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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
給付金、困らぬ人は拒否を
 国民が何を求めているのかを、未だに、理解できてない政権です。そのことを補正予算、田母神問題、定額給付金で露呈してしまいました。
 補正予算は公共事業による景気刺激策ゆえに、造る必要性を軽視し、無駄遣いになる危険性をはらんでいます。しかも、その無駄遣いは国民が、もっとも、解決を期待する政治課題なのす。にもかかわらず、補助金を食いつぶし、財政投融資を非経済的に使っている特殊法人や関連派生集団には手を付けずに居ます。一方で、構造改革と言って、地方交付税を減らし、教育・医療・福祉予算をカットする内閣が続いています。
 田母神幕僚長への腰が引けた処分は、村山談話が示した歴史認識を日本の政治指導者が教養としていないとの印象を内外に与えました。そして、印象ではなく、事実であることが、11月12日に開かれた、自民党の安全保障調査会などの合同会議で明らかになりました。田母神空幕長を擁護する意見が続出したというのです。国民の多くは村山談話歴史認識を前提にして、外交関係を築き、平和と相互の繁栄を目指しています。ぶれているのは指導層だけではないでしょうか。
 そして、選挙対策としての意味しか内包していない給付金です。景気対策、弱者救済策どちらの効力を生む武器も装備させられていない政策です。ですから、当初は選挙対策としてのアイディアだったという下世話な噂が本当だったと言われてもしょうがないのです。
 国民が期待しているのは行き詰まった時代を突き破る新しい時代像です。それを見抜く洞察力と構想力を持つ政治家です。これ等を持たない者が何度予算を作っても無駄遣いになってしまうのです。未来像を実現創造するための予算を組む姿勢と能力を持ち、表明できる政治家は居ないのでしょうか。彼が言うのであれば、国民は増税にも応じる用意をすることでしょう。
 今の麻生首相は、吉原を一日買い占めて、小判を撒いたという紀伊国屋文左衛門を連想させます。両者の違いは自分の金と国民の金の違いだけです。給付金は何の理念も効果もない遊び金です。国民はもらういわれを感じない金を手にしない矜持ぐらいは持っています。下品な行為に益があるといってなびいたりはしません。
 そこで思うのです。もらわないと困る人以外は、この受給を拒否しませんか。その上で、拒否されても国民の意思を理解できないであろう者達を、政権から追い落とそうではありませんか。
 
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