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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
 九十九里浜   その②
 子供の頃、埼玉川口から父の実家である八日市場に遊びに来て、従兄弟達と吉崎浜に行ったことが何度かありました。その時の記憶では、松林から、波打ち際まで50~100mあったと思うのです。まさに「浜」でした。しかし今は、浜はありません。侵食を防ぐためにコンクリの護岸が続いています。また、砂が流れ去らないように、堤防が海に突き出し、さらに、テトラポットが護岸の外に置かれています。
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 銚子からこの野栄までの浜は殆どこの状態です。例外は、日本のドーバーといわれる屏風ヶ浦と海水浴が出来る飯岡の浜だけです。これより南には優良な海水浴場がありますが。大変興ざめなところをお見せしてしまいました。
  しかし、一番、落胆しているのは地元民です。海は確かに、大きく広く迎えてくれますが、その大らかさや雄雄しさ、、そして優しさとの間には避けがたい断絶があるのです。それが目に見える形で、無粋に現れているのが、この写真達です。自転車をこいで潮風に当たり寛ごうとするのですが、人工的な無機質な目障り、肌触りに、生よりも死を感じてしまいます。戦跡の様なコンクリートが現われるのです。我々の命のふるさとであり、多く生命を育む海との不自然な接触です。



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コメント
コメント
 土木技術もそうですが、食生活、住宅、衣服はもちろん、医学、農業、地域社会等、多くの分野で昔の知恵が見直されています。信玄堤や沈み橋の発想は、人間は自然に勝てないという経験則から生まれた知恵です。漢方薬の利用や、鍼、灸も見直されています。西洋的な自然征服主義には限界が来ていると思うのですが。
2009/05/20(水) 20:25:16 | URL | 八角(やすみ) #- [ 編集 ]
確かに・・・
奄美群島でも多くの海岸で砂浜が消えたり、しています。でも自治体や国は、責任を認めません。
漁港整備や、護岸整備で多くの自然が、失われてきたと言う事実を認めないのです。
数年前、波からの被害を守るために設置された消波ブロックが、撤去された地域がある。消波ブロックに当たる波しぶきが、農作物や建物に塩害と言う人工物被害をもたらしたためである。
代わりに設置されたのが、潜堤である。それは波の力を弱める結果を得られるものである。同時に海岸の浸食を抑える作用があると思われる。
自然に学び、自然を利用する開発が望まれる。
2009/05/20(水) 20:05:59 | URL | シマンチュ雑話 #- [ 編集 ]
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