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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
SIZ宣言文をあなたのブログに!!
 1,17日の『女の平和』赤の鎖、1、25日の辺野古移設反対『青の鎖』にも参加してきました。『そんなのに参加したって、変わりはしないよ』と言う声もありますが、意味があるかどうかではなく、そうしないではいられないという心境からでした。
 安倍首相は、辺野古移設反対と言う沖縄県民の意志を無視しようとしています。これから、国民が何を言ようが、相手が弱いと見れば、そうしてくると予想されます。選挙で自分の意志を表すことは、選挙制度の不備も含めて、難しいし。かといって、暴力破壊行動にでることは本意ではありません。
 そうなると、日常生活と一体化した平和行動が必要になって来ないでしょうか。労働や消費をしながら、平和を述べるのです。言葉だけで『平和が大事』と言うのではなくて行動にするのです。『平和平和』というだけなら武器輸出禁止三原則をかなぐり捨てた安倍さんだって、そう言っています。
 今までに、20を越える新聞社と大学自治会にSIZ宣言文とバッジを送らせて頂きましたが、反応は皆無です。そこで、ブログ仲間から、その仲間にと広げてゆく方法もあるのかなと、思い出しました。皆さんのブログで、SIZ宣言文を紹介していただけないでしょうか。賛同していただける方が居られましたら、是非、お願いします。
 なぜ、これを広めるのか。それは安倍政権の、先ほど指摘しました体質があるからです。口で言っているだけでは、何も彼らは怖くないのです。しかし、バッジを付けるという行動に多くの市民が歩み出したら、どうでしょうか。首都東京を歩く市民の多くがバッジをつけて歩き出したら、これは不気味なはずです。
 民主主義も、」我々が民主主義、民主主義と口で言っている間は政権は怖くはないのです。民主主義の実質を求めだした時に、怖いのです。ですから、押さえつけるではないですか。口で言っているだけの市民を押さえつけはしません。実質を求め行動しだすと『活動家』と呼び出し、一般市民と区別しだすのです。そうすると、市民もそうレッテルを張り、特殊な、危ない人間として扱いだすでしょう。
 ならば、市民みんなが『活動家』になろうではないかと思うのです。SIZバッジをつけて活動家になろうではないですか。これぞ、生活と政治の一体化です。それが市民の意志を政治が動かすことにつながる唯一の方法ではないでしょうか。SIZ宣言を皆さんのブログでご紹介ください。鼠算式で拡散してください。
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朝寝坊を楽しむ
 昨日は布団に入りながら、ラジオを9時まで、聴いていました。今日は7時40分に、電話が入り、妨害されましたが、電話がなければ、はやり、9時ごろまでは寝ていたのではないでしょうか。
 寝床の中で『ああ、あったかいあったかい』と冷めてきた湯たんぽを抱えながらの怠惰、これぞ贅沢とて、心も温まるというものです。怠惰が幸せ、これは不道徳なのでしょう。
 しかし、道徳を独占し、そのように生きることを強要する不道徳がまかり通っている今日、不道徳に生きる道徳の可能性が浮かび上がってきます。『道徳道徳』と、お互いの首を絞めるような不寛容には寛容にはなれません。
 政府の『自己責任』という不寛容、無慈悲は不道徳の段階に進化しているというのが私の認識です。残業代ゼロ、派遣労働の固定化を促す派遣労働法の改定、辺野古基地建設強行、市民同士、他者の首を絞めるような言動をしてはいけません。
 気がつけば、また、政治批判になってしまいました。カテゴリーを人生から政治に変えたほうがよろしいでしょうか。


    積極的戦費最高平和主義




    霜柱音高く踏み空碧し
今日はアウシュビッツ開放70年
 70年前の今日、アウシュビッツ強制収容所がソ連軍によって解放されたそうです。ここで、100万人のユダヤ人が虐殺されたことを、ドイツはもちろん、欧州各国首脳が集まり、慰霊し、事実を新たにする日です。ドイツはこの責任を今も重く受け止めているのですね。
 しかし、日本の首相は未だ誰一人、南京虐殺記念館に行っていないのです。その責任をようやく認めたのが村山談話です。その談話が8月に書き換えられるというから驚きです。どうみても、責任をはぐらかす内容になるとしか思えません。
 その安倍内閣が好きな言葉が自己責任です。安倍さんは本音の部分では湯川、後藤両氏の拉致を自己責任と思っては居ないでしょうか。そう思えば何ヶ月も拉致を放置していたことが理解できます。日本国民はもちろん、国際社会の知れることになって、放置できなくなって対応しているに過ぎなく見えるのは私の彼への偏見でしょうか。


    『自己責任』国家社会の無責任



    雪の空鬱が溶けゆく硫黄の湯

    蝋梅の枯れ木に馴染む息吹かな
    
また、国会議事堂を囲む
 昨日は辺野古基地建設反対ヒューマンチェーンに参加してきました。会員の多くが餅つき大会に参加することになっておりましたので、私一人参加してきました。囲めるか心配していたのですが、7000人が集まったそうです。これ、東京新聞以外の新聞も取り上げましたかね。
 辺野古を放置して、基地建設が完了するようなことになると、民意とはなんなのかと言うことになります。絶対的少数派の沖縄県人は大多数派の利益のために我慢することは当然と言っている事になってしまいます。それでよいのかと言う思いを堂処理できるでしょうか。そこが問われると、参加してきました。

     議事堂をシンボルにする平和の輪
 
     この平和かよわきゆえに愛しむ

     医者に次ぎシェフに群がる高齢者

    
先の大戦前の「栄光の時代」とは
 安倍首相の母方の祖父が岸信介元首相であることはよく知られています。が、安倍首相の「祖父の場合、先の大戦に至る前の、ある意味では、日本が大変な飛躍的な前進を遂げた栄光の時代が青春だった」と言う言葉は知られていません。
 「先の大戦に至る前の時代」とは外交的には満州事変から満州国独立、国際連盟脱退、日中戦争開始であり、内政的には治安維持法制定、五、一五事件に代表されるテロ事件、無産政党弾圧、学者を大学から追放した学問・思想の自由の否定を指します。つまり、帝国主義的侵略の時代です。これを栄光と言うことに、驚きを隠せません。
 もし国民が彼を国のリーダーとし続けるのなら、、少なくとも、この彼の歴史観を放棄させねばなりません。これを含めて彼を首相と認めることはしてはいけません。正直に言うなら、この歴史観を持っている以上、彼を首相としてはいけないのです。


    戦前は誉首相は無反省

    ホロコースト怖さ言うなら南京も

    何もせぬ贅沢な日は梅茶漬け

    何もせぬ贅沢な日は犬を撫で

    還暦後己が身体の声を聴く
女の平和ヒューマンチェーンに参加してきました
  主催者発表で6000人が赤を身にまといはせ参じました。輪が二重三重になる箇所もありました。若い方もいらっしゃいましたが、60代70代が中心です。そこが少し残念でしたが、意を同じゅうする人々の中にいることは心地よいことでした。
 我が会は三人で参加、参加予定の2人の方が風邪で寝込むと言う事態に。我が地方は小学校が全校出港停止になったほど、風邪が猛威を振るっています。卒業生のS君は急に仕事を入れられてしまったそうです。福祉の現場は目いっぱいだとよく分かります。介護報酬2、27%カットしておいて、12000円の給料アップという政府のごまかしに怒りが噴出します。
 会場で「戦争に行かないぞ」宣言文を100枚ほど配りながら、SIZバッジを販売した結果、売り上げは6300円でした。一人で参加していた学生風の青年と、澤地久枝さんには差し上げました。
 また、驚いたことに、従姉妹の順ちゃん、といっても私より10最年長ですが、その順ちゃんから携帯に電話が入り、今国会に来ているというんです。一緒にその姉の静ちゃんも。終了後、大丸の喫茶室で90分も話が出来ました。これも思わぬ収穫でした。



    国会を母が化身のハト囲む

    ビルが線冬空を切る丸の内



    風呂場から子等も湯気立つ牡丹鍋
体が冷える
 先月の 電気使用量と料金票を見ましたら、1万円を超えていました。暖房に相当電気を使ってしまったのです。それでも、体は冷えますね。これから、二階の部屋に日が入る時間はそこに居ようと思います。それでも、結構な節約になるでしょう。売電は2万円でした。



    防衛費最大にする平和主義

    論客の歯切れの良さに腹が減り
    
    資源なし犬も咥える缶拾い


    星と月犬も凍える蒼い屋根

    茶の湯気が真上に揺らぐ日向ぼこ

    人間が悲しくなって牡丹鍋

    星星の在り処を磨く冬の月

女の平和1,17ヒューマンチェーンに参加決定
 国会を1万人が手を繋ぎ囲んで、平和推進政策に切り替えろ、と要求する活動に参加することを、憲法を生かす匝瑳九条の会は決定しました。今月17日土曜日、13時から15時まで。国会周辺に集まってみませんか。詳細は「女の平和」で検索してみてください。
 わが会はSIZバッジの販売もします。どれほど売れるか、今後の売れ行きを占なうことになります。
欧米がテロゆえにテロ還る
 フランスでアルカイダを名乗る若者達が新聞社を襲って、12人を殺害しました。もちろん許されることではないどころか怒りに震える所業です。欧米各国はすばやく、そろって批判しました。当然です。
 と同時に、欧米が仕掛けたアフガン、イラク戦争も『テロ』ではないかと疑うのです。テロもとてつもなく大規模になるとテロの様相を見失わせます。が、しかし、テロも戦争も己の主張を通すためにしでかす点では本質的に同じです。圧倒的に強い者が正義になってしまうことは歴史上いくらでも例があります。
 欧米主導の世界秩序維持思想とそれに基づく政策は、すでに、その正当性を失い、機能しなくなっていないでしょうか。このことを言える先進国は数少なく、その有力者が日本だと思うのです。そう言える資格は憲法九条に由来します。九条ゆえにわが国は集団的自衛権行使せず、非核三原則(密約があったことも事実だが)、武器輸出禁止三原則のもとに、殺し殺されることから一線を引いてこれました。
 その九条を骨抜きにし、なくしてしまおうという政権の愚を批判することが私の愛国心であり、ヒューマニズムです。今私達は平和のためといって防衛費を増やし、実は、平和への武器を放棄しようとしています。何とかこの流れを止めねばなりません。そう思わされたフランスのテロ戦争でした。


    反省を捨てた代償防衛費

    憲法も虐待される日本国

    安倍安保ジュゴン最初の戦死者に

    円安が教えてくれる和の秀美

    S I Z 『戦争に行かないぞ』
簡単出汁のとり方
 出汁とりは失敗成功を繰り返してきました。確実に美味い出汁をとる方法は、昆布、鰹節のメーカー選定を含めて、確立しないままでした。
 ところが、昨日、簡単で確実に美味い、しかも無駄も無い、方法に気付きました。それはこうです。まず、湯をつくり、湯気が出したら、花かつおを入れます。沸騰前に、最弱火にして、味見を繰り返し、これは美味いというところで、火を止めます。野菜等を煮ます。さて、ここからです。お椀にとろろ昆布を入れて置いて、そこに、出汁と野菜を注ぎます。そうすると、かつお昆布出汁になるんです。
 今までは、昆布を1~2時間、水に浸して置かねばなりませんでしたし、どれほどの温度でどれほどの時間出汁を取ればいいのかが難しかったわけです。さらに、出汁をとった後の昆布を捨てることが多く、無駄しているというすっきりしない気分が残りました。
 気付いた方法だと、失敗が無い上に、無駄がありません。昆布をすべて食べることになりますから、健康にもいいでしょう。とはしゃいでいますが、もしかして、皆さんすでにやられているのでしょうか。もしやられたことが無いのでしたら、是非、一度、お勧めです。
エストエストで初食事
 今日はイタリアンレストラン『エストエスト』で昼食を摂りました。新聞を持ってゆくのを忘れてしまったものですから、575を作ることにしました。

    一人居の気楽淋しく除夜の鐘

    年明けて短くなりし長き影

    三箇日コタツみかんと仲良くし

    愛犬のワン高くして初日の出

    新聞の活字が重い年初め

    己だけ良ければいいの世になりぬ
                絆言うほど危うい社会

    
心穏やかな新春
 激動の一年が予想される2015年ですが、不気味さを感じながらも、心穏やかに過ごしています。今朝、結構大きな地震が我が東総地方にありました。覚悟の年です。
 全く、作れなかった575ですが、幾つが浮かんできましたので、初作品をご紹介します。


   あるがまま招きにはしゃぐ大晦日

   時惜しみ息を止めてる大晦日

   無粋にもジェット機の飛ぶ除夜の鐘

   最先端技術モラルに九条も
2015年明けましておめでとうございます
昨年は「アナと雪の女王」のエンディング主題歌「ありのままで」が大ヒットしました。「ありのまま」であることが難しい世相の反映ではないかと。「まともならざるもの」を「まともなるもの」へ「邪悪なるもの」を「正善なるもの」へと仕立てて行く、そんな力をひしと感じております。そこで、微力ながら

A 「憲法を生かす匝瑳九条の会」活動を続ける
 1 「憲法講演会」開催 = 2月22日、高橋勲弁護士をお迎えして「輝かせよう日本国憲法」と題して講演会を開きました。50人の参加を戴きました。
 2 「復興支援フェアin東総」に参加 = 憲法関係の書籍販売と天然ジュース販売をし、募金を寄付いたしました。
3 市議会に陳情書を提出 = 「特定秘密保護法の廃止を求める意見書の提出を求める陳情書」を2月6日に、5月25日には、まともに審議していないことを理由に、再度提出しました。議員20人中4人の賛成に終わり、不採択。
 4 「集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更に反対する意見書の提出を求める陳情書」を5月25日に市議会に提出しました。結果、賛成5名で不採択。
 5 「語り継ぐ父の戦争体験」を書き上げました。ブログ「人を笑わず人と笑う」のカテゴリー「語り継ぐ父の戦争体験」でお読みになれます。 「戦争体験を語り継ぐ会」を小学校、高校にご提案。高校で現在検討中です。
 6 「戦争に行かないぞ」宣言=S I Z宣言を11月8日に行い、「S I Zバッジ」を作成しました。バッジは大小それぞれ250円と300円です。ご連絡いただければ発送します。TEL・ファックス兼用 0479-73-2858
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B サタデースクール8年目を迎えました
   匝瑳市教育委員会主催の土曜日に国語と算数の勉強をするサタデースクールも参加8年目を迎えました。今年は特定クラス担当ではありませんので、写真はありません。子供達をついつい評価している自分に気付き反省することしばしば。子供達も生きることに悩んでいます。そこを忘れずに、心満たされている笑顔を求めて、精進しようと思います。
C 勉強会の陸君・珠ちゃん・愛ちゃん、今年は中学生
   三人は、心身ともに、すくすく成長しています。陸君は身長が伸びないことを 深刻ではありませんが、気にしている風です。それは珠ちゃん、愛ちゃんは150センチを越えているからです。「私も中学に入った時は143cmだった。卒業の時は167cm」と話しているところです。  
三人とも、気が付かないことを恥じるようになりました。「たこ焼きパーティー」の日に家政婦さんが来たのです。「家政婦さんにも食べてもらったら」と言うと、「そうだ」という顔をしてすばやく、3人は動きました。家庭での様子が窺えます。

D 次郎君がやってきました
   1月12日、卒業生というか陸君のお母さんに気を使っていただきました。結果、生後一ヶ月半の子犬を抱っこして連れ帰りました。11月30日で満一歳になった次郎君です。ぼー君に輪を掛けた腕白です。
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F 新聞投稿も続けています
   第二の人生は、心穏やかに、好きなことだけをやっていこうと誓ったのですが、なかなかそうはいかぬものです。旅行も、親友Oの秋田へのお招きに預かったきりです。次郎が来ましたので、また、旅行はお預けです。4年前からはじめた川柳・俳句も上達しないのです。好きなのかどうなのか分からなくなってきました。

 川柳  デモがテロストは反逆扱いね    文明も武器と気付かぬ平和主義
     クリスマス鮪捌いて蜆汁      デモはテロ道徳授業これで○
     武器輸出消極的に平和主義     養生は信じることが薬なり
     冤罪を演じるという罪もあり    パレスチナ祖国なれども逃げ場なく
      星影のワルツを歌い党を割り    富士山も駅弁もないリニア輸送
     一番の不思議は命今日もある    空爆の効果空しき空騒ぎ
     天も地も牙剥く上に原子力     恩給の礼しか言えぬ母の愛
俳句   丹頂の雪に染まらぬ白さかな    冴ゆる夜は近くなりたる遠き屋根
     目覚むれば耳鳴り痛し蝉時雨    空蝉の風に転がる静けさや
     付いてくる署名集めの赤とんぼ   鶏頭の睨みにすくむ犬の耳
     熱き茶を一人啜るや野分前     諦めぬ心を磨く冬の朝

「戦争に行かないぞ」宣言 = S I Z 宣言 
近代思想において、人権は生まれながらに神から与えられています。わが国でも、明治期、自由民権派は基本的人権を「天賦人権」といいました。天が民に与える権利です。ですから、王も国家もこれを奪うことはできないと理解するのです。 しかし唯一、神や天ではなく、国家から与えられる権利があります。それが交戦権です。
 交戦権は国家が持っているとされます。それを国民は分与され、「人を殺す権利」を手に入れます。ですから、戦場から帰っても、殺人罪で裁かれず、暗黙の国際的了解ゆえに、敵国さえ裁きません。しかし、健全な人間が「人を殺す権利」を求めるでしょうか。
 戦争体験者の話によると、初年兵教育は相当荒っぽかったと言います。演習から帰ると中国人が柱に縛られています。「スパイを銃剣で処刑せよ」との命令。しかし、「スパイ」に突進すると、緊張から足がもつれる者や、直前で、立ち往生する者が続出したそうです。それはそうでしょう。これで分かるように、交戦権は国家から「与えられる」のではなく「押し付けられる」権利なのです。
 基本的人権は「自然権」とも言います。自然は人権と同じように「人を殺したくないという感情」も与えています。これが憲法九条に生かされています。「国の交戦権はこれを認めない」以後70年国民への「交戦権押し付け」はありません。
 しかし、石破幹事長(当時)は政治家として「死なせる覚悟をする」と発言。自衛官を戦死させることは忍びないが、自らの責任でその覚悟をする初めての政治家になるとの自負を示しました。これは同時に「殺し、殺される覚悟」を国民に強いるとの宣言です。「交戦権の押し付け」ですから、大胆にも、憲法違反宣言をした訳です。これを実行に移したのが「集団的自衛権行使するとの閣議決定」です。ですから、これも憲法違反に違いありません。
 この憲法違反は国が決めれば自衛隊はもちろん、国民も戦争に行くことを前提にしています。ならば、国民は「交戦権の押し付け」を拒否し「戦争には行かないぞ」宣言をしようではないか、と思うのです。百姓が年貢拒否一揆を起こしたように、我々は兵役拒否一揆を起こそうというわけです。
 欧州には「良心的兵役拒否」の権利を認める国があります。この言葉を使うなら、憲法九条は、言わば、国民と国家こぞっての「良心的兵役拒否」宣言です。1947(昭和22)年文部省発行「あたらしい憲法のはなし」は「戦力を放棄しても心細く思うことはありません。日本は正しいことを、他の国より先に行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と教えています。この教えに従い「戦争に行かないぞ」宣言をします。

20014年11月8日
憲法を生かす匝瑳九条の会