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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
教育を可能にする原理
 教師に大切な資質は「根気」であるといわれます。また「生徒を信じれれること」と言う人も居られるでしょう。ならば、その根気とは何に向けられた根気なのでしょか。また、生徒を信じるとは生徒の何を信じることなのでしょうか。
 問題を起こしたり、挫折しかけている生徒を前に、必ず、確認しなければならないことがあります。それは「あんたは卒業したいのか。その意志はしっかりしているのか」です。多くの生徒は「はい」と答えます。しかし、中には「どっちでもいいよ」と言う生徒も居ます。さらに「やめてやるよ」という答えが返ってくることも有ります。ここで、教師の資質が問われます。
 「どっちでもいい」「止めてやるよ」を、そのまま受け取るのか、そこに嘘があると思うかが分かれ道です。「これはちょうどいいや」と退学に持って行くなら、根気は認められません。生徒の本心を生徒に確認させる作業に入ってこそ、根気という資質が働いていると言えるでしょう。そこに嘘を観ることが出来るなら、「誰もが今日より明日はより良く生きたいと思っている」と信じていることになります。
 生徒を信じるとは「誰もが今日より明日は良く生きたいと願い、意欲していること」を信じることです。これが「教育を可能にする原理」です。そして、根気とは「生徒がその本心に気付き、気付いたことを口にするまで待つ」根気のことです。この願いと意欲を信じるからこそ、教師には生徒を叱り、励ます資格があるのです。もし、これを信じていないで、生徒を叱り怒っているなら、それは生徒を奴隷にしている奴隷主の厳しさです。信じることが愛です。愛情のない厳しさは冷酷なだけです。
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コメント
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 実は、私は、自己嫌悪、自信喪失で、この一ヶ月悩み、結構なストレスに襲われていました。まだ、火種は冷たくはなっていません。
 学習を受け入れる準備が出来ていない生徒をどう指導してゆくのか、少しは自信がありましたが、今回、在るクラスで明らかに失敗してしまいました。
 それを受けて、来年もやってみたいという気持ちと、もう、来年はやりたくないという気持ちが半々です(来年は採用はないのですが)。強い挑戦の意欲は湧いてきません。
 清水幾太郎氏が学習院大学を定年前に、辞した時の言葉「私にも、教える者としての矜持は有る。学ぶ気がない学生にこびへつらうことは出来ない」その気持ちが、少し分かる気がします。
2009/02/25(水) 15:54:21 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
うらやましい。
あと4時間ですか…。
寂しいような、羨ましいような…。
いま、学校、つらいです。
2009/02/25(水) 07:53:22 | URL | こん #JecAxcZ2 [ 編集 ]
 そうですね。私も確認する意味で、生徒に接しよう、接するように意識しようという意味で、文章にしているだけです。文章にすることは自分が既にやって居ること、出来ていることしか書けないのなら、書くことは限られてしまいます。戦いであり、目標との間で、緊張関係を持つことですね。あと、授業も4時間となりました。
2009/02/24(火) 22:15:11 | URL | 八角 #- [ 編集 ]
受け止める「力」
人間に対する誠実さですかね。権力や立場で人に応対する人を見るとイヤですね。生徒を生徒ではなく、一人の人間として丸ごと受け止められればと思います。
自分の傲慢さとの闘いでもあります。
日々努力ですね。
2009/02/24(火) 10:35:20 | URL | こん #JecAxcZ2 [ 編集 ]
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