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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
ばれる嘘とばれない嘘
 ばれる嘘とばれない嘘、どちらが罪深いか?浮気はばれない浮気の方が罪が軽いと落語ワールドでは評価が決まっているように聞き取っております。ばれない浮気には最低限の配偶者への配慮=思いやりが感じられるからでしょうか。
 では、政治の世界ではどうなのでしょうか。ばれない嘘は国民への最低限のマナーと言えるかどうかです。国家の利益を守るためには、国民主権を蔑ろにしてもかまわないという理屈が通るかどうかです。そうはならないでしょう。語らないということと、語って、嘘にすることには大きな差があります。隠したいことを、隠さねばならないと思うことを、語らねばならないときに、嘘ではなく、だんまりを選択すれば、その政治家の評価が下がり、政治生命に関わることも考えられますが、嘘をつけば、ばれない限り、安泰ですから、その差は人格に関わります。
 ところが今や、政治家はすぐにばれる嘘を連発しています。しかも、それを恥もせず、平気な顔で国民の前に現れ、悪びれもしないのです。その最近の例がトランプ大統領の自動車貿易に関する関税をめぐる嘘です。アメリカが日本車に2.5%の関税をかけているのに対し、日本はゼロ%であるのが事実なのに、日本が不公平な税制を維持しているから、米国車が日本で売れないとの嘘です。未だに、発言を撤回していません。
 しかし、この手の嘘はこれを批判できる国民とマスコミが存在するなら、それほど脅威ではなりません。ある意味では正直な政治家なのです。今私たちが直面しているのは、政治家が語る理想を実現しない政策を、今よりもより実現する政策を提案しているという嘘の脅威です。憲法の平和主義に対する「積極的平和主義」武器輸出禁止原則に対する「防衛装備移転原則」戦闘を衝突、墜落を不時着と認識して見せる嘘などです。
 この手の嘘を嘘と解きほぐす役割が文化人・学者・マスコミが持っています。このことと、マスコミ、大学への締め付けが強まっていることは関係があります。日本はアメリカよりもいやらしい、陰湿な形で嘘による権力による支配が完成されつつあることを危惧し、」憂いています。

     オオカミを隠さぬ愛犬の散歩影
               いぬ

      避けられる孤立避けられぬ孤独

     大寒や寒さを食べる蕪漬

     冬帽子影も気取って歩いてく

     冬の湯屋孤独ですよともう一人

     鈍間ゆえ潰せぬ冬のごきかぶり

     潰さない鈍間な冬のごきかぶり
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外出する
6日、7日、8日と外出しました。そこで、電車の中で創った句をご紹介します。

 
     捜せども書くことの無き初日記

     風呂上り会う約束の初電話

     幸せに見えぬ人々初仕事

     賽銭が駅から続く初詣

     喫茶店捜して回る世となりぬ

     折りたたむ面倒厭い濡れて行く

     携帯の買い替え息子偉く見え

     鮪寿司特急券を安く見せ

     見栄っ張り寿司うなぎ迷うふり

     胸張って歩けば人が避けてゆく

     
さみしさに孤立孤独の区別あり
 甥が勤務5年で退職すると言います。彼には出来過ぎの会社に籍を得え、喜んでいたのですが。この話を聞き、孤独について、久しぶりに、思いを巡らしました。
 彼は、人のために、社会のためなっていない自分の仕事を意識し出しています。会社のため、それは自分のためです。そうではなく、仕事を通じて人との信頼や友情や人の温もりを実感したい、つまり、生きがいや、やりがいを求めているのだと思います。
 今若者に人気な職業は料理人です。それを私はよく理解できます。エストエストのご主人や奥様の陽子さんの仕事ぶりを見、お話を伺えばうかがうほどに、そうです。自分の仕事の良し悪しがすぐに返ってきます。きれいにすべて食べ終えた皿が戻ってくれば、それは人様の役に立った証です。もっとダイレクトに「ご馳走様、美味しかったです。また来ます」と言われます。私はそれを何百回も見聞きしています。それがお二人の楽しみであり、頑張りかいであり、生きがいです。
 多数派は甥の決断に、何らかの待ったをかけるのだと思います。安定した中流以上の生活を捨てるのはもったいない。私も、早期退職の時に、同じことを言われました。では、私は甥に何とアドバイスしたらよいのでしょうか。ここで、孤独に思いが至ります。誰もが自分の人生を他人に生きてもらうことはできませんし、他人に生きて欲しくもないのですね。その意味で人は誰もが孤独なのだと思います。
 父の二回目のがん手術の時、医師の説明を受けた後に、父は力なく「やるしかないかなぁ」と私に問うように言いました。私は戸惑いながら戸惑いの「うん」の首を振ったように見せました。ここには二つの孤独が頭をうなだれていたのです。もちろん父は自身のことです。私にも決断が迫られていました。これも誰にも相談できない決断です。父は孤独に耐え切れずに、私に相談とも、決断ともとれる言葉を発したのだと思います。私はこの時の自分の「決断」に今も苦しんでいます。自分が背負うしかない孤独という苦です。
 この不安定な世の中、どうなるかわからないですよね。その今、起業することは大変な賭けです。しかし、やりがい生きがいを第一に仕事をしてきた自分が「生きがいより生活の安定だ」と言ってよいのでしょうか。しかし同時に、生きがい・やりがいと言えたのは安定した地方教育公務員という地位のお陰でもありました。さあ、どうしたものでしょうか。孤独な決断が求められています。
 では、孤独と孤立はどう違うのでしょうか。これは簡単です。孤独は避けられない人間の宿命ですが孤立は避けられます。また、お互いに孤立しないように努めねばいけないとも言えます。これは社会の問題です。誰もが孤立しない社会を作ることは可能ですが、孤独でない人間は作れません。
 

 俳句・川柳つくりも孤独な作業です。

     デモはテロその口が言う共謀罪

     生かされぬ不安な肩に除夜の鐘

     清水は一字を{乱}と予報書

     君が代を歌い掲げる国民主権

     温泉の温さの代わりに犬を撫で

     冬欅突き刺し切れぬ空の青
穏やかな正月
 風もない穏やかな元日、散歩に出ました。次郎は正月も盆もありません。相変わらず、ハンティングの構えでリードを引きます。広大な田んぼ地区に入ると、リードを放します。ひとしきり走ると、次郎は寄ってきて、体を摺り寄せるのです。腰を下ろし、それに応えます。

     元日や風にはならぬかぜがあり

     奥深さ味わい切れぬ冬の空

 車がいつもよりゆっくり走っています。人々の心も穏やかな証拠とみました。

     元日や車間が広くなっている

と浮かびました。そこで、これは川柳なのか俳句なのかの区別作業が始まります。川柳と認定!
では、俳句にしたらどうなるの?

     元日や車ゆっくり動く窓     


 大晦日に、書斎の掃除をいたしました。そして、庭で燃やしました。というか、時々のメモ=時間を火葬にしました。

     用終えたメモを葬るや大晦日
               おく
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イタリアンレストラン、エストエストの正月用オードブルです。今年はお節を止め、これにしました。もう先ほど、食べ終えました。添加物を一切使用していないので、いつもより、濃いめの塩加減でした。
2017年を迎える
 2017年を迎えました

 新年を迎え、新たな気分にはなります。しかし、祝うとか、目出度いとは言えない気分なのでございます。ひねくれ者の本領躍如なのでしょう。とは言え、そのひねくれ者がことの本質を突いた批判をしてきたのも事実でございます。
 高度経済成長期以来、大事なものを捨て、忘れてはいないかとの指摘が続きました。しかし、今私たちが直面している事態は何でありましょうか。「真心」「誠実」を軽視し、軽蔑さえしかねない世相です。しかも、それをリードしているのが政治家であり、文化人であることが深刻さの度合いを深めているように思うのです。誠実であることは損である、実は無能でさえある、そんな意識を若者に植え付ける社会が今、ここにあります。
 「誠実さ」は助け合う社会だからこその価値です。これを価値と観ない集団は社会に値しない「群れ」です。「自己責任国家社会の無責任」この認識から、一年を始めたいと思います。

2016年のご報告

A 憲法を生かす匝瑳九条の会
 1 安保法制廃止要求署名を行う・・・様々な活動で300筆ほど(正確には集計せず)
 2 匝瑳市議会に安保法制廃止意見書の提出を求める陳情を行う・・・不採択
 3 憲法を生かす匝瑳九条の会ニュース6~9号、特別号発行(一回に1万2千部新聞折込)
 4 東総九条の会連絡会を結成して、憲法講演会開催 講師は船橋法律事務所宮腰直子弁護士
   「そもそも憲法とは何なのか」参加者は65名。この会は「9条の会・あさひ」「9条の会・銚子」「多古9条の会」「戦争をさせな    い・九条壊すな旭の会」「憲法を生かす匝瑳九条の会」が集まり、結成されました。
 5 復興支援フェアに参加・・・SIZバッジ、安保法制反対ポスター、竹とんぼを販売

B サタデースクール・・・今年は71名の児童が在学、昨年よりも18人も増えました。今年も全学年の必要に応じた応援係です。6  年生には考える算数問題に挑戦してもらいました。鶴亀算などです。

C 自宅での勉強会・・・三年生の翔君と我が家で算数と国語を勉強しました。

D 交通安全協会・・・支部長をじゃんけんで決めるとなったので、自分がやると言ってしまったことから始まったこの仕事も、後5か 月となりました。結構大変ですが、結構楽しいのです。というか、知り合いが増え、人を楽しむことが増えるのです。とは言え、二  年で結構というところです。

E 短歌にも挑戦・・・少しご紹介
     父の死に挨拶でないありがとう初めて放つ己に気づく
     道徳を九九のごとくに覚えさせ哲学させぬ人間させぬ
     稲の花知られず開きまた実る見せ掛け嫌う農夫のごとく
     父の目に再び問えば生きる意志ただ一粒の巨峰に託す
     諦めるために頑張る試される若さ残酷迷いの中で

F 川柳
  税引き後タンスヘイブン民悲し        
   沖縄に基地という名の戦あり
  正気では核廃絶はできぬのか        
  富岳から飛ぶ気で選ぶ都民です
  暴言が時代をリードする不気味       
  注文を迷うも味の一つなり
  今流行る社交嫌いの絆好き         
  ポケモンにゾンビと化した人の列

G 俳句
  寄り添うは菜の花のみの戦没碑        
  若冲の牡丹の彩の苗植える
  心太舌滑らせて発音す            
  つつましさ貧しくはない茄子の花
  嵐去りまた鳴きじゃくる蝉しぐれ       
  堅い羽根飛ばずに背負う冬の蠅
  雪見舟眠る季節の夢の中           
  木枯らしや片手を庇い歩く猫
  巻き風にやがては集う落葉かな        
  日向ぼこ白毛ふくらむ犬と居る 


「東総九条の会連絡会」からのアピール
(11月26日開催した「憲法講演会」の時に、来場者のみなさんにお配りしたものです)

繰り返される本質隠し
 南スーダンの政府軍と反政府軍の「撃ち合い」が「戦闘」なのか「衝突」なのかという不思議な「衝突」が国会でありました。政府は「戦闘」ではなく「衝突」だから、自衛隊を撤退させないと言います。
 そうでしょうか。本来「衝突」は軍事用語ではありません。その証拠に軍事用語で使う場合は「軍事衝突」です。衝突は「ぶつかること」に過ぎず、軍事衝突ではありません。そもそも「軍隊同士の撃ち合い」を軍事衝突=戦闘と言います。「衝突」は本質(戦闘)隠しの目くらましです。結果政府は、自衛隊員を戦闘地域に置き、その命を裸で危険に晒しています。
 より鮮明な本質隠しが「武器輸出」から「防衛装備移転」への転換です。武器輸出解禁の本質を隠したい政府による看板替えでした。そして、安保法制制定時です。「積極的平和主義」の名の下、戦争可能な国に変えました。
 「衝突」を使う理由が、せっかく作った安保法制を実働させることにあると、透けて見えます。国会所信表明演説時に議員を巻き込んでの自衛隊員の称賛も根は同じです。彼らの命を道具のように軽く扱う一方、死を条件に褒めたたえ、やがて「道具」とは言わず「英霊」に祭るのです。私たちは、このような「浅ましい」政府の支配下にあります。国を愛しますが、この政府を愛し、信頼することはできません。

危ないのは平和だけでしょうか?
 信頼できないと言えば、この政権は民主主義も人権も嫌いなのかという疑いです。中谷防衛相(当時)は「いかに、憲法を安保法制に適応させていけばいいかの議論を踏まえて閣議決定した」との発言により、憲法違反を自白しました。高市総務相は政治的公平の名を借りて、政権批判を抑制する意思を表明し、安倍首相は「私は立法府の長」と発言。振り返れば、この政権得意の手口は、原則の本意を捻じ曲げ、真逆の意味内容に変質、劣化させておきながら、より改善させたと見せるたくらみです。
 これが自民党憲法改正草案に見事に現れ出ています。憲法は権力者を縛るための法規ですが、この草案は国民を縛ることに力点を移しています。憲法の本質を欠いた「憲法」を作ろうとしているのです。安倍政権は9条平和主義だけではなく、国民主権、基本的人権という日本国憲法の本質的な原則に反する言動を繰り返しています。改憲ではなく「壊憲」になってしまう危険さえあります。
 彼らは、先の戦争を侵略戦争とは認めません、反省していません。ですから、反省の上に創られた日本国憲法が嫌いなのです。私たち東総九条の会連絡会は、敗戦直後に立ち返り、日本国憲法を持つに至った必然性を確認し、自民党憲法改正草案はもちろん、改憲の論理を批判し続けます。