さんの、基礎力に裏付けられた演技力が笑いを取ります。しかし、その笑いの本質は愛すべき人達の、肯定しうる人間性への共感なのです。それを共有させられ、劇の中に心を置くことが出来きました。
 大場家の男達は、会社務めが嫌いです。仕事らしい仕事をしていません。父了一に至っては漁師でしたが、船酔いするからと海に出ません。母ひさこの稼ぎで生活している一家です。会社勤めが好きになれないのは、無理・我慢・規則、そして強制が嫌いだからです。そのまんまに生きることが思想と言えば思想です。それを可能にしてきたのは、宮崎の豊かな自然と、それと共生してきた歴史と文化です。それが難しくなり、ひさこが一人頑張っていたのです。
 長女千代子は、同じ中学の音楽教師の山下と結婚しましたが、東京に出て、音楽家として成功したいと言う夫と別れました。愛しているのですが、彼の「東京」が許せないのです。この「東京」は父も兄も、ここに登場する宮崎の男達が皆、嫌いな文明の象徴です。
 この文明は、個人を「手段」として扱います。競争と、それに勝ち、目標を達成させられる「道具」が、己を道具でないと思うためには、目標を内面化しなければなりません。それへの誘導は「豊かさの創造」が担当します。しかし、競争に勝つことが目標化してくると、むしろ、創造は破壊的な暴力性を帯びてくるのです。それを覆い隠すための標語が「人類の進歩と調和」ではないでしょうか。そう思い合いたい、そう言うことにしようの儀式が「大阪万国博覧会」なのです。

 
 
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コメント
コメント
八角さま
「その後の大場家」・・・「母」の死を境に各登場人物が変わっていくとは思いますが、僕としてはやはり嫁の君枝が中心的な存在となるような気がします。
2010/02/14(日) 09:48:49 | URL | masashi #- [ 編集 ]
masashiさんへ
その後の、大場家はどうなるのでしょうか。確かに、想像してみたくなります。どうでしょうか。
2010/02/13(土) 15:01:50 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
こんにちは!
先日はご観劇頂き、ありがとうございました!
ご感想ととても的確な解説、嬉しく思います。舞台から発信するものを受け取っていただく喜びは何もにも変えがたいです。
我々演じる側としては、お客様の声に一喜一憂しながら舞台に上がるものですが、今回の作品はおかげ様で好評を頂いております。
「進歩と調和」・・・はたしてそれは良い事なのか、それだけで良いのか・・・。僕もこの作品と頂いた役を通して改めて「演じる」ことの意味をも自分に問い直してもいます。
この作品を通して問い掛けられているものが、多くの皆様の胸に届くことを願い舞台を務めます。
2010/02/13(土) 09:13:28 | URL | masashi #- [ 編集 ]
 大分、はし折っています。おかしいことはたくさんあるのです。そのよさを表現できない自分がもどかしいほどです。
2010/02/12(金) 20:13:26 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
とても感動的
こんばんは! ブ ログを拝読させて頂いて、劇場に行ったような感動を味わうことが出来ました。ありがとうございました。 自分がひさこになったような気がして悲しくなりましたが、いや、ひさこは案外、家族の傘になって、すべての面倒をみることに、生きがいを感じていたのではないかなどと考えました。このあと家族はどう生きただろうかと興味があります。。。船酔いするから漁に出ない了一には大笑いでしたが・・・
2010/02/12(金) 18:46:46 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
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