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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
 「やってくれた」と「やった」
 オリンピックが始まりました。競技のゆくえよりも、平和のゆくえが気になる大会です。
 しかし、嫌でも、情報は入ってきます。アナウンサーが「金メダル、やってくれました」と興奮気味に伝えます。一方、出場経験者のゲストは「やりましたね。すごいです」この差が気になりました。
 「やってくれた」は「業績を讃える」のではなく、「期待に応えたことを褒める」心理を表現しています。マスコミや世間は、勝手に、期待し、注目している内に、応援ゆえにか「期待」を「義務」に変えてゆくのです。その義務を果たしたことを褒めているのが「やってくれた」です。優勝したこと自体に、心を向けている「やった」とは違うのです。
 期待される本人が、応えることを義務とすることはよいでしょう。しかし、他者であれば、美しいとは言えません。「期待=義務」心理は、失敗を「裏切り」と理解する者達を生みます。なるほど、「やってくれた」は失敗した時にも使います。メダルを取れなかった選手を批判したり、おとしめたりする悪意を助長する「やってくれた」報道です。


昨日は一個、今日は墓参りの帰りに9個でした。
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