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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
休暇は「届け」か「願い」か
 神奈川県の教師になり、有給休暇の取り方の説明を受けました。用紙名は「年次有給休暇届」でした。取得理由欄は記入しなくてよい。前もってわかっている場合は自習課題を用意してください。
 ところが、千葉県に移ってみると、「年次有給休暇願」となっています。お願いして、いただく休暇なんです。理由欄は「家事都合」と書くように言われました。皆さん何の疑問も感じていないようでした。しかも「済みませんが今度休暇いただきます」などといって教頭に対しているのです。
 ここには、権利と言う意識がありません。「いただくもの」なのです。管理職の温情によって、包容力によって認められるものなのです。「届け」と「願い」の差は大きいのです。しかし、その差が気にならず、気付いても確認しないのは権利意識がないからです。
 近頃は「権利は「わがまま」と理解されていますが、そうではないでしょう。力強き者の「我が儘」に対抗するための「力」と理解するのが歴史的には正しいのです。ある特別養護老人ホームの理事長は給料やボーナスを支給する時に、従業員にお礼の言葉を強要すると聞きます。結構、この世界、医師の一族経営が多く、医院長の母親とか、妻が理事長をやっている例が目立ちます。昔の丁稚奉公ではあるまいに、働かせていただいていることに感謝しなさいと言うことなのです。働いていただいていることへの感謝はないのです。
 こんな馬鹿なことにならないための権利です。権利と言う「わがまま」を言わないと、道理なき暴力を経営指導力と勘違いする、品性低き者にかしづくなければならなくなるのです。この場合でも「我が儘」と言うべきでしょうか。権利と言う言葉が嫌いな方には、愚かな権力者用の「知恵」と言わせていただきます。
 



 
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 現在、教師が抱えている、抱えさえられている仕事が教師の仕事だとするなら、定員を50%は増やさなければならないでしょう。本音を言えば倍です。なにせ、学級減から、教員数は大分減りましたから。
 いまや世間の便利屋になっている観があります。
2009/09/19(土) 08:07:05 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
教員は「悪モデル」です。
子どもたちが一番目にする「労働者」が教員です。その教員連中が最悪のロールを子どもたちに毎日示しているのではないでしょうか?
ノー・ペイ労働は当たり前、勤務時間は青天井…、労働者としての基本的意識すら持っていません。学校はのりしろ労働が仕方がない部分がありますが、あまりにものりしろが大きすぎます。民間ならば、校長はとっくに逮捕されているでしょう。
20年ほど前でしたでしょうか、浦安高校事件(休暇をとって八丈島に勉強に行ったことが許せない、と裁判になりました)で勝利したことによって、休暇が教員の「権利」であることがやっと確認されたのでした。そんな、わたしの職場、休憩時間の保証がありません。機能も定時制の先生がたの休憩時間を奪って職員会議が開かれました。
2009/09/19(土) 07:38:49 | URL | こん #JecAxcZ2 [ 編集 ]
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