FC2ブログ
早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
談志さん逝く
 立川談志さんが亡くなりましたね。正直、晩年の名人ぶったしぐさが気になりましたが、名人に違いはありません。つまり、名人が名人ぶる必要がないのに「ぶる」ことが蛇足であると見えたのです。まあ、それも彼の照れ隠しであったと思えば、味のうちですが。
 彼の毒舌は一休さんのそれに似ていると思います。思い込みこそが愚かさの元であることを、偽善に気付かぬ浅ましさを突かずに居られなかったのでしょう。ですから、己の偽善は死にも値したはずです。


   毒舌が偽善を暴く芸惜しむ

   「平成」の願い無にする原子力

   オリンパス自社製で腹診察を

   フリーパス法にはないぞ御曹司


   晩秋の光の粒に目を細め

   いと易く叩かれている冬の蠅

   人こそが悲しきものと夜の雪

   幸不幸問わぬ愛犬枯野行く

   いとおしき日々は帰らず人こそが
             悲しきものと雪降る夜は

   
スポンサーサイト



城南信用金庫に行きました
 理事長さんが脱原発宣言をした城南信用金庫九段支店に行ってきました。口座を設けたいと用件を言うと、どう必要なのかを聞かれました。他行から振り込むための口座と答えると、地域のお客様のため仕事ですので、と難色。さらに、口座開設を含め新規の取引客には実際その会社工場自宅に訪問してから取引を開始するとのこと。これだけで、どういう金融機関かがわかりますね。
 正直に「理事長さんが脱原発宣言をなさったので、応援したい」というと、毎日3~4人来るとのこと。定期預金にするというと、でしたら、口座を作らずに、九段支店の「ある」口座番号に振り込んでいただき、それを定期預金に切り替えに来ていただければとの提案。そうしました。
 城南信用金庫はイギリスのロッチデールに始まった協同組合運動の精神がルーツと知りました。明治35年に大森山王在住の加納子爵が設立した入新井信用組合がその始まりだそうです。これに刺激されて結成された15の信用組合が戦後合併して城南信用金庫が発足したそうです。
  
経営理念は 中小企業の健全な育成発展   
        豊かな国民生活の実現
        地域社会繁栄への奉仕

 これをまさに理念として経営していると信じられる金融機関ですね。こういうのを一流というんでしょうね。同じような理念を掲げておいて、高利の消費者ローンに資金を回し儲け、さらに、サラ金を子会社として設立したり、傘下に組み入れている大手銀行とは違います。知行合致、言動一致を生き、理念通りに生きている人が一流なら、城南信用金庫こそ一流の金融機関です。

画像 296 画像 297 画像 298
画像 300
 城南信用金庫九段支店といっても住所は神保町です。神田の古本屋を回わっていたら、バイトが終わったと甥の健史から電話。三省堂で落ち合いました。神楽坂で昼飯、これをカメラで撮るのを忘れてしまったんですね。それぐらい興奮したということです。スイートは甘味喫茶で、餡蜜でした。
 上野でバックを買おうということで出ましたら、天気が好いんです。ということで、後楽園を散策することにしたわけです。
 甥の健史です。スーツを着てのティッシュ配りアルバイトだそうです。我々の世代にはジーパンいいのではという違和感がありますね。スーツ姿が、妙に老けて見せていますが大学4年生です。
 拡大してみてください。木立の上に、白い雪山が見えます。なんでしょうか?実際はもっと大きく、でしゃばって見えます。そうです、東京ドームです。大いにしらけます。
 わらぶき屋根はここでお酒と月を楽しんだそうです。どちらがセンスよく撮れていますか。下ですね。健史が撮った方がいいです。唯一、甥に負ける分野です。

電報料金に疑義
 旧同僚が亡くなりました。50歳での無念の死です。彼の人懐っこい顔が浮かびました。長男の写真を見せてもらったら、何かしてやりたくなる父親と同じ表情なんですね。
 弔電を打つことにしました。30字ほどの言葉を告げ「ご家族への言葉は何かある」と聞くと例文を選んでくれたので「じゃあ、それで」台紙はと聞くので「一般的なもので」というと、式場に行かないならば「これ」を使うのが一般的です。「それ」にしました。
 確認のため、電文等を読み上げたので「ハイ、間違いありません」「1万3千・・・・円になります。では承りました」・・・・言葉を失いました。電話はすぐに切れ、13000円だけが耳に響きました。商売として幾つかの疑問が浮かびました。
 先ずは、料金設定です。世間的常識からして、電報に1万円を越える料金設定は理解できません。経費は幾らなのか知りたいところです。以前、3~4千円だった記憶があります。ではどうして今回13000円になったのでしょうか。字数と、台紙にあると思われます。ですが、それを提案したのは先方です。ですから、第二に「これですと13000円になりますが」と知らせてから客の意思を確認するのが筋というものです。一流企業がやることではないでしょう。
 ブログ仲間で農業をされている天心園さんに、さくらんぼを注文させていただいた時の話です。請求書が入っていないので確認すると「味わっていただく前から請求は出来ません。それだけの価値があると納得していただいてから請求します」との応えでした。この職人気質を信頼して、お付き合い願っています。
 そして最後に、成果主義がNTTにはびこっていないかという疑いです。NTTドコモさんは「家族割り」を採用しています。三親等親族間料金をただにして、絆を強めてもらおうという粋なサービスです。人の死を悼む心を伝える電報です。減額サービスがあっても好いところですが、逆により儲けようという姿勢には卑しささえ感じました。そう思ってもNTTに頼むしかありません。独占のなせる技でしょうか。
故郷の弟の代わり
 「トイレの神様」の植村花奈さんがカントリーの聖地テネシー州ナッシュビルで挑戦する番組を観ました。彼女が歌う「テネシーワルツ」もなかなかのものです。この曲を聴くと今でも穏やかな気持ちになるのです。
 我が家には住み込みの工員さんがいました。その中に、自転車の後ろに私を乗せ、荒川の土手をのんびり走らせる青年というか少年がいました。その時、彼の唯一の贅沢品であるトランジスターラジオから流れていたのがテネシーワルツです。
 「ケ・セラ・セラ」も記憶にあります。私が「ケ・セラ・セラ」の部分だけあわせて歌うと、彼はさらに楽しそうに大きな声で歌いました。目的地には売店や茶店があり、にぎやかです。そこでおやつを買い、二人でラジオと共に味わうのです。
 そのころは全く想像できませんでした。田舎に残してきた弟さんの代わりに私を可愛がってくれたのだと、今、気付くのです。昭和33年ごろのことです。
今日は寿大学句会の日
 今日はこれから結構な雨になるとのこと。人様は「動」ですが自分は「転」なので、どうしようか迷っています。
 自動車の「自」は自動車自身を指しますが、自転車の「自」は自転車を乗る人の「自」ですね。もし、自転車の「自」が自転車自身なら、これはバイクになりますね。
 自動車もバイクも運転できない自分は迷うわけです。冷たい雨の中、濡れても行くべきか、それとも無理せざるべきか。サタデースクールなら仕事ですから行くんですが。ちなみに、準備した句は。


   秋澄みてエナメル質に暮れる街

   秋風に疾走の犬犬を生き

   晩秋の彩り集め銀杏散る

              自分では気に入っています。

 
 久しぶりの新作を

   蒸気かと水飲む犬の息白し

   焼く芋の匂人呼ぶ落葉焚

   政治家のようになるぞと言い聞かせ

   官僚のようになるぞと言い聞かせ

   未熟さを突きつけられる介護の苦

   散歩終え水飲む犬は陸蒸気

画像 291 画像 292画像 293
リードを持って現れた私に、散歩とわかり、興奮するぼーです。

画像 295
今さっき、ブログ友達の「天心園」さん(山形県)から届いたラ・フランスです。さくらんぼを以前に注文させていただいたとご報告しましたね。今年は美味いラ・フランスに出会えないでいたところ、ご案内をいただいたもので、注文させていただきました。今、食べました。期待を超える美味しさです。皆さんにも食べていただきたいのですが、残念です。    
保険諸制度の本義を再確認
 今回の震災を目の当たりにして、これは非常時だと、支援金を送られた方は多いことでしょう。助け合い、絆も言われています。
 同時に、広く社会を見れば、支援を必要とする人々は被災地以外にも見られます。その人々を一人一人が個別に支援することは難しい。そこで、通常時の相互扶助をシステム化したのが保険諸制度であること、忘れてはいけないと思うのです。
 しかるに近頃、保険というと個人の損得だけに関心を集中させる傾向があります。例えば、生命保険や地震保険「高いが安心を買っていると思えば言い」と言います。その通りですが、一家の大黒柱を失った、住む家を壊された家族の「支援」であることの意義も忘れてはいけないのです。通常でも助け合い、絆を結んでいます。
 経済成長が見込めない、というか、これ以上の成長が罪悪であるとさえいえる現在、富の分ち合いは皆で生き延びる上で一番大切な倫理になるでしょう。その認識が予算編成、税制、年金・健康保険改革に欠かせない視点であることの社会的合意が必要です。
震災が教えること
この夏、コンビ二・スーパーの照明が暗くなりました。「これでも好い」と感じたようでしたが、また明るくなっています。「東北生活復元」が進まぬのに「資源無駄遣」は「復興」しているのです。我々は震災から何を学んだのでしょうか。
 今回の震災は原発事故を含め、生命の根本を揺るがす大事件です。その衝撃で、文明のあり方を生き方を問われたと感じた方も多かろうと推察します。
 そうならば気になるのが、若者を含めた昭和ブームです。昭和のある時期まで持っていた中に、なくてはならなぬものがあったと気付いたゆえのブームではないかと思われてくるからです。
 捨て去るにはそれなりの成り行きがありました。戦後という非常時に、経済力回復になりふり構わぬことは自然なことでした。結果、GNP世界二位までに成長、生活は豊かになり、自信も回復しました。非常時は終わったのです。ですから、生き方を日本流に戻してしかるべきだったのですが、アメリカ流を真似し続けました。そして、また照明が明るいのです。
 先人が今回の津波の到達点のすぐ上に神社や街道を作っていたことが判ってきました。松茸は来年のために、取り尽くさない。大雨に備え、沈み橋を作る。幕末、欧米人が見た日本人は「みんな幸せそうにしている」先人達は満足していたのです。
 そうして、祖先が養ってきた精神風土の美しさに尊敬の念を抱かずには居られない自分に気付きます。自然への畏敬、共に生きる知恵、単純質素な生活、学ぶべきはアメリカではなく「足元にある」それを震災は教えています。
TPP本当のねらい
 国が年金支給開始年齢を68だ70歳だと言い出しました。「死支度すれば年金いただける」と皮肉り、怒りを昇華させています。
 その中、NHK「週刊ニュース深読」に「80歳支給開始だ」とおっしゃる東大教授が登場しました。どうも、本気なのです。ならば、制度維持策だという自説が、実質、消滅解体策であるという矛盾や滑稽さに気付いていないことになります。そうして気付きました。
 財界はTPPに参加するように圧力をかけています。その意図は工業製品輸出力強化にあると思ってきました。しかし、金融・保険・を含む幅広い分野に及ぶ協定です。目的は公的年金・保険制度解体による責任放棄だと見えてくるのです。
 今まで、財界は社会保障制度に伴う負担を嫌ってきました。非正規労働者の社会制度加入にも無保障状態に放置するために姑息な手段を講じてきました。様ざまな財界優遇税制で、この負担から実質逃げています。そして、今後予想される経費は消費税で賄うべく消費増税と法人減税を主張して憚らないのです。
 この点、政府官僚も同じです。社会保障経費の軽減を考えています。ですから、専門家が心配している、米国保険制度の移入による国民皆保険制度の崩壊を、むしろ期待していると思えて来るのです。
 弱者切捨ての矮小社会保障制度に切り替える、そのきっかけを呼び込むTPPです。ようは、自己責任論を振り回した小泉構造改革への回帰です。TPP問題を農業・食糧安保問題とだけ理解していると、本質を見失います。広範な反対世論が必要です。


   死支度すれば年金いただける

   円を売りTPP参加で国も売る


   北風に沿いて傾げる野草の実

   枯草の原に見守る犬の生