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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
エスト・エストで昼食を
 今日も現在、33、8度になっています。少しも衰えない太平洋高気圧です。母に鉄火丼を作り、お茶で誤魔化し、自分は外食にすることにしました。
 最後にお世話になった東総工業高校の卒業生が経営しているイタリアンレストラン「エスト・エスト」で昼食をとりました。久々にご紹介。ランチメニューのメインを「海老とチンゲン菜のトマトソース」にしました。後は写真でご紹介。

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サラダ。何って言ったか、豆が入っています。

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本日のメイン。スパゲッテイー。本格派イタリアンです。

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本日のデザート。マンゴーのジェラートと巨峰のパンナコッタ。「幸せだなあ~」が聞こえてしまって「こちらも幸せです」とウエイトレスさんの反応。
 これに、ガーリックトーストが付いて1350円です。デザートがなければ1000円です。
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見失っている宗教者の役割
 本日東京新聞に「アッバス議長らに天罰」の見出し。イスラエルユダヤ教超正統派政党シャスの精神的指導者、オバディア・ヨセフ師が説教で、パレスチナ人やそのリーダーのアッバス議長はこの世から消滅すべきだ、と述べたというのです。
 すぐに浮かんだのが、戦国時代、精神的満足や世俗を超越した悟りを口にする大寺院が僧兵組織し、荘園を支配、世俗権力に対抗していたことです。このまやかしを恥じることなく演じていた延暦寺・本願寺を、信長は、自分の全国支配の妨害者であるという以上に、敵視しました。現代人も同感!?
 次に連想したのは、ユダヤ人虐殺です。「この世から消滅すべきだ」はナチスのユダヤ人に対する憎しみ・差別そのものです。自分達が経験させられた悲劇をこの地上から消し去ろうと努力する日本人とは違っています。
 優れた宗教は常識が非常識であるのだと悟らせる力を持っています。「汝の敵を愛せよ」キリストは諭します。楽しさを人生に求める人々に「人生は苦だ」という真理をぶっつけたのは釈迦。善人だけが救われるという常識に対して「悪人こそ阿弥陀様に救ってくれる」という、理解しがたい真理を突きつけた親鸞。一休さんは奇行を通じて、白隠禅師は無為を通して悟りを実践して見せました。
 俗人と同じ見方しか出来ないのなら、宗教者の存在意味はどこにあるのでしょうか。また、世俗的価値を率先して実行する宗教に精神的救いを求められるでしょうか。世俗に一線を引き、距離を置くことで成立する宗教世界です。宗教が政治権力となることの危うさと精神的荒廃は計り知れません。第二の「宗教改革」が必要ではないでしょうか。
ぼーの静かな午後
 一昨日あたりから、首筋が痛く、頭も重く、体がだるいのです。昨日がそのピークでした。そこで、昨日は散歩にでなかったのです。朝、ぼーは私の顔を見るなり、鼻を鳴らして甘えます。明らかに散歩のおねだりです。散歩を済ませ、かつおご飯と相成りました。今日も暑く、午後は昼寝、いや、私がです。
 目が覚めて、ぼーの様子を見ると、定位置にいません。確認しに行くと、タイルの上に移動していました。ちゃんと、自分でより快適な過ごし方を探すんですね。
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歯を抜かれて分かったこと
 縄文時代人が南方からやってきた人々や、その子孫であることは分かって来ました。しかし、旧石器時代には、日本列島と沿海州・シベリアとの文化的つながりも認められます。その時に、北方人が日本に住み着いたかどうかは不明です。
 一般的には、日本人の基層は南方モンゴロイドで、弥生時代、稲作文化を持ってきた北方モンゴロイドと混血して、さらに、古墳時代~白鳳時代あたりまで続いた朝鮮系移民の血が混ざり、現在の日本人が形成されたという点で一致しているようです。北方モンゴロイドは極寒の気候に適応した人々です。そのために、幾つかの特徴があります。その一つが鼻の両脇の空洞が大きいことです。鼻から入った冷たい空気を体内に入れる前に、その空洞で温めるためです。
 今日、犬歯を抜かれました。先生曰く「八角さんは空洞が大きいです。今まで見たことがないです。だから、歯の根っこをその中に落としそうになりました。よかった。落としたら、入院ですから」何と怖いことを言うのか。さらに「私は一度もありませんが、仲間に、何度もやった男がいまして、それを取り上げるのが上手になったので、論文を書いたんですが上司に『みっともないから止めろ』といわれて断念した」そうです。何でこのような話をするのか。本当に危なかったんだと悟りました。
 ということは、私の一族は北方で寒さに最も適応したモンゴロイドの子孫ということになります。この連中、他にも特徴があります。胴長で、手足が短い。まさに我が一族の姿です。歯を抜かれ、ルーツが分かりました。
米余剰50万トン
 まともな新聞は農業・食糧問題を報じています。本日、東京新聞は「こちら特報部」で「実るほどこうべを抱えるコメ農家」と報じました。
 今年の米の作況指数は106で、大豊作です。この豊作を農家は喜べないのです。1俵の採算は低めに見て1万6千円であるのに対して、今年は、農協への引渡し価格が地域によっては1万円を切るかもしれないというのです。
 この根底には、米の消費量の減少かあります。一人当たりの米消費量は、95年に67,8㌔でしたが、09年は58,5㌔に減りました。余剰米は50万トン、今年は更に増えるでしょう。
 そこで先日、申し上げました「ペットに米飯を」が的を射ていると自画自賛するわけです。現在、犬が1250万頭あまり、猫が750万頭。そこで、犬が毎日100g、猫が50g米を食べると、一年でどれほどになるでしょうか。やってみましたら約合計59万トンです。これで、余剰米はなくなります。
 加えて、期待しているのが米からパンが出来る炊飯器、というか米パン製造器。朝晩はご飯で、昼は米パンを食べれば、消費量は当然増えます。農業を守り、将来にわたって、食糧を安定供給できる国にするために、真剣に考え、行動しなければならない時を迎えていることは確かです。このままでは、十年後、米を作る人は激減してしまいます。
稲刈り始まる
 残暑厳しき中、稲刈りが先週の土曜日ごろから始まりました。
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 素人が見ても、今年は豊作だと思っていましたが、予想通りでした。今年の農協提示価格は昨年より二千円安い一万円だそうです。新潟の農家の話では、米一俵=60キロの生産費は12500円、2500円を付けて出荷という計算になります。ですが、もし、労賃5000円を加算して17500円なら、後継者をつなぎ止められるというのです。
 しかし、これでも、一反(330坪)収量は平均8俵ですから、4万円です。一町でも40万円なのです。昨年、千葉産コシヒカリ10キロを3500円で買い求めました。一俵21000円になります。もし、新潟の農家が仰るように、5000円の労賃を上乗せしても26000円です。他の物価と比べて、特に高くはないと感じますがどうでしょうか。今日、ベーカリーで菓子パン7種類で1067円でした。
閉塞した世の中、改元を
 これほど便利で、豊かなのに、これほど不安で、心細い時代はありません。経済格差の拡大、環境悪化、資源・食糧の不足予想、社会連帯の崩壊。「今はいいけど、これから分らないぞ」と、自嘲的に、何もできない自分に言うのです。
 ところで、一世一元制度は明治から始まったことを知ってますか。もちろん、それ以前から、代替わり改元はありました。しかし、それに加え、良いこと、また、災害が起きた時など改元したのです。前者の例は「大宝」(対馬から金が献上)。同種に「和銅」「天平感宝」、そして後者には「永暦」(前年に保元の乱)「寛政」(大飢饉・浅間山噴火)があります。
 一世一元制は、統治を天皇生得の属性とする思想を持っています。その天皇の代替わりは時代の変化ですから改元するのです。天皇による人民統治の貫徹を知らししめるための改元です。一方、江戸以前は、支配者が元号を変えることで、よい流れを呼び込み、共に時代を生きようというと統治姿勢を感じるのです。
 敢えて、天皇制には反対しません。しかし、一世一元制やそれに拘る勢力には反対します。この制度は超世俗的霊力を掌る天皇の、権力を超えた威力を温存しています。そのバリアーの中で、世俗は政治を行えるに過ぎないのです。ですから「景気が悪いから年号を変えて」はとんでもないことです。
 今、政治は機能せず、社会は閉塞しています。ならば、江戸以前の伝統に従い、一世一元制を廃止して、「平成」から「創成」に、形から動かしてみるのも一案です。

 
ペットに米飯食を
 この暑さです。おまけに、スピッツが入った雑種で、体毛が長く、つんでいます。愛犬ぼー君は食欲が減退して、ドッグフードに手をつけません。
 そこで、ご飯に花かつおを混ぜて与えました。すると、あっという間に食べてしまったのです。二食とも「かつおマンマ」を完食しました。そう言えば昔は、残飯を与えるのが普通でした。
 時代は変わり、遠慮して、残飯を与えていましたが、本当はご飯がの方が好きなようです。猫マンマ中心とした食事で、20年の命を全うしてもらった知人もいます。老衰で苦しまずに、静かに息を引き取ったそうです。
 今年は豊作です。過剰米問題がより深刻になり、米価の下落が心配です。耕作放棄地は全国有数の農業県千葉でも増え続けています。ペットへの米飯は、農家の生産意欲の支えになるでしょう。

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 「待て」の言葉に、我慢しますが、どんぶりを見ていると我慢が出来なくなるので、そっぽを向いています。「ぼー」の声に、期待するぼー君。「よし」を待つ我慢限界のぼー。この後、理不尽への抗議の「連続ほえ」とあいなりました。こういうところが、また、好きなのです。
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「よし」の後は、ご覧の通り、いと凄まじし。



こおろぎの涼しい夜
 今日、昼ごはんをいらないと言った母の体温が37度2分まで昇りました。熱があり、食欲がなかったのでしょう。脚にも熱がありますので、アイスノンを首とふくらはぎに当てました。寝る前は36度8分、不安なありますが、動く判断はしませんでした。
 今、もう、日付が変わりました。涼しい夜です。こおろぎ達が鳴き続けている、秋を思わせる深夜です。こんなの作ってみました。


こおろぎの澄んだ音階迷いなく

こおろぎも心無にして修行中

こおろぎが誠を尽くす闇の中

安らかな寝息に誘われ虫が鳴く

湿り気を土に返して虫の声
要介護認定される
 申請していた介護保険要介護認定がされました。認定結果は「要介護2」記憶が正しければ月に18万円のサービスが受けられます。負担は、満額使っても、18000円です。ケアーマネージャーと相談して、週三日の入浴介護サービスと週一回の医師の在宅診療、要するに、往診です。有難いことです。
 なのですが、もし、一人で入浴できて、在宅診療の必要がなければ、要介護2と認定されても、サービスを受けることは出来ません。ここに、不備があります。その場合でも、ヘルパーさんには来て欲しいと思うのです。母はヘルパーさんと話をするのが楽しみなのです。
 しかし「話し相手」という介護サービスはありません。それゆえに、母は要介護1と認定されていたのですが、介護サービスを受けられないで来ました。「話し相手」はれっきとした介護サービスになると思うのですが、どうでしょうか。
国家の人殺しを考える
 小学生の頃、悩まされたことが二つあります。それは「多数決の一方で、少数意見も尊重しなさい」と言うのです。もう一つは「国は人殺しを罰するのに、戦争では敵を殺せと命令する」この疑問を天才チャップリンは「一人を殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄だ」と表現しました。前者については、その後解決しました。しかし、未だ、国家が殺人を正統化する、納得できる根拠に出会っていません。
 ところで「罪もない人を殺すなんて」とよく言われます。裏に「罪があれば殺してもよい」との思いが読み取れます。現に、国民の四分の三が死刑制度存続に賛成しています。根底には「殺しておいて、自分は死にたくないは虫がよすぎるだろう」また「被害者家族のやり場のない怒り、悲しみを思えば、死刑はあって当然だ」との善良な市民の思いがあります。
 では、戦争に付いてはどうでしょうか。戦争反対と皆さん言います。そこに底通している思いは「殺し、殺されたくない」でしょう。にもかかわらず、戦争は市民によって支持されてきました。経済的利害対立、積年の恨み、民族のプライドなどのためです。こうして、人殺しが支持され、国家がお墨付きを与えてきたのです。
 しかし、さすがに、殺人を絶対悪としなければ、国家の暴走=戦争は止められないとの思いを強くしています。ならば、死刑制度に対しても、理屈を捨てて、人殺しの正当化を断念するべきだと思うのです。人殺しを正統化する理性は、論理としてはあるかもしれませんが、倫理としては見出しえません。殺人被害者とその家族、殺人者とその家族への社会的応対は、別途、政府が為すべき配慮と考えます。
国際社会は未だ中世
 豊臣秀吉には国民的人気があります。農村出身で、関白にまで上り詰めた庶民の憧れです。信長と比べ、人情味ある判断も目立ちます。しかし、彼は全国支配権を確立する過程で、軍事力を背景に、己の秩序を強制し、従わなければ滅ぼしました。やはり、封建支配者なのです。
 一方現代の国際社会では、軍事大国=常任理事国が政治大国であり、強い権限を行使しています。事実、第二次大戦後、相当数の戦争は、彼らが創設した国際秩序に従わせるための強制でした。秀吉は武力で脅し、対領主知行与奪権、農民年貢収奪システムを確立しようとしました。その姿と軍事大国とに差異はありません。
 その制度的表れが「拒否権」です。常任理事国は、一国で他の190カ国の意志を上回る決定権を持っています。彼らはこれを行使し、対立牽制し合っているようですが、実は、常任理事国という階級利益連合を構成しているのです。これは、領主階級による、農民支配安定強化のための幕藩体制に似ています。このように理解すると、均衡理論が常任理事国の軍事的優位を維持するための共有物であることが分かります。
 現在の国際社会は、常任理事国という領主層が主権を持つ中世になぞらえられます。少なくとも、常任理事国制度は帝国主義と植民地主義の遺産と捉えるべきなのです。この中で、日本は領主支配を補強する特権商人のようです。領主になろうとさえしています。誰もが公正に遇され、生活を保障される世界の実現、これを国際貢献とするなら、常任理事国入りを狙うのはおかしいのです。逆に、廃止を主導して、国際社会の近代化・民主化をリードするべきと考えます。
思考停止の極暑
 参りました。朝6時で室温30度。最低気温が25度を越えると熱帯夜でしたか。では、30度を越えたら何なのでしょうか。我が家はそれです。夏涼しく、冬暖かいが自慢の東総地方、それが壊れてしまいました。9時には母と二人冷房室にこもりました。


エアコンが孝行になる温暖化

冷房室防空壕を連想す

冷房が会話持ち込む親子仲


これから歯医者通院です。これが今日は大工事になるんです。

口を開け穴開けられる歯科医院
敗戦と終戦どちらが?
 「俊足の鶏を追う敗戦忌」を作った知人が、8月16日「本音のコラム」を読みました。宮子あずさ氏が戦場体験者の患者さんに「敗戦」といって叱られ、配慮がなかったと反省したという内容です。
 作者も「終戦忌」とすべきなのかと反省したのです。しかし、彼女はそのままにしました。正解だと思います。これは思想信条ではなく、文学の問題なのです。
 「鶏追う」自虐・切なさ・安堵は「終戦」では浮き上がりません。なぜなら、「終戦」は向こうからやってくるだけですが、「敗戦」には己の体験と戦争との関わりが含まれているからです。
 今年、戦争体験の語り継ぎの重要さが再認識されました。その際、「終戦」と言ったのでは事故に遭った報告に聞こえてしまいます。「敗戦」が戦争の恐怖・理不尽・人の業、それゆえの痛み・叫びを届ける文学にします。
特殊化した人類
 BS3の恐竜と哺乳類の生き残りをかけた歴史を扱った番組を観ました。
 恐竜が巨大化し、哺乳類を餌にする歴史は7000万年続きました。哺乳類は恐竜が寝込む夜に活動しだします。ゆえに、餌は昆虫などに限られ、体の大きさは、この間、変化がありませんでした。普通の生き物のままなんです。
 恐竜の全盛期に、巨大隕石が落下し、恐竜は絶滅します。しかし、哺乳類に安全な生活はやってきませんでした。水辺の生活に特化した恐竜=巨大ワニと、空を飛ぶことに特化した恐竜の一部=大型地上歩行鳥類がいたのです。「特殊化」したために、大型恐竜が絶滅後も、陸上に帰れませんでした。大型歩行鳥類も飛ぶための軽量化や歯を失ったことから、もう戻れません。特殊化ゆえに、新しい環境変化への対応余地が小さかった分、生存競争に敗れてゆきました。
 ところが、哺乳類は、当たり前な原始的な形を守ってきましたから、どんなにも変われる余地を擁していたのです。人類が森林から草原に生活の場を移さざるを得なくなったことは絶滅の危機だったはずです。二つの穴が開いている頭蓋骨が見つかります。その穴に、当時の肉食動物の牙を合わせると、ピッタリはまります。人類の恐怖と苦難の証拠です。
 この危機に、人類は「社会性」の獲得と「脳容量増大」という特殊化をしました。文明が武器となり、生き残るわけです。しかし、「特殊化は環境変化に弱い」のです。このことは今の我々にも当てはまるのでしょうか。
 人類が成した「特殊化」は「環境を変える能力」のことです。ということは、「変えない能力」を持たないと言うことです。だから、環境を改造し続けることで、生き延びてゆくのは宿命です。しかし、問題は、環境改造が我々の生命を脅かすことを想定していない「特殊化」をしたことです。
 今我々は、変化が変化を生む急変の中で、生き残れる環境改造を為し続けるのか。それとも「環境を変えない能力」という「特殊化」に挑むのかの、分かれ目に立っているのではないでしょうか。
お盆です
 お盆ということで、私も墓掃除、花を供え、線香を焚いて、父に我が家に帰ってもらいました。墓地は静かににぎわっていました。

バリケード開けた男が口閉ざし

親不孝泣き詫びたとも救われず

背流しの思い出父の墓磨き



迎え火を焚きて語らう家族あり

迎え火や静かに揺らす蝉時雨

終戦に帰らぬ兵を送る盆





飢餓防衛隊で食糧安全保障
 昨日は、米がなくなったので、農家のSさん宅に行きました。Sさん(78歳)は上半身裸で、昼寝の真っ最中でしたが、起き出したら元気で、例により、さまざまな話になりました。
 異常気候の話から「近い将来、食糧危機が起こる」ということで一致しました。というか、BRICS諸国の生活向上を考え合わすと多くの国民が不安に感じていることです。
 しかし、現実は食糧安保が言われながらも、何の対策もありません。一方、防衛費は、仮想敵国もないのに、5兆円計上されています。日本が外国から攻撃を受ける可能性と、食糧不足から餓える可能性と、どちらが高いでしょうか。また、どちらの被害が大きいでしょうか。
 そこで、Sさんに言いました。とりあえず、防衛費の一兆円で「飢餓防衛費」を新設し、自衛隊に倣い、「飢餓防衛隊」を創設、農民を中心に国民から募ります。米一表に7000円の賃金を支払うと、現在800万トンの生産がありますので、9300億円になります。同じく小麦・大豆500万トン生産体制を敷きます。これで、日本の食糧自給率は70%台に回復するのではないでしょうか。
 「農家を甘やかすな」との声が聞こえてきます。しかし、農家こそワーキングプアーなのです。攻撃されるという想像力が、なぜ、飢餓には及ばないのでしょうか。国防費は安全を買っているのです。飢えからの安全にいくら払いますか。
 Sさんは大賛成。米10キロを頂いて(2300円。もう新米が出来るので500円安い)自転車に積み帰りました。
損しないかこころ疲れる
 世の中、安売り合戦です。主夫としては、情報を入手し「損はしないぞ」と戦地に向かう緊張感を持て、街に出るのです。
 実際に商品を見て、安いが品質はどうか確かめます。瞬時の判断がものをいうのです。戦い終わってレジへ。しかし、列に並びながらも「もっと安くて良い商品が」と気をもみ、落ち着かないのです。こんな思いを繰り返すと「買い物恐怖症」になってゆきます。
 そこで夜の街で、飲みたい物を飲み、食いたい物を食っていた頃の、あの大胆さを思い起こすのです。すると「損はしたくない」が心の余裕を奪っている、これは「損ではないか』と気付かされます。損得の区別は難しい、ならば損得の区別を止めよう。
 商品が与えてくれる満足と、生産者の労力に見合った対価を支払うことが公正です。ここに損得はありません。安く買うのは得ではなく、申し訳ないのです。『損得の境低くし安住す』



 今日、上の文章を東京新聞課題投稿『損・得』に投稿しました。これで、つもり積もって投稿回数は500となりました。始めて、4年4ヶ月。と言うことだけのことなんですが、500回記念と言うことで、節目をつけてみました。もし、新聞に載るとすれば、9月1日以降です。
広島平和記念式典視聴率
 東京新聞放送&芸能欄の、週間TV視聴率を毎週見ています。2日から8日までの一位はゲゲゲの女房(4日)21,3%です。二位笑点17,1、三位龍馬伝16,7.納得の順位です。
 そして、四位。「うんん、広島平和記念式典、ふう~ん、みんな観ているんだ。ベストテンに入るとは、何か嬉しい」まあ、言葉にすれば、こんな感じになるでしょうか。少し驚きの感情と、まだまだ捨てたものではないぞとの思いが走りました。とにかく、サザエさんと同率四位ですから。
 十年ぐらい前の調査で、広島と長崎の原爆投下の年月日を正確に答えられた人の割合は四分の一程度と記憶します。そして驚いたことに、広島市民でさえ、75%なのです。広島・長崎市民は100%に近く、国民平均で75%なら分かるのです。社会科教師として、考えさせられる数字でした。
 最近、広島・長崎への修学旅行が激減したと聞かされました。残念なことです。長崎への修学旅行を決めて、事前指導で、授業形式やビデオ、そしてデズニーランドパスポート争奪修学旅行テストなどを行ったことがあります。もちろん「広島・長崎原爆投下がいつか」もテスト対策プリントに入れました。彼らは今聞いたら、正確に答えられるでしょうか。
なんなら、均衡理論信奉
 また、鎮魂と平和を祈る八月がきました。今も、武力に差が無いことが戦争を抑制するという均衡理論が信じられています。「キューバ危機」の回避も均衡理論が働いた結果だと言うのでしょうか。
 この理論は米英仏の民主軍事強国が武力侵攻しないことを前提として、提出されたはずです。現在、これ等の国に対抗できる軍事力を持てる国は中・露以外にありません。中露との間に、均衡理論が働くならば、戦争は抑止できます。
 しかし、その前提を壊しているのは、他ならぬ米国なのです。ベトナム、イラク・アフガにスタン、戦争を主導しているのです。反米集団による己への核攻撃を恐れながら、異民族には反人間的ナパーム・クライスター・劣化ウラン弾を使っています。
 この我が儘な米国が主張するゆえに、均衡理論は胡散臭いのです。しかい、ある条件下では信奉できます。それは、武力100で均衡するのではなくて、0で均衡する場合です。


国滅ぶ核武装説く原爆忌

普通の国変えるというは怖い人
姉弟家族来る
 下の姉と、弟の家族が、母の顔を見に、昨夜遅く、やってきました。亡くなった父も「もっと早くくればいいのに」と言っていましたが、未だに、改善がありません。母は早々に、眠りに就きました。こちらは眠くてしょうがありませんでした。
 その母が、今朝早く「この毎日の暑さは異常だね。これから毎年こうなんだろうね」「温暖化だろうから」「長生きも考えものだよ」私でさえ、そう思うのだから、平均寿命に近い母は尚更でしょう。今日も暑くなりそうです。


見たくないもの見せられる長生きか


朝焼けにならぬ快晴夏盛る


軍事費の半分を国連に拠出
 我慢ならない暑さが続いています。北半球は猛暑、南半球は極寒、ある所には雨が降らず、他は豪雨。全体的なバランスを欠いて、各地に極端な気象が出現しています。
 あるテレビ番組で、第二次世界大戦の教訓を問われたゲスト三人は「熱狂に陥るな」「健全なナショナリズムを維持する」「格差是正」と答えました。どれも、バランスを欠くことの危険を説いています。自然界も人間界も、均整を取ることが安定永続性の核になるのです。
 国民一人当たりの所得に、100倍以上の差があります。何万人も餓死者を出す国がある一方、500万トンの残飯を出す国があります。今ほど格差が拡大している時代はないでしょう。これは経済のグローバル化の結果です。
 ならば、政治の統合がなければ、片手落ちです。国家間の格差を是正する権力が必要です。政府が、経済発展によって生じた格差是正のために、地方交付税を自治体の実情に応じて、支援するように、世界レベルでのこの機能が必要です。世界の安定・平和とすべての人間の人権を大切に思う市民なら、賛同してくれると思います。軍事費の半分を国連に拠出することを各国に求めます。
 現在の世界の軍事費は一兆ドルを越えています。半分は5000億ドル、45兆円を越えます。これを絵空事といっている余裕を人類は与えられていません。核廃絶、武器輸出禁止、軍事費削減は急務です。
八月の寿大学句会
 昨日、匝瑳市寿大学句会が、8人の参加で、開かれました。私も、3句選んで持っていったのですが、全く支持されませんでした。正直、落胆しています。今回は30句の中から、厳選したものですから、前回よりも支持されると思ったのですが、残念です。 
 しかし、これは集まった方々の作品との比較の結果です。他の作品が良すぎたということですね。そう納得させられる良い作品が多かったんです。ご紹介!!

私の作品

よしず陰光選りし書斎かな

高徳の姿まろやか桃匂う

打水の身も木漏れ日に染まりける


私が選んだ参加者の四作

打水やご先祖様の道あけて (四点句・・参加者の四人が選んだ句)

父の客子の客もいて夏祭  (五点句)

向日葵や芯を焦がして咲き続く

美しき朝やけ今日の暑さ告ぐ


その他の良い作品

墓洗う水に残れる日の匂い

生きている証しなるかと汗を拭く

一日の命たたむ花芙蓉

川中に鷺立ちつくす晩夏かな

祈りとは掌を合わすこと晩夏光

 ということで、悔しい思いをしました。次回は選んでいただける作品を作ります。
還暦前の内省は過去が重い
 57歳になると、今の自分を見詰めることは、すなわち、過去を振り返ること多く、そうでないと内省は成立しません。「過去を振り返るな。未来に目を向けよ」と言いますが、これは若者に当てはまるのであって、我々、中高年には出来ない芸当です。
 我々が過去を振り返らないことは、精神生活を放棄することに等しいのです。未来を考えることと、過去を振り返ることは同じ作業なのです。不変のものに関心が移っているのかもしれません。
 過去を振り返り「我が人生に後悔はない」と言うなら言えます。言ったって良いです。しかし、丸々、そう思っているなら、それは誤魔化しです。自分に嘘をついているか、忘れる努力の結果であるか、そして、きっと鈍感なのです。私はこのような人を信用しません。
 臆病で、姑息、それでいて、裏づけのない自信が厚かましい自分を認めざるを得ません。そこで、偽善だけは為さぬぞと言い聞かせてきましたが、実は、これが一番難しいのだと、思い知らされました。
 そう見定める人々に、親鸞は「それだからこそ、生きる資格がある」との真理を説くのです。優れた宗教は、常に、常識を覆し、生きる光を放ちます。


業深し なれど生きよと蓮の花

いさかいの後悔爛れ 雨雷刺す

桃仲に見詰め合いし女 今如何に

真夜中の漆黒揺らす古歌哀し 
        故人のように過去を偲びぬ          
豊作を喜べない国
 今年は、間違いなく豊作だと思います。稲は順調生育し、実は大きく、豊かです。しかし、これを国は喜ぶどころか、迷惑がるのです。減反をしているのですから当然といえば当然です。そして消費者もこれを受け入れてしまっています。
 豊作となれば、また、米価が下がります。昨年は一表12000円から13000円でした。これは米俵に、5000円を付けて出荷しているのに同じなのです。豊作を農家生産者も喜べないのです。

豊作を喜ばぬ国滅ぶ国

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  世界的な食糧不足がまじかに迫っています。国民のためには、もちろん、発展途上国民のためにも、日本は自給率を上げて、せめて、世界の食糧を買い漁ることがないようにしなければなりません。
 餓えた経験があるからではなく、ないからこそ、恐ろしいのです。また、餓え死ぬA・A諸国の惨状を見ながら、飽食はしたくないのです。

世の不幸知りて動かずなすび焼く



付け届けの大事さ認識
 親類間の盆暮れの付け届けはしあっています。姉弟には、親孝行だというので、返しをしないで来ましたが、その気持ち有難く、尊いと思うようになり、昨年から、お返しを始めたところです。
 正直「わざわざ、千葉や東京のデパートに行くのは煩わしい」と思ってきました。古いしきたりとばかりに、その効用に気付かなかったのです。しかし、素直に事を見れば、年二回、電話で様子が聞けます。これは疎遠になりがちな親族との交流を保つ方策でもあるのです。もちろん、住所、電話番号が分からなければ贈り物は出来ません。
 そこで、今回のご長寿の行方知れず事件です。行政の怠慢もさることながら、人と人のつながりについて考えさせられました。時代は変わっても、人の情に変化はないはずです。祖先たちが営々と築いてきた文化には思い入れとそれゆえの意味が込められていることを軽視して来てしまったようです。付け届けは昔の人の知恵と再認識しました。
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 昨日、母の実家から届いた「暑中お見舞」です。文明堂の長崎カステラ。母は今日、昼ごはん代わりに牛乳で二切れ食べました。ぼー君も生意気に計三切れ食べました。ドッグフードを食べないので(夏負け)、朝、納豆をやったらペロリと平らげました。昼はカステラ、まさに、あっという間でした。
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舌なめずりとは下品な。カメラが光ったもので、身構えてこんな顔に、それでも可愛い。
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謳歌する蝉も鳴き止む烈暑かな

木陰抜け稲穂まぶしい黄金色

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蝉鳴き盛る
 今日は朝から快晴。東総地方は、今年一番の暑さになるのでしょう。
 母が脚がぴりぴりするというので、薬の処方をお願いすることもあって、守医院に行きました。すると訪問診療をしていただけるとのご返事を頂きました。嬉しさの中、帰宅すると、油蝉ががんがん鳴いています。そこで、今日は、蝉で俳句を作りました。


聴点に攻め入るセミや汗にじむ


隠れ居る蝉鳴き止みて風涼し


せみ無粋あげ羽の舞に鳴き盛る
難字俳句に注文する
 「俳句」講座に入学して、まだ二ヶ月、生意気ですが申し上げたいことがあります。それは、以前より、気になっていたことです。
 友人の作を探して、俳句コーナーをしばしば見てきました。もちろん素晴らしい句が多いのです。しかし、読めない漢字が結構あり、鑑賞できないことが多々ありました。当初は、教養のなさを恥じましたが、それだけだろうかとも思うようになりました。
 中高生のころ、思想哲学の本を読みましたが、何を言っているのかが、全く分からない、そんなことが大半でした。自分が頭が悪いんだろう、まだまだ、勉強が足りないんだろうと思いました。しかし、大学に入っても、理解できません。私は頭が悪いんだろうと結論付けました。
 しかし、かつての平和運動家で、社会学者の清水幾太郎さんの本は、どれも理解できました。「現代思想」「社会心理学」「現代思想入門」その他、大塚久雄「欧州経済史」「近代の人間的基礎」城塚登「近代社会思想史」住谷一彦「マックス・ウェーバー」市井三郎・布川清司「伝統的革新思想論」これらは、難しいことをやさしく書いているのです。やさしいことを難しく書いて、自分は専門家だ、分からない連中には学ぶ資格がないと言いたげな、難解さを自慢している、そんな学者が社会的に有用でしょうか。
 もちろん、難字でも、漢字の方がいい場合もたくさんあります。しかし、ここは平仮名の方が合ってる、そんな句にも出っくわすのです。知っていても、必要がなければ使わない、それが言葉を使う者の嗜み(たしなみ)です。俳句人口や鑑賞人口を増やすためにも一考して欲しいと思っています。
エアコン入る
 報告が遅れましたが、先週の26日、月曜日にエアコンを入れていただきました。「ツクモ電気」の社長さんが何とか探したのです。母の退院が25日でしたので、助かりました。湿気を取ってくれるだけでも大分違います。病院では25~26度に設定してありましたが、我が家では28度にしました。
そこで冷房で俳句。

母の部屋彼岸に似せる冷房器

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冷房が話はずませ理髪店

線香を焚きて正座の夏清め


今日から干潟駅周辺のお祭りです。八日市場の八重垣神社の祇園祭は4日と5日、人気番組「ちい散歩」が取材に来ます。地井和夫さんは八日市場の出身で、町の観光大使です。

開始告ぐ空割る響き夏祭