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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
月命日の墓参り
 最高の天気となりました。掃除をし、布団を干し、食事をして、お墓に行きました。 樟脳をヤックスで買い、フランス屋でパンを買い、帰って来て、樟脳を補充して、一安心したところです。
 今日は身近なところのネタで。


     文明を脱いで野生の裸足かな
     あの世への受付に立つ墓参り
     十五年経っても癒えぬ墓の前

 「 諦める 」 は元々は 「 明らめる 」だということです。明らかになるので諦める=断念できるということからの変化でしょうか。真実に目覚めるが「諦め」の本意でしょう。
 大分前、同僚が 「 うちの母親は自分の母親の死から25年たっても悲しいと言って、墓前で泣くんです 」と話しました。「 そんなものかね 」と、その時は思いました。
 そして、自分の父親が亡くなり、思いは悲しいではなく、苦しみであることが分かりました。ニ・三ヶ月泣き続けました。さすがに、自分でも異常だと気づき始めたときに、同僚の話を思い出したのです。「 25年経っても泣けるのなら、これは一生ものだ。悲しくて当たり前、逃げられない 」そう諦めが、つまり、明らめが付きました。一種の悟りです。
 そうなると、色々違った見方が出来るようになります。失った悲しみよりも「 こうも泣かせてくれる父が作ってくれた私との関係 」に感謝する思いが、悲しみの前に進み出てきたんですね。この父を持ったことの、その父と過ごした時間は幸せだったんだと気付かされるわけです。
 先日、東京新聞の東京歌壇で東直子さんに選んでいただきました歌。

     父の死に挨拶でないありがとう初めて放つ己に気付く

 その「 挨拶でないありがとう 」を言える人がいる幸せはお金では買えませんね。合掌
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コメント
コメント
美代子さんへ
 有難うございます。気付いていただけるのは美代子さんだけですよ。
 問題は、東京新聞が私の投稿文を採用されなくなったことです。昨年の1月以来まったく、取り上げていただけませんね。それまでは、年に5~6回採用していただいていたんですがね。
なぜなのか、 思い当たることはあります。一つは、平和と改憲、安倍批判に特化していて、話題が狭くなっていること。そのために同じような内容になっていることです。もう一つ、憲法を生かす匝瑳窮状の会代表と書く事があり、そう欠き始めてから、載らなくなったような気がします。もしそうなら、活動家の意見を載せるわけには行かないということなのでしょうかね。
 川柳だけは何とか載せていただきましょう。
2016/06/04(土) 16:32:43 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
あった。あった。
 おめでとうございます。新聞にありましたよ。
「沖縄に基地と言う名の戦あり」 

本当にそうですね。座布団十枚! 
2016/06/04(土) 08:43:47 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
AF冠者さんへ
 今、家族葬が増えていますね。確かに、昔のような大々的葬儀は無駄かもしれませんね。
 とはいえ、父の葬儀の時に、会社を経営していたままなら、花輪も100本を越え、参列者が列を成す葬儀になったろうナとも思いました。息子は父を偉大な人間と形のうえでもあらわしたいのですすね。
 更に逆に、閉口したことがありました。弟はI県の職員で、嫁さんは小学校の教師なんですが、この県の公務員社会は凄いんです。両方あわせて200人の方から香典をいただきました。さまざまな課、さまざまな小学校の先生から代表がまとめて持ってこられました。義理ですね。香典を出さないと安心できないそんな風土なのでしょう。お互いに疲れる無駄です。もちろん、その時は。そうもいえなかったですが。
2016/06/03(金) 21:45:53 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
美代子さんへ
 優しいのではないんですよ。死に至るまでの父の頑張りと苦しみの姿が目に染み付いて離れず、そのくせ、それを本当は理解していなかった自分が情けない、自分が一番可愛い私の業を思い知らされたんですね。そんな泣きです。
 鬼なのではないですね。強いんです。教員になって、初めて担任を任されたその5月に、クラスの生徒の父親が無くなりました。その知らせの母親の冷静さに驚きました。そして、葬儀での冷徹とさえ思われる喪主としての堂々とした姿に、この夫婦は上手くいっていなかったのではないかと思わされたことがありました。しかし、そうではなかったのです。
 一言で言えば、母の強さです。三人の未成年の子供を育てる現実を葬儀の時にすでに見据えておられたんです。
 それを知ったのは、彼が卒業して、高知県(父親の出身地)の高校教師に決まったその送別会後、彼の家に泊まらせていただいたときにわかりました。お母さんと話しをする時間があり、そのときに知ったわけです。
2016/06/03(金) 21:35:07 | URL | スキップ #- [ 編集 ]
葬儀事情
家族だけでひっそりと弔って欲しいといつも考えていたら愚息が「立場上駄目だ」という。土の中から采配も出来ないが、ならば葬儀費用を全部出すのかどうか、周りでは今は親が(自分で)全部出すのだという。それでは話が違う、と言ったところでどうにもならず悲しみどころの候ではないのが現代葬式事情だそうな。
2016/06/03(金) 19:51:38 | URL | AF冠者 #ErotiftQ [ 編集 ]
 スキップさんは、お優しいんですね。父上の死を何カ月も泣き通されたなんて。私は一度きりでした。ただ、一周忌が過ぎたとき、「ああ、いつも去年の今頃、父は何をしていたかと思い出していたのに、もう今日からは去年の父はいないんだ」と思ったときは号泣しましたが。それでお終いでした。夫のときは一滴の涙もなし。それどころではなくて、妙にホッとしたのですよ。私は鬼なんでしょうか。でも、菊の花を二十万円分くらい奮発しましたよ。笑)
2016/06/03(金) 17:58:57 | URL | 美代子 #1Nt04ABk [ 編集 ]
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