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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
兼題に応える
 週刊金曜日正月俳句の兼題は「宝船」と「初鏡」です。初めて、兼題に挑戦してみました。昨日夕食後、エストエストで「宝船」二句、今朝「初鏡」二句を作りました。

     目出度くも個性うるさい宝船

     初孫のハイハイの背に宝船

     孫娘帯が気になる初鏡

     着物裾揃えて妻の初鏡

 私には妻も娘も孫もいませんので、昔の母や姉たちの様子を、姪や甥たちの子供の頃を思い出して作ってみました。まだ締め切りまでに時間が有りますので、推敲することになります。


 今日の散歩は何時もよりも長距離になりました。さらに、米を売っていただいている品村さんご夫婦が農作業をされていましたので、話し込み、遊んでいただいたこともあり、次郎は相当に疲れたようです。

     犬小屋の四本投げ居る散歩後
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映画「ギャラクシー街道」を観る、常識を一つとしない柔らかさ
 昨日は、代休日だというので、卒業生の貴晃君と映画「ギャラクシー街道」を観にいってきました。強いて、映画のメッセージを感じ取れば「常識を一つとしない柔らかさ」が相互の幸せをもたらすということでしょうか。
 自分の常識にこだわり続けると、怒りに支配され、相手を許せません。それが、亀裂を生み、分裂を生みます。人と人を結びつける行為を善と呼び、引き離す行為を悪とするならば、己の常識に凝り固まることは「悪」に属します。常識に縛られると、悪をなしてしまいます、そんな控えめなメッセージがあるのかもしれません。
 この映画、推薦するといえば、諸手をあげてとは言いがたいです。しかし、不思議な気分にさせられる点、優れています。奇想天外といえばその通りですが、それこそ、常識に凝り固まっていると、あまりに不自然なゆえに、拒否反応も予想されます。その奇抜さにしては、それなりにまとめたなと言えますが、エンディング、西川貴教の歌唱力に頼り、工夫を怠ったことは良くありません。グロテスクでさえあるこの映画を、最後まで見通せた最大の理由は「悪人が一人も登場しないこと」です。

 さて今日の川柳は
    
     
     番号化電話ではない我いのち

     マイナンバーここでも真似るナチ手口

     死神の称えて止まぬアベマニア (改作)

     
障子を張り替えていただく
 今日は家政婦さんのSさんが障子を張り替えました。あり難い事です。Sさんは母のヘルパーさんでしたが、母が川口に移ってからは家政婦さんとして引き続きお願いしている方です。
 10年以上前に、プロの表具師に依頼してから、放ってありましたから、障子紙が劣化してしまい、はたき掛けで、破れてしまったんですね。それを気になさったのでしょう、この運びとなりました。私も本当に久しぶりに、障子紙の張替えを手伝いました。50年以上やっていませんね。
 昔は、年に一辺、張り替えたもので、私は母の手伝いをしました。そういえば、掃除も日に朝夕二回やりましたよね。時代は変わり、掃除機のいい物があるにもかかわらず、今は、日に一回ですね。私のように、一ヶ月やらない者のいます。その様な私が言うのもなんですが、日本人の不精ぶりも相当進化しました。

 それでは、今日の作

     市民祭募集に励む自衛隊

 わが町の「よかっぺ祭」に自衛隊がブースを設けて、隊員募集活動をしたそうです。私は水神祭でいけなかったのですが、そういう情報が入りました。

     何者か保守が離れる安倍政治

     原発は再生不能エネルギー

     学問の起源捨てよと文科省
短歌を文章に
 土曜日に「先生と呼ぶ声ありて振り向けばただ呼んだだけとはにかむ」と歌を詠みました。この心を文章にしてみました。


ただ呼んでみただけ

 「サタデースクール」の講師を勤めさせていただいています。土曜日、子供たちの過ごし方の一選択肢として市教育委員会が主催しています。算数と国語の学習をします。
 先日、授業が終了したので、子供たちを昇降口で待っていました。元小学校長のスクール長が「今日もほとんどの子が出席です。楽しみにしているのですね」と、きれいに並んだ小さな靴を眺めながら、ご本人も楽しげです。
 そこに、元気よく、子供たちがやってきました。「さようなら」が交わされる中「八角先生」との声「何ですか」と振り向くと「ただ呼んでみただけ」と三年生の女の子がはにかんでいます。そのまま、迎えに来られたお母さんに抱きつき帰っていきました。
 「ただ呼んでみただけ」これをどう受け止めますか。私は有難い言葉と、誰ともなしに感謝したい気持ちになりました。素敵な週末をありがとう。


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 どうも、次郎君の可愛らしさが、写真からは伝わらないというもどかしさから、今日も撮りました。今日も目的は達成できなかったどころか、墓穴を掘りました。最後の写真には相棒も驚きです。

とにかく、作ってみました
 今日は東京に行くはずだったのですが、だるい、少しはぜ気味、と言うことで、静かにしていたいと影の自分が申しますので、そうしました。そこで、とにかく、575を作ってみました。

     民望む非道平伏す印籠を代官ならぬ安倍政権へ

 
     権力に楯突く途端活動家


     枯葉来てカレースープの味深し

     磯の味一つで充ちる牡蠣スープ

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次郎は鶏肉ご飯しか食べなくなりました。量も減ったような気がします。もうすぐ二歳、大人になり体が変化したのでしょうか。
しかし、次郎は写真写りが悪いですね。犬警察の指名手配ポスターに使えそうな写真写りばかりです。
農業衰退して田畑に何と
 千葉県は全国有数の農業県です。その有力農業地帯が東総地方です。しかし、その我が地域で、農業衰退が急激に進んでいます。
 原因は、生産費を下回る米価に代表される将来展望を描けないことです。大分前から、台地上の谷津田は生産効率が悪いと言う理由で農地荒廃が目立ちましたが、今では、平野部にも耕作放棄田が現れています。
 当地では、東日本震災後、売れ残った広大な工業団地や撤退した工場跡地に大規模な太陽光発電が展開しています。それは驚くほどです。そして、更に驚かされるのが「パネル植え電気育てる田となりぬ」光景です。原野はもちろん、畑であった所にパネルが設置されているのです。農作物を作らない、畑での電気生産は農業が置かれている現状を象徴しています。
 この実態を都市生活者はご存知でしょうか。地方再生の核は農林水産業の振興です。ここにも、言葉とは裏腹の安倍政治が露呈します。農業の危機が言われて久しいのですが、いま、農業は臨終の時期を迎えつつあるように見えます。

 今日は土曜日、サタデースクールがありました。授業が終わって、昇降口でこんなことがありました。ただあったままを短歌にしました。ですから、作者はその女の子です。

     先生と呼ぶ声ありて振り向けば
           ただ呼んでみただけとはにかむ

 ただいま、散歩から帰ってきました。記事を追加します。今度は、次郎君が俳句を作りました。

     秋の日や影も睦みし犬と吾
「転進」「玉砕」と積極的平和主義
 昭和10(1935)年、憲法学者美濃部達吉が弾圧されました。その時「憲法の番人」とされた枢密院議長も攻撃されています。結果、憲法解釈が変更され、天皇の政治的絶対性に制限がなくなりました。
 この「天皇の政治的絶対性」を「集団的自衛権行使」に置き換えれば、安倍政権がやったこととそっくりです。憲法を意のままに扱おうとする動きです。
 さらに、安倍政権の戦前との類似性には驚かされます。戦中、大本営は敗退を「転進」全滅を「玉砕」と言い換え、実体を隠そうとしました。現政権は戦争法制を「平和安全法制」武器輸出を「防衛装備移転」極めつけは「積極的平和主義」です。世界の戦争をリードする米国との軍事的一体化が、どうして平和主義なのでしょうか。
 積極的平和主義の本義は、消極的だった九条理想の道を積極的に進む勇気と英知にあります。戦後を新たな戦前にしてはいけません。
気がつけば
 今日は、気がつけば、どなたとも会うことなく、会話もない一日でした。先週の木曜日から怒涛の5日間でしたから、こんな日も必要なのでしょう。
 そうでした。月曜日朝、八日市場駅前で、戦争法廃止を訴えるチラシ配りをしたのですが、受け取りがすこぶる悪かったんです。法案が通り、マスコミが取り上げなくなった影響が、特に、高校生に顕著に現われた感じです。一番反応が良かったのは、中年女性でした。
 そんな訳で、少々気落ちしています。今日はエストエストにも、買い物にも行かず、70分の散歩以外外に出ませんでした。人と口を利かないことに今気付きました。と言うことは、会話相手は次郎君だけです。そこで、次郎の川柳が出来ました。

     トーストやみな鼻になる犬の顔

     草津よりお座犬の傍が好い (温泉に行きたいが次郎がため叶わず。そこで自分に言い聞かす)

     愛犬の食欲そそる長い舌


散歩中に

     パネル植え電気育てる田となりぬ


政治への不信

     やせ我慢知らぬ露骨な政治なり

     
秋祭りその意味合い薄れる
 水神祭が地域の力を集め、無事、滞りなく終了しました。しかし、千葉県有数の農業地帯である我が地域も、農業は衰退の一途をたどっています。今日、旭にカレーを食べ、買い物をしに行ってきました。その道すがら、結構大きな土地は整地されていました。それも数箇所です。その多くが、どうも私の記憶では梨畑なのです。
 梨の生産寿命はそう長くないようで、生産量が落ちてくると、伐採します。どうも、そのまま、廃業して、土地を売ったのではないかと推察しています。米を作らずに、放置する農家も急増しています。それ以上に気を揉むのが「農業経営者」は居ても「百姓」がいなくなってしまったことです。
 「一反で8俵取った」といった言い方を皆さんします。しかし、百姓は「一反に8俵いただいた」との表現をしてきました。だから、秋祭りなのです。「取った」と言う意識と秋祭りはかみ合いません。水神祭りは、もうすでに、形骸化しているのかもしれません。

     神々が黄金に実り秋祭   (この句は郷愁に属します)
     秀麗の欠片で充ちる我が身かな

     覚悟せよ次々届く訃報なり
     明日あるか老いが我が身に言い聞かす
     信念の捨て方見事拾う椅子
水神祭
 10月17日(土)10月18日(日)両日、匝瑳市春海地区では水神祭が行われました。旧椿海村の350年の伝統を持つ祭りです。この一体は江戸初期まで椿の海と呼ばれる湖でした。が黄檗宗僧鉄牛によって干拓された。当時最大規模の干拓で、教科書にも取り上げられています。以後干潟8万石と呼ばれる穀倉地帯になり今日に至っております。その守り神が水神様です。20集落が交代で、祭りを主催します。今年は沖組が当番町です。私は交通安全協会春海支部として、交通整理、警備を担当して、参加しました。
 神輿に水神様をお乗せして、当番町まで、お連れします。五穀豊穣、家内安全を祈願して、集落内神輿は巡行します。一晩、お泊りいただき、また、水神社にお戻りいただく神事です。

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沖集落の記念集合写真です。お疲れ様でした。この中に、東総工業高校で担当した卒業生が2人います。見事な働き振りでした。
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囃子連です。この3月まで、一緒に勉強していた陸君はこの最年少者です。
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これはこれから水神様を水神社におかえしする前の神事です。
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神事の後、子供たちの巫女さんが舞います。
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陸君の太鼓を叩く凛々しい姿!!
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子供たちも大人にまけずに神輿を揉みます。椿海小学校の校長先生の子供たちを見詰める優しい微笑が印象的でした。
 こうして、二日間のお祭りはよる9時ごろに終わりました。安全協会の仕事を無事できたこと、水神様と仲間たちに感謝です。




新九条論に疑問
 東京新聞10月14日「こちら特報部」の「平和のための新九条論」を読ませていただきました。「羹に懲りて膾を吹いてはいけない」が感想であります。九条の一番の主張は戦争放棄という理想です。どんな理想も現実から否定される宿命にあります。安倍政権の暴走にたじろぎ、改憲論の土俵に乗ってはいけません。
 九条の理想は己だけの戦争放棄を内容としていません。なぜなら、他の全ての国も戦争放棄しなければ、実現できない理想だからです。つまり、地球から戦争をなくす「遠大な計画」なのです。そこに注目すれば、九条の本質はこの計画実現に向けて、後退することなく、努力を惜しまず、諦めない覚悟であると見えてきます。ですから、憲法違反とは「戦争放棄への努力を放棄すること」になります。
 ならば「自衛隊は合憲と違憲どちらなのか」と問われれば「条件付の合憲」です。もちろん「戦争をなくす努力を続けること」が条件です。理想(夢)はすぐには実現しないものです。その間、理想と矛盾する現実を理想放棄の理由にしていたら、どんな理想も実現しません。
 現に、政府は憲法24条(両性の平等の実現)25条(生存権の保障)という理想を持ち続け、努力してきました。同じように、九条も「粛々と」実現に向けて努力を続ければよいのです。これの何処に欺瞞があるのでしょうか。
 核心は、集団的自衛権行使をさせないための改憲論ではありません。この改憲は自民党が目論んでいる改憲実現よりも難しいでしょう。事の本質は、戦争地域の人々が「恐怖と欠乏から免かれ平和のうちに生存する」ことに希望を与える九条平和国家として活躍できる体制創りにあります。

俳句は出来ず
 昨晩から冷えてきました。今朝は手が冷たいですね。今、朝食を取り終わったところですので、これから温まってくると思いますが。そこで、ここ三日間の朝食をご紹介したいと思います。

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一昨日の朝食です。にら、しらす干し掛け納豆とひじきの煮物にたまねぎ豆腐にらの味噌汁です。

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昨日の朝食です。金山時味噌添え焼き鮭、ひじきの煮物、しらすおろし、わかめと豆腐たまねぎの味噌汁です。味噌汁の味噌は八丁味噌と赤味噌を合わせて使います。

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 そうして、先ほど食べた朝食。昨晩残りのカレースープ。材料はトマト190g、たまねぎ150g、にんじん90グラム椎茸30g、しょうが15g、八丁味噌・赤味噌合わせて30g、国産野菜のブイヨン8グラム、胡椒、醤油です。パンはあんしん村出販売している天然酵母パンです。飲むヨーグルト、これは高千穂牧場の食品添加物無添加です。赤いのが「トマトゼリー」これが優れものです。

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 これがブイヨンの箱です。愛媛県伊予市の「マルトモ」が製造しています。これも無添加です。植物油脂が何なのかが気になりますが、他のブイヨンに比べれば数段の高品質です。しかも、4g8袋で98円と値段も手ごろなのです。もちろん味は他の追随を許しません。お奨めです。


俳句はここ一週間作れませんでした。では川柳を!!

   マスコミとユネスコ同じ手で脅し

   シベリアは記憶南京は忘却

   安保法不服審査もルール無視   
誰かを犠牲に成り立つ社会は
 「国家による殺人の正当化を否認しない限り、世界平和への願いは、軍拡の声に打ち消されてしまう」そう思う中、安保法制が提起されたのです。自衛隊員が途上国市民を殺し、報復で殺されること恐れました。
 米国のアイゼンハワー大統領は「軍産複合体」の危険性を指摘し、退任しました。それは「軍産複合体」が自己保存のために、人々の生命財産を奪い、民主主義の健全さを奪うのではないかとの懸念でした。50年たった今、彼の心配の現実化は否定の仕様がありません。ベトナム、イラク戦争は、ほんの一部、世界の市民の生命財産を奪い続けています。結果「軍産複合体」は巨大化し、昨年、米国の軍事費は6100億ドル、国家予算の9,5%を占めるに至りました。
 そのアメリカとの集団的自衛権行使を可能にするのが「安保法制」です。九条はもちろん、「われらは、世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と宣言している憲法前文にも違反しています。これが私たちの「安保法制反対」の理屈です。しかし、この理屈もさることながら「軍産複合体」が他者を踏み躙り、太ろうとする理不尽さに感じる、本能的な嫌悪が原動力ではとも気付かされるのです。
 すると、私達は同じ嫌悪に突き当たります。沖縄に米軍基地を押し付けて、自らは経済成長の恩恵を受けていること。コンビニ本部の、独立経営としながら、社員以下の扱いをして利益を上げるチェーン店支配。管理職としながら、その権限を与えずに長時間労働を強いるブラック企業。中間搾取の合法化である派遣労働法制は、派遣労働の固定化をやってのけました。
 そうして、福島原発事故です。未だ、元の生活に戻ることがない、取り返しの付かない事態です。福島県富岡町の夜ノ森桜並木は事故後も咲き続けています。その見事さには、改めて、驚かされます。きれいな町並や、桜を愛で合うご近所との語らいなど、全てを失ったことの重大さに、我々は心を配っているでしょうか。他者に犠牲を強いねば維持できない社会を、これからも続けていいのでしょうか。よい訳がありません。
 「誰かを犠牲にして成り立つ社会」それは「野蛮」です。少なくとも、文化ではありません。これを共有できないならば、我々の文化の底が見えます。「繊細な気配りを本質とする」日本文化と「他者を踏みつけて自らは太る」競争社会が相容れることはありません。教養とは、相手を尊重、尊敬する奥ゆかしい文化です。「文化」が内なる「野蛮」を教養化する社会でありたい、そう思うのは私だけではないでしょう。
最高の体育の日
 いあ、清々しい秋の日です。窓、戸を開けて、ビスケットで、紅茶をいただきました。有難いと思いました。
 しかし、この今も、放射能がこの心地よい秋の日を穢し、命の躍動を奪っていることを忘れてはいけません。美しさを見せ掛けにしてしまった事実を私達は深く胸に刻まねばいけません。
 その見せ掛けが政治の常套になってしまいました。この見せ掛けを蔓延らせてしまった今を問わねばいけません。何をすべきか、何ができるかを考えています。この秋日和を来年は、心から楽しむことが出来るようにしたいですね。

 この秋日和を感じながら、市の広報誌文芸コーナー用の俳句と川柳を選定しました。11月1日、良い知らせが出来るといいのですが。

川柳

   枯葉散る涙するほど暇でない

   取らねばと緊張の中寿司まわる

   孫誘い団塊男アニメ観る

 
俳句

   幸不幸問わぬしあわせ鰯雲

   行儀よく脚揃え舞う秋の蝶

   秋の蚊や特攻隊の羽音立て

   白き犬大きく見える月の下
分を知るという道理
 この教え、抵抗感がありました。「お前のような身分のものが出る幕ではない」「平社員の分際で」「自分の能力を知れ、高望みだ」人を馬鹿にしたような、今風に言えば「上から目線」そのものと理解してきました。
 しかし、ものは上下左右内外から見ることが真実に近づく道です。この教えはこうもいっているのではないでしょうか。「社長なのだからわきまえなさい」「最高権力者だからこそ、権力を使うことには細心の注意と配慮がいる」「豪農なんだから、小作農の面倒を見なさい。財力・政治力があるんだから地域の発展に尽力しなさい」これも「分を知る」「分をわきまえる」ことです。
 ところが、現在、下のものに向かい「分をわきまえろ」とは言うが、自分に対しての分を問わない金持ち、財界人、政治家が目に付きます。出来るなら、何でもやってしまおうという卑しさが権力者の資質になってしまっていないだろうか、と思うのですね。
 「分を知る」は一つの道理です。道理が通じない世の中は長持ちしません。ですから、今の卑しい人たちの時代は何時しか終わることは間違いないと歴史が教えてくれます。それでも心配なのは、その終わりが多大な犠牲を契機に始まる場合です。今の権力の被害が出ないうちに、新しい時代を切り開けるかどうかを心配しています。

 さて、次郎君の蛇騒動です。蛇を咥えた次郎はいらいらする私の心にかまわずに40センチもある蛇を最終的にどうしたかです。

  ① 走るのに邪魔だから開放した
  ② 田んぼに穴を掘り埋めた
  ③ 結局、家まで加えて行き、死んでしまった蛇を庭に放置した

 さあ、どうですか。もう一度考え直して下さい。何番ですか?答えはずーと下にあります。













 リードを首に巻き放してやると、次郎はいつものように、走り出しました。田んぼに入り、いやしばらく走っていましたが、突然、、止まり、前足を使い出しました。そしてこちらを見るものですから、私は見ていないそぶりをしました。そうしないと、私に取られてしまうという心配ゆえに、埋める事を止めてしまい可能性がありますからね。すると、蛇を咥えていたその口と舌を引っさげて私のところに走ってきました。口を寄せてきますから、拒否しました。

と言うことで、正解は ②番でした。
また、次郎は蛇を咥える
 またやらかしました。私が嫌いな蛇をまたもや狩したんです。長さ40センチほどでしょうか。それもなかなか捨てません。そこで、広大な田んぼ帯に連れて行き、放しました。走ることに夢中になって、蛇を捨てるだろうと思ったわけです。その後どうなったか。ハイ、次の三択より、選びなさい。

 ① 走るのに邪魔になったらしく、蛇を開放した。
 ② しばらく、田んぼを走った後、田を掘り、蛇を埋めた。
 ③ 結局、放すことなく、咥えて走り回った後に、我が家まで咥え続け、死んでしまった蛇を庭に放置した。

 さあ、どれでしょうか。正解は次回に。


 最近の食事写真を載せるのを忘れていました。

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上は昨日の晩飯です。鳥胸肉と豚ヒレ肉の塩コショウ焼き。鶏肉は次郎のを拝借。トマトとキャベツの昆布ドレッシングとマヨーネーズ掛けとトロロ昆布汁。長ネギと花かつお掛け
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一昨日の晩飯です。蓮根のきんぴら、シラス大根、こんにゃくと厚揚げとピーマンのピリ辛煮込み、なす、ニラの味噌汁
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その前の晩飯。レバニラ炒めですね。



暖かい北風
 昨日は冷たい風が吹いていたので、ウインドブレイカーを着て散歩したんです。その積りで、外に出たら、風は北風なのに暖かいのです。暖かい北風、俳句作りには困った気象です。そのせいでしょう、次郎は、帰り道に、お座り、伏せ状態に入りました。
 家に帰ると、今度は秋の蚊に悩まされました。しつっこく、ブーうんと飛び掛ってきます。もう時間がないと必死なのでしょう。「秋の蚊」が歳時記にあるのかを、半信半疑調べると、あるんですね。昔の人も、秋の蚊に悩まされたのですね。そこで一句

     秋の蚊や特攻隊の飛びをせり

 祈ることを無意味とする意見に反発を見せながらも、私も「祈るだけでは何も解決しない」と長らく、心の底で思っていました。しかし、自分の力がどれほどのものか、いや、たとえ凄い力があったしても、世界中の問題を解決することは出来ない。そのことを重く受けとめ、起きている事態を思うと、祈ることしかできないということを突きつけられます。祈るのは、それが効果があるから、ないからではないのですね。「祈らずには居れない」から祈るのです。そのことに気付きました。恥ずかしながら、相当年を取ってからです。父を失ったことが直接の出来事だったでしょうか。修学旅行引率で長崎平和記念像を見た時、祈りの強さを感じました。そこで一句

     平和像祈りの力知り初めり


     尊きは何気ないこの日々の生

     菅長官本音述べたらセクハラに

     「活躍」は女性「利用」の間違いか
逆さまの政治
 安倍政権になってから、腹が落ち着かず、めまいもする。当然ながら、生理的な不快感に悩まされている。世が逆さまに立ち動いているからだ。
 五輪招致の際、世界に向かって、原発事故は収束したと宣言した。もしそうなら、福島県民からなすべきではなかったか。同じように、国会に議案を提出する前に、米国議会で安保法成立を約束。極めつけは、いかに憲法を安保法案に合わせるかとの議論が、集団的自衛権行使閣議決定を生んだとの中谷防衛相答弁だ。法案に憲法を合わせるとは、試験に例えれば、自分の答を模範解答に仕立てるごとき不正である。これらに低通している価値観がそもそも逆転していることが疑われる。社会と国家の逆転である。
 我々の生活の実体は社会にある。それが、東日本大震災の時、被災民の行動にしっかり表れたことは記憶に新しい。先に社会ができ、後に国家が形成されたことは歴史的常識である。社会を調整し守るために国家が必要なのであり、社会=目的、国家=手段であることが道理なのだ。政治家はそれぞれの「社会」を背負い、政治を行うものだ。だが、今の政治家からは「社会」が感じられない。政治家から生活が見えてこないのだ。国家が前面出でる。
 この逆転は市民と国家との逆転でもある。そして、それがいつか来た道であると国民は直感したのが今回の反対運動ではなかったか。兵100人の命よりも一機のゼロ戦に価値を置く政治が見えてきた。一億玉砕を命じることが国家の自殺行為であることにさえ気付かない愚を、連想させる「逆さま政治」である。

憲法を生かす匝瑳j九条の会ニュース第6号(裏)
 戦争は憲法違反から始まっていますね

 学校で習った社会科の授業を思い出してください。昭和8年、言論弾圧が始まります。京都帝大の滝川幸辰が職を奪われ、続いて昭和10年、憲法学者美濃部達吉も。この時、当時「憲法の番人」とされた枢密院議長も攻撃されています。
これって、聞いたような話ではないですか。安倍政権が憲法の番人「内閣法制局長官」人事に介入して、意のままになる長官にすり替えた事と似ています。憲法を意のままに扱おうとする動きです。
歴代内閣法制局長官が集団的自衛権行使は憲法違反であるとし、自民党政府もそう考え、これを尊重してきました。これを安倍政権は憲法違反ではないと、何のためらいもなく、覆しました。しかし、多くの失言、答弁撤回の中に、憲法違反であると自白した答弁があります。中谷防衛相の「現在の憲法を、いかに、この法案に適応させて行けばいいのか、と言う議論を踏まえて、閣議決定を行った」がそれです。
これは「集団的自衛権行使」が憲法違反であるという以前に、より大きな根本的な憲法違反です。憲法が最高法規であり、法律はこれに則って制定されねばならぬという憲法98条を、見事に、逆転させています。それを憚らずに、国会で答弁できることに、この政権の危険性があらわになっています。民主主義破壊と戦争に向かう危険性です。


戦争法制廃止の声を大きく、そして実現

 私たち「憲法を守る匝瑳九条の会」は「戦争法案廃止」に向け、市民の皆さんの力を集める役割を担えればと考えています。この声を挙げ、広め、目的実現に向けて、行動しましょう。いつやるの?林修さんに習えば「今でしょう」 今の平穏で、何気ない生活は貴重です。その生活を守るために、今こそ、慣れない活動に身を投じようと思います。皆さんのご参加をお待ちしています。

連絡先・・・匝瑳市春海6858 八角宅「憲法を生かす匝瑳九条の会」
       TEL・FAX 0479-73-2858
今後の活動   ① 「戦争法制」廃止を求める署名活動 
           ② 「戦争にいかないぞバッジ」の更なる普及
           ③ 地域の他団体との連携運動の推進
           ④ 「戦争法制廃止」ポスターの掲示運動
            (各戸門前・商店・企業に)
           ⑤ 意思を共にする個人との共同活動


傍聴記・・・・・9月11日市議会総務委員会で気になったこと

 陳情は総務委員会で審議されました。当日の出席委員は委員長田村明美、小川博之、刈谷進一、川口健男、栗田剛一、行木光一各議員。それは、委員会開会直後に起きました。委員長が議事進行に付き、今までと違う提案をした時でした。ある委員が怒鳴ったのです。驚きました。傍聴者には、静かにすることはもちろん、厳しい規制をする委員会で、荒々しい大声を挙げるとは。加えて、委員長の能力を欠き、適性がないがごとき発言もありました。
 更に驚いたのは、これを諫める委員が一人も居られなかったことです。同調し、白い歯を見せる委員も居られました。もちろん「これはよくない」との思いの議員もいらっしゃったと推察できました。当然です。それが良識です。市議会の品位は市民のそれでもあります。個人を尊重し、尊敬しあう姿勢が問われます。
(文責 八角宗林)
「憲法を生かす匝瑳九条の会」ニュース(表)
「憲法を生かす匝瑳九条の会ニュース」
                    2015年10月18日発行第6号
                            
陳情一部採択される!!
「憲法を生かす匝瑳九条の会」が5月26日市議会に提出し
た下記の陳情書が6月定例会で「継続審査」になったことは、
すでに、お知らせいたしました。それが、9月定例会総務委員
会と本会議に置いて、一部採択されました。陳情趣旨を除いた
陳情項目のみの採択です。



「安保法制関連法案徹底審議・国民理解を求める意見書」の提出を要請する陳情書

陳情趣旨
安倍首相は集団的自衛権行使を可能にする法制整備でありながら、5月20日の党首討論で「他国での戦闘や空爆はない」と明言しました。ならば、何のための集団的自衛権行使なのか、なぜ米国が集団的自衛権行使を含んだ新ガイドラインを歓迎し、首相を準国賓待遇で歓待したのかが分かりません。
宮沢首相当時の「わが国が海外で武力行使することは許されない」との答弁に対して、
5月19日、安倍内閣は「武力行使の三条件を満たせば、許されないわけではない」との答弁書を決定しました。ならば「他国での戦闘や空爆はあり得ない」発言と矛盾します。更に「他国での戦闘も空爆もないが、機雷掃海は例外」ならば、大改革は必要なく、だた「機雷掃海のみを行うこととする」という提案で済むようにも思われます。
  このように、安保法制関連法案の内容とその目的については、理解が困難な状態にあります。ここで政府に求めることは、安保法制関連法案の
① 目的は何なのかを明確にすること
② 今までと何処が変わるのかを、明確に余すことなく、呈示すること
③ その上で、集団的自衛権行使が避けられないことを説明すること
④ そして、それぞれの説明に矛盾がないことです。
陳情項目
安保法制関連法案について、時間を掛けた、充分な審議を求める意見書の提出を要請します。



 「憲法を生かす匝瑳九条の会」は、昨年「特定秘密保護法廃止に関する陳情書」「集団的自衛権行使容認に反対する立場からの陳情書」を市議会に提出しました。いずれも、不採択となりました。そして、今年提出した「ヘイトスピーチ防止法制定に関する陳情書」も6月議会で不採択です。ですから、一部とはいえ、採択されたのは今回が初めてです。今までの皆様からのご支援、ご協力に対して、心からの感謝を申し上げます。
引き続き、私達は「平和と人権」に関心を持って、活動してまいります。今後とも、よろしくお願いします。



第31回憲法を生かす匝瑳九条の会
 今日は第31回憲法を生かす匝瑳九条の会を開きました。匝瑳市議会が会提出の陳情を一部とはいえ、受け入れたことを、積極的に受け止め、協力いただいた市民の方々、知り合い、会員同士に感謝をして、次に向かおうということになりました。
 決まった主なことは①市議会が陳情受け入れたことのお知らせ 改めての戦争法制への批判 、今後の会の活動を内容とする新聞ビラを作成すること(12000枚)。②駅頭アピールを毎月9の日に、三回行う態勢を整える ③戦争法制廃止に向けた、地域の団体・個人の連合体つくりを模索するの三点です。
 これから、アイデアを持ち寄ることが肝要と、頭をやわらかくしているところです。


 イタリアンレストラン・エストエスト、この店に通いだして10年、未だ、注文したことのない料理があるのです。それを今、食べた尽くしているところです。今日はアンチョビとブロッコリーのぺペロンチーノをいただきました。
 わずか1時間ちょっとの時間でしたが、川柳3句が出来ました。

     真央ちゃんと呼ぶを憚る貫禄美

     謝って済むのか誤爆市民の死

     向こうでもメディア戸惑う安倍質疑

加えて昨日作

     悲嘆満つ悪法越えるましゃショック

     職員に国が甘える介護給

     

本日作俳句

     秋桜倒れてもなお秋桜
どれを用いるか
 爆弾低気圧が通り過ぎました。我が匝瑳市は朝方強い雨が降りましたが、庭の次郎が掘った穴に雨水が溜まるほどの雨量で済みました。風も、セイダカアワダチソウを北東側に少し傾かせるほどの風でした。次郎が散歩で走り回る田に水が入って、入れられないことぐらいが不都合です。
 静かな朝、新聞を読み終えても、川柳の種がないので、最近浮かんだ川柳や俳句を読み返すと、気付くことがいくつも出てきます。それをどのように考えて、どう手直ししたかをご紹介させてください。

   白き犬大きく目える月明かり

大きく見えるのは白い犬ですから  「月明かり大きく見える白い犬」とすべきか、迷ったんです。しかし、月明かりの明るさを表現するための「白い犬」ですから、注目を「月明かり」に集めるために、最後に持ってきたんです。しかし、読み返すとやはり、大きく見えるのが月明かりと誤解されそうです。そこで

   白き犬大きく見える月の下

にしてみました。これの難点は「月明かり」が持つ明るさを鮮明に意識させることに力及ばないところです。なのですが、月明かりで白い犬が大きく見えることは伝わるということで、今日のところは、これで行きます。


   原発の「永遠の0」書いてくれ

 これは    原発も「永遠の0」書いてくれ    と迷ったんです。平和を訴える「永遠の0」に加えて「原発も」という含みですね。再考して、そのままにしました。

   
   国会に除染されない嘘の山    

 これは   国会に除染済まない嘘の山   に直しました。「済まない」には「しなければいけないのに」という見解が入っています。


 それでは、昨日の作を

     一句でき忘れぬ内の散歩道

     枯葉散る涙するほど暇でない

     我も撫で秋麗撫でる犬の背中

     モスグリーンの門扉端赤とんぼ 

我も撫で秋麗撫でる犬の背中

 これはまだ言いたいんですね。説明したいんですね。そうすると

   我も撫で秋麗撫でる犬の背中
         光と風のありがたきかな

と短歌になりますね。短歌、俳句、川柳 皆独立した違った文芸であることはもちろんその通りです。 そうでなければいけません。しかし、なのです。感動を表現するのに、相応しい形式を選ぶことは自然でもあります。感動を575にあるいは57577に納めることにもどかしさを感じれば、それは随筆になるのではないでしょうか。そんな思いが私の根底にあります。 
「陳情結果について」(通知)市議会から届く
 憲法を生かす匝瑳九条の会が陳情し、一部採択されたことはお知らせしました。その通知が届きました。何か合格通知書を手にしたような感覚になりました。

安保法案に関する陳情の市議会からの結果報告

安保法に関する陳情を受けての市が提出した意見書

 さあ、次は戦争法廃止に向けて、どう動くか。多くの意志を同じくする団体・組織・個人との連携をどう取るかにかかっていると思います。これ難問ですね。知恵を出し合い乗り越えようと思います。

 昨日はNHK「歴史秘話ヒストリア」で「忠犬ハチ公真実の物語」再放送を観ました。泣かされました。また、その愛情を国民を戦争に駆り立てるために利用した権力を憎みました。これからは「忠犬」と呼ぶのを止めるべきだと真剣に思いました。「愛犬ハチ公」がいいでしょうか。

     ハチ公の情を忠義とすり替えて
               弾丸にした戦争がある