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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
鏡に父の顔
 「松山鏡」という落語があります。親子孝行な男が父を失うと、殿様が孝行ゆえに城に呼び褒美を与えることに。男「欲しいものはねぇ。ただ、父っつぁまに会わせて欲しいだ」
 殿様は男に鏡を与え「押入れで、それを前に置けば会えるぞ」男が住む松山は鏡を知らない村なのです。男は鏡の前で興奮して、父と話しをします。すると妻が女を隠していると勘ぐって押入れの鏡の前に立つと案の定女がいる「その顔でたぶらかしたか」笑いながらも、無理があると思ってきました。
 以前から電話に出ると「三夫さんかと思った」はよくあったのです。加えて近頃は「お父さんに似てきたね」と繰り返し言われます。実は、自分でも鏡を見て、驚くことがあるのです。「松山鏡」が笑い話を脱し、現実性を帯びてきます。
 このことを姉に話すと「私もそう思うよ。それって、あんた嬉しいんでしょう」とからかいます。図星なので照れながらうなずきました。そういう自分にしてくれた父に感謝!


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市議会事務局からのご返事あり
 「憲法を生かす匝瑳九条の会」は市議会に「特定秘密保護法」の根本的修正を政府に求める意見書提出を陳情しました。それが不採択になったと文書で頂いたことはお知らせいたしました。
 しかし、その理由がまったく書かれていなかったので「理由を文書にして送って欲しい」との要望を致しましたところ、昨日、我が家に市議会事務局の方(私の親類縁者)が来られ「前例がないからできないとの返事をいただきました。口頭で「国会が決めたことをどうこう言う必要はない。できない」が理由であったと説明がありました。これ以上は市議会事務局に申したたても意味がない、筋違いですので、承諾いたしました。
 しかし「役所仕事」いう体質には言いたいことがあるのです。役所は市民には文書への事細かな記入を求めますが、こちらが文書で提出を求めると嫌がるのです。文書とは後々残るものです。ですから、何か問題が発生した時には、証拠になるものです。つまり、市民は責任を追及されるが,役所は前もって、その予防線を張っているのです。
 自分だけは安全で居たいは誰でも本音でしょう。しかし、それではいけないと思うのも人間です。そういう徳に支えられて、社会は健全です。ところが、その中心にあるべき役所がその徳に背を向けているのが、わが日本国です。今回の小さな出来事に、この体質が滲み出ています。「そんな小さなことで判断できるか」逆でしょう。小さなことにこそ本質が出やすいのです。 
三週間ぶりに風呂に入る
 エコキュートの工事を昨日していただきました。三週間ぶりに風呂に入ることができわけです。説明を聞いたのですが、そのときは分かったような気分になっていましたが、実際になると自信がなく、設定していただいたまま、使用することに。これから、説明書を読もうと思います。
 我が家は、IHも使っていますので、これでオール電化です。時代遅れの男でしたが、今や、時代の先端を行く身になりました。
 職場の仲間の不当処分を全県の仲間に知らせ、協力を仰ぐために、パソコンを使わざるを得なかったことから、始まり、今や、ブログ8年継続しています。携帯電話は母に何かあった場合の連絡手段として、買い求めました。そして、オール電化です。
 更にです。蓄電池を装備することにしました。これで、夜間電力を貯めますので、東電の最大発電量を下げることができるんですね。それを決め手に決断しました。これから、エコキュートをお願いしたSさんがいらっしゃいます。



   当選が負けになる技ひとり芸

   無理通す為の憲法道徳化

   道徳を解決策に採る政治

   民の徳我慢犠牲が打開策

   風呂に浮く垢に生きてる罪を見る
戦争体験を語り継ぐ
 4月12日の第12回憲法を生かす匝瑳九条の会では、以下の提案をしようと思っています。米をお願いしている、農家の品村元治(81歳)さんと奥さんの聖子さん(76歳)とはよく、戦争体験お話をします。話し始めるとお二人とも気がこもってくるんですね。こんな方が匝瑳にはたくさんご健在です。また、戦争体験を成人として、経験した親を私たちに育てられました。親から聞いた戦争を次世代に語り継ぐことの重要生は高まっています。

        

 今後の「憲法を生かす匝瑳九条の会」活動についての提案
 

 子供の頃、上野公園に入ると、白い入院服を着た傷痍軍人の一団がいました。両手両足を失った人はそれをすべて地面に立てています。近寄りがたくも、その姿に心が痛みました。 
 すると父が私に10円玉を握らせたのです。その時は、私の思いを察してくれた父が大きく見えただけでした。しかし55年後、まったく違った気付きをするのです。
 父は同じ戦争体験者ゆえに直接、彼らに施せなかったのです。五体満足に帰ってきた後ろめたさからです。また、彼らの誇りへの配慮もしていました。私の後に、父は母に1000円札を渡したのです。子供から高額な施しを受ける彼らの気持ちを慮ったのです。
 晩年夜中に、父は電気もつけずに座っていることがありました。反人間的な戦争体験が安眠を妨げていたのでしょう。昨年、会員の減少と高齢化ゆえに、傷痍軍人会が解散しました。戦争体験の継承は、その子である我々の世代の仕事になってきました。  
 

 上文の上野公園での経験は、戦争を嫌い、平和の中で生活したいと思わされた最初の出来事であったように思います。
 その頃からだったのでしょうか。父は戦争の話をするようになりました。分厚いアルバムに兵隊時代が詰まっていました。写っている人たちを紹介しながら、中国での戦争体験を語るのでした。
 小学校に入いると、先生方が誇らしく平和憲法を話しました。説明に納得し安心したことを覚えています。吉田校長先生はシベリア抑留の話を朝礼でなさいました。生き残れたのは歯が丈夫だったからと、歯磨きの重要性に話を持っていかれるのです。
 中学に入ると、ベトナム戦争が激しさを増し、その現実が報道されました。米軍がアジア太平洋戦争時の日本軍と重なるのです。先の大戦を教訓・反省とし、平和憲法を守る日本政府が批判するどころか、協力したことへの怒りは忘れられません。
 その後、世界で戦争・紛争が起きるたびに、九条が世界スタンダードになる必要性を感じることになります。しかし、世界を変えたともいえる九条は軽んじられ続けられました。それは、取りも直さず、戦争体験の濃度の薄まりでもあったと思うのです。
 戦後日本の出発は戦争体験を土台にしていたはずです。そこから、軍事よりも民生、政治弾圧禁止、経済格差解消(農地解放・財閥解体)、教育の政府からの独立、労働運動の役割重視、男女平等が導き出されました。その歴史的事実を思うに、戦争体験は戦後日本のもう一つの共通言語であるに違いないのです。
 そこで、わが「憲法を生かす匝瑳九条の会」は戦争体験を継承すべく、活動を開始したいと思うのです。もう、成人として戦争を体験された方のお話を聞けることは難しくなってきました。ですから、子供時代に経験したと言う話、そして、親から聞いたと言う話を語る会を開くことからはじめようと思うのです。皆さんの想いを次回会議で語り合えればと、希望します。
陳情不採択理由を求む
 特定秘密保護法の抜本的修正する意見書を匝瑳議会が国・国会に提出するようにとの陳情が不採択になったことはお知らせしました。「そっけない」「誠実味がない」典型的な官僚対応です。
 「不採択の理由をお聞かせ願いたいのですが」「国政で決めたことを、どうのこうのいえない」と言うことであったようです(これはこれだけで問題ですが、また後日)。そこで「文書にハンコ」という官僚制の逆手をとり「不採択の理由を文書にして送ってください」と申し上げたところ「前例がない」と、これまた官僚的。「では、今回を前例にしていただきたい」
 中世ではあるまいに、お上に願い出て、駄目の一言で分かりましたはないのです。室町時代、愁訴という要求行動がありましたが、農民達は要求が通らないと強訴という集団威圧行動にも出たのです。従順な農民イメージを改めねばなりません。
 いわんをや、民主主義の現在、陳情をする者と受ける者は対等です。ならば、時間をかけ準備した側に対する配慮と言うものがあってしかるべきです。理由も述べないで、お仕舞いにできる思う態度は礼儀に反します。お上意識の表れです。
 結局「文書での不採択理由書については検討させていただく」となりました「。会合を4月12日に持ちますので、それに間に合うように返事をいただきたい」と、受話器を置きました。失礼になると承知で「検討の結果、やはりそれはできないとなりました」との回答が予想されます。さてそのときはどうするか。面白くなってきました。
私と次郎で二合で足りず
 品村元治さんの米が美味いんです。朝二杯食べてしまいます。次郎の食欲は並大抵のものではありません。今日も四食食べました。朝はご飯に納豆と花鰹を混ぜたもの。昼には鶏肉を250グラム。夜は朝と同じもを軽く平らげて、私の晩飯のおかずにらレバ炒めに使った残りのレバーを平らげました。壊れてしまったのではないかと心配になるほどです。

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   菜の花の語り賑やか子犬跳ねる
               (いぬ)

   アンネには過去を直視と胸を張り


秘密保護法の抜本的修正を求める意見書を提出すること求める陳情、不採択!!
 予想されたとはいえ、残念です。

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 あまりにそっけないですね。ほとんど審議されなかったと聞きます。それとも、無所属とはいえ、多くが自民党と関係を持っている方々です。本部が了承したことを蒸し返すことはでき名のでしょう。それとも国政に関することは関係ないということなのでしょうか。
 もしそうなら、地方議員の質の低さを言わねばなりません。地方議員も、政治家です。そのことを忘れているようですね。
エコキュート導入す
 10年間使ってきた、灯油のボイラーが壊れました。何処に修理を頼もうかと迷っているうちに、一週間が経ってしまいました。ということは、一週間風呂に入っていないということです。「汚ねー」と言う声が聞こえてきますが、そうでもないようです。
 さすがに、顔と頭は痒くなりましたから、洗いましたが、後は、下着を変えるだけで、毎日風呂に入る必要ないことが分かってきました。そういえば、学生の時、1週間ぐらい入らないことは何度もあったと思い出しました。五木寛之氏が頭を洗わないと聞きましたが、それはいけません。ふけが出ます。顔からもふけが落ちますよ。現に落ちました。痒いので、髭をこすると、顔の角質化皮膚が、ふけのように落ちるのです。
 ということで、タウンぺージを開き、すぐ近く方に電話しました。ボイラーは使い物ならず、ということで、買い替えとなりました。すると、エコキュートなるものを紹介されました。空気の熱でお湯が沸くというのです。信じがたいことですが、空気を圧縮すると、水の温度が上がる仕組みとか。なんとなく判ったような気がしました。
 そこで契約。ところが、消費増税まえということで、在庫がメーカーにないことが判明。4月半ば以降でないと工事ができないというのです。そこで、そうです。高い奴なら在庫はあるのです。それなら、来週早々工事ができる。じゃあ、それで。15年のローンで月々7500円。これなら、灯油代でしょうと来た。環境に優しく、15年間の灯油代で、エコキュートシステムがかえる。つまりただで、装置がそろうのです。
 ところが、ローンが嫌いな私は、現金で買うと主張。そうですかと請求された額が108万円です。ここうなると相当高い買い物ですよね。一番安いものよりも22万円高いんです。でも、電気代も我が家はこれでオール電化になりますので、割引が入るといいます。損したのか得したのかが分からない自分です。
 でも、薦めてくれた伊藤さんはなんと、私と同じ誕生日と分かりました。そう、石原裕次郎と渡哲也両氏と同じです。これで、いいやどうでもとなった私です。これって、マトモでしょうか。
春の嵐
 昨日は、陸君、珠ちゃん、愛ちゃんと勉強の後、焼き芋大会をしました。小さめで細い芋を選んだことが正解だったようです。最高のできでした。柔らか甘く、匂いよし。
 ところが、オセロゲームを始めようというときに、何の前触れももななく、四人の少女が我が家の奥にまで入ってきて、いきなり「珠と愛の自転車が見えたから」と大騒ぎです。結果、何の挨拶もなく、二人を連れて出て行ってしまいました。陸君に聞くと「同じクラスの子と隣のクラスの子。何だよあいつら」といいます。陸君は分かっています。
 これは放置してはいけないと呼び戻しました。どういうことを私が彼らに申し上げたかは不要でしょう。神妙には聞いていましたが、結局「済みませんでした」も「失礼しました」もありませんでした。もう少し上手い言い方があったのか、こちらが反省してしまいました。
 今日は朝から、風が強いです。晴れたり、曇ったりしています。部屋の中よりも、外のほうが暖かいのです。春一番と言う発表があるのでしょうか。久しぶりに、東京に出たい誘惑に駆られました。



   軍国主義皆で染まれば民主主義

   赤ちゃんの安全ネットでなかった

   良識の欠片示した総務懇

   接近か弾かれ者の日露朝

   嘘臭いゆえに飛びつくジャ本人

   番人を番犬にする安倍首相

   安全の売買またも再稼動

   人の名は出ぬが忘れぬ人の味
六勝四敗の人生
 「一つを得れば一つを失う」これは道理の一つでしょう。ならば、人生は五勝五敗です。
 しかし、楽しみ喜びが、少しでも、苦しみ悲しみよりも多かれと願うのも人の自然です。人が知恵を絞り、努力を繰り返すのは、この僅かな勝ち越しのためではないでしょうか。
 そうやって還暦を過ぎ、六勝4敗の人生を味わっている自分を労わり、出会った人々に感謝し、仏に帰依するのです。10勝0敗の人生ですか。それは凄いと思いつつ、その不自然さに落ち着けそうにありません。順調に頂上に上り詰めたら、そこには足場がない、そんなバランスの悪さが怖いのです。
 今、真逆のアンバランスが目に付きます。0勝10敗の人生です。5勝5敗が道理ですから、これは何らかの人為的な力が働いています。政治・社会の制度が生み出したアンバランスです。憲法を生かして「誰もが6勝四敗の人生を!!」と思う田舎暮らしです。

道徳に点数つける不道徳
 表題にした川柳を文章にしてみました。


 いつからか、教育は「気付く力を育てること」だと思うようになりました。その時、映画ライムライトでチャップリンが言った「人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」を思い出しました。想像力とはこれだったのかと気付いたのです。
 想像力はまさに気付く力です。これには、さまざまな角度から見る習慣が欠かせません。その継続の中、自分(倫理・価値)に気付き、人となるのです。にもかかわらず、「道徳」を教え込むことは気付きの可能性を奪い、想像力を退化させます。しかも、気付きが社会道徳と一致するとは限らないのです。これは反教育的です。
 「道徳」を教科にすることは「評価する」と言うことです。たとえ、点数を付けずとも、何らかの評価をするから教科です。高校で必須科目にした場合、非認定ならば卒業できません。
道徳は人に評価される性質にありません。人に誉められたい、自慢したいと思った途端に道徳ではなくなります。寄付をすることは道徳的と言えますが、それを言い触らす、見返りを求めるならばその限りではありません。同時に、道徳を評価しようとすることも不道徳なのです。
 学習は気付いた時に力となります。こう答えれば点数がもらえるという勉強は身につきません。道徳ならば尚更です。気付きを確信にした時、人はそれに従い動きます。そういう無数の気付きが社会秩序を可能にします。東日本大震災の時、権力に頼らずとも秩序を維持した被災民の行動は、この賜物です。安倍首相に「道徳に点数付ける不道徳」に気付かせる教育者は、市民です。
福島に原発病院を
 やはり、福島の子供に甲状腺がんが多発しました。通常、百万人に1~2人の発症が福島では27万人に33人です。
 国・県は放射能との因果関係を認めません。チェルノブイリで4~5年後に癌が急増したからだと言います。しかし、そのチェルノブイリも急増の原因が放射能でないとの根拠を、広島長崎では8年後に急増したことに求めました。
 チェルノブイリでは事故4年後に、精度が高いエコー検査を導入し、急増したのです。ならば、それ以前にも放射能原因の発症の可能性があります。しかも、福島医大の検査は他県病院に比べ、なおざりだと子供たちは証言します。福島の子等にこそ、手厚い検査とケアーを行うべきところ、実際は逆なのです。
 広島・長崎には原爆病院があります。これに習わず、未だに「原発事故病院」を設けないのは、原発事故が原爆に匹敵する大事件であるとの認識に欠けるからです。首相は「国民の命と財産を守る」といいます。軍事予算増額分あれば、病院に加え、研究所を設けてもおつりがきます。
梅が咲き、次郎目に見える成長
 次郎は私のひざに乗っかるのが好きです。ところが、最近、大きくなたので、乗り切れません。後ろ足は床に残して、頭をうずめて甘えます。
どの写真も、ぶれて写っています。これは私がぶれたからではありません。臨界状態の原子が核分裂しそうで動き回っているように、次郎の細胞も分裂を繰り返しているのでしょう。じっとしていません。
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 蝋梅と梅です。次郎の成長を待ったかのように、喜ぶように、梅は咲きました。
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 水仙がひそやかに、花の準備をしています。寒椿は梅に春を託すべく、最後の艶やかさを枯れ庭に添えています。
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被災者の母の想いがトップ記事
 3月12日の朝刊の顔が違うので「印刷ミス」と思いましたが、右肩に「東京新聞」新鮮でした。
 「一緒に笑い泣いたいとしい日々」「ただいま、と帰ってくるものだと」浅沼ミキ子さんの東日本大震災追悼式での言葉です。それを母から息子への手紙のように、優しい文字で掲げた編集者、その想いも伝わってきました。
 マスコミ関係者は「庶民目線で捉え、庶民の代弁者にならねば」と口にします。しかし、どうでしょうか。大新聞の前で、記者たちが黒塗りの高級車に乗り込むのを見ます。これだけで、言動不一致と見えてしまいます。自分を安全上位に置きながらの「庶民目線」は疑わしい。
 他紙は「母の想い」をどう伝えたのでしょうか。「母はあなたを誇りに思います」この言葉に読者は涙したことでしょう。「庶民の代弁者」は自ずと紙面に表れるものです。



   お伺い立てる春闘闘が泣く

   誇らしく借金予算通す国

   政治家も自分には嘘つけぬのに

   国民を笑って嘘を吐く政治

   被災者の母の想いがトップ記事
改憲するならこうでよう
 「自民党憲法改正草案」は九条の二項を変え、その上で、九条の二「国防軍」を加え、戦争ができる国にしようとしています。どうも、理想とする国家像が違うようです。
 日本国憲法は「生きる権利」や「男女平等」などの理想を掲げています。平和主義もその一つ。苦しい戦争経験から国民が支持した理想を追い求め続けることが犠牲者への追悼になると信じる自分です。
 そこで、現実を理想に向かわせる改憲をしたいと思うのです。九条二項に続けて三項「前項を行うために、必要な法律を定め、妨げるそれを排除する。また、必要な条約を結び、妨げる条約を排除する。軍事同盟は認めない。四項「日本政府は、国際社会の一員として「積極的平和主義」を掲げ、国際紛争の仲裁を行い、戦争を回避する責務を負う。
 これにより、自衛隊、安保がなくても済む状況・時代を作るに逆行する政策はもちろん、努力を怠る政治、戦争協力も憲法違反になります。安倍首相の「積極的平和主義」の欺瞞が明らかになります。

「復興支援フェスタ in 東総」ご報告
 「憲法を生かす匝瑳九条の会」は「あたらしい憲法のはなし」「全批判自民党憲法改正草案」「婦人憲法手帳」三冊の本と長野県松本市にある「長野トマト」さんの10%生絞りのみかん、りんご、とまとジュースの販売で、参加しました。
 陸君、珠ちゃん、愛ちゃんの参加で、お客さんが増えたようです。私と先輩同僚であった鈴木徳さんではとても完売はできなかったでしょう。もちろん、長野トマトさんジュースがおいしかったことが前提の話です。
 書籍は何冊売れたのかが分かりません。迂闊にも、ジュースと本の売上金を一緒にした上に、用意した本の冊数を確認しなかったのです。計算上は7冊ですが、感覚では14,5冊売れたような気もするのです。100部用意した会を紹介する4ページのパンフレットも配りましたが、あまり熱心にはやりませんでした。それでも、陸君も手伝ってくれたので、30部ぐらいは裁いたでしょうか。
 被災地への支援金箱には2千数百円が入りました。箱は開けないでそのまま実行委員会本部にお渡ししたので、正確なところが分かりません。130円で仕入れ150円で販売したので。試飲費用を除いた利益は1680円となりました。
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子供達三人の店員です。

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卒業生の鈴木君が愛妻と来場。いつ会っても、彼にはできすぎの女性です。
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匝瑳市は植木草花の大産地です。

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郷土が生んだ演歌歌手「青山裕太」さんです。地井武男さんを継ぐ、愛される芸能人になってほしいですね。

「復興支援フェスタ in 東総」に参加することに
「憲法を生かす匝瑳九条の会」は3月9日(日)に八日市場駅脇の広場で行われる上記行事に参加することになりました。書籍販売と、長野トマト社のりんご、みかん、トマトジュースを販売します。書籍とは「新しい憲法のはなし」全批判自民党憲法改正草案」「憲法手帳」の三点です。匝瑳市役所に「時代を超えて」の痛く販売をお願いしましたが、断られてしまいました。残念です。
 これから、無料でお配りする憲法平和に関するプリントを作成します。結構大変ですが、全力を傾けたいと思います。完成しましたら、載せます。
欲の化石
 還暦を前に、祖先から法名をいただき、歯を治療、畳表替えをし、そして、父が残した機械や工具類を処分しました。生命を新しくして、今までとは違った価値に従い、後半生を生きたいという意志表現です。
 その後、衣類、食器調理器具も捨てました。それでも、物で溢れ返っている我が家です。物置には崩れんばかりに物が詰まり、倉庫と化した車庫にも私の物はもちろん、姉弟から預かったものが占領しています。使えそうな使えなさそうな、使いそうな使わなさそうな、いや、使わないでしょう。
 面倒で、捨てないだけではないのです。物を持っている安心感を生きる拠り所にしている、そんな自分がいます。しかし同時に、この「欲の化石」に添わない魂に気付いてもいるのです。捨てに捨て、さらに捨て、それでも捨てられぬものは何なのか?その答えを探しています。