FC2ブログ
早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
「ねばならぬ」から教養へ
 自分に対し、或いは不遜にも、他人にも 「こうあれねばならぬ」「そうすべきだ」 と言い続けてきたように思います。「あらねばならぬ」という時は、意識的に行うと言うことです。忘れぬように、気をつけてやるということです。そこには無理もあります。そう思い込もうとする無理です。だから「べき」が入ります。
 心臓を動かして、呼吸をして、私達は命を維持しています。しかし、誰も、動かしている、息をしていると、常時、意識してはいません。動悸がするとか、息苦しいとかいう時以外は鼓動にも、呼吸にも意識は向かいません。生きることの基本に関わるのにです。無意識に生命を維持して不都合がありません。
 私達は、より良く生きるために、良識や知識や技術を求めて、得ています。職人やスポーツ選手が無意識に、或いは、感でやってしまう仕事やプレーをスキルと言うでしょう。このスキルは教養の一つだと思います。知識や良識を生かそうと意識的にやっている内は教養ではないと思います。これ等に従い「ねばならぬ」「こうあるべきだ」と思っている内は、そう行動しよう、働こうと意識している内は教養とはいえないだろうということです。自ずと、移してしまう行動、言ってしまう言葉、出てしまう仕草が教養でしょう。うえに、教養には高い、低いがあるのだと思います。
 知識、良識を教養にしなければなりません。・・・・・・こういう様では、この知識、未だ、私の教養になっていないようです。



本日は、久しぶりに、日差しがあり風も適度な好天気でした。と言うことで、缶袋を持ってぼーと出かけました。市道に出ましたので、あっという間に袋が一杯、それが37個。と言うことで、今日は37個です。
スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック