FC2ブログ
早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
父の戦争を想う
 近頃、世の動きに危うさを感じております。戦後生まれの私でもです。それは父の影響でしょうか。
  昭和14(1939)年から兵役にありました。中国北東部に派遣され、伊豆大島で終戦を迎えます。子供の頃、アルバムを見せて、質問に良く答えてくれました。中には衝撃的な話も。そして「戦争はいけない。天ちゃん(天皇)に騙された」で終わりました。
 その父が亡くなり16年、戦争を語れる方も激減。そこで「語り継ぐ父の戦争体験」を書き、それに575も付けてみました。「支那の子に弟想い菓子分ける」「敵討ちて腰掛食らう飯の味」(敵の死体に腰掛けていた)「スパイ討つ銃剣止まる人ゆえに」「銃持たぬ兵を椿と見送りぬ」(大島で南方に向かう兵を接待すると銃を持っていなかった、泣いた)
 今思えば、子供に語れないことも多くあったと思われます。その父が生きていたなら何を語るのか、父が愛した庭の花々を見ながら問うています。


スポンサーサイト



田植え真盛り
 田植え始まったなと思ったら、そろそろ終わります。『米が安いから、もう止める』と言っていた『農民』ですが、農民ゆえに、やはりまた、黙々と祖先に習うのです。


     千年の祖先に捧ぐ田植えかな

     うたた寝の夢に大瑠璃加わりぬ

     降り注ぐ春光流る大地かな

     一呼吸するごと増える恥の数





     準国賓兵の命を土産にし
死なせる覚悟だけ言うが
 石破氏は幹事長時代、自衛官を「戦死させる覚悟」をする最初の政治家になるとの自負を語りました。しかし、その覚悟の本気度が疑われます。もし、覚悟が本物ならば「殺させる覚悟」にも心が届いたはずなのです。
 更に、彼の覚悟には見落としがあります。それは帰還兵の、その後を「支援する覚悟」です。イラク戦争派遣自衛官が帰還後30人自殺しています。戦場の最前線に立たずとも、相当のストレスがあったことを示す事実です。
 もし、本格的戦争への参戦となれば、派遣隊員の犠牲は質量とも飛躍的に増大します。身に受けるべきは「戦死させる覚悟」ではなく「戦死させる悼み」であり、覚悟すべきは帰還後の「人生の引き受け」なのです。これは安倍内閣の安保法整備賛成者にもいえます。心を病んだ元自衛隊員を引き取る覚悟がありますか。


海外派兵戦費財力はあるのか
 成立を急ぐ戦争立法。集団的自衛権は、政府が「武力攻撃を受けたと同様の深刻、重大な被害が及ぶ」と判断したら、国会の承認なしで発動できます。要は、海外に出て行って殺し殺される世界にのめり込むことに違いありません。
 戦争を正当化する場合、必ず、美しい造語がなされます。「大東共栄圏」「八紘一宇」今回は「国際平和貢献」誰も反対はできません。しかし、これが強国の利害絡みの戦争であること、「平和貢献」による市民犠牲に目を向けねばいけません。
 加えて、1000兆円の借金を抱える政府に海外派兵戦費負担余力があるのかが疑問です。国債は国民金融資産があるから心配ないと言われていましたが、今や日銀が買い支えています。ここでも神話が壊れだしています。
 わが国が財政破綻した時の国際的破壊力は甚大です。それは回りまわって途上国の弱者に襲い掛かるでしょう。ならば今、わが国が成すべき国際貢献は派兵ではなく、財政破綻回避です。なのに「戦争の火種をつくり法制化」自作自演の戦争への道です。

春爛漫腰も張る
 暖かな日となりました。ソメイヨシノは完全に散り、八重桜が咲く準備を始めました。次郎を庭に放し(次郎はまだ庭から出て行く術を知りません)花たちを愛でました。

008 - コピー 009 - コピー
011 - コピー 012 - コピー
018 - コピー 017 - コピー
016 - コピー
チューリップも水仙も大分前に球根を買って来たものです。欅の枯葉が良い肥料になっているのでしょうか、勢いが衰えません。石楠花はここ数年、早く咲くようになりました。芝桜はぼー君に踏まれ踏まれ、とうとう、こんなに少なくなってしまいました。蔦が欅に巻きついてきました。

015 - コピー 014 - コピー
015 - コピー 005 - コピー
次郎君は相変わらず、腕白です。腰が痛いのは散歩中に、引っ張られるからではないかと、疑っています。


     厳粛に生命軽視を解く裁

     三権に序列付いてる民主主義

     教科書はあなたの著書でありません
選挙、そして花見の会に呼ばれる
 今日は天神山公園で花見でした。相当散ってしまっていましたが、楽しい時間を持てました。
 花見の前に、県議会議員選挙投票を済ませました。今回は、初めて、候補者の名を書かずに、575を書いて『投票』しました。

     席に足る人材ありや桜散る

 現職も、新人も二世です。一番気に入らなかったのは新人陣営でしょう、怪文書が無記名で各戸に配られたことです。現職への誹謗中傷です。そして、ニ候補とも名前の連呼に終始したことです。現職は道路の話ばかり、新人にいたっては、何をするのかがわからないままです。ゆえに、採った投票行動です。
戦争に行かないぞ=S I Z 宣言文
「戦争に行かないぞ」宣言文

 近代思想において、人権は生まれながらに神から与えられています。ですから、王も国家もこれを奪うことはできないと理解するのです。しかし唯一、神や天ではなく、国家から与えられる権利があります。それが交戦権です。
 交戦権は国家が持っているとされます。それを国民は分与され、「人を殺す権利」を手に入れます。ですから、戦場から帰っても、殺人罪で裁かれません。しかし、健全な人間が「人を殺す権利」を求めるでしょうか。
 戦争体験者の話によると、初年兵教育は相当荒っぽかったと言います。演習から帰ると中国人が柱に縛られています。「スパイを銃剣で処刑せよ」との命令。しかし、「スパイ」に突進すると、緊張から足がもつれる者や、直前で、立ち往生する者が続出したそうです。それはそうでしょう。これで分かるように、交戦権は国家から「与えられる」のではなく「押し付けられる」権利なのです。
 基本的人権は「自然権」とも言います。自然は人権と同じように「人を殺したくないという感情」も与えています。これが憲法九条に生かされています。「国の交戦権はこれを認めない」以後70年国民への「交戦権押し付け」はありません。
 しかし、石破幹事長(当時)は政治家として「死なせる覚悟をする」と発言。政治家の責任で自衛官を戦死させる、その覚悟を最初にするとの自負を示しました。これは同時に「殺し、殺される覚悟」を国民に強いるとの宣言です。「交戦権の押し付け」ですから、大胆にも、憲法違反宣言をした訳です。これを実行に移したのが「集団的自衛権行使するとの閣議決定」です。ですから、これも憲法違反に違いありません。
 この憲法違反は国が決めれば自衛隊はもちろん、国民も戦争に行くことを前提にしています。ならば、国民は「交戦権の押し付け」を拒否し「戦争には行かないぞ」宣言をしようではないか、と思うのです。ご先祖たちが年貢拒否一揆を起こしたように、我々は兵役拒否一揆を起こそうというわけです。
 欧州には「良心的兵役拒否」の権利を認める国があります。この言葉を使うなら、憲法九条は、言わば、国民と国家こぞっての「良心的兵役拒否」宣言です。1947(昭和22)年文部省発行「あたらしい憲法のはなし」は「戦力を放棄しても心細く思うことはありません。日本は正しいことを、他の国より先に行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と教えています。この教えに従い「戦争に行かないぞ」宣言をします。
20014年11月8日               
                      憲法を生かす匝瑳九条の会
高校生にチラシを配る
 今朝、7時に八日市場駅前に集まり、以下のチラシを登校して来る高校生や通勤者に配りました。8人で、250枚が40分ほどでさばけました。気持ちよく配布仕事が出来たということで、皆さん『また、よろうとよ』となりました。


SIZ宣言チラシ2 - コピー

 高校生の反応が、想いの他(失礼かな)良かったです。学校に持って行き、クラスメートと読みあって、話の種になってほしいですね。また、家に帰り、家族との話しになれば、更にありがたいことです。
炬燵で一日過ごす
 寒さがぶり返しています。お陰で、炬燵と仲良しです。そこで、新聞を読み終えれば、することもなく、テレビも観たいものなし。そこで勢い、575作りとあいなりました。


     批判され改めるのも粛々と

  そこで、正しい粛々の使い方

     粛々と退職知らせ書かれおる


     教科書の監修安倍の名が隠れ

     悲しみを強さに変えて問う平和

     儘ならぬ我以外には悩みなし

     公明の歯止めの向きはどちら向き

     

     
陸君と天神山公園でお花見
 今日は少し寝坊をしてしまいました。天気予報は快晴と言うこと。八日市場のHさん宅で、10日に配るチラシの印刷をしてから、天神山で花見をしようと予定していました。
 すると、陸君がやってきたのです。「木曜日だらか来た」というんです。これからは解らないことがあったら来るということになっていたので、でも、来るとしたら陸君だなと思っていました。そこで、花見に一緒に行くとこにしました。陸君が「女子も呼ぼうよ」と言うので珠ちゃんに電話しましたが外出中でした。愛ちゃんは珠茶が居なければ99%行くとは言わないでしょうから、2人での花見となりました。
 少し早いという五分咲きと言うところでした。結構な方々がいらしていて、賑やかと言うべきでしょうか。普段しないさまざまな話が出来た、有意義な4時間となりました。デジカメを忘れたので、残念です。12日花見に呼ばれているので、その時は写します。しかし、あと十日、花はあるのでしょうか。