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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
東総九条の会連絡会
 27日(土)はサタデースクール終了後、皆さんで昼食会、旨いものを食べ、楽しい時間でした。そのあとは会合です。近隣の4団体の代表が集まり、講演会を開こうということです。その主催母体として「東総九条の会連絡会」の結成を決めました。
 早速、講師人選、日時、会場と話は進みました。今度の土曜日これらを最終決定することになりました。講師は弁護士とまでは決めました。日時は11月20日(土)午後2時から4時まで、会場は匝瑳ふれあいパークと決めたのですが。この日、予約が取れませんでした。三日、決まりましたら、ご報告いたします。
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自然と人間
 昨今改めて強く、人間の傲慢と愚かさに戦(おのの)かされています。裏を返せば、自然の絶対性への敬意です。そこで、これをテーマに575を作ってみました。

     取るに足らぬ尊厳向けるしらすの目

     人いても人いなくても入道雲

     人黒く点と成り行く雲の峰

 守られている人間の自然保護

 天不動自然破壊という誤解

     取るに足らぬ尊厳向けるしらすの目
              恨み辛みも悔みも見せず

     天不動自然破壊という誤解
             人滅びるも天は滅びず

     守られている人による自然保護
             主客転倒恥じぬ自惚れ

 「おののく」を使いたく、辞書で調べたら「戦く」と漢字で書くんですね。恥ずかしながら、知りませんでした。漢字を知っただけでなく、もう一つ発見がありました。戦(いくさ)、戦争はやはり「戦く」ほどに恐ろしいとの認識が古代よりあったということです。その恐ろしいことを進んで起こして参加して、恐ろしさを味わい死んできた人類です。これは不自然です。何らかの力が働かなければ、戦争には動かないのではないでしょうか。古今東西、戦争は誰かに引きずり込まれるものだということに、改めて、気づかされます。
平均が大事なテスト子ではない
 今日、昨日と子供を大事にしない出来事を東京新聞は伝えています。昨日は受験勉強をしない我が子を殺した父親の話。今日は、全国一斉学力テストの結果報告に出来の悪い生徒の答案を外して報告した学校の話です。

     サボるなと殺せば子らは絶滅す

     平均が大事なテスト子ではない

 「サボる」がサボタージュから生まれた日本語であることは有名です。旧制高校の学生たちに流行ったと聞きますから、当時のエリートたちもサボったのです。ならば、小中学生が勉強をしないからと、本気で怒っていたら、親の精神安定はありえません。ストレスの塊になります。現にそうなってしまったのでしょう、この親御さんは。何重にも残念な事件です。
 さて、全国一斉学力テストです。導入の際、識者が心配していたことがそのまま現れ出ました。識者ならずとも、予想できたことです。私のように教育現場にいたものとしては、自明のことでした。
 目的は子供たちの理解を向上させるための資料を得ることとされました。しかし、」私はそれを疑っていました。目的は平均点を公表することで、学校や職員の競争心を煽り、結果、学力を上げることで間違いないと思いました。これは、教員管理につながります。その根底には教師不信があります。恥をかかせなければ学力向上の努力をしやしないのが教師だという浅はかな人間観がここにあります。上の父親に通じる人間観です。
 教師を管理して、生徒も管理できます。学力テストは国家による学校支配の一方法であると私は思います。ますます、学校が息苦しい場になっているはずです。不登校は増えているはずです。そのうちに、学校教育から離れる親御さんやお子さんがあふれるようになるでしょう。そうなっても、原因が不信からくる管理教育にあることに思い当たらないでしょう。早く、離れた方がいいです。私、学校に代わって勉強のお手伝いしたいですね。

 
台風過ぎる
 台風の発生場所、コースが変わってきているような気がしますね。10号は東から西に向かいました。もう大丈夫と思っていたら、再び、日本を目指すそうです。困りました。二つの台風は、我が家に大したダメージを与えずに過ぎ去りましたが、今度はどうなのでしょうか。南の海でエネルギーを蓄えて、やってきそうです。風速50メートルなんということはないでしょうね。
 昨日、午後2時過ぎから30分ほどかなり激しい風が吹きました。30キロ北西の成田空港管制塔が揺れ、業務を停止した時間と重なります。我が家でも久しぶりに、恐怖を感じました。庭木の欅がとんでもないことになっていました。

     幹までもゴムかと観せる野分かな


     ご近所と門掃きをする野分後

 今朝はゴミの日なので7時ごろ外に出るとご近所さんたちが揺れ落ちた枝葉を掃き集めていました。そこで「すごかったね」「何か壊れなかった」「これぐらいでよかったは」と交わしながら箒を動かしあいました。

     台風のいたぶるような三つの目

     退屈が安らぎになる老の性

     目で甘え鼻がものを見尾は語る


 サボるなと殺せば子らは絶滅だ     
          ・・・受験勉強しない子を父が殺したニュース

     
「決められない政治」批判から
 「決められない政治」が批判されました。与党が絶対多数を有さず、衆参に「ねじれ」があった時代です。今、この批判を検証する必要を感じています。
 与野党伯仲の頃でさえ「決められない政治」はさほど問題にされませんでした。決められていたからです。しかも、野党・国民の反対がある場合、重要法案の廃案もありました。
 あるクラスでの話です。遅刻の多さに担任が「遅刻者には平手一発を与えるが、受け入れるかの討議」を提案しました。会議は盛り上がり議論を重ね、議長は決を採りました。結果は奇跡と思えるもので、受け入れる14名、反対14、判断付かない14。困った議長が担任に助けを求めると「もともと、体罰を行う気はなかった」これに対する担任への非難はなく、翌日から遅刻ゼロが続いたそうです。真剣な議論自体に価値があることを教えてくれる話です。
 「決められない政治」の本当の理由は、政治の本質を肝に据えた、大人の政治家がいなくなった結果ではないでしょうか。「議論 の重要性を理解しない、調整する姿勢と能力を欠いた政治」です。これが、絶対多数与党を率いることで、立法権をも勝ち取ったと勘違いしてしまう首相を育てた政治です。
 ナチス政権が立法権も併せ持ち、国会を無力化させた前例を念頭に、麻生副総理は「憲法は誰も気付かないうちに変わったことを真似たら」と発言「政治は俺らのものだ。国民は静かにしていろ」が本音の似た者同士です。デモをテロと呼んだ幹事長もいました。議論を嫌い、反対者を悪とみる政治が続きます。今は、民主主義嫌いの「暴走お坊ちゃま政治」批判が必要です。
愛ちゃんがメダルを胸に大人の涙
 連日、熱い思いを感じさせてくれる試合が目白押しです。一人声を上げて、応援してしまている自分をおかしくも好ましく好きなんですね。困ったものです。寝不足が続いています。
 「泣き虫愛ちゃん」で、全国の大人を虜にした福原愛さんも27歳だそうですね。団体銅メダルおめでとうございますですね。

     愛ちゃんがメダルを胸に大人の涙

     徳さんと電話口では呼べぬもの

     ただ一つ誠であったナチ手口 

 台風が過ぎてゆきました。工場の屋根は無事でした。思ったよりも風も雨もひどくなかったのです。ちょっとした嵐の程度でした。
しかし、また、台風が発生しそうですね。修理していただける方を探しておるんですが、なかなかいないものです。全く知らない乗車に依頼するのは不安がありますから、知り合いに紹介していただいた方にお願いしたと思っているところです。

     嵐去りまた鳴きじゃくる蝉しぐれ

     野分過清涼下る青い朝



     客のない椅子と向き合う夏メニュー
            家族連らは家路につきて
     
エストエストで俳句する
 台風が銚子直撃の模様、心穏やかではないのですが、とりあえず、創人デザインさんに憲法を生かす匝瑳九条の会ニュース第9号の原稿データを持ってゆきました。今月28日(日)発行予定です。
 その後は、エストエストで昼食を摂ることにしました。一週間ぶりです。今日のランチメニューのペペロンチーノが白子とキャベツとありましたので、いつも注文するトマト味パスタは止めにしました。前菜は三種、その中に稚鮎のスカぺーチェがありました。そしてさすがに、蒸し暑いのでアイスティーにしました。

     稚鮎の苦味幽かなる罪の味

     取るに足らぬ尊厳向けるしらすの眼

     アイスティー香り高めるダージリン
工場の屋根が心配
 台風が関東を狙っています。そこで心配なのが先日露呈した工場の屋根の一部がはがれていることです。我が家を立てた大工さんに電話したのですが『この電話はただいま遣われていません』廃業されたのでしょうか。困ったので、町内の建設業の方にお願いしましたら『お盆で職人が集まらない』と言われてしまいました。明日の午後から風雨が強まるようです。どうなることやら。

今日も我が家の蝉たちは大合唱です。次郎も仲間と受け入れたのか、子守歌のようにして寝入っています。

     主旋律謡い上げるはあぶら蝉

 夏はセロリが合います。今朝はサラダでいただきました。

     艶放つグラスを凌ぐセロリの香



     天皇の誠言葉は暴走を
            静かに諭す憲法遵守

     子どもらが声掛けてくる夏祭
            若衆気取るねじりはち巻

     溜息や辛気吐き出すヤケクソの
               精気呼び込む大欠伸

     
         
匝瑳市議会総務委員会が秘密会となり傍聴者退出を命じられる
 6月9日、匝瑳市議会総務委員会は、憲法を生かす匝瑳九条の会が提出した「安保関連法廃止を求める意見書の提出を要請する陳情書」を審議しました。
委員長が規定により傍聴を許可したことを知らせると、ある議員が傍聴許可に異議があると発言を求め、結果、秘密会となったのです。
 内容はこうです。新聞折り込にした匝瑳九条の会発行の「匝瑳九条の会ニュース」に嘘が書いてあるから、そんないかがわしい会所属の者に傍聴させるわけにいかない、というのです。この「嘘」とは、昨年「安保法制関連法案徹底審議・国民理解を求める意見書の提出を要請する陳情」を審議した本会議が三名の議員が反対したにもかかわらず、全会一致で陳情を採択したと、事実とは違うことを書いてしまったことを指しています。
 これに付きましては、重大なミスと受け止め、関係議員には文書で謝罪させていただき、ご承知のように、訂正の新聞ビラを配らせていただきました。改めて、お詫び申し上げたいと存じます。
今回の秘密会は問題です
 さて、傍聴者に退出を命じた今回の秘密会の問題点です。まずは、この誤報が単純なミスなのか、意図的になされたものなのかを確認せずに、いかがわしい団体と判断したことです。第二に、自分達がいかがわしいと判断すれば、排除できるとする思慮分別の欠如であり、これで傍聴者を退場させることが健全な判断とは思えません。そして、第三に、傍聴は民主主義の精神と、市民の権利を制度化したものです。それを奪うにはそれ相応の理由が必要ですが、今回はどうでしょうか。「いかがわしい」者を退場させる手段としての秘密会の利用は、節度を逸した行為と言うしかありません。
 以前傍聴した私達は、不採択と決め込んで、ほとんど審議しない総務委員会を批判しました。また、ある議員の傲慢な態度と、それを同僚がとがめない事のおかしさも指摘しました。この傲慢な態度の議員が市民の傍聴権を奪ったその人、ご本人です。私達は誤報が理由ではなく、批判するゆえに「いかがわしい者」とされたと認識しております。
 今回も、この議員、横柄な態度を見せました。またも、他の委員は諫めません。大きな声で、人を萎縮させ、自分のペースに持って行く。これでは自由な議論になりません。議員同士の信頼関係も築けません。また、市職員にどんな態度を取っているのか、心配になりました。
 私たちの声に、賛同される議員も多いと推察いたします。今回、秘密会にしたことの是非を市議会が吟味することを期待いたします。また、市民の皆さんのご意見を私ども匝瑳九条の会、あるいは直接、市議会に伝えていただければと思います。
郵便・・・郵便番号289-2198匝瑳市役所内 市議会議長様(市議会事務局)宛
  電話・・・0479-73-0099

秘密会の例・・・まず国会、本会議では例がありません。委員会では防衛省元職員がテレビ等で映され、被害にあう恐れゆえ、秘密会にした例があります。地方議会では千葉県議会で、委員候補者が過激派に襲われる危険ゆえの例があります。鎌倉市議会では、人権を守る関連で秘密会になっています。今回のような、傍聴者を懲らしめることを理由とした秘密会は例がありません。恥ずべき異常な事態です。
「目には目を」と言っていたら目は無くなってしまう
 ガンジーのことばです。「 嘘はすぐ理解されるが真実は説明するのに時間がかかる 」と一般的に言えるようですが、ガンジーはその例外です。真実を端的に語れます。名言は短いほど切れ味を増します。「 握りこぶしと握手はできない 」
 もし「 目には目をと言っていたら目は無くなってしまう 」 「握りこぶしとは握手できない 」に 「その通り 」と思った方は日本国憲法九条に真理を見る人です。九条を世界スタンダードにするための行動をする資質があります。
 「 黙ることは認めること 」「 世を変えるために反対するのではない。世に変えられないために反対するのだ 」厳しい生き方です。覚悟がいる生き方です。しかし、自分を生き抜くとはこういうことなのではないでしょうか。

     平和とは禿げ頭を気にしたり

 平和の俳句に送りました。本当は

     平和とはAV観たりサボったり

で行こうと思ったのですが、品がないかと思いとどまりました。私の本意は後者方により表現されています。戦前戦中、学生が逢引をするだけで非国民と言われ「贅沢は敵だ」「勝つまでは欲しがりません」「名誉の戦死だ目出度い」と本心を押し殺されました。そこで、平和の象徴はAVを観て興奮し、さぼって役に立たないぞと反骨精神を気取りたくなるわけです。

     平和ゆえ役立たずとも生きている

 
 リオ五輪で日本勢がメダルラッシュです。「皆さんのおかげで」とか特に柔道では「金が取れずに申し訳けありません」と選手が言わねばならぬこの姿はどうでしょうか。第一、「日本勢」という言い方が戦争をしに出征しているかのようです。ロシアは国家ぐるみでドーピングです。

     強国は造る選手という武器を

 昨晩はエストエストへ一週間ぶりに行きました。一組の客が帰り、私だけとなりました。珍しいことです。静かな店内が懐かしく感じられました。開店当時は、行くたびに客は私だけでしたから。

     客のない椅子と向き合う夏メニュー
第38回憲法を生かす匝瑳九条の会
 今日は、午後2時から会を持ちました。決定事項をお知らせします。

 ① 本会ニュース第9号を8月28日に、新聞折込する。12000枚

 ② 多古九条の会講演会が8月20日(土)午後2時から多古コミュニティープラザで開催されます。講師は現役高校教諭の
   角谷信一さん。高校教育現場の今をご報告していただけるということです。これに参加することにしました。参加者を募ります。八   角までご連絡ください。

 ③ 旭九条の会より、合同で事業をしようとの申し込みがありました。これに応えることにしました。27日(土)会合を持ちます。

 ④ 匝瑳市議会6月定例会総務委員会が 「 秘密会 」にされたことを広く社会に問うために、マスコミ各社に協力を要請することに   しました。

 この8月18日で、我が会も発足丸3年となります。麻生太郎氏の「ナチの手口を真似たらどうか」に驚きと恐ろしさを感じて会を立ち上げたわけですが、これほど急激に、ことが進むとは実は思っていなかったのです。やりたい放題をやられた三年間でした。自民党が、英国の保守党と同等の意味で保守党ではなくなったことを自覚しないといけません。それを広く訴えなければいけません。
長崎原爆の日、民放ワイドショーは
 長崎原爆の日の慰霊式典、原爆投下11時02分ですから、それに合わせていると思い、観ようと思っていましたら、時期を失ってしまいました。そこで、番組表を見るとNHKは10時30分から、記念式典を生中継したようです。終了した直後にテレビをつけたようです。一方、民放はどうだか、観ましたら、長崎の字がありません。短時間でも放送した可能性はありますが、番組表にその形跡がありませんでした。 リオ五輪一色です。そぐわぬものを感じました。
 昨日の天皇のお言葉で一首

     天皇の誠言葉は暴走を
               静かに諭す憲法遵守

     口だけの平和の裏に核保有

     天皇の憲法遵守に揺らぎなし


     近くでも遠くでも鳴く蝉しぐれ
           すべてを委ね僧堂に組む

     木の揺れか影が揺れたか群れ揚羽
               昼寝目覚めし我を惑わす
     
はしゃげない夏
 地域の祭、花火大会、高校野球にオリンピック、そして帰省に旅行と賑やかな夏です。なのですが、燥げ切れない自分がいます。
 毎年、被爆地での首相あいさつには合格点を差し上げられないのですが、安倍首相になってからは落第点とはっきり言えます。沖縄でも、広島長崎でも、市民と政府の認識の溝は深くなっているように見えます。

     被爆地で核なき希望語りしが
            首相は捨てる非戦の理想

     被爆地でオバマに頼る非核論

 八日市場は地井武男さんの「ちいさんぽ」で知られるようになった八重樫神社の祇園祭が4日・5日と行われました。私は交通安全協会員として、交通規制・警備を担当しました。仕事をしていると色々あります。地元の古老がペット茶を差し入れてくれました。そして「1300年前からの神社資料がある」とか「祭りは確かに始まったのは400年前だ」とか話されます。

     囃子こそ古老自慢の夏祭

     こども等が声かけてくる夏祭
戦争の対義語は文化、平和ではない
 「戦争の対義語は平和ではなく、文化だ」と、私は言っています。戦争が壊すのは飛行場や道路、工場や民家とイメージしますが、むしろ深刻な破壊は人間=尊厳を壊すことにあります。尊厳は文化の源です。ですから、平和という抽象でなく、文化を生み出し、享受する人間を壊すということで、文化が戦争の対義語にふさわしいと考えるわけです。
 明日は広島忌、9日は長崎忌、そして、敗戦の日と続きます。そこで、今日は文化で575を作ることにしました。

     神棚へ文化を担う一拝
                ひとおがみ

 何も絵画や音楽、文学や思想などの才能を有することが文化創造に必要ではない。もっと、当たり前の生活の中に、文化の芯があると、実感するようになりました。

     カレー粉が出汁粉と気付く文化力

試してみてください。トマトスープを作ったら、調味料のように、カレー粉を振りかけてみてください。トマトの刺すような味が消え、においも弱まりますが、カレー味にはならないのです。トマトスープの隠し味はカレー粉と八丁味噌です。鰹粉という文化がカレー粉を出汁にしました。

     だし汁は文化煮詰めるなすの味

     芸術の孤高を笑う俗文化

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 本日の朝食です。蓮のきんぴらと、かぼちゃの煮つけは「ふるさと市場」で購入した地域の主婦たちの手作りです。納豆は添えてあるタレも西洋わさびも使いません。香取市の千葉しょうゆ製、有機大豆有機小麦と塩だけを原料にした醤油と、地元農家の長ネギをかけてあります。ハムは信州ハム製、保存料も着色料、発色料を使っていません。そして、味噌汁は知り合いから頂いた茄子と豆腐、鰹粉でだしを取っています。これが私の文化です。
東京新聞「時事川柳」に川柳送る
 毎週土曜日、東京新聞は読者投句を「時事川柳」として、公表します。木曜日が締め切りぎりぎりと決め、毎週一句は送ることにしております。今週は今朝、急遽、二句作り、何とか間に合わせました。

     濱口の憂に及ばぬ軍の勇

 濱口とは濱口雄幸首相(1929年~30年)のことです。ロンドン海軍軍縮会議を締結、国際協調路線を維持推進した民政党総裁です。これを海軍は統帥権干犯と非難し、それに共感した者に狙撃され、結果、命を奪われました。テロ事件です。
 この統帥権とは天皇の①軍を指揮する ②軍の編成を決定する権限のことです。①軍の指揮は参謀方部や海軍軍令部が輔弼し、②軍の編成は内閣が輔弼する権能を持つと解釈されてきましたが、これを軍は①②ともに軍が持つと勝手に解釈を変えて、攻撃したのです。
 似たことがいま行われています。内閣法制局や日銀の独立性は有耶無耶にされました。放送法の理念を180度変える解釈をして、職務を行う総務大臣がいます。そして、憲法解釈を勝手に変えて、集団的自衛権行使を可能にする安保法制を制定した安倍首相。これを平和平和と言いながら、経済の心配から支持する国民。ここも、濱口の時代とそっくりですそっくりです。
 濱口が襲われ、9か月後に死亡すると15万人がその死を惜しみ、葬儀に参列しました。がその一か月後発生した満州事変を国民は熱狂的に支持したのです。その背景には経済の不振がありました。軍需景気を望んだわけです。平和外交を推進した濱口の死を惜しんだ、その同じ市民が軍需景気を求めたのです。

     平和言う民が抗さぬ武器輸出

「武器輸出禁止三原則」が 「防衛装備移転三原則」に変えられ、原則武器輸出は解禁されました。市民の激しい反対が盛り上がりません。市民の多数派は同じ過ちを犯していることに、まだ、気づきません。川柳の「濱口の憂」実は、私の憂です。
夏本番、蝉も盛ん!!
 今日は、父の月命日ですので、昨日買っておいた花を持って、町会の仕事を終え、直行しようと思っていたのですが、何か、体が重いんですね。明日に延期いたしました。そんな自分が何か気になる性分で、困ったものです。
 自転車で回れば、やはり、稲穂が目に入ります。何か、圧倒されるのです。

      あまたなる神々宿す稲穂かな    

      我もまた仏を宿す稲穂なり

 昼は下の姉から、もらったレトルトカレーをいただくことにしたのですが、味が濃いのです。そこで、トマト、玉ねぎ、なすをよく炒め、混ぜて、食べることにしました。一番、カレーになじみ、しかも主張したのは茄子でした。そこで

     柔軟にカレーとなるも茄子の味

 その後、昼寝、これがうとうとと、いつもは30分以内で終わるのですが、今日は違いました。とにかく、蝉が鳴くんです。夢の中で句が浮かび、目が覚めてはそれを書き留めること三時間。

     エアコンの音を掻き消す蝉しぐれ

     独唱の蝉にすべてを委ねたり

     近くでも遠くでも鳴く蝉しぐれ

     空蝉の風に吹かれて音もなし

     耳鳴りと目覚めてみれば蝉しぐれ
     
失言が時代をリードする不気味
  「失言」を調べると「言うべきでないことを、うっかり、口にすること」とあります。ある政治評論家は「内部に留めるべきことを外部に漏らすこと、と、その内容」と解説します。つまり、漏らしてはいけない本音が失言です。失言が、次々と、現実化する不気味の中に、私達はいます。
三権分立が邪魔臭いという失言(本音)
○ 「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていった。あの手口を真似たらどうか」
  (麻生太郎副総理兼財務大臣の2013年7月29日講演会での発言)
  これを「喧騒の中で、改憲して欲しくない」と言ったに過ぎないと弁護する向きもあります。しかし、大騒ぎになる議論が面倒とい うのは「国民は黙ってついてこい」と言っているのに等しいのです。失言は「(当時ドイツでは、国民が)騒がないで、納得して変  わっている」と続きますが「言論弾圧という手口」により、国民は納得したように振舞う他になかったことを伏せています。
 そして、ナチスは「全権委任法という手口」も使いました。これは行政権を持つ政府に立法権も与える法律です。つまり、三権分立原則の否定です。これが真似るべき「ナチスの手口」です。
○ 「私は立法府の長ですから」(安倍晋三首相2016年5月16日の予算委員会発言。もちろん、首相は立法府ではなく、行政府の    長です)
  これも、単純な言い間違いとの弁護があります。しかし、言い間違いなら、その場で「間違いました、行政府の長でした」と訂正  するでしょう。それほど常識的な知識です。しかも、この言い間違いが過去にも一度ならずあるのです。こうなると、意識的な言い 間違いであり、首相が行政権と立法権を持つ政治が優れていると信じているのではと思われても仕方ないでしょう。これも三権  分立の否定です。これが「緊急事態基本法」の制定と「緊急事態対処条項」の明記改憲意欲にも表れています。緊急事態に際  し、国会の立法権を停止して、内閣に移すことができるがその内容です。
本末転倒=手前勝手な法解釈失言
○「現在の憲法をいかにこの法案(安保法案)に適用させていけば良いかという議論を踏まえて閣議決定を行った」(中谷元防衛   大臣2015年6月5日衆院平和安全特別委員会答弁)
 憲法98条は「憲法の最高法規」を明記しています。つまり、憲法に反する法律は無効ということです。しかし、上の中谷防衛相の 答弁はこれを逆転させたことを自白しています。
○ 「将来にわたって、(放送法の)罰則規定を一切適用しないことまで、担保できない」(高市早苗総務相2016年3月 
   9日予算委員会答弁)
   放送法は、権力が放送を支配した戦中戦前の反省から、権力に与さないという意味で「不偏不党」を掲げ、国が真実及び自  立を保障することで、表現の自由を確保しようとする法律です。それを高市総務相は己に課す「不偏不党」を放送事業者に求め  る誤解釈をしています。極めつけは、憲法が「権力を縛る規定」であるという近代政治の常識を覆して「国民が守る」規定との本  末転倒を進めていることです。その意思が「自民党憲法改正草案」に鮮明に現れ出ています。
   政治家の失言・暴言が繰り返されています。一昔前なら、政治生命を絶たれる発言でもお構いなしです。それは、これらの失 言暴言が彼らの仲間内の常識だからです。「外で言うんじゃないよ」程度の注意で済ませています。失言が時代をリードする不気 味な時代です。

 これは「憲法を生かす匝瑳九条の会ニュース9号」の一文です。