FC2ブログ
早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
美しく生きることは愚かなのか
 麻生首相が「郵政民営化には反対だった」と答弁した時、気になる発言がありました。
 公明党議員であったと思いますが、「敵に塩を送る」ようなものと批判したことです。これは武将の美しい生き方を褒める言葉として、使われてきたはずです。ですが、世相はこの美談をも「愚か」と言い切るのです。
 「真面目」が褒め言葉でなくなっています。「あいつ真面目だからな」には侮蔑の匂いが漂います。愚直では出世はできません。利益にならない「親切」は「おせっかい」としてしまい、自粛します。募金を頼まれれば「俺がもらいたいぐらいだ」と退ける一方、応じれば、言い触れ回るのです。利益にならない行為は、真面目でも、愚かと認定するのが風潮です。
 完全失業率の定義を「働く気があるのに、職がない人の就業者に占める割合」と聞きました。正確ではありません。ここには、「はたらく」気があっても職業を持たない者が居るとの想像力がないのです。収入が伴わない活動を「はたらき」と認める見識がないのです。正しくは、「職を求めているが就職できないで居る人の就業者に占める割合」です。
 収入にはならないが、社会を支えている「はたらき」がどれだけあることでしょう。日本の精神的伝統は損得を計算しない選択を美しく、尊いと見てきました。「豊かだから与えるのではない。与えるから豊かになるのだ」貧しい者が、思わず、与えるから豊かさが生まれるのです。そして、美しいのです。獲得する行為ではなく、むしろ、与える行為が「はたらき」ではないでしょうか。そう皆が理解する社会に住みたいと思います。。
 「汝、右の頬を打たれれば、左の頬も」これも、非現実的な、教会だけで通用する説教と心得て、これを世間で実行することはしません。しかし、宗教は常識の中の非常識を指摘し、精神を揺さぶる機能を持っています。与え合うことが「はたらき」とする常識の転換が必要ではないでしょうか。それとも、美しく生きることは、やはり、愚かなのでしょうか。
スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック