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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
俳句仲間
 俳句を始めて、六年目になります。最初の二年でしたか、市民講座俳句に加わり、人生の先輩たちに俳句も教わりました。
 行かなくなった理由は、市民講座は市からの依頼で、やっているんですね。彼らは句会を組織しています。それに加わるように奨められましたが、土曜日開催ということで、サタデースクールと重なり参加ができなかったわけです。次第に分かってきたのは、ついでにやっている市民講座であるということです。とうとう、行ってみたら、二人しかいません。しかも先生も忘れていらっしゃったんです。お近くなので、先生は遅れていらっしゃいましたが、結果、私入れて4人の会と相成りました。それ以来顔を出さず、新年度、受講申し込みを止めました。
 というわけで、一人で俳句創っています。しかし、句会には参加した方が良いと実感しています。知人に、俳句始めようと誘っていますが、誰も応じてくれません。ですが、一つ方法があると言えばあるんです。それは、千葉日報社の「読者文芸」欄で、よくお見掛けする匝瑳市在住の方々です。私のように、一人で創り、投句されておられる方が何人かいらっしゃいます。彼らを誘うという手はあるんです。が、群れること嫌う結果の一人創作である可能性が高いです。二の足を踏むんですね。
 もう一つ、根が怠け者ですから、いついつまでに何句作らねばというのが嫌なわけです。時間に追われる生活を三十年以上やってきたので、もうそれからは解放されたいわけです。それでも今年は、駄作ばかりですが、今日までに163句創りました。ではご紹介!!


     秀麗や犬の激走光り増す

     買いたてを気取って歩く秋帽子

     秋深し静脈青く手のひらに

     静けさにさみしさ加う秋の雨

     秋曇田には謙虚な生命たち
                いのち
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本日は土人、ダイエットに、宮様
 糖質制限ダイエット、日本人が2000年間食べてきた米を目の敵にするダイエットです。これだけでも胡散臭いですね。推奨しているのは医者など、肥満経験がある中年男性です。ここにこの食事制限の危うさが見えます。
 彼らは健康な食生活を無視してきた不健康生活者でした。その彼らが糖質制限ダイエットで30キロだ、40キロのダイエットに成功した経験から、進めているんですね。この経験自体が不健康で通常ではありません。ですから、数キロ痩せたいと思っている若い女性が真似してはいけないんです。健康な生活をしてきた人が、ダイエットできるんだから、健康にも良いのだろうと勘違いしないかが心配になります。急激な減量は栄養失調が原因ですから。
 ダイエットというと、なぜみな極端なのでしょうか。リンゴだけ、バナナ、酢、ヨーグルト、これらに特化するんですね。体に良いものも食べ過ぎたら毒です。「過ぎたるは及ばざるがごとし」という金言が日本にはあります。ダイエットに成功しても病気になっては本末転倒です。健康になれるなら死んでもいいというギャグを地で行くダイエットが横行していることにこの世の中の病理が見えます。

     なぜかないまともに食べるダイエット

  子どもの頃、「土人」という言葉は結構使われていました。私の記憶では南方の原住民を土民と呼んでいたと思います。アイヌ民族や琉球民族をそう呼ぶと知ったのは大学に入ってからでした。
 そもそもどうして「土人」なのでしょうか?明治政府が「土人保護法」と命名した経緯です。私の勝手な連想は、室町時代に貴族や上層武士が庶民が起こした一揆を「土一揆」とさげすんでいったことを呼び起こします。近畿地方では農業生産力の向上により、農民たちは自治を勝ち取っていました。その彼らの自治組織が連合して起こした一揆が「土一揆」です。土民が起こした一揆という意味です。もちろん、権力にたてついたわけです。危ない連中です。アイヌの歴史は和人との戦闘と服従の歴史ですし、沖縄もそうです。
 そうして、現代の沖縄、県知事をリーダーにお上にたてついています。権力からすれば弾圧すべき、厄介なわがままものです。なるほど、権力の最前線の機動隊員が「土人」と呼んでしまうわけです。

     土人には一揆土民の臭いあり

 東京新聞も一面トップ記事は三笠宮逝去です。その人柄や言動を紹介しています。その一部は以前から知っていることでしたが、亡くなって、よりよく知ることができました。

     戦争を憎んで恥じた一世紀

 戦争がまた一歩、近づかなければいいのですが。合掌。
安倍首相が史上、最長の総理大臣!?
 今日の東京新聞一面に「自民総裁任期三期9年に」の見出し、とうとうやったかと思いました。この貪欲さは称賛されるべきなのか、浅ましいというべきなのか、別れるのでしょう。
 私は浅ましいと思います。この場合「自分には適用しないでくれ」と条件を付けるのが大人物の見識です。私、小人ですが、そのぐらいの分別は持っております。やりたくても、恥ずかしくて、できません。それを大志持たぬ小人というなら、小人でいることを選びます。
 では、総裁任期延長に賛成した自民党国会議員はどうなのでしょうか。下司の勘繰りと言われそうですが、これは彼らの保身ではないかと疑っております。今、安倍に代わる、それ以上の総裁人材はいないいない。国会議員でいられる方法は安部延命しかない。国家国民を想っての判断ではなく、己の利益を最優先しての判断だと疑うのです。より言うなら、そのことが品性低いとも気付かないでいるとさえ思います。

     政治屋が議員でいたい安倍三期

     最悪を最長にする国つぶし
金持優遇税制
 高層マンションの最上階が一番販売価格が高いことは知られています。縁がない自分も知っていました。しかし、広さが同じであれば、一階も最上階も、固定資産税額が同じとは知りませんでした。この税金額は資産価値に比例させることになっているはずです。ならば、最上階の固定資産税は高額でなければおかしいわけです。
 ということもあり、それを改正しようという話が出てきたと今朝の東京新聞は伝えています。ここにも金持ち優遇税制は貫徹していることに驚き、理不尽を感じました。

     高層階の税雲の上の話


 南スーダンの政府軍と反政府軍の戦闘は続いているようです。なんと、政府軍が民間宿泊施設を襲撃、地元記者を殺し、女性らに暴行を加えたとの記事があります。PKO部隊に救護出動命令が出ましたが、出動を拒んだということで批判されているようです。現場までの間に戦車を有する政府軍数百人がいたことを危険と判断したとのことです。
 アムネスティは市民が殺されるのを傍観した失態を批判したそうですが、可笑しなことです。出動を要請された中国・エチオピア兵士の命と人権をこの世界的人権擁護組織はどう考えているのでしょうか。
 政府軍が国連職員が多くいた民間施設を襲ったのは、国連が反政府軍を支援しているとの疑念を持っているからだそうです。PKOが絶対の正義ではないということです。当たり前のことです。そこのところを踏まえての自衛隊による駆け付け警護行動の付与なのかが国会で論議されたのでしょうか。国民にも周知されていることなのでしょうか。「安保法制」「積極的平和主義」の危うさがこの記事に現れ出ています。

     国連軍たじろぐ程のジュバの乱
浅ましい安倍政権
繰り返される本質隠し

 南スーダンの政府軍と反政府軍の「撃ち合い」が「戦闘」なのか「衝突」なのかという不思議な「衝突」が国会でありました。政府は「戦闘」ではなく「衝突」だから、自衛隊を撤退させないと言います。辞書によれば、戦闘は「兵器を用いて敵を倒そうとする行動」衝突は「ぶつかること、主張が対立し反目すること」です。
 ならば、本来「衝突」は軍事用語ではありません。その証拠に軍事用語で使う場合は「軍事衝突」です。衝突は「ぶつかること」に過ぎず、両軍の軍事衝突は「衝突」とは違います。そもそも、軍隊同士の争いを軍事衝突=戦闘と言います。「衝突」は事態の本質を隠すための目くらましです。結果政府は、自衛隊員の命を裸で危険に晒しています。
 より鮮明な本質隠しが「武器輸出」から「防衛装備移転」への転換です。武器輸出を解禁する本質を隠したい政府による看板替えでした。そして、安保法制制定時の本質隠しは言うに及びません。「積極的平和主義」の名の下、戦争可能な国に変えました。
「衝突」を使う理由が、せっかく作った安保法制を実働させることにあると、透けて見えます。国会所信表明演説時に議員を巻き込んでの自衛隊員の称賛も根は同じです。褒めたたえる一方で、彼らの命を道具のように軽く扱うのです。私たちは、このような「浅ましい」政府の支配下にあります。国を愛しますが、この政府を愛し、信頼することはできません。


危ないのは平和だけでしょうか?

 信頼できないと言えば、安倍首相の重い嘘言の疑いが指摘されています。それはさて置き、この政権は、民主主義と人権が嫌いでないのかという疑いです。
 中谷防衛相は「いかに、憲法を安保法制に適応させていけばいいかの議論を踏まえて閣議決定した」との発言により、憲法違反を自白しました。高市総務相は政治的公平の名を借りて、政権批判を抑制する意思を表明し、安倍首相は「私は立法府の長」と発言。これらに共通しているのは、原則の本意を捻じ曲げ、真逆の意味内容に変質させて置きながら、同じに見せる企みです。
これは自民党憲法改正草案に見事に現れ出ています。憲法は権力者を縛るための法規ですが、この草案は国民を縛ることに力点を移しています。憲法の本質を欠いた憲法を作ろうとしているのです。安倍政権が9条平和主義だけではなく、国民主権、基本的人権という日本国憲法の本質的な原則に異議を含み持つ思想集団であることを、その言動は指示しています。改憲ではなく「壊憲」になってしまう危険さえあるのです。
 安倍政権は歴史を70年逆流させようとしています。彼らのモデルは戦前戦中にあるのです。ですから、先の戦争を侵略戦争とは認めません。敗戦直後に立ち返り、日本国憲法を持つに至った必然性を確認し、自民党憲法改正草案はもちろん、改憲の論理を批判し続けなければいけません。
新聞投稿「田舎匝瑳から笑う」
 吾が座右の銘は「人を笑わず人と笑う」なのですが、今日はお上を笑いたいと思います。
 南スーダンの政府軍と反政府軍の争いが「戦闘」なのか「衝突」なのかが国会で問題になっています。政府は戦闘ではなく衝突だから、自衛隊を撤退させることはしないと言います。広辞苑によれば、戦闘は「兵器を用いて敵を倒そうとする行動、たたかい」です。衝突は「つきあたること、ぶつかること、主張や意見が対立し、反目すること」とあります。
 戦闘や戦いを衝突と新聞などが使うことがありますが、これは例えです。報道が戦闘と伝え、軍事対立を事実化させ、激化させないための配慮です。スポーツ新聞が試合を「戦い」「激戦」というのに似ています。これは逆に、スポーツファンの観戦モードを熱く盛り上げるための脚色です。「戦い」が本来スポーツ用語でないように「衝突」も軍事用語ではないのです。その証拠に「軍事衝突」と使うのが普通です。「軍事衝突」すなわち戦闘です。軍隊同士の軍事的対立事態は「戦闘」以外に表現がないのです。
 安保法制議論の時に、憲法の解釈を変えただけで、憲法を変えていないし、違憲でもないと突っぱねた政府ですが、ここでも言葉の解釈の問題に擦りかえようとしています。政府は戦闘を衝突と解釈しています。戦闘を拡大させないための配慮のつもりならば、大きな勘違いです。その配慮が自衛隊員を裸のまま危険にさらせているからです。
 本心は、せっかく作った安保法制の実働でしょう。自衛隊員を国会で褒め讃える一方で、彼らの命を道具のように軽く扱うのです。そこで、政府を笑いたいと思います、軽蔑を込めて。
探し物をしていたら
 探し物をするので、古いタンスの引き出しを開けると、兄弟四人の通信簿がもれなく入っていました。自分のはもちろん、姉弟のもみました。
 私は4年生二学期までは、何のとりえもない目立たない子どもだったのだと思います。それが、なぜかその三学期クラス委員に選ばれてしまったのです。意外でした。そこで単純な自分は「クラス委員は勉強ができる。自分は普通、では、勉強してできる子にならねばば」とクラス委員に自分を合わせる羽目に陥りました。結果、成績は急上昇、優等生の仲間入りを果たしたのです。これは我が人生最初の転機になりました。
 通信簿には成績のほかに「行動の記録」と「通信欄」というのがあります。こちらの方が興味深いです。客観的に自分はどう見られていたのか?私は1年から3年までと4年から6年までそれぞれ同じ先生が担任でした。案の定、1年と2年の行動の記録はすべて「B」。3年になり基本的生活習慣、自省心、協調性、情緒の安定に「A」が付けられています。
 4年からは男性の中野先生が担任です。根気強さ、自主性、自省心、向上心、が「A」です。5年では加え、基本的生活習慣、積極性、指導性が加わります。6年も同じです。気になるのが「同情心」「公共心」公正さ」が「B」であることです。特に「同情心」です。そうだったのかと思い知らされた気分でした。
 成績で気づいたのが、目覚めさせられた4年3学期以来卒業まで、社会だけが欠かさず「5」であったことです。社会科の教師になる下地がここにすでにあったのかと感慨深かったです。そして、国語。1・2年の通信欄には「国語の勉強をさせてください」「童話を読ませたらどうでしょうか」「読みをうまくしようと努力は見られますが」と言った種市先生のお言葉が繰り返されています。ちなみに6年間、国語は2か3でした。6年間4も5も一度もないのです。なのになぜか大学は文学部に入りました。専門は社会系ですが。その他、姉弟の通信簿も面白く読ませていただきました。
田舎匝瑳から笑う
 吾がブログの名は「人を笑わず人と笑う」ですが、今日はお上を笑おうと思います。
 南スーダンの政府軍と反政府軍の争いが「戦闘」か「衝突」かが国会で問題になりました。広辞苑によれば、戦闘は「兵器を用いて敵を倒そうとする行動、たたかい」とあります。では、衝突は「つきあたること、ぶつかること、主張や意見が対立し争うこと、反目すること、例(利害が衝突する)」とあります。
 軍事的対立を「衝突」と新聞などが使うことがありますが、これは例えです。報道が戦闘と伝え、対立を激化させないための配慮です。スポーツ新聞は試合を「戦い」というのに似ています。これは、逆に、スポーツファンの戦闘モードを盛り上げるための配慮です。つまり、言葉の上で軍事的対立は「戦闘」以外に表現しようがないのです。「戦闘ですから、欧州諸国はスーダンから撤退しています。
 にもかかわらず、政府は、戦闘を衝突と認定しています。拡大させないための配慮のつもりならば、大きな勘違いです。その配慮が自衛隊員を危険にさらしています。本心はせっかく作った安保法制の実働でしょう。そこで、この政府を笑いたいと思います。

     文民を統制せよと武官達

     戦闘は火器衝突は口が武器
初めて、川柳の連作をしてみる
 本日の東京新聞の社説「白紙領収書・・・・・問題ないとは何事か」を読み、改めて、怒りがこみ上げてきました。そこで、思いつくままに八連作!!

      国民も真っ白にする領収書

      常識は常識ゆえに法にせず

      常識があればいらない法なりき

      非常識罰なけれども罪はあり

      黒の字を永田町では白と読む

      金額も良識もない領収書

      良識を欠いた政治が常識に

      慰めに黄門様の再放送

     
餃子の焼き方上達する
 テフロン加工のフライパンの寿命が短くなったと嘆いていた私でしたが、悪かったのは自分でした。フライパンを換え変えること三度、四度めに、真相が明らかになりました。
 千葉そごうの生活用品売り場での話です。中年の女性店員さんに話を聞いていた時です。「テフロン加工のフライパンの質が落ちたように思うんですが、このフライパン大丈夫ですか?すぐに焦げ付くようになりませんか?」と聞くと「お客さんはI Hをお使いではありませんか」「はい使っています」「強い火力でお使いではありませんか」「強火が旨い料理への鉄則と思い最強度8で調理しています」「それが原因です。あまり強いとテフロン加工がはがれてしまいます」
 ということで、おすすめのフライパンを買って、教えに従い強度5で調理し始めました。お陰で、未だにテフロン効果は維持されています。結果、一番効果が出たのが餃子焼きです。以前は、焦げ付き、跡形もない姿になってしまった餃子が下のように焼けるようになりました。加えて、蒸し焼きにする水の量も減らし、水が無くなってきたら、フタを取るようにして、水が無くなってから、弱火で少し焼くことにした結果、下の焦げ目はパリパリ、上は柔らか、中身はジューシーになりました。

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今季初めて手が冷える
 手が温かいことは健康と深く関係があると信じている私です。今朝は寒さを感じ、そして手の冷えが気になります。先ほど、風呂沸しのスイッチを入れました。朝風呂ということです。現役の時には考えられない所業です。風呂に入ったら、時間がないという以上に、リラックスして緊張感が切れてしまいますからできなかったわけです。
 ワイドショーはNHKよりも、民放の方が熱心に政治を取り上げています。今は、豊洲問題と五輪施設問題、そしてアメリカ大統領選です。とくに、TBSと朝日放送が熱心です。その扱い方は三面記事的な面もありますが、ジャーナリスティックでもあります。新聞を読まずに、ここ何週間かはテレビに頼っています。というか面白いのです。朝日放送朝8時からの「モーニングバード」昼12時からのTBS「ひるおび」、これを観れば新聞がいらないほどです。
 観ながら作った川柳をご紹介!!

     五輪万博公共事業とは言わぬ
     答弁の精査の意味を精査する
     村々の食糧輸入祭り消す

次郎君は11月30日で満3歳になります。

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水神祭り
 10月8日・9日は匝瑳市春海地区(旧椿海村)の鎮守水神様のお祭りでした。交通安全協会椿海支部は交通安全のため任務に就きました。

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 小学生による奉納舞です。心打たれました。この場、この時だけ、平成の世ではなくなりました。まずは、テンポの緩やかさです。それが今よばなれしているんですね、そうして、心静まるんです。

     巫女の舞視線は遠く神を観る

     巫女四人神性を舞う秋祭り

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椿海小学校3年・4年生による子供神輿です。
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高齢化はここにも!!担ぎ手が不足して、消防団の若者(と言っても40代)も加わっています。
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お囃子連(東和会)の面々です。去年の三月まで勉強会に参加していた陸君も大太鼓を打ちました。
東総九条の会連絡会第4回会議
 本日は、東総九条の会連絡会第4回会議が我が家で開かれました。11月26日(土)午後二時から開かれる憲法講演会を周知するビラをみなさんにお配りしました。
 議題の中心は講演会終了後の会の活動はどうするのか、どう発展させるのかということで、議論が進みました。意見交換や交流を進めるということでまとまるような流れができました。これに私は反対ではないのですが、一抹の不安と、焦りを感じました。このまま、結局、静かにこの会は死に体になるのではないかという不安であり、結集した5団体の活動を中心にするというのでは何も変わりません。それぞれの会の活動が憲法を守るという目的に、直結しているという実感がないままでは、元気が出ないのです。目的に直結する活動を5団体が一丸となって行うことで、その活動の目的達成上の意味を確認できる、そういう運動を作ってゆきたいんですね。
 そこで、5団体が一緒に野外集会を開き、宣言文を採択し、デモ行進することを提案しました。否定的な意見も出ましたが、それぞれの会が力を蓄え、やってみたらいいではないかという機運も生まれました。これからが楽しみです。
 今日は会が始まる午後6時まで、1時間半ほど、時間があったので、川柳を作りました。ご紹介!!

     何もせぬ政治の方がましに見え

     軍服の父の写真のセピア増す

     動かねば何も動かぬ独り者

     独り身を楽しむ術や長き日々

     静けさやすべて備えて人を待つ
 
混じりけを嫌う病
     米食わず体使わぬダイエット

    サプリメント偏食極む添加物

 この病を日本人特有であると言いたいわけではないのです。近代科学に内蔵された病ではないかと思うんです。科学は分析を得意とする、というか、分析=科学と言っても間違いではないでしょう。それを象徴する言葉が抽出と培養です。自然界に混在する要素を分けて、特定物だけを取り出す、それを目に見えるように増やす。極めて不自然なことを人工的に作り出すのが科学の方法です。そうした上で、その物質や生命の特徴を洗い出し、それを基に、それらを利用するわけです。
 サプリメントはまさにそうした製品です。自然界にはありえない状態を不自然に作った人工物です。極端な偏りです。常態ではないという意味で危ない存在で、一種の薬物との認識が必要な代物です。いろいろなものをほどよく食べるのが健康には必要という常識の一方、サプリメントが推奨されています。「過ぎたるは及ばざるがごとし」という素晴らしい教訓がありますが、これをあざ笑うようなサプリメントと私には見えます。
 過ぎたるは・・・・といえば、炭水化物ダイエットです。この教訓に従えば、健康に良いわけがありません。しかし、その効果を吹聴する有名人が多く、その影響から相当数の方々が取り入れているようです。しかし、ダイエットには成功したが、健康を犠牲にしてしまうなら、何のためのダイエットなのでしょうか。健康に悪いからダイエットなのではないですかね。それとも、ダイエットの目的は見栄えだけなのでしょうか。その見栄えも不健康では、色あせてしまいます。ここにも、混じりけを嫌う病が。
椿海地区演芸会
 昨日は椿海地区地域振興協議会主催の演芸会に参加しました。その後の役員の慰労会も含めると丸一日の行事でした。
 感じたことがあります。民謡の力です。民謡の部に入る前は歌謡曲、主に、演歌をみなさん歌われました。そのときは聞き入るということは正直ありませんでした。拍手をして、楽しそうにすることが役員の仕事と思って、そうしていました。しかし、民謡は聞き込んでしまうんです。歌詞は聞き取れない方が多いのですが、なぜか、心が向かうんですね。それは隣にいた方も同じでした。というか全体的に引き込まれていたように見えました。 曲、リズムがひきつけるのでしょうか。確かに、一番初めのお囃子連の演奏にも皆さん聞き入っていました。
 もう一つ、美空ひばりはやはり天才と再確認いたしました。踊りを披露される方がおられました。その曲が「川の流れのように」なんです。聞き入ってしまいました。天才ですね。七色の声を無理なく自然に作れる歌手です。女優の長山藍子さんは演技の上で七色の声を出せる天才をお持ちです。努力なのかもしれません。これも驚かされたことがありました。 いままで、参加したことがなかったのですが、動けば、何か感じられるということを再確認させていただきました。
 今日は新聞やワイドショーで知った事件出来事をネタに川柳を作りました。

     さび効かす寿司職人にわびはなし

     元安が文化味わう旅に変え
     
     都の幹部平成にぶつ植木節

民を止めお上石盛る民主主義

     仮想せば自ずと敵になる戦


 松虫や光のごとく闇にあり    を

      虫の声光のごとく闇にあり    と添削してみました。