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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
責任逃れと聖職の氾濫
 人と関りたくないとの思いが更に強まっているように感じます。電車の中で、すぐそこに居合っていても、無関係を築くことはもう常識に属する生活態度です。それが社会地域、職場、そして親族家族をも含み始めているのではないでしょうか。この姿勢と孤独を恐れる気持ちが同居しているところが現在の特徴であり、病です。
 人と関りたくないは煩わしいからでしょう。しかし、面倒くさくない共同はないし、社会の付き物です。組織・集団に属したくない理由の一番は責任を負うことではないでしょうか。だから、町内会に入らない、組合に入らない、生徒が部活に入らない。その一方で、人と結び付く充実感や安心を求めている我々なのです。
 気が付くと、聖職が増えたように思いませんか。元々、聖職とは神仏に関れる、人知を超えた死を取り扱う社会的分業を表わす言葉でした。しかし、今では、教師、医者看護師、弁護士、政治家、役人にまで広がっているようです。責任が重い職業を聖職としている傾向が見られます。それとも、普段偉そうにしていると見えるからでしょうか。
 しかし、社会的責任と言えばどんな職業にもあるものです。ですから、聖職と言えば全ての職業が聖職です。「聖職者」を一方に作っておいて、自分は外に安全な居場所を確保し、言いたいことを言っている、そんな日本人の姿が浮かび上がってきます。
 責任ゆえの緊張を背負いながらも、人生を楽しめる術と知恵を身に付けたいものです。そんな人材が求められる大国日本です。


本日は、15個でした。10月29日3個、30日3個、31日10個
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