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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
自由に生きること
 横浜の卒業生、と言っても、すでに、47歳。昨晩、その彼から電話が入りました。地震のお舞いです。大したことはなかったと告げた後、いくつかの問題について、話し合いました。激論になったテーマもありました。
 その一つが介護の問題です。彼は、母の生活の質維持・向上のなめに、私が自由を奪われ、自分の好きなことが出来ないのではと聞きます。「それはそうだ。自分の自由にはならない。勝手なことができないと言う点では、自由を奪われている」と答えました。事実として、好きな時に東京に出て、買い物や映画鑑賞・観劇・落語を楽しむわけには行きません。山歩きや旅行も出来ません。確かに、不自由といえば不自由です。
 しかし、そうでもないと感じているのです。そこで、自由とは何なのかを考えなければいけません。もし、自由を「選択することが出来る状態」と捕らえたら、私の自由・不自由はどう見えてくるでしょうか。様ざまなことを考えて、私は今の母との生活を選びました。しかも、それを邪魔する者はなく、その選択が許される状況も備わっていたのです。「自分の決断を生きられること」が自由の本質であるとすれば、私は自由ではないでしょうか。
 大人は子供に「自分勝手をすることが自由ではない」と教え諭します。しかし、若者にとって、自由の意味を理解することは簡単ではありません。自由の「ありがた味」と自由の尊さゆえの「しんどさ」を感じています。
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町内会義捐金を決める
 昨日は部落=町内会総会でした。我が部落は36軒。会計報告では75万円の繰越金が出ました。豊かな財政です。しかし、少なくとも、父に代わって出席するようになったこの11年間、町会費を払ったことがありません。不思議に思われることでしょう。
 実は。、町内には収入源があるのです。町会は町内に葬式が出来ると豊かになるのです。胡散臭い話のようですが、こういうことなのです。葬儀は町内が仕切ります。葬儀委員長を決め、役割分担をして、進めます。それに対し当家の親族が「働き」というお礼を帳場に納めるのです。これが15万円前後になります。
 協議の結果、隣町旭の被災された方々に、10万円寄付することになりました。もちろん全会一致です。


   東電もNATOの前に空爆し

   政府より先に再生地方自治

   震災に教育負けた文科省

   震災で進む政界液状化

   バラエティーなくても済んだ十日間
   
   ろうそくが家族の会話仲をとり
ボール泥棒の犯人は?!
 ぼー君遊び用のボールが買ってきては消え、消えては買っているのです。猫や野生動物が持ち出すのだろうと思っていました。
 一ヶ月ほど前に買ってきた直径15センチほどの黄色いボールまでもが消えてしまいました。猫やハクビシンでは銜えられない大きさです。「いったい誰だ」と疑問は深まるばかりでした。
 しかし、今日分かりました。何と犯人は 「ぼー」 だったのです。ボール遊び中、植え込みの中にボールが転がりました。取りに行くと枯葉の中から黄色が見えます。「なんだァ~」と顔を近づけると正体が見えました。あの直径15センチのボールです。犬は食べ物を埋めますが、食べ物とは別名「大事な物」「大好きなもの」ですです。
 なるほど、大好きなボールを埋めてもおかしくありません。これから探せば、何個の懐かしいボールが出てくることでしょうか。


   絶対と言わなくなるぞ日本人

   そのまんま作業員事故起こしてる

   人軽視戦争中もそうだった

   政治家は寄生虫だと大惨禍 
 

   
反対語を考える
 欲望が貪欲に変質し、その貪欲を隠すどころか誇る者が現れ、世間がそういう人物に注目し、憧れ、尊敬しだした時を忘れてはいけません。また、そのような人物を国会議員にしようとした政党が政権を失うことは当然といわなければならないでしょう。
 その頃、欲望の反対語は何かを考えました。「欲望」の反対語は「満足」が結論です。これについては09年4月9日の記事を見ていただければ幸いです。「欲望を満たす」という言い回しから導き出しました。もしそうならば、当時の日本人は満足していなかったということになります。
 今回の地震は原発事故も含めて「安心」を奪いました。結果、「文化」が色あせて見えます。現に中止自粛した文化活動は山ほどあるでしょう。自分のことで言えば、日本史の教科書作りや俳句・川柳を作ることの基盤が失われてしまったと感じています。
 原発事故が最悪の事態になったら、東京も安全ではなくなるでしょう。日本が不安に支配され、人々が国を去り、国家存亡の危機が続いたならば、日本文化が生き残るでしょうか。社会・国家が、生活が安定し、安心だから文化は生まれるし、必要とされるということを実感しているところです。
 その意味で「文化」の反対語は「未開」「野蛮」ではなく「不安」です。ですから、最大級の不安をもたらすもの=戦争の反対語も「平和」よりはむしろ「文化」というべきではないでしょうか。確かに、戦争中の文化は貧弱です。教科書の「太平洋戦争中の文化」という単元部分を読んでみてください。了解していただけると思います。

   持たずとも欲しい物なし春彼岸

   欲深の強さ不満に比例する

   餓えたれば金銀よりも米ひかる

   命継ぐ米作つぶす博打打ち

   焼き海苔をステーキにするヒカリ飯

   放射能菜乳の次は人捨てる
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余震が続いています。ぼーはそのたびに、自分の小屋に逃げ込みます。そこで、またもや、ボール遊びと相成りました。



 
明け方から雨
 明け方、雨音で目が覚めました。ぼーとしていたのですが「雨に放射性物質が付いている」広島の時の黒い雨、チェルノブイリの時も、モスクワを守るための人工雨のことが浮かび、飛び起きました。「ぼーはどうしているか」走り降りて、玄関の戸を開けました。「良かった」ぼーは小屋に入り静かにしていました。すぐに、中に入れ、鍵を掛け直したことはもちろんです。
 しかし、これから散歩はどうしよう。井戸水は大丈夫なのか。地元野菜は。今日の東京新聞によると、19日午後5時から20日午前9時の放射線量は千葉勝浦で通常が0、000034ミリシーベルトであるのに対して、0、000044です。これがどういう数字なのか。雨が降って、数値が上がっていないか。
 それにしても、福島第一原発で作業をされている方々が浴びている放射線量は半端ではありません。同資料によると3号機付近で15日に検出された量は400ミリシーベルトです。通常の100万倍です。それを思うと、私が恐れていることが笑えてきます。しかし、それでも笑えないのが現実のように感じます。(今、ヘルパーさんが隣町旭市産春菊から、異常放射線量を検出との情報を得ました。)

昨晩も、目が冴えて、すぐに、眠りにつけなかったので575作りました。

   日常のしあわせ目掛け危機が来る

   原発の毒にも勝る文明菌

   原発はアトム作ってからだった

   原発の色香に落ちた危機管理

   放射能いつものように梅匂う

   雨音がいつもと違う原発禍
意外だった二つの調査結果
 東京新聞が16・17日に行った調査で「原発に不安」と88%が答えましたが、56%が「運転しながら安全対策を強化すべき」と答えており、「いったん、止めて対応を検討すべき」25%や「やめて別の発電方法をとるべき」14%を大きく上回ったのです。
 原発は絶対安全と政府も東電も言ってきました。しかし、と言うか、なので、その慢心と油断が事故を起こすのではないかと思ってきました。その事故が起きてしまったのです。ですから、これから為すべきは、原発廃止方針の下、徐々に、原子力依存を低くすべく法律を作り、新しい発電研究と、そのための資金準備することです。これ以外にない、世論もそう動くと信じていただけに、驚きました。
 自然は常に想定を越えるものです。越えるから自然であり、手がつけられないがゆえに神聖であり、信仰の対象になってきたのです。この調査結果は東電ばかりではなく、日本人の多数派が古来からの自然観を失ってしまったことをも示すだけに、、二重に堪えました。
 そして「東京都知事選で誰を支持しますか」の調査結果です。石原氏が優勢と出たのです。これは、さらに意外でした。「天罰」発言があったばかりの調査だと思うのですが。今までも、無神経な、人権意識に欠けた差別発言を繰り返してきた人物です。その本質を、未だに、見抜けないとするなら、同調するなら、都民に人権意識がないことになります。「失言」ゆえに多くの政治家が職を失ってきましたが、彼は例外です。彼の「失言」を失言と感じない人達がたくさんいるからです。それが残念というか、怖いのです。
 基本的人権は民主主義の根本です。それを認めない、無視する人物に人気があるのです。彼らは形だけの民主主義は認めるのです。しかし、実質民主主義を求めれば、危険視し、批判し、場合によっては弾圧するのです。我々は、そういう民主主義の中にいます。
 
午後こころ落ち着く
 インターホンの修理に、卒業生でもあるツクモ電気さんが午前中来てくれました。北風が寒い中、完璧な仕事をしていただきました。これで、ご近所はじめ、来客に失礼がなくなります。
 午後はすぐに散歩に出て、ゆっくり、余震も早朝以来なく、こころ落ちつきました。そこで「575を作るか」結果が下の句です。


   最弱の内閣襲う最強波

   社長さん来いと原子炉暴れてる

   コンビ二も省エネしてる電気欠

   平和ゆえ米英中露支援あり

   国難が政争という無駄省き

   理はいらぬ安否を問うを天よ聞け

   温き身に軽きこころの風呂上り

   節電に心合わせる日本丸

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菜の花は千葉県の花です。今が盛りです。
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 ぼー君は地震以来、自分の小屋で寝るようになりました。9時には小屋に移動します。本能的に小屋の方が安全と分かるのでしょうか。狭いところの方が恐怖を抑えられるのでしょうか。


国難、それでも戦争よりは
 またも、5弱の余震がありました。本震に比べればたいしたことなく終わりましたが、また、激しく揺れるのではないかとの恐怖がよぎりました。その意味で怖かったです。
 さらに、福島原発の危険度は上がるばかりです。これ以上の放射性物質の拡散が防げるかどうかが問題になっているのであり、すでに立派な原発事故になっています。恐れていたことは現実化してしまいました。ことに集中できないで居ます。
 しかし、母は言います。「まだまだ、ましだよ。戦争の時に比べれば」確かに、毎日のように戦死の知らせが入り、空から焼夷弾が落ちてきて人も家も焼かれた戦争末期。300万人が死んだあの戦争と比べれば、まだ、救いがあるように思えます。
 当時、焼き出された人々をを国は放置し、国民は他国の人のように扱いました。国も国民も保身に走ったのです。明日はわが身という時に他人のことを考える余裕はなかったのでしょう。戦争中、三河でしたか、大地震が起きましたが、国はこれを隠しました。国民の戦意の低下を恐れたのです。ですから、全国の支援など得られるはずがなかったのです。
 しかし、今は違います。、被災者のために、多くの人が出来ることをしようと思っています。しかも、諸外国からの支援もいただけます。戦争中なら考えられないことです。アメリカもイギリスも中国もロシアもチャンスとばかり攻撃を強めることはあっても、救援などあろう筈がありません。平和であることが何よりの財産であると痛感します。
地震に慌て、文明を考える。
 我が家の被害は花瓶が割れたことと、20時間に及ぶ停電でした。それとまだありました。自分がとんでもない小心者であることがはっきりしてしまったことです。
 そして、収穫は、我々が、いかに、電力に依存しているのかを実感させてもらったことです。そう感じさせられた途端、、原子力発電所で爆発が起きました。政府は隠していますが、重大な爆発ではないでしょうか。少なくとも、今までにない規模の事故が起きたことは間違いないでしょう。
 昨晩は、電気の有り難さと同時に、その危うさに思いを馳せていました。有り難い今の生活は地獄に陥れるかもしれない原子力の力を借りて享受していることです。その地獄に、目が覚めたら直面させられるとは思いもよりませんでした。今の我々は、土台が腐っていると知りながら、その二階でドンチャン騒ぎの宴会をやっている人達に似ています。
 575がついて出ました。余震で眠れぬ夜をどう過ごしたかを想像してください。


   春惨禍三日月冴えて星を研ぐ

   震度六なぜか掛け声明るくて

   蝋燭の灯より明るい月を知る

   一睡もできぬ震災闇の底

   震災の停電で知る野生の眼

   蝋燭の灯はつつましい人の影

   電気来て文明戻る電子音

   電気来て親子喧嘩をまた始め

知恵がない法の単純適用
 前原外相が辞任しました。外国人からの献金を禁止する法の意図は分かります。しかし、献金者は外相が子供頃からの親しい知人であると聞きます。ゆえに純粋な応援としての献金であることは疑いがないことで、日本国をどうこうしようと言う意図からの献金とは考えられません。
 ならば、献金を返すことで一件落着という判断は知恵に属するのではないでしょうか。この献金は、むしろ、尊くないですか。大臣になるまでの苦労を知る近所のおばさんゆえの行為です。それがかえって、前原さんを窮地に追い込んでしまった彼女の苦渋にも思いを致すべきではないでしょうか。そこでこう言いたくなります。

   在日の献金悪で税は善し

 よく、在日朝鮮人に対して言われる苦言があります。「色々言われるんだから、日本人になってしまえばいいだろう」こんな風に言われるなら、日本が好きになれなくても当然です。
また、日本が好きなのだけれども、帰化はしない人も居るでしょう。例えば、イタリアが好きで何十年もイタリアで生活している人が日本人であり続けたいと思うことはおかしなことでしょうか。また、イタリア人は帰化しろと余計なことを言うでしょうか。
 差別だ、人権無視だといっているのではないのです。日常の生活で、常識になっている良識に従い言っているだけです。ここでも、市民感覚を尊重して欲しいと思います。

今月、町内のゴミ当番!
                車乗り分別ゴミを出しに来る

ついでにもう一つ
                民が乗る泥舟降りる外務相
ぼー汚れる
 今日は、朝から雨、何もする気になれない日でした。まさに、ごろごろしていました。そこで、せめて更新だけでもする事に。
 一昨日のぼー君の汚い姿をお見せします。
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いつものように、水田地域の真っ只中に来ましたので、放しました。相当長い時間、自由にしましたので、帰ろうと近づきましたら、逃げます。そしてビニールハウスに向いました。そうすると、何かに身体をこすり始めました。「肥料が置いてあるんだな」ぼーは肥料や肉・魚が腐った臭いが好きで、狂ったように身体全身に匂いをつけようとするのです。
 しこたま、楽しんだ後に、やってきた姿が写真です。臭くって堪りません。帰って、泡だらけにしてやりました。風呂場にえもいわれぬ臭いが漂いました。ぼーは満足そうでしたが・・・・。



丁稚と集団就職
 昭和37年だったと思います。父は3人の少年を採用しました。いわゆる集団就職です。
 その夏の夕食後、彼らの部屋の前を通ると、父が三人と向き合っています。1人が泣いており、さらに驚いたことに、父も泣いているのです。父の姿に、小学生だった私にも、彼の切なさが伝わってきました。結果、迎えに来た父親と故郷に帰って行きました。
 夢に父が出てきた朝は、聞かされた話を思い出します。父は14歳で上京、丁稚奉公を始めます。主人は使用人に腐った飯をだし、飼い犬以下に扱ったそうです。「夏に蒸かしご飯が出ると不機嫌になったな。故郷の飯が恋しかっただろうな」と思ったその時、結びつきました。「あの時、父が泣いたのは自分と彼とが重なったのだ」
 あの時の彼の姿から、逆に、14歳の時の父の悲しみの深さを知ることが出来ました。彼は今、どうしているのでしょうか。会ってみたい気持ちになります。何の意味もないことですが。


   語らいを紅茶に浮かべきんかんタルト

   聖製の湧き水水菜胃袋に

   イタリアの国旗パスタを誇ってる

   淋しさを隠し転勤おめでとう

   夢の父今も教えるまこと道
同じに見える日の丸と星条旗
 1月23日に「日の丸と星条旗」を書きました。これを修正して2紙と1誌に投稿しましたが、採用されませんでした。そこで思いが募り、さらに修正し「同じに見える日の丸と星条旗」と題して毎日新聞に送りました。今度は、採用され、多くの方に読んでいただきたいところです。

 日の丸・君が代強制が思想信条の自由を侵すかどうか争う裁判二審は「違憲ではない」と判断しました。
 しかし、都教委は従わぬ教員を「偏向教師」と呼びます。つまり、思想が偏向していると感じているのです。憲法は他者の思想を偏向と決め付ける「偏向」を禁止しているのですが。
 先の大戦中のアジア侵略では、日の丸が掲げられました。人々は日の丸に怯え逃げ惑ったのです。その日の丸と同じ汚れを星条旗も持っていないでしょうか。米国もベトナムで同じことをしました。しかし、それを悔い、恥じることはなかったのです。その挙句のアフガン・イラク戦争、ここでも星条旗が翻りました。
 ノーベル平和賞受賞者を牢獄につなぐ中国を後進大国と笑う人達が居ます。もし、後進性を笑うのなら、日本も米国も笑えないでしょう。日本は思想の自由の意味を理解できない、米国は洗練された想像力を持ち得ない後進性を持っているからです。