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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
新年を迎える準備を済ます
 ようやく、準備が済みました。年賀状に始まり、色々ありますね。
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28日は知り合いの奥様が亡くなられ、告別式、しんみりしてしまいました。そんな誕生日になってしまったので、電話ぐらいは期待したのですが、薄情な姉弟、姪甥からはお祝いの言葉を聞くことがありませんでした。それも、姉二人は他の用事で電話してきたのにです。
 ということで、自分でケーキを買ってきて、言わないと食べ始められないゆえの、とってつけたような母の「おめでとう」だけの誕生日となりました。裕次郎、哲也、広道の誕生日です。 A型の山羊座ですから、絵に描いたような真面目人間ということになります。
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しかし、何が真面目なのか。面白みのない真面目になりがちな自分です。変幻自在な真面目人間が目標です。一休さんですね。しかし、自分を研いたならば、どうも良寛さんに近くなる様な気がします。
 今年は、教科書書きに着手しましたが、母の入院にかまけて、6月以降、一行も書いていません。その上、歴史検定に落ちたら、成果がなくなります。今年から始めた「俳句」がありますが、これは俳句といえるものではありません。川柳もここ冴えがありません。
 新聞投稿だけが目に見える成果でしょうか。東京新聞8回、赤旗4回、週刊金曜日6回、毎日3回、千葉日報3回。これも慎み、来年は教科書作りを中心に生活を組み立ててゆこうと思います。「ブログの更新」「ブログ訪問」は0と5が付く日に限ろうかと思っています。
 今年もブログを通したお付き合い有難うございました。来年もよろしくお願いします。良いお年をお迎えください。
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「お花の誕生日はいつ」
 NHK「こども電話相談室」に寄せられた相談5つ。答えて、3つが終わっています。今日は4つ目「お花の誕生日はいつですか」に挑戦してみます。


 花が美しいのは色や形、匂いもそうですが、生きているからだと思います。ですから、誕生日は花が咲いた時ではないと思います。命が出発した時だと思うのです。
 人間はお母さんから生まれた日を誕生日としますが、それは植物で言えば、花が咲いた時ではないでしょうか。お母さんお腹で、命が授かったのは誕生日の10ヶ月と10日前です。その日が本当は誕生日なんでしょうが、誰もが十月十日で生まれてくるわけではないので、出産した日を誕生日にしています。
 では、植物はどうでしょうか。花が咲きます。花の中にはおしべとめしべがあり、おしべの花粉がめしべにつくと種が出来始めます。その日がお花の誕生日です。これを何千回何万回繰り返し花は命をつないできました。
 人間もそうです。お父さんお母さんから生まれましたが、お父さんお母さんは4人のおじいさんおばあさんがいなければ生まれてきませんでした。さらにさかのぼれば8人の曾おじいさんとおばあさんがいました。その組み合わせが1人でも違えば、私たちは生まれてこなかったことになります。選ばれて生まれてきたんだといえます。何万の生まれてこなかった命があることに思いを致すことも必要です。
 スター探しのコンテストがあります。何万人もの中から選ばれたスター達がいます。上戸彩さんがそうですね。と同じく、私達も選ばれたスターとしてこの世にデビューしたのです。選んでくれた審査員=ご先祖様・神様に感謝したくなりませんか。
ぼー君が詩人にしてくれる
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 「愛犬は僕を詩人にしてくれる」ぼーの写真を載せる口実に作ってみました。

  というか、今日はぼーの誕生日でした。11歳になりました。現在、生きている犬の最高齢は25歳だ そうです。あと14年生きてくれるでしょうか。




   流れ去る雲はあいさつ人偲ぶ

   無常悟り命に与ふ鍋つつく

   厚氷ジェット機写す千年田

   人の世の情が抜けてる菅ドラマ

   猥褻に父子はないぞ都条例

   教えたいマニフェストとは公約だ

   手間省き人任せの金稼ぎ

   手間省き文化捨ててるお正月

   出来を見て我を値踏みの年賀状

  

  
大人たちはピカソの絵が凄いといいます。どうしてですか?
 芸術は美を追い求めるものですから、すごい絵の「すごい」は「美しい」でなければいけません。しかし、ピカソの絵の中には美しいとは言いずらい作品が多数あります。代表作「ゲルニカ」その習作の一部「泣く女」「三人の踊り子」どれも、それと分からずに「買わないか」と言われれば、5万円でも遠慮するでしょう。この質問者の気持ち、良く分かります。
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   ゲルニカ         泣く女「週刊美術館ピカソ」より
 
 私のような素人に受ける絵画は本物を写したような作品です。例えば、写生された風景画を綺麗だと思います。それは、現実にある風景を美しいと思っているのです。ゆえに、現実を正確に描いた絵は美しいし、模写の精度が高いほど、上手い画家ということになるのです。
 19世紀西欧は順調に発展しました。全ての問題が提出され、すでに解決されている理想の時代に見えました。理性が成長と調和を両立させる安心の時を迎えていたのです。ですから、彼らは目の前にある全てを美しいと受け入れられ、そのまま描いたのです。
 しかし、20世紀に入ると、第一次世界大戦が勃発し、過去にない破壊と殺戮が繰り広げられました。理性と調和が信仰であったことを突きつけられ、美しい世界は崩れ去ります。となると、もはや写生は美を生み出しません。20世紀は、美しくない現実を壊さないと美しさに出会えない時代になったのです。
 そうして、それ以後のピカソの絵を見てみると、確かに、現実を分解したよう絵が多いです。では、それが美しいのでしょうか。私にはそうは見えません。しかし、醜い現実をそのまま描くよりは、醜さを壊したものを描いた方が、より美しいでしょう。あるいは、自分が見えるように描いただけなのかもしれません。
 もし、ピカソの絵が人の心を打つのなら、現実と格闘する姿ではないでしょうか。受け入れられない現実を、阿古屋貝が痛みの原因である石を苦汁で真珠に変えてゆくように、美を創造する、その姿を作品に見出すのでしょう。あるいは、現実からの自由が人間の証明とピカソは信じていたのかもしれません。
「イマジン」夢想と現実
 本日、東京新聞発言欄に『「イマジン」夢想の世界』という投書あり、その内容に思わず、パソコンをとりました。
 その主旨は軍事力がなければ、独立も主権も保てないということです。『国家間の交渉ごとの多くは、背景にある武力の多寡によって決められている』『武力の裏づけがなければ、みすみす自分の持ち物である財産を奪われてしまう』ジョン・レノンが夢想したような歌詞のようには動いていない。甘いサッカリンのような歌の文句は、絵空事に過ぎない』というものです。
 先日採用されたばかりですから、掲載されることはないと思いつつも、次のような投書を送りました。


 「イマジン」夢想と現実
 
 北方領土に対するロシアの強気は核軍事力のなせる技であり、日米安保条約ゆえに、中国は尖閣列島を占拠しない。これ等は万人承知の現実であります。
 なのに、敢えてこれを指摘するのは、戦争がないと困るからか、夢想によって生じる危険に巻き込まれることを恐れるからです。しかし、歴史を見れば、軍事力=戦争は地獄を結果するのが常であり、むしろ「戦争が安全にする」との見方の方が夢想的なのです。
 現実にしたいと意志化された夢想を理想と言います。もし「戦争は安全だ」が夢想なら、この理想化は「戦争を安全にする」=「殺し合わない戦争にする」ことになります。殺し合わない「理想の戦争」、これはもう戦争とは言えません。
 しかし、戦争はなくなりません。今までの常識は殺しと破壊を繰り返させるばかりです。ですから、戦争をなくすなら、180度違う発想を持たなければなりません。守るために「持つ」ではなく「捨てる」に変えることです。
 12月21日付け発言欄「イマジン夢想の世界」は「戦争がないと困る」からゆえの意見ではないでしょう。夢想のような理想主義を危惧されたのだと推察いたします。確かに、現実を見ない理想主義は「無力」であり、危険です。しかし同時に、理想を持たない現実主義は「無情」であり「臆病」なのです。
 信頼と安心の中、安全に暮らしたいとは万人共通の願いです。無情を「愛」に変え、愛が臆病に「勇気」を与えられたら。これをジョン・レノンは詩情豊かに、音楽に乗せ表現したのです。人々が理想の泉と慕う所以です。現実世界において、か弱い愛や勇気に力を与えるのは、人間以外にいません。
現実と理想、デモ行進から『でも外し』へ
 『理想を持たない現実主義』は無情であり、『現実を見ない理想主義』は無力だと思います。また、現実維持は『安楽死』を予想させます。では、現実主義、理想主義どちらなのでしょうか。
 日本国憲法には、幾つもの理想が掲げられています。、生存権、働く権利、両性の平等、そして絶対平和などです。これらが、その理想に向かって社会を変えていったことは、国民が実感している通りです。例えば、生存権はその精神は受け入れられ定着しています。朝日訴訟を支えたのは紛れもなく、憲法25条です。
 現実を変え、理想に近づけるための条件がここに一つ見えています。それは『理想を掲げ続けること』です。もし、国民が権利を主張することが国家を危うくするとの考えに従い、憲法改定をしていたら、朝日訴訟は国の勝訴に終わったでしょう。そしてもう一つ、『それは理想だよ。でも、現実は難しいよ。』この『でも』を一つ一つ止めて行くことです。『普天間飛行場を海外に持ってゆくのが理想だよ。でも』ではなく、まず、それを米国に要求するのです。それは、沖縄の安全の問題からだけではありません。9条を掲げ続けているからです。
 ならば、核兵器三原則、武器輸出禁止三原則も維持・強化し、『でも』を言うのを止める道を歩むのです。現実に合わぬからと、9条だけを変える動きがあります。思うに『9条を改定する現実主義』は『安楽な死』ではなくて、『地獄の死』をもたらすでしょう。デモ行進も必要ですが、『でも』を言わない覚悟を決めることが肝要です。『現実を見据えた理想主義』は『安楽な生 』を予想させます。
歯が入りました。
 6月8日以来、毎週一回、歯医者さんに通った結果、ようやく、きれいな歯が入りそろいました。すべて、自前の歯のように見えます。あとは下の奥歯だけです。
 
   歯が入り青春ソング歌ってる

 ではありますが、今日は、アフガン国際援助が政府高官・官僚・軍人・実業家、NPOにまで流れているというBBCの番組をBSで観ました。お偉いさんたちの腐敗が国民の不満不信を生み、タリバンが勢力を拡大しているそうです。さらに、アヘンはタリバンだけではなく、政府もその販売に手を染めている、その額4000万ドルだそうです。
 そんな中、タリバン時代を懐かしむ声さえ高まっているというのです。タリバンが暴力による支配をしていることは事実です。国民が安心して生活できる社会を作ることはない勢力です。聖戦と称して、自爆テロが多発しています。宗教が政治に関わることの恐ろしさと過ちを見せ付けられます。

   神様を地獄に落とす自爆テロ
 
 他人事ではないのですが、まともな政府がアフガンに求められます。
なぜ、仲がよいほど喧嘩するの
 「なぜ、仲がいいのに喧嘩するの」 最もな疑問です。「仲が悪いから喧嘩する」と思うのが普通です。自民党の国会質問は喧嘩そのものでした。そりゃあ、仲が悪いですよね、政権を奪い合った相手同士ですから。
 しかし、あの喧嘩は嫌いだからではないでしょう。憎いゆえの攻撃に見えました。嫌いな場合はむしろ、関わリたくないと思うものです。ちなみに、いじめとは「嫌悪」が「蔑み」に変わることで、対応が「無視」から「支配」に「進化」した攻撃のことです。
 ということは、好きならば、逆ですから、関わりたいと思うはずです。具体的には、好きな相手には与えたいと思うものです。しかし、同時に、その何倍も与えて欲しいと思うのが人間の情ではないでしょうか。好き同士ならば、お互いに、相手に期待することになります。与えることを考えない者同士が与えられることを期待し合っているのですから、不満に思うようになります。ですから喧嘩です。相手への思いが強ければ強いほど、喧嘩は避けられません。
 愛情は甘えを許されることで感じます。好きであるが故の喧嘩を通して、与え合うことの方が幸せな関係であると気付くのではないでしょうか。それまでは「仲が良いほど、喧嘩する」が続くのだと思います。


 次は『僕には理解できないのに、大人達は『ピカソの絵は凄い』というのはなぜ」に挑戦したいと思います。もしかしたら、これに答えるのが一番難しいですかね。
「反省の色は何色ですか」
 NHK「こども電話相談室」に寄せられた相談に挑戦したいと思います。12月2日の当ブログに挙げた5つの質問を順に。
 
 落語に「佐々木裁き」というのがあります。元々、上方落語であるこれを、先代金馬さんは「池田大助」として演じました。人物設定を変えていますが、内容はほぼ同じです。
 この中で大岡越前守と、後に池田大助となる子供の、白州でのやり取りがあります。越前「星は幾つあるか数えよ」小僧「それでは聞きますが、この白州の石の数を教えてください」「上様から奉行職を仰せつかっておる越前でも、分かるはずがなかろう」「こんな近くの石の数が分からないのに、遠い星の数が分かるはずかないよ。こんな事を聞く大岡越前はバカだ」
 なぜか「反省の色は何色か」に「池田大助」が思い浮かびました。質問者とこの小生意気な小僧が重なって見えたのです。それぐらいひねた質問です。が、この質問は、ひねているがゆえの疑問ではないでしょう。純粋なのだと思います。
 「君は自分を何色だと思いますか。反省の色はその色だと思います」と答えたいのですが・・・・。過去を振り返り、私、人を恨むことが浮かんできません。しかし、後悔する、恥ずかしいことは幾らでも思い出せます。なぜ、ああしてしまったのか、しようとしなかったのか、できなかったのか。意識は全て自分に向かいます。自分の内側を射すように見ています。
 ですから、反省の色は自分色です。ちなみに、今、私は自分が濃いグリーンに見えます。


次回は「『喧嘩するほど仲がいい』といいますが、なぜ、仲がいいのに喧嘩するんですか」への答えです。これも難問といえば難問です。
菅・小沢共同会見
 政治が機能不全に陥ってしまいました。大連立を含め、もがいているようにしか見えません。健康回復は、政権交代の意義確認に立ち戻ることから始めるのが筋でしょう。
 政権交代は、財政危機回避のために①公共事業等の無駄遣い体質改善②地方分権推進を含めた行政改革③税制改革④経済回復のための新産業育成。そのための⑤科学技術・教育・中小企業振興策。そして、新時代に日本がとるべき外交理念の確立と外交政策実行のために必要であったはずです。
 しかし、それを実行しない、できない党内外の状況を作ってしまいました。ならば、できる環境を構築すれば好いだけのことです。同じ党員でありながら、忌憚ない意見交換の場を持たない、もてない事が可笑しいのです。目的がしっかりしている組織であれば、目的達成を妨げる対立を調整する努力を惜しまないはずです。
 まずは、党内抗争を止め、菅・小沢両氏が腹を割って思いや意見を確認し合うことです。その上で、マニフェストはズタズタですから、民主党として、諸問題対処の仕方を国民に明示すという仕切り直しをしなければなりません。そのための党内調整能力が両氏には問われます。
 緊急特別記者会見を両氏が主催する。そこで明示した政治理念と政策を持って、通常国会に臨み、終了後、国民の信を問うことも明言する。これが日本人が培ってきた誠実さです。「国民のために」という挨拶化した、聞き飽きた軽い言葉を実質を伴った重みある言葉にして欲しいものです。

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議論省く大連立
 もしここで大連立なら、政権交代は何であったのでしょうか。民主党の自民党化にイライラさせられた挙句の同化合体となります。選挙で政治が変わると期待した国民をせせら笑う所業です。

   交代の歓喜を笑う大連立

 大連立こそ、ねじれによる政治停滞を打開する秘策だと言うのでしょう。しかし、安定多数与党の時は数に物言わせ、有無も言わせぬ勢いであるものです。いまこそ、野党は与党から妥協を引き出すことができ、与党は野党に謙虚になれる時なのです。しかし、今特別国会がそうでなかったことは否定しようもありません。
 もし、与党同士になることでしか、予算・法案を成立させられないのなら、討議という国会の責務は、端から、不要です。必要なのは離合集散のための、駆け引きという政局だけです。国会の存在意義を自ら否定する自殺行為です。
 議案成立率が38%というのは議会の未熟さの表れです。法案成立に向けた、ぎりぎりの突合せ、納得修正・妥協修正を行う努力をしなかったということです。これ等を省くための「大連立」なら、国民は怒らねばなりません。菅総理は「熟議」といいましたが、議論と言えるものは、どんな場合でも、熟議です。
 
成功の秘訣は
 卒業生と話をしている時に、彼が「今、自分に言い聞かせている言葉があるんです」と言うのです。
 「どんな言葉」「成功の秘訣を聞かれた時にある有名人が答えた言葉なんです」「なにそれ」「それがですね。成功の秘訣は『成功するまでやること』と答えたんです」
 なるほど。本質を直接突いた言葉は、人を動かす言葉は、単純で明快ですね。これを「やり続けること」「諦めないこと」といったのでは、単純ではありますが、本質の皮を剥き取れていないんですね。名言だと思います。
 「頑張れ道は開ける」とか「やり続けることが大事」「諦めるな」等等、聞き飽きた言葉は人を動かしません。言い尽くされたことを、どう表現して、ことの核心に気付かせるか、これが教育のそれこそ核心ではないでしょうか。
体制のための国家機密
 ロシアでは、都合の悪いジャーナリストが暗殺されていると聞きます。しかも、その実行犯は公安ではないかと囁かれています。ならば、大統領が指示を出していると見られてもしようがありません。
 最高責任者がテロリストの性格を擁しているのです。暴力団から守って欲しいと思うものですが、国のリーダーがやくざ体質なのです。闇社会は表面に出ませんが、独裁国家では表にでも出ます。では、先進自由主義国はどうなのでしょうか。
 公安は国家の安全、というか、体制の維持を目的として行動します。国民の安全は直接の目的ではありません。体制維持に必要な場合のみ、国民の安全も目的にします。民主主義国では世論を無視できませんから、一見、体制の安全=国民の安全に見えるだけです。現に、ウィキリークス代表を婦女暴行で逮捕しようとして、その本性を明かしています。デモに行けばそれはもっとはっきりします。
 そうならば、国家機密も体制維持に必要なのであり、国民のためではないと理解できます。そこで、国民が安全を自分で守ろうとすれば、機密を持たないことを国家に期待するのです。もっと言えば、自国機密は守り、他国の機密はスパイ行為で手に入れる、そういう戦略を必要としない外交を求めるのです。
 これは、今流行の市民感覚です。私達の近所付き合いは、裏で、スパイするような怖い関係を望みません。国家間でもそうあるべきを望むのですが、これを体制は危険と感じて、恐れるのです。市民生活という日常が国家になることが究極の民主主義だと信じます。
歴史検定試験受けました
 今日は年一度の歴史検定日でした。もし不合格なら、気負い過ぎたことが敗因ではないでしょうか。終了して、自己採点しましたが、大変微妙なのです。
 解答欄を間違って、ずれて記入してしまったので、再度確認して、書き入れましたから、7~8分無駄に使ってしまいました。これ致命的なんです。なにせ、時間が50分ですから。論述問題は、構成を考える時間がなく、とにかく書き出してしまったので、必要な要素が全て入れられなかったのです。
 後悔で、ため息をついています。年一度しかありませんからね。まあ、受かったらめっけものということで。発表は一月10日ごろです。


   老人が高齢者見て席譲り


こどもの質問に挑戦!!
 ブログ「あさぎ庵」さんにお邪魔したら、面白い記事に出会いました。もう終わってしまったのですが、NHKラジオ番組「こども電話相談室」に実際に寄せられた質問5問です。早速

1 反省の色は何色ですか?

2 「喧嘩するほど、仲がいい」と言われますが、仲がいいのに、なぜ喧嘩するのですか?

3 僕は意味が分からないのに、大人達はピカソの絵がすごいといいます。どうしてですか?

4 人間には誕生日があります。お花の誕生日はいつですか?

5 明日は、なぜ、あるのですか?

 どれも難問です。というか、我々はこんな疑問を持ちません。しかし、痛いところを突いていますね。大問題もあります。5の「明日は、なぜ、あるのですか」これに答えられる哲学者が何人居るでしょうか。しかし、私も教師の端くれでした。端から、ギブアップするわけにはいきません。挑戦させていただきます。よろしければ、皆さんもどうぞ!!

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父が植えた菊が、未だに、毎年咲きます。
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春と勘違い、つつじが咲いています。暖かいのでしょうね。散歩中発見、捨てられたジャガイモも、青々と、子をなす勢いです。
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散歩から帰り、勢いよく水を飲むの図。
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「見たな」与えたビスケットを土に埋めた直後です。好く見てください、鼻に土がまだ少し付いています。