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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
資本主義下品感謝心を奪う
 若者に感謝心が見られないと嘆く向きが強い。だからと、「美しい国」の首相は教育基本法を変えてしまった。だが、これを戦後教育のせいだと攻撃する方が美しくないだろう。
 若者に限らず、感謝を失うのは資本主義が純粋化すればするほど、必然なのだ。我々は労働を五千円、一万円と金に換算するここに、何の抵抗も感じなくなっている。時給1000円、これで労働の全てを語らせている。派遣労働者を何の躊躇なく、スッパと切れるのは金を払う関係以上の結びつきを全て捨て去り、金銭を媒介とした関係に純化しているからだ。そこでは、かえって、感謝などという人間的結びつきは邪魔なのである。
 資本主義は経済活動から人格をそぎ落とすことで完成貫徹される。そういう意志と理想を持つ。製品に企業名は入れるが、個人銘を入れることはない。職人が人格を注ぎ込んだゆえに銘を入れることとの対比は、資本主義の非人格化と無縁ではない。
 「俺は客だぞ。何だその態度は!金払ってるんだぞ」ここには他者の労働に対する感謝も尊敬も見られない。もし、この人物に下品を感じるのなら、あなたは資本主義が下品であると感じているはずなのだ。


   感謝なし資本主義という下品

   関係は支払いだけの都市暮らし

   憲法よ派遣と名乗る差別あり

   献金は弱者いじめの分け前に

   民主党民主の上に自由入れ

   

    
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場当たり政府で国滅ぶ
 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加するように、財界が圧力を掛けています。国を滅ぼす戦略を持っているなら加わればいいと思います。
 将来を見通した戦略を考える人材なら、これに加わるには、一つ条件を付けるはずです。食糧輸出国=アメリカとオーストらリアから、食糧危機になった時、自国民に優先して、日本に食糧を送ることを約束させることがそれです。しかし、これへの同意は得られるわけがありません。このまま、この協定に加わり、農産物関税を下げる、なくすことに同意するなら、将来、国民を餓えさせることは間違いないと思います。
 財界に、将来を見通した戦略が無いことは、この20年間、何をしてきたか、何を政府に求めてきたかを見れば、明らかです。目先のことで背一杯な姿しか見せてきませんでした。それがどれだけの歪を生んで来たことでしょうか。円高で右往左往していることが今までの全てを物語っているのではないでしょうか。
 国家や社会リーダーに長期的に物を見ることが出来て、安心と安定を約束できる人材が居ないなら、我々庶民は生き続けたいという本能に従って、発言行動するしかありません。ならば答えは、TPP反対です。
  
   なぜTPP財界肥えて民餓える


   止められしままの酒とて菊に添え

11月3日は11回目の父の命日です。
お偉いさんのやくざ化
 日本は有数の経済大国。なのに国民には実感がない、国は借金だらけ。まだ、あります。他の先進国に較べ、一クラスの生徒数が多い、人口に占める医師や文化予算の割合は低い等等。さて、どこに予算を使っているのか不思議でなりません。
 やはり、愚にも付かぬ予算となって消えているとしか思えないのです。天下り先は役人が、意味を問うことなく、作ってきました。予算を取り、仕事は安く民間会社に請け負わせ、差額をせしめる。しかも、その会社にも天下るのです。
 これは変形「ピンハネ」(中間搾取)であり、法的手続きを踏んだ横領ともいえます。この種の悪行は、やくざの専業でした。それを、今や、官僚がやるのです。しかも、幾ら暴かれ、批判されても平然と続ける、やくざも呆れるほどの厚顔無恥ぶりです。
 やくざは「たこ部屋」も経営していました。これは無権利状態の労働者からピンハネします。不満を言わせないように様ざまな縛りをつけました。今の派遣労働がその合法化です。政治家・官僚・大企業がスクラム組んで、労働者から搾り取る制度を創り上げました。
 民主党が企業献金を再開するそうです。企業献金とは、政策により利益を得た企業からの、政治家の「取り分」のことです。しかも、弱者を痛めつける政策になる場合が多いのです。やくざ文化がお偉いさん達に根付いてしまいました。そして、検事・警官・弁護士、医師、教師、公務員たちのチンピラ化も進んでいます。
また快感求めて投稿
 ブログ記事から、良さそうなものを見繕って、新聞投稿しています。今回は、20日の「スーパーで気付いたかごの中」をヒントに書いてみて、毎日新聞に送りました。投稿するとなると、こういう風によそ行きになります。しかし、本心を中心にしています。

 スーパーで思い知ったこととは(毎日の見出しは14文字)
 スーパーは、なかなか、楽しいところです。だから、買いすぎてしまいます。そこでカートは使わずに、かごに入れ、重さを感じながら買い物をします。これは「出来る主婦」の常識です。
 かごを下げて歩き廻り疲れてきたら、帰り時、レジに向かいます。まずは、並んでいる人達のかごの中を見比べて、列を選ぶのです。これは主婦の習性。
 そこで、最近、気付いたのが「バナナを買っている人が減ったなぁ~」ということです。一時は、2人に1人がかごに入れている勢いでしたが、今は、5人に1人程度なのです。流行りが終わった事を如実示す光景であります。「また挫折バナナ消えてるかごの中」少し意地悪に「バナナにも愛想つかれたダイエット」
 しかし、流行に乗るにはエネルギーが要ります。主夫になって以来、主婦の知恵、たくましさ、そして、彼女らが、実は最も、地に足をつけて生きているのだと思い知らされるのです。(381文字)

 自信を持って送るのですが、現実は厳しいですね。載ったという連絡が友人達から入るのが一度目の楽しみ。二度目は、もちろん、その新聞に自分の名と文を確認した時です。 
またも、必要なのかなぁ~
   静かでも眠る暇ないリニアカー

   カプセルか坑道真似たリニア線

 リニア新幹線が南アルプスコースに決まりました。建設費用と走行時間を考えれば内陸まで回れないという結論です。
 開通すると大阪まで67分、時速500キロ。と言うことは、第二次代戦中の戦闘機並みの速さです。南アルプスを掘り抜くわけですから、全線の7割がトンネルになります。もはや、物を運ぶ高速カプセルです。
 乗車の間、客は己の人間を抑えて、物のようにしていることが一番快適なはずです。経済効率と技術力誇示のために、人間は生理を無視され、無機質な人工物の秩序に従うことを強要されるのです。人を「生かす」ために使ったペルーのとは違い、人間性を「殺す」カプセルです。
 自然との共生が言われています。にもかかわらず、信仰の対象ゆえに、手付かずに置いて来た山々の土手っ腹に穴を開け、人間の領域に落とししめ、利用しようとするのです。
 経済効率が捨て去ってきたものの中に、実は、価値があるのではないかという反省が広まっています。これをあざ笑うような反文化的な計画です。
歴史検定受検準備開始
 歴史検定試験が12月5日にあります。もちろん、申し込みしてあります。今回は二年連続合格に挑みます。これが5回になると博士に認定されます。それもありますが、5回受かれば本物だといえるかなと思い頑張ってみようとしています。
 これで、準備は完璧と判断できる基準がないんです。そこで、手当たり次第の準備となります。昨年は74点合格でしたから、できれば80点以上、少なくとも75点以上とは思っています。ということで、更新頻度が落ちたり、訪問回数が減るのではないかと思います。ご容赦ください。

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 明日は良い天気のようです。サタデースクールへの道のりも、ルンルン気分で自転車をこげることでしょう。逆光だと、ばかに暗く写りますね。右と同じ時間に撮影したんですが。この建物が母の主治医である守先生が経営する特老ホーム「太陽の家」です。
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 ダニよけ薬が効いているようです。私も新たに、たかられる事がなくなったように思います。もっと早く薬に出会えていればと、反省しています。ペットに年間掛ける費用が18000円でしたか数日前の新聞に載っていました。我が家はそれでは収まりません。フェラリア予防の薬だけでそのぐらいになってしまいます。下がその写真です。
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 これに、ダニよけ薬、年、16000円になるようです。平均を大分上回ってしまいます。今、10歳10ヶ月あと10年生きて欲しいんですがね。どうでしょうか。



 
喜んではいけない米価安
 世界人口や新興国食糧需要の増加、環境悪化は今後の食糧不足を予想させずにはおかない。それゆえ、国民は食糧自給率の向上を望んでいる。
 その中、不可解なのが米価の急落を憂慮する声がマスコミ・国民から上がらないことである。それどころか、農業の衰退を農民の努力不足と断定、農業保護を甘やかしと批判する論調が目立つのである。前原外相にいたっては「農家のために98%が犠牲」と言い切り、EPA(経済連携協定)FTA(自由貿易協定)締結に反対する農業関係者・団体を批判している。
 これ等を締結すれば自給率は12%にまで落ち込むといわれている。この現実を、工業製品輸出を進めるためだから「はいそうですか」と受け入れられるだろうか。食糧が世界戦略の有力な武器であることは、レアアースの比ではない。1億2千万人の食糧は莫大である。世界的な食糧不足に陥った時、日本に農民が居らず、農業がなくてもよいのだろうか。
 政府は米の買い上げで、米価を上げるべきだ。農家戸別保障より効率がよいに違いない。米の消費拡大のため、パン等の小麦製品に米を使う技術開発の奨励、給食を全てパンにする等を実行、荒廃農地を買い上げ、市町村に運営を任せ、企業・組合・個人に貸すという手もある。
 EPAやFTAを締結するには、それによって潤う者から税を取り、農業を守る準備が必要だと思う。いずれにせよ「安い米」と「自給率向上」を共に求めることは虫が良すぎる。多大な負担を政府も国民も覚悟しなければならない現実を受け入れねばならない。
スーパーで気付いたかごの中
 昨日は、高たんぱくのマグロを買いに、ビックハウスに行きました。マグロは本マグロしか通さない母の咽喉のために、レジの買い上げ表示が恐ろしくなっている自分です。
 しかし、なんと220円でマグロが買えました。メジマグロです。これって、本マグロの幼魚ですよね。ですかられっきとした本マグロです。食べたら、軟らかく、臭みなく、甘味有で母も大満足でした。これからは、幼魚本マグロでいきます。
 ということで、うきうき気分でレジに向かいました。どこに並ぶかを決めるために、並んでいる人達のかごの中を見比べて、気付きました。あれほど皆が入れていたバナナが少ないのです。朝バナナがダイエットに良いということで、一時は、二人に一人と思える勢いでした。なのに今は、十に一ほどしかバナナが入っていません。

   また失敗バナナ消えてるかごの中

   バナナにも愛想つかれたダイエット

   次は何バナナに飽きたダイエット
バアバアーご飯復活
 朝食を母は「ヨーグルトを食べたから、いらない」というのです。事情はこうだと思います。
 昨日の夕方「今川焼き買ってきて」といいます。もう夕食だからと言っても聞きません。帰ると、早速食べ始め、二個平らげ寝てしまったのです。と言うことで、ご飯が余りました。それを今朝見て、硬いご飯が嫌いな母はヨーグルトで済ましたのです。
 さあどうしよう。主食を食べないでは食事になりません。その時、なぜか思い出したのが「バアバアーご飯」子どもの頃、私が作り弟と食べた料理?です。卵に砂糖と醤油を入れフライパンに、それに冷や飯を加えてかき回しただけ。今日は椎茸のみじん切りをたくさん入れました。それに味噌汁。
 結果は「美味しいね。何入れたの」完食しました。おやつに弟と食べた「バアバアーご飯」これからは母に作ることになるでしょう。笑ってしまいました。50年前、今を見越して、命名したかのようです。



    国会はこども議会をお手本に

 国会がその機能を果たしえません。本質論議が出来ません。具体的行動に結びつく議論が出来ません。国会中継を見ている意味がないのです。

    恥もせず可視化求める元検事

 各方面から指摘・要求されてきました、取調べの可視化を無視してきた検察庁検事が自分にはそれを適用せよといっています。大坪弘道被告です。

   徘徊をなぜ叩かれる熊と爺

  

ノーリードの散歩犬
 先日、放しっぱなしの散歩犬が襲い掛かってきたが、ぼーが撃退したという報告をしました。その飼い主は何もなかったかのように、遠ざかっていったという話もしました。
 今日のテレビ番組で、リードをしないで散歩させる人が多くて、迷惑であるという現場を取材報告していました。場所は、東京北区荒川河川敷です。法律にも迷惑を掛けない飼い方をとの条文があるそうですし、北区も条例でリードを付けることを義務化しています。にもかかわらず、注意すると逆切れされることもあるとか。おかしなことになっています
 「犬を嫌いな者は河川敷には来るな」と言っていることに気付いていないようです。放している人に聞くと「どこが悪いの。迷惑でないでしょう」ときます。これって「イジメてなんかいないよ」といういじめっ子と同じ病気にかかっている証拠です。タバコがそうでしたね。つい20年前までは「煙いくらいで、がたがた言うなよ」が喫煙者の態度でした。しかし、今そう言ったら、我が儘な野蛮人と見なされます。
 社会性とは自分を相対化することから育ちます。電話が掛かってきて「今、大丈夫」と聞く人が居ます。確認することで、相手も自分も安心して話しが出来るんですね。相対化はそのための知恵であり、習慣化すれば教養で、一般化すればルールです。タバコはルール化したといえます。確かに、教養ある方は、昔も、喫煙のTPOをわきまえていました。
 何の根拠も示せませんが、このような方が少なからずいるということと、一人で生きて行けると錯覚することと、地域社会の人間関係がないこと、ご近所に無関心なことは低通していると思うのです。
 

 
エコ実践新聞社に覚悟問う
 「エコ」がもてはやされています。生活ファション化してしまった感さえあります。つまり、実質が伴わない空騒ぎに終わるのではと心配するのです。
 今までの車より、買い換えたエコカーの方が燃費が悪い。エコポイントに釣られて、まだ使える家電品を破棄し、かえって、資源の無駄遣いを促す。これでは、エコ対策の皮をかぶった景気回復・大企業支援策といわれても仕方がありません。
 温暖化は産業活動や都市生活だけが原因ではありません。森林破壊も大きな要因です。しかも、生物多様性をも脅かしているのです。そこで、世論に影響力を持つ新聞社に、意味のあるエコを実践して欲しいのです。
 それは「夕刊を止める」ことです。何百万部も発行する新聞社ですから、これで森林減少を、相当、食い止められるのではないでしょうか。加えて、朝刊紙面の削減も努力して欲しいのです。大新聞ほど紙面数が多いような印象を持ちます。それは地方紙と比べると良くわかります。
 「こころの時代」と言われて久しいのですが、不思議なことに、その間益々、心が軽視されてきました。同じように「地域社会の再生」「絆」「助け合い」「敬老」などなど、掛け声とは逆に、問題をより深刻化させ続ける我らが社会です。新聞社の覚悟を問いたいと思います。
 
これはなんでしょうか?
 ばあ様から預かった「国勢調査票」を投函する都合もあって、ぼーを連れ散歩にでました。久しぶりに歩くコースです。
 ところで、これなんだか分かりますか?
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我が地域では、この季節、ありふれ、見慣れた風景です。こうなる前が下の写真です。
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 千葉名物、落花生ですね。今年は雨が降らず、水遣りが大変だったと聞きます。中には、枯れさせてしまった農家もあったようです。荒地も目立つようになってきました。そんな中、町内67世帯中、ただ一軒の専業農家があります。
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米、トマト、きゅうりを中心に生産されています。経営は、磐石のようです。認識されてない方が多いと思いますが、農家は経営体なのです。経営者としての気概と能力がない方は農業が出来ません。ここのご主人も、なかなかの人物です。

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 実は、ぼーはダニに苦しんでいます。そのために私もです。以前に、獣医さんから首に掛ける防虫薬を頂いたのですが、ぼーが目眩してしまい、私もふらふらしてしまいました。それ以来、対策らしい対策を採ってこなかったのです。しかし、良い情報を得ました。「フロントラインプラス」という薬があるそうです。これから買い求めに行こうと思っています。

またも国会議員のどたばた劇です

  稚拙ゆえ答弁拒否の大人度は

「慎重に」は何もしないことのサインのようです。
 
  慎重に決断しない悪い癖
今を不思議に思う
 確かに「貴族と同じ生活」と思うのですが、しかし、今が不思議に思えることがあるのです。なにせ、30年以上、仕事のことを中心に生活してきたのですから、その生活の沿線上に棒があるようで、それが突付くのです。「あんた何にやってんの」
 でも、もう、物質的に豊かな生活や、世間体・見栄えを気にしての「良い生活」のためには働かないと決めて居ます。たとえ、あばら家に住んでも働きません。しかし、自分がやりたいと思ったこと、人に求められたことは、無理がない限り、やらさせていただくことにしています。いままで、お断りしたのは「家計調査」の調査員だけです。
 この5年間、町内では葬儀の帳場・葬儀委員長、学校では非常勤講師、市の依頼では匝瑳市フォーラム21委員、サタデースクール指導員、住宅環境・経済センサス・農業センサス・国勢の各調査とやらさせていただいています。
 沿線上にある棒に添っている時は、先が見えたのです。十年後の自分について、そう的外れにならない読みが出来、自分の姿が描けました。しかし、今は、十年後、どうなっているかが分からないのです。それが今までと違い居心地が悪いのかもしれません。
 それを認めたうえで、こうも思います。以前にも、先が見えない時代がありました。学生時代です。しかし、30年、社会人を生きてきましたから、先が見えないといっても、学生の不安とは違います。母と自分の健康問題を抜きにすれば、むしろ、楽しみなだけです。不安と期待の学生時代から、不確定が楽しみな第二の人生と受け止めています。


 やはり、昨日の捨て猫は息を引き取ったそうです。救われませんでした。幾つかの意味で残念です。チリからは救出劇が報道されています。しかし、今までにも、鉱山事故は繰り返されていたそうです。

  救われぬすでに無口の鉱夫たち

国会中継見ていますか?

  答弁を民主か自民か聞き迷う
秋を歩く
 今日は「国勢調査」書類提出日です。二時の約束、旧野栄町役場=野栄総合庁舎に出向きました。道のりにして15kmです。
 気温が高かく、蒸し暑かったので汗がにじみ、その上、路に迷って、冷や汗まで掻きました。それでも、早く出たので1時45分到着。67軒中12軒がまだ調査票を市に発送していませんでした。なんと、我がご近所がその中に4軒も居ました。とんでもない連中です。早速明日催促します。それ以外は全て予定通りに進み、2時5分に庁舎を出ました。
 予定より大分早く終わったので、ゆっくり見物気分で自転車をこぎました。
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 匝瑳市は有数の植木生産地です。偶然にも、故郷埼玉は川口も植木町です。先日、中国に500万円の槙が出荷されたと聞きました。高級植木も生産されているんです。と同時に、街路樹も多く生産、公共事業縮小のあおりをまともに受けた格好になっています。
 また、畜産業が旧野栄町地域で盛んです。1500頭の肉牛を飼う熱田牧場は全国的に有名です。
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写真はとある肉牛の牧舎です。牛達がこちらを向いて、餌箱の溝に首を下げていました。


   秋の舎(せき)食べさせるため牛が食う

看護士さんに七箇所も噛み付いた熊はどうしたのでしょうか。先程聞きました。

   熊餓えて蜜求めしが弾(たま)食らう

夕方の散歩の時に、ご近所の奥さんが「捨て猫が上がってきたの。でも、食べられないし、栄養失調がひどいのかもしれない。このまま死んじゃうかも」と言います。何のアドバイスも出来ぬまま帰りました。

   捨てられし猫はかぼそく息絶えて


必要なのかなぁ~?!
 常識には疑いなく従っています。しかし、検証してみる必要があるのかもしれません。
 洗濯洗剤を、付いているカップに一杯入れています。昨日、それが切れてしまいました。しかし、訪問者が何人か予想できたので、買いに行きずらかったんです。そこで、水にも洗浄能力はあるんだろうと、洗剤を入れないで洗濯機を回すことにしました。「水に流す」は「水に洗い流す」とも取れますからね。
 干す段になって、臭いをかいだら、無臭です。汚れも目立ちません。これなら、三回に二回は無洗剤で良いのではないか、と思ったわけです。これから、さらに、実験してみます。
 他にも、歯ブラシに歯磨き粉を縦に乗せませんか。そうして毎回毎回、流しに歯磨き粉を落します。ならばと、私、もう二十代から、横に短く乗せています。洗剤のことを思うと、歯磨き粉もいらないのではないでしょうか。 シャンプーの後にリンスしていますか。これもいらないように思います。というか、シャンプーもいらないのかもしれません。今の洗顔石鹸は、昔のに比べたら、相当に上質で、アルカリ度は低いはずです。ならば、石鹸を顔にも頭にもこすり付けて洗えば、一回で終わります。何本も風呂用品を並べる必要もなくなります。
 子どもの頃「男がシャンプーなんか使うんでない」と言っていた父が晩年、残り少なくなった髪に、それも坊主頭に、シャンプーを使っているのを見て、噴出したことがあります。父も時代の常識に従っただけなんですが、可笑しかったですね。
 常識に拘っていると、怖いことにもなることを覚えておいた方が良いようです。
川柳が載りました
 今日の「しんぶん赤旗」の「読者の文芸」の川柳欄に、自作「新米の自慢いつしか愚痴となり」が載りました。もちろん嬉しいのですが、複雑なのです。
 実は、これ、俳句として作ったんです。採用されなかったのですが、自分では好きなんです。そこでより客観的に見ると、どちらかというと「これ川柳なのかな。川柳として自分は好きなのかな」と思えてきて、川柳で送ったら採用されました。
 俳句を作ろうとしても、川柳になってしまう、ということは ①俳句が何であるか分かっていない ②俳句の素養・センスがないということになります。今年正月、俳句をはじめようと決心した身としては嬉しいような、悲しいような、複雑なのです。
 句会の先生は「場数を踏むしか上手くなる道はない」と仰っています。それに従おうとは思います。そこで、一句

   俳句でも川柳になる技を持ち


もう一句   
 
   木犀の匂いて染まるティータイム



   

 
平和賞で中国動く
 ノーベル平和賞を中国の民主活動家、劉曉波氏が受賞し、中国が動きました。ノルウェーを批判しながらも、拘束中のフジタ社員を解放しました。国際世論を無視できないことの表れです。劉氏の釈放につながれば、いいですね。。希望を込めて

   釈放で次は首相が平和賞

中国政府の矛盾を突いて、

   囚人が罪で呼び込むノーベル賞

   経済の自由だけでは不自由だ

   非暴力ノーベル賞を武器として
10月句会
 前回9月10日以降、作った句はすべて、このブログに載せました。結構作りましたね。井原西鶴は一晩で2万句でしたか、作ったといいますから、自慢は出来ません。
 今回は次の3句を選び持ってゆきました。参加11人。

 ① 驚きの便座冷やりと秋を知る   一点句
 ② 秋の空蝶行儀よく脚揃え
 ③ 秋りんは温く紅茶を淹れてみる  二点句

 ①はこれに皆さんどう応するのかを知りたくて、選びました。これは内容からして、次回は使えないなぁという計算もありましたが、嫌うのかどうか、確認しておきたいと思ったのです。結果はオーライでした。これからもうまくやっていける人達と確信しました。この句から、色んな話に発展し、盛り上がりました。「あまり細かな解釈を入れると、私が便座に掛けている姿を皆さんが思い浮かべるから、二の字路線の私は困る」と切り上げてもらったほどです。②は実は自信作なんです。全く話題に上がりませんでした。③は勉強になりました。最初は「入れてみる」だったんです。それを先生が「この場合の『いれる』は『淹れる』ですよ』と直してくれたのです。始めて見た字です。

皆さんの作品
六点句
   絹雲を染むる残照野路の秋   (私も選ぶ)
四点句
   今日の晴一日限りと秋惜しむ  (私も選ぶ)
三点句
   きりぎりすローカル線のバスの中

   宝石のごと陽を返す実むらさき

   ひつじ穂の色づき初むる千枚田

   梨を剥く指に余りし雫かな   (私も選ぶ)

   露草の露に濡れたる野の仏

 私は上の三句に加え、
   
   書棚隅が定位置となる秋団扇   を選びました。

   

ぼー完全勝利、勇敢に戦う
 夕方、陽も射す中、風が心地よい散歩を楽しみ、田んぼの中で、ぼーの元気な後姿に惚れ惚れしていましたら、あぜ道を犬が走ってきます。飼い主が放して散歩させていたのです。これはまずいと思いました。過去の悪い思い出がよぎったのです。
 ものすごい勢いと形相で向かってきます。よく見ると、ボーよりも一回り小さいようなので、戦わせることにしました。ぼーを自由に動けるようにしてやり(リードを外したのではありません)、さあ、始まりました。ぼーは冷静に、相手の首を狙いました。ワンコ界勝負の常道です。それが効いたのでしょう、相手は退散、あっけなく、勝負は終わりました。11歳の老犬ながら、毎日の散歩と遊びで鍛えた身体がものを言いました。「あっぱれぼー」ぼーは逃げ去る相手をいやしばらく見ています。また、来るかどうかを確認しているようでした。当然ですね。解せぬのが、逃げ帰った犬を飼い主がつながなかったことです。また「すみません~ん」とか、会釈するとかするものです。
 不愉快でしたが、ぼーの快勝に終わって良かったと思い改めました。なぜって、もし相手の方が強ければ、私が犬の鼻っぱしに蹴りを入れなければならなかったからです。飼い主はあの犬が本当に可愛いのでしょうか、疑いました。
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清々しい、干潟八万石です。ぼーの凛々しい姿を見てやってください。
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夕日に染まるぼー君です。ぼーも広々とした稲刈り後の田んぼの中で、こころを和ましています。この数分後に、決闘は起きました。凱旋後、勝利の水を飲むぼー君です。



 
国勢調査から見える社会
 本日の東京新聞「こちら特報部」は国勢調査を取り上げています。「回収の困難さ高まる」「調査員不足一人で580世帯担当」「精度低下の懸念大」「細かすぎる項目、プライバシー重荷」と指摘しています。
 私も国勢調査員を現在やっていて、思うことがあります。まず、費用です。全国5000万世帯、過去の調査員の経験では、一軒800円ほどの報酬でしたから、この人件費だけでも400億円と計算していました。記事によると、総費用670億円だそうです。首を傾げたくなる金額です。
 私は68世帯を任されました。現在、まだ、4軒調査票を渡していません。何度伺ってもお会いできないのです。4件とは6%に当たります。もし、調査員の多くが同じ状況なら、調査の正確さがあやしくなるなぁ~と気になっていたところです。
 プライバシーにも立ち入って行かねば、正しい調査が出来ないことも事実です。調査員のつもりで、想像して見て下さい。ですから、そこを聞かれたくない人は、調査に消極的になります。それを無理やり強引に、出ることははばかられます。
 それでも、この地域は、まだ、やり易いのではないでしょうか。都会は一人暮らしの方が多い、高級マンションのセキュリティーゆえに、生活時間が多様化している、人間関係が希薄等の理由から、苦戦が予想されます。隣人への無関心は私自身が都会で経験したことです。
 「絆」「助け合い」「心に時代」と言われるのは、まさに、これ等が現実から消えつつあるからではないでしょうか。危機は社会にもと、感じないわけには行きません。


 
 
寓話から学ぶあるべき世界
 極楽と地獄をどう見ていますか。次のような寓話があります。
 ある人が地獄に行くと、意外にも、ご馳走がいっぱいありました。しかし、誰もが餓えてやせこけています。長い箸をくくりつけられて、食べられないのです。次に行った極楽も山のような料理ですが、やはり、長い箸が邪魔しています。しかし、人々は丸々と太っていて、楽しそうなのです。
 お分かりのように、極楽ではお互いに、食べさせ合っているのです。目に入る他人の困難を放って置けない人達で構成されている、それが極楽で、自分のことで頭がいっぱいなのが地獄です。
 我々も長い箸をくくられています。さまざまな困難にぶつかり続けてきました。しかし今までは、他者に犠牲を押し付けて困難を解決し、奪うことで欲望を満たす歴史でした。つまり、地獄の住人より質が悪い。
 奪うのは「欲望」で、与えるのは「満足」です。極楽では、長い箸は他者を生かすために使われます。あるべき世界の本質を見たような気がします。
市民感覚から市民責任へ
 世界の軍事費が124兆円(2008年、一ドル=85円)と聞くと「なぜ、人を守るために使わないんだ」と嘆きたくなります。市民感覚はそう思っています。しかし、戦争はなくなりません。
 「殺されたくも、殺したくもない」この切実な命への願いは、最も尊重されるべき市民感覚です。しかし、石原都知事は「国のために命を捨てる者がいない」と嘆きます。どちらが正常でしょう。爆弾を抱え特攻せよと命じる国家の方が異常です。誰もがより良く生きたいのです。国家の役割は、その願いを叶えるための条件を整えることであり、奪うことではありません。
 国家との関わり方を再考すべき時期が来ていると思います。小沢さんの問題がよい例題です。彼は市民=素人だから、検察=玄人に口出しするなと言います。検察=国家=お上です。この図式を行政立法にも広げれば「市民=素人はお上に従っていればいい」となります。小沢さんは「お上意識」に生きるという点からも古い政治家です。
 人間を超越した国家と言う実体なんぞありません。そして、国家の主体は市民です。ですから、市民=素人が国家のあり方を決めるのです。市民生活と見比べて、不自然なことばかりな小沢氏の土地購入資金の扱い方、その二転三転する説明です。ならば、裁判で判定して欲しいは、まさに、市民感覚です。つまり、お上は市民であり、市民がお上でもあると言う関係性が国家の実体だということです。
 しかし、ここで、市民=素人が政治を担う負担と責任に耐える意志と能力を持ちうるかが問われます。ここがしっかりしないと新しい時代、つまり、税金を戦争=人殺しにではなく、命を守るたのに使う時代は来ないのだと思います。覚悟を問われているのは我々市民です。
洪水の民爆撃が正義か
 今日の東京新聞「こちら特報部」「アフガンの地で、中村哲医師からの報告」を一気に読みました。
 パキスタン・アフガニスタンで大洪水が発生し、1000万人が被災したとの報道はありました。しかし、欧米軍による空爆が続けられ、遺体を運ぶ避難民が爆死する事件まで起きていたとは驚きです。
 自然との宿命的乖離に、どちらが主で従なのかを問う、そのような関係設定への疑念。正義の名の下に行われる国家の不正義。圧倒的な自然の猛威に、虫けらのような人間同士が殺し合っている悲惨さ、愚かしさ、そして、いとおしさ、これらに混乱させられました。
 助ける市民がいる一方、国家がそれをあざ笑うように爆撃してゆくことに怒り、絶望感に襲われます。我々は温暖化に集約される環境問題を前に、新しい自然との関わり方が必要と気付きました。加えて、国家の扱い方にも新しい見識が求められているようです。

 洪水の民を爆撃名は正義

 思い出はいと浅ましく煩悩の毒を飲み込み朝焼け迫る

 あさぼらけ一日の美麗集め在る
      

今朝、母は姉夫婦と川口に向かいました。昼前、無事到着

      
歳時記を知らずに作る俳句かな
 買ったはずの歳時記が、未だに、見つかりません。俳句と川柳の違いが釈然と、明確に出来ない自分です。歳時記がなければ、益々、作る句がどちらだか分からなくなります。母が川口に行っている間に、買いに出ようと思います。
 区別が付かない人というのは、私以外にも多くいるようです。

   知事職だぁ?自分でないか限界は
   あんなにも騒いでなれた知事なのに

   侘びと寂び悟りにあらず老化なり

   賭け事は信心に似て尊けれ

   眠れずに迎える朝の霧模様

   落ちる葉を己と重ね芋を焼く

 さて、どれが俳句で、どれが川柳なのでしょうか?

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 ここ数日の風雨で、葉が相当痛み、落ちました。海風が入ったのかもしれません。青い葉が結構混じっていますから。
 ぼー君は今から、ふうんフウンと鼻を鳴らし甘えます。これから雨になることが分かっているのでしょうか。もちろん、雨が降っていれば散歩がないことは知っています。



   
今日も秋晴れ、しかも好いことが
 秋らしい嬉しい晴天です。しかも今日は、朝から、好い事が続けてやってきてくれました。
 初めて、自作川柳が東京新聞に載りました。このブログでも公開しています。どれだとお思いでしょうか。先月27日の「さかな屋に裁いて欲しい検察庁」です。励まされますね。しかし、俳句が駄目です。始めて4ヶ月、当たり前ですが、まだまだのようです。
 また、ブログを開くと、見知らぬ方からコメントが入っていました。大阪の方です。今日の毎日新聞掲載の私の投稿をお読みになり、私のブログを探し当てコメントしていただきました。その内容からすると、載ったのは9月7日の「思えば無職とは貴族と同じ生活」のようです。
 この方も早期退職して「貴族生活」を贅沢に送っているとのことで、親近感をお持ちになったのでしょう。新聞に載るは、新しい出会いを頂くはで、申し訳ないほどの土曜日の朝となりました。

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ぼーは今日も元気です。人間で言えば還暦を迎えたちょい悪親父というとこです。落ち葉を背景にしても衰えが感じられません。

秋晴れ調査日和、母は
 秋らしい気候となりました。空も秋、晴れています。ということで、国勢調査に周りましたが、13軒中2軒だけ進みました。明日周り、後は、日曜日に掛けるしかないのではないでしょうか。
 母が3日前に、戸田(埼玉県)のサンモールで姉と買い物することになっている、今日迎えに来るからと「よそ行き」に着替えていました。聞いてみると前回姉が来た時に約束したと言います。そこで姉に電話すると「そんなことはない」そうです。
 まだ元気な時に、そのサンモールに行ったことがあります。たまに話をしているところを見ると、楽しかった記憶があるのでしょう。そこで姉と相談して、「今日は迎えに行けなくなったが、3日日曜日に行く」という電話を入れてもらうことにしました。一週間、姉の家に滞在して、楽しんでもらおうと言うことです。姉の家がある川口市は母と我々姉妹兄弟の生まれ故郷です。
 しかし、脚の炎症が心配です。今日は守先生が往診に来る日です。そこで聞いてみると「八角さん、行ってらっしゃい」となりました。薬の手配をして、車椅子をレンタルし、ヘルパーさん・家政婦紹介所にその旨電話して、準備を終えました。心配はありますが、そつのない姉のことですから、無事に楽しい思いをして帰ってくることでしょう。秋はやはり、いい季節です。


   微笑みの支えがつくる母の秋

   往診の笑みに華やぐ秋の床

   柿もいだ故郷を遊べ車椅子