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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
土台が腐っているのに
 「原発をなくしたら、国際競争力が維持できない」という脅し文句を聞くたびに、土台が腐っている料亭の二階で、ドンチャン騒ぎをしている人々を連想します。
 漁港には、奇形のキスなどが上がっているそうです。また、農作物の安全基準値は原発事故以前に農産物に含まれてたセシウムの100倍。この上、福島第一の事故始末に失敗したり、次の原発事故が起きたなら、国際競争力以前に、国際から日本が消えてしまう危険さえあるのが現実です。
 財界は原発推進が現実的で、脱原発を非現実的だと言いますが、彼等こそ、利益に目を奪われ、事の本質を見失った夢想家なのです。それは、原発にとどまりません。
 財界は派遣労働や下請けへのしわ寄せにより、リーマンショック直後の決算でさえ利益を出し、内部保留金をその後も大企業全体で60兆円増やし、現在、300兆円にしました。その上、消費増税を実現し、法人減税を要求しているのです。これが大企業繁栄の道と信じているようです。しかし事実は逆で、国民の体力を奪い、国内消費を落ち込ませ、景気回復を妨げ、企業業績を悪化させているのです。
 自らが土台を腐らせていることに気付こうともせず、富集中という宴会を止めようとしません。財界のみの繁栄を望むことは現実的ではなく、夢想的なのです。その財界と利害を共にし、宴会に浮かれていたいという政治家が誰なのか、見極めなければいけません。


   維新より戦後改革お手本に

   リストラで社長とタッグ組む労組

   生活が第一聞かぬ主婦の声

   カワウソ命軽く人罪重し

   死神に就業支援武器輸出

   慰安婦へ謝罪も揺れる地震国 
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なぜ幕末が手本なのか
 国会議員や地方首長が結成する地方政党は、なぜ、幕末を手本にしていると思わせる名命が多いのでしょうか。「大阪維新の会」「中京維新の会」「埼玉改援隊」「改革の志士」「三木新党8人のサムライ」があります。
 確かに、幕末は欧米列強の侵略の危機を前に、大変革を成し得た時代であり、魅力に富んでいます。しかし、改革と言えば、第二次大戦後の変革も、学ぶべき見識が多々あったから国民一般に歓迎されたはずなのです。アメリカを中心とした戦勝国が行った改革であり、日本人が考え、推し進めたのではないとの思いがあるのでしょうか。
 とするならば、当時の日本支配者層の立場で、戦後改革を捉えています。旧体制の恩恵を受け、依存していた人々はこの改革を苦々しく、受けとめたことでしょう。しかし、その眼で、我々庶民が戦後改革を見る必然性がどこにあるのでしょうか。
 戦後改革は経済力と政治的発言権の均等化と社会での法的平等化を理念に進められたと言えます。しかし、これが支配者層にとって、都合悪いので、骨抜きにする動きが起こり、中曽根首相あたりからは露骨になりました。地域政党の個別については知りませんが、傾向として、支配者層発想の改革を考えていると、名命から想像出来るのです。そう大きく外れていない読みだと思います。
 現に、橋下大阪市長やその連携者安倍元首相等は憲法1、9、19、20、21、25条等に不満があるようです。彼等の現政党への不満である「決められない」は、支配者層の本音の実現を「決められない」無能を言っているのです。
 国民の多くも「決められない」に不満を持ていますが、「決められる」維新系の新党に力を与え、決めさせたら、新自由主義という、自由に名を借りた、支配者論理と力学に自由を与えることになります。野田首相にも同じ匂いを感じますが、どうでしょうか。
 今、精神的、政治的自由や社会の公正を重んじる市民が為すべきは、戦後改革の理想に帰る政治勢力を育てることです。この理想の追求の一つである農地改革が国民購買力を高め、戦後復興の力になったことは歴史的事実です。経済格差の解消が今後の経済復興の要です。社会の公正正義を求めるのなら、決して、格差拡大を進める維新系新党に加担してはいけません。
映画「プロメテウス」にがっかり
 昨日は、隣町の旭市にある県立東部図書館に行きました。そのついでに、映画を見ようと出かけたのです。
 「あなたへ」と迷ったのですが「人類はどこから来たのか」三万数千年前の洞窟の壁画が「人類への招待状」と聞くと相当大きな問題を扱っているんだろうと思い、健さんの魅力に誘われながらも、「プロメテウス」にしたのです。しかも3Dですか入館料は高いんですね。
 結局、人類はどこからきたのかは曖昧、生き残った主人公がその星へ向かったかのように終わりました。「こういうことかな」と思えたことは

① 地球にきて招待状を描いたのは人類と同じDNAをもった高等生物であること。彼等が人類を作ったという設定らしい。

② たどり着いた星には二酸化炭素濃度が3%あり、生物が生きられない状態になっていること。しかし、元々、この高等生物たちが生まれた星はここではないようです。そこに向かって生き残った主人公は飛び立ちましたから。

③ 得体のしれない生物により殺されて絶滅寸前に追い込まれ、とてつもない大きさの宇宙船を造り、地球  に移住しようとしていたこと。さらにその他、寄生虫のような生物や病原菌に侵されたこと。

④ そこで、宇宙船に逃れたがそこも一部侵入され、生き残ったのは一人で、それは隔離された空間にカプ  セルに入り仮死状態で長くあったこと。その状態を解除させるために招待状をのこしたらしいこと。

 しかし、上の四つは、そうなんだろうなと鑑賞者が想像力と論理性を追求しなければ認識できないのです。もしかしたら、違うのかもしれません。ですから、観た方々に確認したいという欲求に駆られます。残ったのは気持ち悪いものを見せられた、という不快感だけです。ぜひご覧になって、ご感想をお聞かせ下さい。

 おまけに、昼食のために入った国道沿いのチェ―ンイタリア料理店「S」で、まずいトマトスパゲッテーを食べさせられました。今日は口直しに「エストエスト」に行きます。


   沖縄は引きはしないぞオスプレイ

   操縦のミス誘う質(たち)オスプレイ

   操縦のミス誘うという欠陥

   パブコメが「様々な声」でないノダ

   猛暑中秋の句作る不誠実


   鉢の水光とどきて秋の影


「国民の生活が第一」を振り返る
 民主党政権が掲げた「国民の生活が第一」はそのマニュフェストが次々と反故にされ、政治主導は挫折、「コンクリートから人へ」はどこへ、八ッ場ダムも生き返り、北海道新幹線も工事を開始することになりました。今思うに、この動き、閣僚人事に読み取るべきだったようです。
 鳩山内閣は千葉景子氏、菅内閣はゼロ、野田内閣は小宮山洋子氏、漣ほう氏のみ、女性を起用していません。しかも、以前より女性向とされてきた部署配置です。漣ほう氏の少子化、男女共同参画担当はその露骨な表れです。
 「生活が第一」なら、誰の声を重要視するでしょうか。財界でもアメリカでもなく、まして閣僚ではないでしょう。生活を見詰め調整し、決定し動かしているのは誰あろう主婦です。しかし、その声を集めたという話は聞きません。原発に関しては、公聴会を開き、曲がりなりにも、真剣さと危機意識を見せようとしましたが、「生活」に対してはそれさへなかったのです。
 本気なら、財務、経済にこそ女性を起用するはずなのです。ずぶの素人を財務に充てるなら、民間に優秀な女性有識者がいただろうにと思うのです。この発想を持っていなかったことは女性の能力や、主婦が持つ社会性を認めず、それと結びつく生活を軽く見ていた証拠です。
 政治家に私利私欲や党利党略を隠そうともしない醜態を見せつけられてしまった今、「国民の生活が第一」に「国民の」が余分であったのだと思い知るのです。
エアコンの威力
 今日も朝から暑いでしたね。ぼー君があまりにも暑そうなので、濡れタオル首に巻くぐらいでは避暑対策にならぬと判断、今日は朝11時からエアコンをつけて、ボーを中に入れました。
 しばらくすると、ぼーは私のすぐ脇で、両手を揃えた上に顔を乗せて居眠りを始めました。自分も横になり、何度か目を覚ましましたが、時間を見たら、4時半でした。こんなに長い昼寝は初めてです。エアコンの威力でしょうか。


   つとめてに入道雲の鼓動あり

   夕立や土を叩いて陽の匂

   瞬きの星従えて天の川

   瞬きのうるさきほどの星月夜

   茂みから静かになれば青き月


   エアコンが誘う夢を愛犬(いぬ)とみる
百姓が消えて行く
 先日、奥さんに会った時に「近い内に伺います」と言ったこともあり、昨日、米を分けていただいている、農家のSさん宅にお邪魔しました。例によって、面白可笑しく話される世間話の達人ぶりでした。
 その中で「裸足で歩き生活し農作業しているのは俺とAさんだけになった」「靴はどうしたんですか」と百姓が聞くんだよ。50年前は「靴はいてどこ行くんだ」と言いあったそうです。「化学肥料はうまいコメになんねえ。鶏糞を養鶏場からもらってきて、乾操発酵させて田に入れるのが一番。高い金払って、まずい米作るのは百姓でねえな」
 この二~三年前から、ヘリコプターによる農薬の地域集団散布が無くなりました。朝5時頃、散歩に出ると、超低空飛行のヘリが大きく見え戦場のように不気味でした。「病気や虫にやられるのは肥料のやり過ぎが原因だぁ。これも高い肥料買って撒いて、それが原因でまた高い農薬を捲く。だから、工場行かねば、農業やれねえ」「田植え機もコンバインも同じ。農業機械メーカーのために勤めに行っているようなもんだ」農家は残っても百姓は消えゆく寸前です。その農家も行政無策により「消えゆくだろう」とのSさんの弁でした
 何かやり切れぬ思いもいただき帰りました。そこで、浮かんできた川柳を!

   命より大事な思いシリア発

   集会がゼロ八割を勝ち取った

   成行きの上陸ウエットスーツ持ち

   人にまだ正体見せぬ放射能

   泥鰌野田鯰オバマの影に消え

   関税もドイツ厳しく「脱」通し

   三大使政治主導が官頼み

   世は移り今中韓に侵される

   シャーベット今じゃ名乗れぬかき氷

   こおろぎが鳴けば応じる腹の虫
戦争反省覆す発言を封印
 尖閣・竹島領有問題を原因に中国・韓国関係が悪化しています。その基底には、日本の過ちとその謝罪に対する、払拭されない恨みと不信があります。
 確かに、サンフランシスコ講和・日韓基本条約、日中共同宣言、村山首相謝罪などで解決済みです。しかし、これらを台無しにする発言が後を立たないのも事実です。
 「侵略戦争ではなかった」「南京虐殺はなかった」「植民地化や従軍慰安婦は彼等の意志だった」これ等が有力政治家から飛び出すのですから、先日の李明博大統領発言となるのです。韓国内事情を思えば、言わせたのは韓国世論です。韓国人は日本の政治家発言を国民世論と捉えるでしょう。愛国者を自認する人々が国を、尊敬する天皇を貶めていることに気付きません。
 彼等は「日本が悪かった悪かった」と言い続けるのは自虐的だと言います。しかし、そうでしょうか。例え相手が許したとしても「自分で自分が許せない」ことがあります。これは倫理と厳しく向き合う人間尊厳に関わり、己の誠実さを問うことでもあります。
 日本人が過去の過ちから逃れることは、人間を人間たらしめる尊厳感覚を忘れることであり、人間を捨てることです。ですから、日本は尊敬もされず、謝罪が口先だけと見られるのです。今、まずなすべきは反省を自虐的と見ることの封印です。これは言論弾圧ではなく、ドイツがナチズムを制限するのと同じことです。人間的高貴さを守ることです。
 ならば、中韓の反日抗議運動から感情的な怒りは薄らぐでしょう。そして、侵略戦争と切り離して、領土問題を語り出すのではないでしょうか。怒りからは建設的な発想は生まれません。今回の五輪選手達の言葉を思い出してください。ヘアープレイは相手への尊敬から生まれます。
母親の力
 陸君と珠ちゃんとの勉強会も軌道に乗ってきたのか、お隣でもある珠ちゃんのお母さんから「やる気が出てきました」とのお話をいただきました。その「やる気」の話です。
 陸君は飽きてしまうことがあります。そこで、身近なことからと、今までに行ったことがある観光地を紙に書いてもらいました。「その場所を地図に探して」箱根、横浜、山梨、ヒントを与えて、ようやく、確認できました。
 「では、関東一都六県の名前と場所と県庁所在地を覚えます」「ええ!」と陸君。しかし、意外と覚えがいいのです。「お母さんが迎えに来たら発表します。言えたら驚いて、そして喜ぶだろうね」二人とも笑顔で応えました。俄然、陸君のテンションが上がりました。珠ちゃんは控えめな子です。それでも、少し、力が入ったことが眼に表われました。
 車の音がすると「来た!!」恋人を待っていたかのようです。二人とも、すべて正解。お母さん達の「すごいねえ」にスキップするかのように帰って行きました。それこそ、母親の力は「すごい」ですね。


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 同じような写真を三枚も、とお思いの方もいらっしゃることでしょう。その通りなのですが、細かにみると違う写真なのです。左は「ああ、来たぞ。何だろう」なのです。真ん中は「これはまた、キスされるぞ」と身構えてい居るんです。右は「そうではないようだな」という顔です。

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 では、三枚の写真に表れたぼーのこころを想像してください。 

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 甥もぼーの可愛らしさにメロメロです。スマートホンで、それを配信するために、撮影に夢中です。

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 下の姉夫婦と甥が帰ってしまい、寂しいだろうと久しぶりに上に上げてやりました。





理由ある混迷
 矛盾に満ちた欺瞞頭を食わされています。お陰で、俳句は全く作れず、川柳ばかり浮かんできます。


   柔道をJHUDOUにして「道」が消え

   メダルより至るドラマに価値宿り

   政治にもメダルに適う人望む

   政治家にメダルに値う徳がない

   ときめかぬ東電保身のチラリズム

   過労死や労組幹部は重役に

   政治の眼「将来」を捨て「うち」を向き

   値上前リストラならば原子炉を

 
 昨日は隣町旭市にある県立東部図書館に用ができたので、サンモールシネマに行き、アニメ「おおかみこどもの雨と雪」を観てきました。夏休みとあって子供連れが多かったです。20人ほどの方々と観ることができました。何時もはさびしい。なぜか、1000円でした。またも「シルバーですか」と聞かれてしまいました。これもさびし~い。 
 これはお薦めです。ストーリーもさることながら、絵がいいんです。特に、水の描き方が素晴らしいです。滝、吹き付ける雨、あまだれ、流れる川、蜘蛛の巣で輝く雨粒。オオカミですから、ぼーの可愛さと重なりますね。笑い、泣かされ、和む作品でした。
旧暦の盆に本家の墓参り
 先月15日に、本家の墓参りをさせていただきました。この墓について語れば、昭和37年に祖父が亡くなった時の衝撃を忘れることができません。
 神主であった祖父は土葬されるのです。祖父は膝を抱えるように体を曲げられていました。棺桶が大きい酒樽のような格好をしているからです。
 それを担いで、葬列は裏山の墓地へ。着くと「墓掘り」という部落の係が深さ250センチ(記憶ではそうなっています)の穴を掘って待っていました。ところがよく見ると、3つの頭蓋骨が並べてあるのです。どれも関東ローム層の赤土に染まっています。恐ろしさに、空気が淀んでみえました。
 「これは昭和二年に亡くなった大ばあちゃんのだべえ。小さいもんな」と手に取り、しゃれこうべと睨めっこをしています。「どれどれ」と久しぶりの再会をみんなで楽しみます。自分も死んだら、こうされるのだということを見せつけられました。
 「去年の地震で墓が倒れてよ。ほら、この傷、埋めてあるだろう」先祖代々の墓に花と線香を手向け、中国中部で、戦死した栄伯父さんと子供の時に病死した操叔父さんの墓もに手を合わせました。終ると、従兄弟が「この無縁仏の土饅頭、慰霊するように、言い伝えられていんだよ」「いつ頃から、どんな人なの」「分かんねえ」親類縁者がない、何かの縁ある人がいたのでしょう。それを祖先が葬ったのでしょう。「小さな墓石をと思ってるんだが」無縁仏の寂しさを思うと同時に、何か温かい気持ちになりました。

   盆の墓無縁仏の土饅頭

   ダージリンアイスに変える猛暑かな

   文明の管と袋が命継ぐ文化を問わぬ医術の酷さ


   己惚れの強さに比例世辞が効く

   ライターの不便が守る子の命

   バドミントン「負けるが勝ち」を勘違い
理由を問う鈍臭さ
 一昨日の記事「パブリックコメントを送る」を推敲して、東京新聞「ミラー」に投稿しました。よそいき用となると、この様になります。


        東京新聞「ミラー」投稿

理由を問う鈍臭さ

 将来の原発政策を問う「パブリックコメント」を送りました。「ご意見」そのあとに「その理由」とあるのです。脱原発の理由を問う見識に驚かされました。
 原発事故に接し、働くのは分別という理性ではなく、生命の合理としての本能です。本能は衝動的で合理性を欠くと理解されていますが、それは間違いです。本能とは人類が習得してきた無意識に働く合理のことです。天から与えられた「はたらき」のことです。心臓が勝手に動いているのはその例でしょう。
 それゆえに、地震や津波を怖いと感じ、原発を恐れるのです。その理由を問うことは「なぜ、ご飯を食べるの」と同程度に鈍臭いことです。理由を聞くのは食べない時だけです。つまり、理由を聞くのは推進派の方からだけでよいのです。これに気付かない鈍感さが市民を苛立たせていないでしょうか。
 もう一つの鈍感さ、それは責任へのそれです。事故後の除染・賠償作業、事故検証で示された姿勢は、誰にも当事者意識がないことを顕わにしました。ポーズの辞任以外、責任を取った方はいません。それどころか、、料金の値上げを「権利」としました。再稼働も「権利」なのでしょう。
 しかし、事業の性質上、政府・電力会社は「事故を起こしたらお仕舞いにする」との認識と覚悟を持つべきであったはずです。ならば、原発廃止は道徳的義務です。義務も権利と言うのなら義務を持ちません。形ばかりの責任に終始しているのはそのためです。
 原発を推進する本当の理由を隠さずに答える態度が、彼等の尊厳と共に、問われています。そうでなければ、反原発運動は終わらないでしょう。その覚悟と認識だけは、最低限、持っていただきたい。


 エストエストの前菜セットに「冷製なすスープ」がつきました。そこで一句

   なすスープ同じいのちの味がする

 水俣病の認定申請が打ち切られました

   水俣に終わりはないぞ福島も