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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
謝り方を間違える栃木県警
 今日、足利事件の菅家さんに栃木県警本部長が謝罪したとのニュースを観ました。菅家さんは本部長が真面目で優しい人で許す気持ちにさせてもらえたとの受け答えをしていました。
 その謝罪の場所はどこかといいますと、県警本部なのです。菅家さんが17年ぶりに故郷に戻り、事件現場行き、亡くなった被害者の冥福を祈ることで実現した謝罪のようです。だとしても、謝る側が相手の元に出向き謝罪しなければと、考えるのではないでしょうか。というか、自ずとそうする結果になるのではないでしょうか。少なくとも、県庁とか、市役所とか、第三者機関に場所を設定すべきでした。これでは、自分が上座に胡坐をかいて、相手には正座させて、謝っているようなものです。
 気持ちは形に現れるといいます。本心謝っていても、そうは見えないことになってしまいました。というか、本当に、彼の苦悩に思いをいたし、想像しての、自ずとなされた謝罪ではないと私は感じています。そう思ってしまう自分がいやらしいとも感じるのですが。
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コメント
コメント
 本部長さんは万感の思いを表現しようと、気持ちを込めた言い方で謝りました。それは見方によってはうそっぽくみえてしまうかもしれません。しかし、自らが相手先を訪れるという形には、それだけで思いが伝わります。
2009/06/18(木) 20:23:51 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
予想どおり・・・
公務員の上から目線・・・
大人が子供と会話するとき目線を子供の高さに合わせなければなりません。っと私は実感しています。
2009/06/18(木) 19:12:36 | URL | シマンチュ雑話 #- [ 編集 ]
 そうですね。形を整えることは大切です。真心、誠真という言葉が死語になってきました。人間を心底信じられないことが寂しいです。やはり、偽善者にならないことは難しいことなのかもしれません。
2009/06/18(木) 09:33:32 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
八角さんの言うとおりです。何か謝り方が違います。社会の避難をかわすため、体裁だけを装った劇に見えてしまいます。当然、県警だけで対応を決めることも出来ず、一般社会の常識を知らない警察庁のキャリアが考えそうなシナリオです。ただ真意はどうあれ、官憲が間違いに対し早い段階で謝るという姿勢は、これからも必要と思います。
2009/06/18(木) 07:26:30 | URL | 半農半遊人 #- [ 編集 ]
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