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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
握り寿司が食べたい
 無性に、寿司が食べたいのです。すし屋さんが店をたたんでしまった干潟駅周辺です。八日市場に4軒あるのですが「コリャ驚きの美味さ」とは言えません。「スシロー」が国道沿いに出来ましたが、一人で入るのに、なぜか気後れします。
 そこで、歴史検定終了後の来月10日、回転寿司激戦区を甥に案内してもらうことにしました。それを楽しみに、最後の追い込みです。受検票に貼る写真も出来ました。これが、大分、人相が悪いので、がっかりしています。
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我が家の庭で、人様のまねをしました。写真ブログに多くお邪魔しているんですが、いい写真がたくさんあるんです。真似たんですが・・・
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朝ごはんを持ってきたのですが、食べだしません。それで、大好物の大納言あんこを。これを食べると呼び水となって、主食を食べだすのです。先ずは「待て」この姿が好きな自分です。


   支持はゼロ人の良さまで疑われ

   借り過ぎを規制するなら国だった

   海老蔵は退屈男十八番にす

   サラ金も負ける取立て支援機構

今日も俳句が出来ません。
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支持率1%でも
 支持率1%になっても辞めないと菅総理が言ったとか。素晴らしい覚悟ですが、そう評価するには前提が必要です。実現したい理念と政策があることです。そうなら、1%でも辞めない覚悟は一つの見識になります。しかし、それを言わないから、そう見えないから、支持率が30%を切ったのです。
 独自の理念を基に、普天間海外移転を米国に要求し、新日米関係への意志を示すのだろうと思いました。八ッ場ダム建設を白紙に戻し、土木・治水政策を根本的に見直すのかと期待しました。不安定労働を規制する派遣労働法改正案を提出するだろうと信じていました。しかし、自民党政治に同化してしまったのです。
 岸信介なら「支持率1%でも辞めない」と言う資格があったと思います。彼は、国民の激しい反対を押し切り日米安保改定を断行しました。それが自身の理念に基づく政策だったのでしょう。そして、締結直後、総辞職しています。己の信念への責任を果たし、反対を押し切った責任を取ったのです。
 日米安保条約を国民の反対を押し切って締結したこと、その後、米国の世界戦略に協力したことは、私の許容量を激しく超える事態です。違う選択があったはずだと思っています。しかし、一人の人間の生き方としては理解できるのです。
 政策理念を持たず、主張出来ぬまま、野党や国民に痛めつけられることを我慢するのは病的でさえあります。1%でも辞めないという覚悟があるのなら、自分が行いたい政治を国民に説明出来るはずです。またしなければ始まりません。それとも、今が目指す政治だというのでしょうか。
言い分
A「命を金で買うのはどうかね。私はもらったよ」

B「大事にすれば同じですよ」

A「命に値を付け、愛の対象を物のように扱うことは美しくないよ」

B「職業地位で、賠償額が違います。命に値を付けることは社会的に承認されています」

A得意げに「売れ残った犬が、捨て犬と同じように、処分されているの知っているだろう」

B苛立ちながら「だから、愛情を持ってればいいんだよ」

 すると、犬達が吠え出しました。

Aの犬は呆れ顔で「あなたは物色し、選り好みして、私を連れ帰ったのですよね。その後、兄弟姉妹達の運命を聞きましたか」

Bの犬は諦め顔で「愛情ですって。こうしている間も、私達は鎖につながれています」
焼きそばを作る
 先日、母がたこ焼きを食べたいというのです。いつもの「干潟八万石」」さんではなく、先輩に奨められたお店に行ってみました。そこでは、焼きそばも売っていました。母が食べられないということで、ここのとこ大分長く、食べていなかったので、自分は焼きそばを買ったのです。
 「こちらの方が美味しい」と、母が言います。焼きそばも、たいそう、美味かったのです。今度は自分で作って食べようと思わされました。昨日、麺を買いました。そして、今日の昼、母はうどん、私は焼きそば。豚モモ肉も、キャベツも、もやしも、椎茸もふんだんに使い、仕上げにソースをかけ、強火で一気に。麺と具が同量の焼きそばの完成です。出来立ての分、美味かったですね。これだけで幸せな自分です。
 今晩は、マグロの刺身と昨晩の牡蠣鍋の残りで済ませます。メジまぐろがあると好いのですがね。銚子港と飯岡港が近くにある恩恵は結構なものです。ないのは温泉だけですから。
月刊「俳句界」に秀句が
 先日、月刊「俳句界」に載っていた各俳句会の重鎮達の句が、良い句とはいえない、はっきり言えば駄句だとこき下ろしてしまいました。正直、「これが日本文化を担っている人物の作品か」と、生意気にも、怒りのようなものを感じていたと思います。
 先週、サタデースクールの帰りに市立図書館に行って、11月号を見ました。そうすると、上手いなと思う句が幾つもありました。作者の、人間の深みを感じさせてくれる句です。早速ご紹介!!

山田六甲 作
   錦鯉うねりては紅強めたる

   逢ひ合うて蛍の中を飛ぶ蛍

   指の玉清らかに蛙穴に入る

宮本径考 作
   過ぎてゆく時雨の音を耳が追う

この秀作に並べて、自作を発表する図々しさを自分は持ち合わせません。


   
  






   人恋し鍋の向こうに母が居る 
 
   将来を質に取られる奨学生

   問責の資格があるか国会に

   従順と自己責任と云う戦

未来を拓く議論を
 国会中継を観ることを止めました。つまらないだけでなく、苦しくなってくるからです。
 中継の醍醐味は、双方の主張にそれぞれ道理があり、緊張を持って、考えさせられることです。もう一つは、国民の立場で政府を追及し、政策理念を正す姿から、国会が国民の機関であると確認することです。
 しかし、見えてくるのは、与党として国民の声を聞く聴力を失った自民党が、野党として、核心を突く眼力を持ち合わせていない姿であり、野党として策謀に走った民主党が、与党として、無謀に彷徨う醜態なのです。これがわが国の選良だと突きつけられ、苦しいのです。
 例えば、柳田前法相の失言問題です。これは、国民から言わせれば「君達の答弁の真似をしただけだ」としか思えないのです。それを鬼の首を取ったかのように「辞めさせなければ補正予算を通過させない」と凄んで見せました。
 この発言に、多くの国民は失望したに違いありません。「補正予算の中身に問題があるから通さない」なら分かるのです。しかし、その中身を問わないで、罷免させれば考えてもいいとはどういうことなのでしょうか。国民とその未来を目的にしていないとの失言です。こちらの方が罪の重い発言でしょう。しかし、それにさえ気付かないのです。
 国民が期待しているのは、未来を拓く議論です。どれがそれに値するかと悩ませてくれる程多くの高き見識です。それを味わい、選択する政治参加です。未来を創造する哲学を語り合う政治です。国民の政治への期待も次の通常国会までです。
眼鏡を忘れる
 今日は、旧職場に、新聞をもらいに行きました。つい話し込んでしまいました。そのために眼鏡と携帯電話を忘れてきてしまいました。そこで、長文は打てませんので「575」ということにしました。 


   晩秋の彩輝を集め銀杏立つ

   仕分け人仕分けたはずが仕分けられ 

   仕分けこそ無駄でないかと仕分けられ

   国会のいじめ体質見え隠れ

   君達の答弁真似ただけなのに

   メダルさえ政治のせいにしたくなり

罪を食べこなし生きてる我なれば徳といえども誇るにたらず
「当たり前」は「ありふれた事」ではない
 要らんご心配をおかけしてしまいました。お詫びやら、励まして頂いたお礼を申し上げます。今回は8年前の帯状疱疹以来の大騒ぎとなりました。どうも、腫れ物に縁があります。
 健康は宝とはよく言ったものです。まさに、宝ですね。「健康なら死んでもいい」というジョークがありますが、冗談ではない響きとなって、身に沁みて来ます。「ある秩序」が生命と体に調和をもたらしている。あらゆる機関の機能をフルに活用して健康という生命の在りかを維持しているのですね。そう感じさせられました。健康は「当たり前」でなければなりません。しかし、凡庸な「ありふれたこと」ではないのですね。
 「ある秩序」こそ神秘の出所(でどこ)です。人間が手を付けられないという点で神聖です。その通常を壊す程の無体を働いてしまった結果の病気ということなのでしょう。これは、私の中の小さな宇宙の話です。ですが我々は同じことを、地球的規模で、猛烈な勢いを持って、やってしまっているのではないでしょうか。
 薬が効くうちはいいですが、我々のコントロールを跳ね除ける意志と能力を持ったがん細胞が肥大化すれば、命の棲家はなくなります。「ある秩序」が求める調和に同調することなしに健康は維持できません。そのことを思い知らされた10日間でした。
生命力衰える
 ご無沙汰しておりました。皆さんのブログにも訪問することなく、一週間が過ぎました。大変無礼なことをしてしまいました。お詫び申し上げまする。
 風邪を引き、その上、ぼーのダニに食われ、手脚がいたがゆく、不快なことこの上なく、寝込んでいました。それに耐えられず、本日守医院に行って参りました。
 先生の話ではぼー君のダニではなくて「手足の発疹はアレルギーによるものだ」そうです。貨幣型発疹というそうです。痒くて、掻いたものですから膿が出るまでに広がってしまいました。その数、60~70、もっとあるでしょうか。現在はミーラのように、包帯で巻かれています。
 アレルギーとは、初めての診断です。というか、歯医者と風邪、お決まりの麻疹等に加えると、5歳の時の急性腎炎、数年前にの帯状疱疹以外医者にお世話になったことがない自分としては、50年ぶりの大病です。免疫力が衰えたのか、生命力がしぼんだのか、はやり、年齢を意識しなければいけない現実を突きつけられました。
 これを契機に、思うことあり、ブログの更新回数を激減したいと思います。皆様へのご訪問も、その時だけにしようと、決断いたしました。このこと、ご承知いただき、今後もよろしくお願いいたします。
これで高額所得?
 今日の東京新聞社会面「「高額所得は3000戸」「公営住宅退居請求せず」とあります。「また特権を持った者達が勝手なことをやっているんだな」と読み始めると、そうではないのです。
 公営住宅に入居できるのは、高齢者を除き、月収15万8千円以下の人と決められているそうです。さらに、「月収31万3千円を上回り高額所得者とされた世帯が3千戸あった」というのです。
「何でだぁ。31万円が高額所得かぁ」この記事を書いた記者だって、不思議に思ったのではないでしょうか。31万円で高額所得者にして、公営住宅に入れないまでに、この国は行政の役割を放棄してしまっているのかと、愕然としました。
 これで、三人以上の子供を生み、育てよと国は期待するのです。民間賃貸住宅は2LDKでも10万は下らないでしょう。あと、20万円で家族5人生活しろというのです。とても、大学まではやれません。今の実体からすれば、年収600万円以下にまで、公営住宅を開放すべきではないでしょうか。自己責任を押し出して、国は住宅政策を間違ってきたと言う他ありません。
 さらに、派遣労働・期限付き労働を法制化し、または容認してきました。それにより、「ワーキングプアー」といわれる年収100~300万円の階層を生み出しました。彼らが望めば入居できるほどに、公営住宅を作る必要があると思います。
時に我が行為恐ろしく
 今日は、朝から風が強いです。静かな心持で、日本史の問題を解くことにしました。
 答え合わせに、赤の太いボールペンを使っています。それが突然書けなくなったのです。「何だよ」と、苛付いてゴミ箱に捨てました。缶製なので、それこそ「カーン」ときたと思ってください。ふと、情けないことをしてしまったと心と手が止まりました。
 このボールペンはサタデースクールでも、子ども達の解答に、丸を付けるのに重宝、大活躍でした。太いので、はっきりして、丸をもらったと強く印象付ける力を持ってもいました。なのに、使えなくなったからと、邪魔者扱い、無能扱いしてしまいました。
 これって、美しくないですよね。働けなくなった老人をゴミのように扱う、派遣労働者を気楽に解雇する、今の社会に共通する生き方です。拾い上げて、仏壇に一晩祭ることにしました。だからなんだといわれると困るんですが。
   
   親子でも一緒に死ねない孤独知る

  
「持ち帰り」と「テイクアウト」
 調べたら「持ち帰り」=「買ったものを自分で持って帰ること。テイクアウト」店で食べないで家で食べるために持ち帰ることですね。
 しかし、宴会で残った食べ物を詰めて持ち帰ることは「テイクアウト」と言わず「持ち帰り」です。場合場合で使い分ける合理性を認めた上でも言いたいのです。「なぜ、英語を使うのか」マクドナルドで「持ち帰り」という正しい日本語が肩身の狭い思いをしていませんか。ホテルで、フランス料理店、洋菓子喫茶でも。「持ち帰り」を使うと、教養がない人と認定され、笑われれる雰囲気を感じます。
 テレビのコメンテーターや専門家がやたらとカタカナ語を使います。自分の知識の確かさや教養の高さの証しを英語に託すのでしょうか。ならばそれゆえに、教養がない人なんだと知ります。言うまでもなく、英語を知らない人を無視しているからです。
 例えば、「ク」で始まる言葉を上げてみると、 クライアント・クライシス・グローバリズム・クライマックスと幾らでもでてきます。これ等にはれっきとした日本語があります。相談者・危機・国際主義(合ってるか自信がない)・最高潮。なぜ使わないのでしょうか。。
 また、新たに入ってきたもの、作られたものに名を付けることがあります。日本語にした最高傑作が「扇風機」。「自転車」「飛行機」「蒸気機関」「携帯電話」「太陽光発電」「化学」「自由」「平等」「代数」「幾何」なかなかのものです。次のものに好い日本語はないでしょうか。「コンピューター」「3D」「ジェット機」「ロケット」「ロボット」「エコロジー」

   輸出なら武器ではなしに9条を

   枯葉散る最後の命気負いなく
不安そうな総理の目
   定まらぬ不安にさせる総理の目

 マスコミが写す菅総理の表情はさえません。というか、心ここにあらず、不安に目が泳いでいるように見える場面をよく見かけます。

   いかんとは言えぬ総理が遺憾です

 菅さんに限らず、閣僚が「遺憾です」「遺憾に思います」だけを繰り返していませんか。


   皆様のお陰でも行く叙勲式

   だまされる身にしてみれば高冷化

   田畑荒れ世憂う身にも小春寄り

   パンふわり紅茶差し陽を昇ってる

  
有力俳人の句に・・・
 サタデースクール終了後、知人との約束の時間まで、市立図書館に居ました。そこで「俳句世界」と言う雑誌を初めて手にとってみました。
 各俳句会の幹事とか言う肩書きの方の句が並んでいます。「これが俳人の句なんだ」と感心したのですならば、今日の記事にはしないんです。
 一句も覚えていません。何の感動も、上手さもないんです。これならば、寿大学の仲間の作品の方がよっぽど秀作です。「始めて半年にもならない未熟者が生意気言うな」と言われれば、その通りです。しかし、素人の関心を呼ぶような作でなければ、俳句人口は増えないでしょう。人は憧れから、その世界に入ります。素人玄人の違いは素人がつけるんです。素人に「さすがすごい」と言わせる作品を作れて、玄人ではないでしょうかね。そうでない玄人は俳句を滅ぼす文化人であり、その作は文化に値しません。といっても、自分は俳句を作れず、川柳一句。

   虐殺と屠殺の違い問うイルカ

 確かに、イルカ漁の様子は直視しかねます。しかし、それは牛や豚にもいえます。なぜ、イルカが虐殺で、牛豚は屠殺と言えるのでしょうか。千葉県食肉公社が近くにあり、よく牛・豚がトラックで運ばれてゆきます。あの命もあと数時間なのかと見送ります。泣き叫び向かうトラックもたびたび。養豚業をやられていたご近所が「運命が分かっているんだあ」と言います。
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 今朝、サタデースクールに出向く時のぼー君です。職を持っていた頃、この寂しそうな顔に、何度「今日は学校休もう」と思わされたことか。昨日買ってきた豚ロースステーキが食べにくいんです。
ぼー久しぶりに登場
 10月22日以来、ぼー君がブログに登場していません。お寂しい向きもあろうかと、今日は気を遣おうと思います。「要らんことをするな」「ペット自慢は迷惑だ」、それこそ「必要なのかなぁ~」との声の大合唱のようですが、少数意見も大切と、ぼー三昧です。

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人類多様性はどうなのか
 大騒ぎの生物多様性会議が終了しました。その静けさの中で、疑問に思うことはあります。なぜ、生物多様性を言って、文明多様性を言わないのでしょうか。
 つい最近まで、世界には石器時代の生活をしている人々と、核兵器を持つ人々が共存していました。しかし、今は、近代西洋文明一色になってしまいました。なぜなら、この文明が一番、破壊的・攻撃的で、有無も言わさず熱勢を使い、強引に、他を引きずり込んだからです。そして、その情熱は非情でさえあったと言わなければなりません。
 非情さの根源は経済的富の追求に求められます。そして、その実現手段が軍事力であり、それを支えるのが科学技術であったと言って、誰が反論できるでしょうか。この間、人類は多くの文明を破壊し、滅ぼしてきました。失われた人類多様性はもう取り返しがつきません。
 資本主義が人類文明の多様性を壊してきました(正確に言えば社会主義も)。これは決して間違いではありませんが、表面的理解です。資本主義を生み、それを選ばせた人間の生き方は何なのでしょうか。それを見据えなければなりません。
 人類多様性は「奪う」ことで失われ続けています。しかし、その反省が長続きしたためしがありません。では、生物多様性はどうなるのでしょうか。少なくとも、何のてらいもなく「自然を守る」という意識では、未来は開けないでしょう。「環境保護」という尊大さを、勘違いを捨て去れねば人類は滅ぶと思うのです。
 人類多様性の回復と尊重が、もし、実質な意味で動き出すのであれば、生物多様性を心配する必要はなくなるのではないでしょうか。
本日は父の命日文化の日
   今日の日も秋晴れ渡る命日か

   朽ち果てし塔婆の時を飾る菊

 本日は11回目の父の命日です。掃除道具と献花は持っていったのですが、線香を忘れました。我が家は神道ですから、まあいいかと。ならば、菊の花ではなしに、榊に二礼二拍一礼でしょう。中途半端でしたが、なおさらに、わが国は神も仏も一体の国ですから。

   スーパーの列に湧き出る高齢化

   他人の親可愛く見えるこの未熟
   ひと

 車椅子にカートと共に、一人残された、母と同年輩のおばあさんがいました。そのおどおどした表情が可哀想に見えていました。それが娘さんとおぼしき方が現れると、赤子のような笑顔に変わったのです。それが、可愛らしく、いとおしいのです。なのに、なぜ、自分の親には厳しいのか。

   川柳を下司の勘ぐりにして欲しい

 政治家・政界を見ていると川柳のねたに限りがありません。つい意地悪に作ります。しかし、それが嬉しいのではないのです。自分の未熟さ、人間の小ささゆえに、「大きさが見えなかった」のかと言うようなことであって欲しいと思うのです。「さすが菅さん、俺のような下司には理解できないんだね。脱帽、ごめんなさい」こういわせて欲しいのです。しかし、連日、秀作?を作らせてくれる政治です。

   
ごねる小沢だまる菅
   大将が一兵卒に気を遣い

   大将の指揮権仕切る一兵卒   

   一兵卒治外法権持っている

   患部ゆえ触れると割れる党幹部

 岡田幹事長の呼び出しに応じない小沢一兵卒です。これだけで、懲戒に値すると思うのです。例えば、教員が「話があるから校長室に来てください」との呼び出しに、正当な理由なく、何度も、応じなかったら、処分されても、不当とは言えないでしょう。第一、彼は今、国会での議員活動をしているんでしょうか。小沢さんは除名されても、世間的には、可笑しいことではないと思いますが、どうでしょうか。

 こんな民主党に

   知らぬ間に民主の上に自由乗せ

 深夜から朝に降った雨は、14号通過の時の比ではありませんでした。どちらが台風なのかと言うほどに、降りました。先ほど、午後2時の、雨が上がってから、7時間後の田んぼです。
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用水路もフル活動中です。九十九里浜に注ぐ新川に水を送っています。
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