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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
S I Z宣言文を修正しました
 6日土曜日の第22回憲法を生かす匝瑳窮状の会で「S I Z宣言」と「S い Zバッジについて」を修正しました。

 
「戦争に行かないぞ」宣言 = S I Z 宣言

 近代思想において、人権は生まれながらに神から与えられています。わが国でも、明治期、自由民権派は基本的人権を「天賦人権」といいました。天が民に与える権利です。ですから、王も国家もこれを奪うことはできないと理解するのです。しかし唯一、神や天ではなく、国家から与えられる権利があります。それが交戦権です。
 交戦権は国家が持っているとされます。それを国民は分与され、「人を殺す権利」を手に入れます。ですから、戦場から帰っても、殺人罪で裁かれず、暗黙の国際的了解ゆえに、敵国さえ裁きません。しかし、健全な人間が「人を殺す権利」を求めるでしょうか。
 戦争体験者の話によると、初年兵教育は相当荒っぽかったと言います。演習から帰ると中国人が柱に縛られています。「スパイを銃剣で処刑せよ」との命令。しかし、「スパイ」に突進すると、緊張から足がもつれる者や、直前で、立ち往生する者が続出したそうです。それはそうでしょう。これで分かるように、交戦権は国家から「与えられる」のではなく「押し付けられる」権利なのです。
 基本的人権は「自然権」とも言います。自然は人権と同じように「人を殺したくないという感情」も与えています。これが憲法九条に生かされています。「国の交戦権はこれを認めない」以後70年国民への「交戦権押し付け」はありません。
しかし、石破幹事長(当時)は政治家として「死なせる覚悟をする」と発言。「殺し、殺される覚悟」を国民に強いるとの宣言です。「交戦権の押し付け」ですから、大胆にも、憲法違反宣言をした訳です。これを実行に移したのが「集団的自衛権行使するとの閣議決定」です。ですから、これも憲法違反に違いありません。
 この憲法違反は国が決めれば自衛隊はもちろん、国民も戦争に行くことを前提にしています。ならば、国民は「交戦権の押し付け」を拒否し「戦争には行かないぞ」宣言をしようではないか、と思うのです。百姓が年貢拒否一揆を起こしたように、我々は兵役拒否一揆を起こそうというわけです。
 欧州には「良心的兵役拒否」の権利を認める国があります。この言葉を使うなら、憲法九条は、言わば、国民と国家こぞっての「良心的兵役拒否」宣言です。1947(昭和22)年文部省発行「あたらしい憲法のはなし」は「戦力を放棄しても心細く思うことはありません。日本は正しいことを、他の国より先に行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と教えています。この教えに従い「戦争に行かないぞ」宣言をします。

20014年11月8日
憲法を生かす匝瑳九条の会



S I Zバッジについて

S I Z のS=戦争に 
I=行かない    「戦争に行かないぞ」です。
Z=ぞ
殺し殺されることを拒否します!
 これは自民党石破幹事長(当時)発言への私たちの応えです。幹事長は、自衛官を戦死させることは忍びないが、政治家の責任でその覚悟をする初めての政治家になるとの自負を示しました。
 この表明が「集団的自衛権を行使する閣議決定」との連携プレイであることに違いありません。安倍政権与党は集団的自衛権行使が憲法違反ではないとして、軍隊(自衛隊を軍隊にしたい)を派遣する道を開こうとしています。彼らは権力が決定すれば、黙って、自衛官はもちろん、国民も戦争に行くと疑っていないようです。
 ならば、国民は「戦争に行かないぞ」宣言をしようじゃないか、と思うのです。日本人は、①学ぶため ②協力し合うため ③お手伝いするため ④楽しむため ⑤移住するため、以外の目的で海外には出て行かないということです。いかなる理由があろうとも、殺すため、奪うためには出て行かないという誓いです。これを宣言し、自らの戒めにするということです。
S I Zバッジを付けて街を歩きましょう。
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安倍政権を憂える
  自民党の憲法改正草案をお読みになったでしょうか。読めば安倍政権の言動理由に納得が行きます。
 現憲法は、制定目的を「自由の恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争が起こることがないよう決意し、主権が国民に存することを宣言する」と表現し「基本的人権」「平和主義」「国民主権」の三原則を最高価値と認めることに淀みがありません。
 しかし、自民党改正案は「国民主権」を言いつつ「天皇を戴く国家」と言い、「平和主義」と言いつつ、不戦を言いません。三原則は言葉以上の力を与えられず、制定目的は「良き伝統と国家の継承」です。
 この違いは何処から来るのか。それを考える手立ては、改正案前文に「理想」が見当たらないことです。現憲法にとって、理想は実現すべきものとして「未来」にあります。理想は三原則です。しかし、改正案が求める理想は「良き伝統と継承されるべき国家」に置き換えられています。つまり「過去」にあるのです。
 では、すでに問題は提出され、解決されて、すべてが調和する理想社会を改正案はどの時代に見出しているのでしょうか。特定は難しいのですが、歴史と伝統の集大成としての明治国家は有力です。それを裏付けるのが「侵略戦争とは言えない」「南京大虐殺は検証が必要だ」「慰安婦に国家は関係していない」発言です。理想である明治憲法国家の過ちは認められないのです。
 国民の多数派は、原発再稼動も秘密保護法、集団的自衛権にも反対です。これを聞かない安倍首相が、民意を聞くためだと、国民が求めもしない総選挙に走りました。これが彼の言う国民主権です。総選挙には、自民党改正草案は現憲法の「改正」ではなく「否定」だとの認識を持って、臨まねばなりません。


S I Zバッジ届く
 バッジが届きました。
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 早速、新聞社に送りました。送らせていただいた新聞社は、北海道新聞、河北新報、山形新聞、東京新聞千葉支局、千葉日報、朝日新聞、毎日新聞、信濃毎日新聞、中日新聞、京都新聞、神戸新聞、中国新聞、高知新聞、長崎新聞、南日本新聞、沖縄タイムス、しんぶん赤旗です。無駄な努力にならぬことを祈るばかりです。


 皆さんのご意見を受け「S I Zバッジについて」と言う短文をつくりました。「S I  Z宣言文」が長いので読んでいただけないのではないかと言うんです。そこで作りました。

           S I Zバッジについて
   
 S I Z のS=戦争に I=行かない Z=ぞ「戦争に行かないぞ」です。これは自民党石破幹事長(当時)発言への私たちの応えです。
 幹事長は、自衛官を戦死させることは忍びないが、政治家の責任でその覚悟をする初めての政治家になると表明しました。それだけ自分は肝が据わった政治家だという自負でもあったのでしょう。
 この表明が「集団的自衛権を行使する閣議決定」との連携プレイであることに違いありません。安倍政権与党は集団的自衛権行使が憲法違反ではないとして、軍隊(自衛隊を軍隊にしたい)を派遣する道を開こうとしています。彼らは権力が決定すれば、黙って、自衛官はもちろん、国民も戦争に行くと疑っていないようです。殺し殺される極限の中に我々を送り出したいのです。
 ならば、国民は「戦争に行かないぞ」宣言をしようじゃないか、と思うのです。日本人は、①学ぶため ②協力し合うため③お手伝いするため ④楽しむため ⑤移住するため、以外の目的で海外には出て行かないということです。いかなる理由があろうとも、殺すため、奪うためには出て行かないという誓いです。これを宣言し、自らの戒めにするということです。S I Zバッジを付けて街を歩きましょう。
「S I Z宣言」を別紙用意しました。お読み願えれば幸いです。


まだ、届かないS I Zバッジ
 本日、納品予定のS I Zバッジが、まだ、届きません。少しイラついています。昨日までに、全国18の新聞社名を封筒に書き、文書を入れてあるんです。後はバッジが来れば、すぐに発送したいのですがね。
 改めて、S I  Z宣言を説明すれば、我々日本人は①学ぶため ②遊ぶため ③協力し合うため ④お手伝いするため ⑤移住するため以外の目的で海外には出てゆかない、と言う宣言です。いかなる理由があろうとも、口実を見つけようとも、殺すため、奪うためには出てゆかないという誓いです。これを世界に宣言し、自らの戒めにするということです。
 それにしても、遅いですね。東京に出たら、皆さんがS I Zバッジを付けているという夢を見たいですね。届きましたら、すぐにご紹介します。