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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
嚥下障害料理を買う
 ARCADIA公演を観に行くことにしていたところに、下の姉から電話があり「恵比寿の三越の地下に嚥下障害料理を売っている店があるとテレビでやっていた」との連絡が入れました。恵比寿と中目黒です。近いので、先ずは三越に行きました。
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恵比寿ビヤーガーデンというのでしょうか。むかし、恵比寿麦酒の工場があった場所ですよね。今は、修学旅行のコースになっているようです。

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左が三越の「デリカム」という店で買い求めた嚥下障害料理です。味は上品ですが、流動食を思わせる味も混ざっています。量も少なく、一食分1000円以上します。右は隣町にある「あんしん村」の冷凍ハンバーグ。少し濃いめですが、しっかりハンバーグの味がします。嚥下障害料理でないのですが、柔らかさは他の冷凍ハンバーグより優れています。デリカムの酢豚で十分と言っていた母が、昨晩、半分このハンバーグを食べたほどです。しかも、一食250円です。デリカムの方は種類が豊富ですが、今後、どちらを主に、買い求めるかは明らかです。
 ぼー君は相変わらず食欲旺盛です。もう10歳ですが、老後を想像できません。
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ARCADIA第一回公演を鑑賞
 昨日はブログで知り合った岡さんが主宰する「ARCADIA」の記念すべき第一回公演をウッディシアター中目黒」に観に行きました。
 質の高いなかなかの演劇でした。パンフの「ご挨拶」をそのままご紹介します>「善き心、と書いてしまうと、そのあまりにも当たり前な響き、そして意味に、人は反射的に照れてしまうものです。そして、日々の日常における喧騒の中に、この誰もが生まれながらに持っている美徳も埋没してしまいがちになっているのではないでしょうか?しかし、人の心には常にこの善き心は宿っており、それは、ある時は人を救い、ある時は己をも救い、またあるときは誤解を生んですれ違いが起きてしまう・・・といった具合に様ざまなドラマを生んみだします。この度、我々ARCADIA第一回公演に選んだ題材はこの善き心によって、描き出される3つの物語です。誰しもが持っている、しかし忘れがちになるこの心がそれでも確実にそれぞれの人の中に息づいていることを、この公演をご覧になることで思い返していただければ、我々一同にとって、大きな喜びです」
 3つの物語とは「片目のジョニー」「貧者の妙薬」「紳士の皆さん、陛下に乾杯」です。土日もやっています。是非ご覧ください」、シアターは中目黒2-43-5、東横線中目黒駅歩いて10分。両日とも午後1時からと5時からです。
普天間無条件返還を支持しますか
  普天間無条件返還を支持される方は拍手を押してください。

 この間、普天間無条件返還に関する世論調査があったでしょうか。ないのなら、なぜ、マスコミが調査しないのか不思議でなりません。支持する人は、過半数を越えるんではないでしょうか。
 米海兵隊の抑止力が無くなれば、「北朝鮮の日本侵略に対応できない」「中国が尖閣列島占拠に走り出す」などという専門家がいます。これこそ、旧来の枠に縛られた思考と言わざるを得ません。
 もし、何らかの軍事協定を中国と結んだら、北朝鮮は日本を攻撃するでしょうか。出来ないような協定を結ぶことだって出来るでしょう。そのためには、日米同盟と言わせしめる日米安保が障害となります。そこで、日米安保条約を軍事協定程度に後退させ、それと同じ協定を中国と結ぶことにすればよいと思うのだがどうでしょうか。これで、北朝鮮は脅威ではなくなります。
 尖閣諸島領有権を中国に認めたっていいのではないですか。しかし、したたかな外交力が必要です。その条件に、東アジア共同体実現への約束を取りつける、東シナ海ガス田の共同開発調印、経済協力体制の強化案等を示し、実現に弾みをつけるのです。柔軟な日本の対応が懸案を解消し、日中関係を改善します。しかも、国益にかなうのです。こうなった場合、海兵隊の抑止力とは誰に対して向けられるのでしょうか。向ける対象はなくなります。

 普天間無条件返還要求策を支持する方は拍手を押してみてください。訪問者数は分かりますから、ミニ世論調査になります。拍手が日に5を越えることがないブログですから、そこからも様子が分かります。
感謝すること
 半生を振り返ってみると、努力の分だけ自分にお返しをしてくれて、それ以下でも、以上でもないと気付かされるのです。大学受験は、現役では全て蹴られました。浪人して、追い込まれて必死にやったら、いわゆる到達偏差値以下の大学には全て合格しましたが、それ以上は駄目でした。その後の採用試験、仕事の出来、不出来、みなそうでした。これは私の人生観にぴったりなのです。
 例えば、購入した商品が額面どおりの価値がある。高くも安くもなく支払額同等の効用をもたらす。ならば、こんな安心なことはありません。こんな公正なことはありません。そんな人生にしてくれた力、計らいに感謝するのです。
 これは後半生の指針になります。今後やろうとしていることが出来るか出来ないかは、努力だけに掛かっているのですから、失敗は執念が足りなかったと諦めがつきます。成功すれば、努力の結果だと信じることが出来ます。
 これほど人生を単純に、明快に判断が出来ることは幸せなことです。人を恨んだり、羨んだり、不運を嘆いたりしないで済むことはありがたいことです。
寿大学入学する
 土曜日、サタデースクール終了後、中央公民館に行って、寿大学俳句講座の申し込みをしてきました。正直「寿大学」という名には抵抗がありましたが、年齢に枠を設けることの愚かさは「後期高齢者医療制度」で思い知りました。老人イメージに拘るべきことでないと、思い直したわけです。
 高校の恩師に橋本喜典先生が居られました。土屋文明の弟子です。そこで、短歌の添削をやっていただいたことがあります。しかし、飽きっぽい性格と、才能を疑う悪い癖から、程なく止めてしまいました。今度は何とか俳句を続けていこうと心に決めました。ご老人たち、いや、先輩達の教えを受けながら、創作に励もうと思います。

今までに創ってみた句
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  日の出待ち  雑煮彩る  青菜摘み

  悲しみを  弱さに変えて  雪が降る

  雲駿し めまいを誘う 枯木立

  滅ぶ身の  覚えなくとも  春は来る

  原爆忌  命は使わず  置いておく

  母老いの  気配は元気な  落ち葉掃き

 こうして並べて気付きました。これは詩ではなくて、文に限りなく近い句です。ですから、句でなく文ともいえます。歌ごころがない自分です。作詞家に憧れる所以です。 
甥の名言をメモる
 5月26日から始まるARCADIA公演に甥を誘うために、電話しました。すると、実験レポート、学費稼ぎのバイト、就活もあるので、一緒できないと言います。
 「大変だなあ」と言いますと、「自分だけが苦労していると思ってしまう人は良い生き方は出来ないよ」との返事です。予想外の返しに、一瞬言葉を失いました。「これは名言だ。メモしなくちゃ」「こんな若造の言葉なんかメモする価値ないよ」「いや、だれが言ったて良い言葉はいいんだよ」「幾つになっても吸収しようとする姿は立派だな」
 気が付けば、お互いに誉め合って供に気持ちよくなる、気持ち悪い場面になってしまいました。しかし、この言葉を即座に返してくるとは、確実に、甥が成長している証拠になります。名言集に付け加えました。
鳩山由紀夫を姓名判断する
 リーダーシップの欠如が極まり首相の政治家としての資質に不安を覚える今日この頃です。なぜ今まで、しなかったのか、彼の姓名判断です。やってみました。思わずうなりました。
 

   鳩  山     由  紀  夫
  13  3      5  9  4

トップ16  フット18  サイド26   ハート8   オール34
 
 オールとは全体運です。一言に言うと「奇人変人運」です。変人として世間に受け入れられず悲運のうちに一生を終えることもあります。が変わっていることが奇才として輝くこともあります。どちらにしても、平穏無事という暗示はこの数にはありません。好き好きですが、面白い人生といえばその通りです。6系列は面倒見がよく、指導力、影響力を持つ数です。16と26がそうです。8系列は心身ともにタフでエネルギッシュな数です。めそめそしない男らしい印象を周りに与えるはずです。
 数か示す暗示は政治家に適しているといってよいのではないでしょうか。全体運の「奇人変人」がどう発揮され、どう受け止められるのか、その辺がキーポイントのようです。「宇宙人」と言われることはこの全体運がなせる業でしょうか。
 期待はしているのですが、未だ、何をしようとしているのかが見えません。政策と政策との間に、目指す方向、創ろうとする未来像が見えてきません。まだ気長に待つべきなのでしょうか。
口蹄疫対処策文明性に惑う
 口蹄疫対応への遅れ由来でない落ち着きの悪さを感じています。政府は風評被害を気にしてか「人に感染しない」「食べても問題はない」「感染牛の治癒は可能だ」と情報を提供しています。ならば「なぜ、大量処分を行うのか」という疑問が浮かぶのです。
 専門家は「法が病気の家畜出荷を禁止してる」と言います。ならば、感染拡大は生産者の経済的損失を増大させます。消費者も、感染肉を食べるのは気持ち良くはありません。納得させられます。しかし、何か盲点があるのではと、遠い野生時代に培った動物的感性が不安がるのです。
 連想したのが、明治時代、炭鉱でコレラが発生した時に、感染拡大を防ぐため鉱夫を生きながら焼いという話です。「人間と家畜を一緒にするな」ですが、その一緒にせず、断絶することが盲点では、との不安なのです。区切りは強者と弱者、支配と従属、目的と手段の関係に連れ込みます。
 この傲慢さは国際政治にも遺憾なく発揮され、危機を招いてきました。神をもしのぐ強力すぎる文明ゆえに、やってくる破局の壮絶さを恐れます。口蹄疫に違った対処をする、今までとは違った足場に気付く柔軟さを地球生理は求めているように思います。
リホーム決断
 昨日、PTA会長だったYさんから電話があり、「エストエストで昼食を」となりました。様ざまな話となりましたが、健康の話と景気の話、息子達の話が大方だったでしょうか。
 その中、リホームを考えているので我が家を見てもらえないかということになり、ご案内しました。彼は一級建築士なのです。お勝手の上に天窓を付け、東側の上壁にガラス戸を付け、応接間と廊下を区切る壁を取り払いたいと言ったら、「出来ますね」との返事。今、指示された、30年前の図面を探し出したところです。
 快適な生活の創造です。お勝手は12畳あるのですが、いろいろ雑然と置いてあるので、そんなに広く感じません。システムキッチンにしましょうかね。収納スペースを多目に確保したいところです。日差しが入るように、更なるアイデアが必要です。
紙智子講演会に参加す
 先週の土曜日、参議院議員の紙智子さんの講演会に行きました。マスコミが流さない情報を幾つか得ることが出来ました。
 今年の共産党大会に、JA全中=全国農業協同組合中央会の富士重夫専務理事が来賓として出席したというのです。共同通信が配信したようですが、マスコミ各社は取り上げていないのではないでしょうか。ですが、これは高い価値があると言えます。全くの別の生き方をしてきた両者がなぜ親密になったのか。それを調べることは今の政治を知る手がかりになるはずだからです。
 政府は食糧自給率を40%から50%に上げるといっていますが、やろうとしていることはその逆です。そこに危機感を持ったJAが食糧安保を真剣に考える共産党の政策に共感したことは何を示しているのでしょうか。食糧危機不安は、現実感を伴って、国民に広まっています。安心のために税金を使って欲しい、コスト負担しても良いという市民は増えています。税金の使い方が違うという市民の声は、未だに、政治家に届いていないことがここにも表われています。
 国連本部で、核不拡散条約(NPT)再検討会議が開かれています。日本からは1500人の市民団体が訪米し、690万の署名を持って、その思いを伝えました。5月2日デモ行進して、署名を提出することにしていましたが、行進の到着が遅れたそうです。その時に、議長リブラン・カバクチュランさんは、その到着を雨の中、外で1時間以上待ったそうです。その思いを会議開会の挨拶で次のように述べておられます。「私は、市民社会が集めた署名を受け取りました。私達はこの熱意に応えなければなりません」
 これが、なぜ、被爆国で、署名を提出した日本のマスコミが報道しないのでしょうか。何を、どこを見て仕事をしているのか、議長への尊敬の後に、怒りがこみ上げてきました。
抑止力と非武装の間
 普天間混迷のキーワードが「抑止力」であると分かってきました。13年掛けて成した合意を白紙に戻して新たに作る合意が、すぐに出来るとは考えられません。ならば、「日米合意を白紙に戻す」ことは、実質、普天間無条件返還要求であったはずなのです。しかし、海兵隊が持つ「抑止力」を説かれた鳩山さんは方針転換しました。合意案に戻るわけにも行かず、混乱の中にあると見えるのです。
 「抑止力」とは、攻撃を防ぐための、仮想敵国と同等の軍事力をいいます。平和維持のために必要とされています。結果、世界は軍事費を増やし続けており、これで安心というわけです。しかし、戦争・紛争は減るどころか増えているのです。
 「では、非武装なら戦争がなくなるか」という声が聞こえてきます。そうではないのです。その二者択一的発想が間違と言いたいのです。平和は「これで安心といえる性質」にありません。戦争と平和、どちらに転ぶかという緊張の中、不断の努力を要請する厳しさを持っています。ですから「抑止力論」「非武装理論」どちらでも、緊張と不安が我々の居場所なのです。常に、知恵が求められるのです。
 今「抑止力」を向ける仮想敵国をなくす工夫が必要と考えます。「軍事同盟」と化した日米安保を軍事協定レベルに引き下げ、日中も結べば日米中軍事協定になります。これは東南アジアを含めた地域の安全保障を高め、経済発展にも寄与するでしょう。
 あのペリーが軍事力を持たず、通商で繁栄する琉球の友好共存的文化に感銘を受けています。その子孫に戦争装置を押し付ける理不尽の是正を鳩山さんは考えていたはずです。普天間無条件返還交渉がその手始めになります。
ハマグリ味わう
 ハマグリを味わいました。砂は完全に抜けました。海水に浸けておいたことが良かったのでしょうか。
 採ってきた翌日14日の晩飯にはお吸い物に、その翌日はコンソメスープ(たまねぎとトマト入り椎茸)にしました。筋肉痛と天のはからいに感謝しつついただきました。全く臭みは無く、歯ごたえのあるハマグリのうまみを堪能しました。20年間、なぜ、この楽しさに気付かずにきたのか不思議に思いました。
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カレーのひりひりに麻痺した舌でもうまみを感じ取れる程に濃厚なスープでした。
核兵器に限らず兵器をなくす
 残念ながら、お金が物言う世の中で、老後の安心もお金で買う時代となってしまいました。更に残念なことに、大多数の人は、十分な老後の蓄えを持っていないのです。
 サービスが行き届いた安心の特老ホームは3000万円です。60歳過ぎた二人の息子に毎年1500万円の小遣いを与えられる人なら、手が届きますが、宝くじを買って「3億とは言わない、せめて、せめて100万頼む」などと仏壇にお願いしているようでは夢の話です。
 国は、安心老後政策を実施するのではなく、無駄遣いを容認しています。その一番は何といっても公益法人です。6625あるこれを、役人の退職後の互助会組織だという人がいます。ならば、公益法人ではなく「私益法人」です。次が5兆円ある防衛費です。公共事業費は相当減らしました。ならば、これも1兆円ほどカットして欲しいものです。
 「普天間移転合意を白紙に戻す」と鳩山さんが所信を述べた時、誰もが、無条件返還を要求し、それを皮切りに、日本の利害を重視する主張して日米安保体制の変更を始めるのだろうと期待しました。現に当初、鳩山さんはそのつもりだったはずです。しかし、「抑止力」の一言で変わってしまったようです。
 オバマさんが核兵器をなくすと言って、ノーベル平和賞を受けました。ならば、「すべての兵器をなくす」はその沿線上に乗っています。それは日本国憲法9条が21世紀に指し示す道です。そんな時に、日本の首相が「抑止力」ゆえに基地返還を日本ペースで実現できないようでは困ります。
 もっと独創的、したたかに、振舞ってほしいものです。日米軍事協定の上に、日中協定を加えれば、日米中軍事協定が生まれます。この場合、どこに抑止力を向けるのでしょうか。この三国協定は東アジアだけでなく、東南アジアの安全もより強固にするものです。共存共栄の経済関係もより濃厚になるでしょう。
 その先に、更に何段階か踏まねばならないでしょうが「兵器をなくす」その世界の姿が覗いて見えてくるのではないでしょうか。またそうでないと、人類はさまざまな問題を解決できないでしょう。鳩山さんしっかりしてください。「抑止力」に惑わされてはいけません。
ハマグリを採りに行く
 本日は風もなく、最高の晴天です。お隣のKさんと旭の浜に蛤を採りに行きました。ハマグリ採りよりも波乗りの方が多いのには驚きました。サーファーが千葉都市部・東京・埼玉から多数来ています。
 Kさんはジモティー(地元出身者)ですから、慣れたものです。熊手を使わずに、足で採ります。合わせたかかと軸に、腰を振り振りして砂に足を入れてゆきます。次々に発見します。こちらは、やっと見つかっても、小さすぎて、海に返すばかり。
 それでも、海風に吹かれて、足を驚かせない波の感触を楽しみ、飯岡冶部岬を遠く眺め、心は穏やかでした。岡の上には風力発電の塔が十数基立ち並んでいます。風景は変わりました。冶部岬の東側は「東洋のドーバー」といわれる屏風ヶ浦、これご存知ですか。よく、刑事ものサスペンス2時間ドラマで、最後、犯人が覚悟して、自白説明する、あの不自然な場面のロケ舞台に選ばれます。
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 2時間半かかって、これだけ採れました。と言いたいのですが、大分、Kさんが足してくれました。大きさもこんなものです。昔のあさりほどの大きさです。
 オバちゃん(自分もおじちゃんですが)が「連休に何百人も来て、もって行ってしまったから、大きいのはないよ」「海水持っていたほうがいいよ。水道水に塩入れた水では砂をはかないよ」蛤ご飯の作りかたも教えてもらいました。いやはや、平和平和、平和です。
弥生が縄文を飲み込んだ
 縄文時代に、日本文化の基層が形成されたと、何とはなしに思い込んできました。聞かれればそのように決め込んでいたと感じます。
 その理由はきっと次のことのためです。①1万年続いた時代であること。記録にないが、現在の我々に何の痕跡も残さない時代とするにはあまりにも長いのです。②水稲稲作をもたらした渡来人は縄文人に比べれば極少であり、混血したとは言えそれは広範に起きたことではない。そこで下の数字を見てください。
              全体    関東   近畿   九州
縄文早期(8千年前) 2万人  1万人   3百人  二千人
縄文後期(3千年前)16万人  5万人   4千人  1万人 
弥 生(千9百年前) 60万人 10万人  11万人 11万人
縄文人は16万人です。しかも、関東東北合わせると全体の60%に達します。九州において、渡来人が縄文人の数を越えたでしょう。しかも、戦いが起きたと推測されます。鉄器を持つ渡来人が縄文人を圧倒したことは間違いありません。その後、同化したのは渡来人ではなく、縄文人であったはずです。ですから人種的にも、文化的にも縄文は吸収され、飲み込まれたとするのが自然です。
 さらに、その後も、数次に渡り、渡来人の波が押し寄せました。ヤマト政権の力が及んだ地域に、縄文は形を残さなかったでしょう。ならば、日本文化の出発は渡来人に由来することになります。人種的にも我々は朝鮮人と同根です。
 そこで、神道、神社の起源です。我々は縄文時代以来のアニミズムがその起源であると思ってきました。それが怪しくなります。どうも渡来人が神社を祭っているのです。祖先を祭る習俗は辰韓地域で紀元6年との記録があります。487年には神宮が造られています。その後、朝鮮半島では仏教伝来により神社を否定し、寺院に置き換わっていきます。
 私達はどうも大きな勘違いをし続けてきたようです。「日本は縄文人の子孫の国ではなく、渡来人の子孫の国である。」とすると、「帰化人」との言葉は論外ですが、渡来人も適切な言葉ではなくなります。日本人自らが己を渡来人と呼んだら、当時、日本人はいなかったことになってしまいますから。


 
政治退廃と沖縄独立論
 1フィート運動(米軍の沖縄戦フィルムを買い集める市民運動)が作成したビデオテープを持ています。人が為しうるすべての暴力が荒れ狂い、醜さと愚かさをさらけ出させずには置かなかった沖縄戦。生徒に観てもらおうと買い求めました。
 ペリーは琉球に立ち寄りました。軍事力を持たず、通商で栄える琉球の友好共生的文化に感銘を受けています。その伝統を持つ沖縄を地獄の戦場にし、さらに戦後、戦争装置である米軍基地が強権的に造られました。ベトナム戦争・湾岸戦争は、日本の安全のために始めた戦争ではありません。もし、傲慢自信過剰なアメリカの世界戦略がなければ、起きなかった戦争です。理不尽は今も、途切れることなく続いているのです。
 さすがに、鳩山内閣はこの歴史に終止符を打つ意志を示しました。期待は、日米安保体制の変更を含めて、広がったのです。しかし、首相は「抑止力」ゆえに、根本的な政策変更を断念。政治が保身のみに奔走する、哲学なき「改革」がここにも露呈したのです。
 この姿が、昔の島に戻すための方法は一つしかないと思わせるのです。独立して、琉球政府が、本来日本政府が行うべきアメリカとの交渉をし基地返還を実現することです。
 そうなら、これは無策無能な政治の帰結です。愚かしさや醜さは戦争だけの産物ではない。目的と手段を逆さまにして憚らない退廃からも生まれる。そのことをも、子等に教えなければいけません。
 
「あんしん村」とは
 今日は、図書館やっていました。相談コーナーで蔵書に借りたい本があるかどうか確認してもらいました。新井白石の「読史余論」伊達千広の「大勢三転考」がありました。
 書庫から持って来ていただき、目の前に実物が現れると興奮しましたね。ぼーが鰹節やパンを見るやいなや、、尾っぽを振り、舌なめずりをしてしまうことを、今日は、自然と受け止められました。中三のときに、早稲田の古本屋で中谷孝雄著「梶井基次郎」を見つけて手にしたときの感動を思い出しました。なんと3500円、学校食堂のうどん70杯分でしたが、ためらうことなく買い求めました。後悔もしなかったと思います。わくわく気分で自転車をこぎました。「あんしん村」に向かうことに。
 昨日買ったイチゴがやたら甘かったのです。この「あんしん村」椎名農産という会社が開いています。もともとは牛畜産農家です。それが豚をやり、花をやり、そして「あんしん村」を開店しました。自分の牧場の牛豚肉を中心に、知り合い農家の野菜、福祉施設が作るパン、様ざまな良品を集めています。もちろん、有機栽培、無農薬・減農薬栽培野菜・果物です。
 今日はイチゴに、愛媛産のグレープフルーツ、八千代牛乳(75度30分殺菌)粉茶を買いました。これまたうきうき気分です。八千代牛乳につぶしたイチゴと蜂蜜を入れて飲もうと自転車をこぎました。これから賛辞(打ち間違いではありません)のおやつになるでしょう。
東部図書館本日休館だ
 本を返しに、隣町旭の県立東部図書館に行きました。なんと休館。連休中無休できたので、本日休館でした。明日が期限ですが、天気が悪いという予報でしたので、今日向かったのです。
 どうしよう。「服を買う、そして、白虎ラーメンへ」「このまま帰る」「そりゃもったいない」「海に行こう。そこで昼食」最後の案に決めました。
 今日は強風、自転車が進みません。途中、自転車の脇で、座り込んでいる同年輩の女性がいました。「どうしました」「疲れてしまい休んでいます」の応え、それほどの風です。海岸に出ると、砂が目に入ります。人が海に入っています。「あら、浜がある」なくなってしまった浜があるのです。海に突き出し造った堤防ゆえに、砂が波打ち際にたまり出したようです。ハマグリを取っているのでしょう。釣り人は「いしもち」狙いでした。お話では家で食べるぐらいのハマグリは問題にしないようです。近じか、ご近所とこようと思います。
 簡保の宿旭で風呂に入りました。600円。日替わり定食が食べられる座敷がありましたが、ばあ様ばかり、なんとなく気後れしてしまいました。「あんしん村」で昼食を買い帰りました。筋肉痛が心配です。
母の寝顔にそっくりな
 母方の叔父の葬儀に参列しました。80歳でした。釣竿製作で数々賞をいただき、埼玉県から伝統工芸師の認定を受けた職人です。
 釣竿販売の方が話されました。「日本一の釣竿職人だと思うよ」「職人というのは自分が到達した最高の技術を竿に注ぎ込もうとするんだよ。しかし、徳さんはお客の好みに合わせて、必要な技術を自分の引き出しから出して作れるんだ」勉強になりました。
 最後のお別れに、花で飾りながら叔父の顔を見詰め、ハットしました。83歳の、今の母の寝顔にそっくりなのです。似ていなかったのですが、共に年を取り生き抜いてみたら、同じ顔になっていた。むしろ、他人顔になってゆくのが道理なのに、不思議なことです。
 我々の力が及ばない、計り知れない世界があるのです。叔父はその世界に旅立ってゆきました。
憲法記念日ですから
 子どもの頃5月3日は、8月15日・12月8日と並んで、特別番組ゆえに、戦争シーンを観ないわけにゆかない日でした。ところが今、ゴールデンウィークであることを意識させられても、憲法制定を祝い、これに想いを寄せることにはなりません。その風潮に中、東京新聞が「憲法記念日に考える」一本に絞り、社説に取り上げたことを評価したいと思います。
 同じように、驚きと共に、こころ強く思ったことがあります。NHK「ラジオ深夜便」に田中和雄さんが登場した時のことです。天皇にお会いした時に「あたらしい憲法のはなし」の復刻出版を「良いお仕事をなさいました」と評価されたというのです。これだけでも十分興味引かれる話ですが、加えて、憲法記念日には、ご家族で憲法を読み合わせているとのお話があったというのです。
 この本は、戦後三年間、文部省著作の中一社会科副読本として使われました。平和主義について「戦争をしないことです」「軍隊も武器も持たないと決めたのです」しかし「正しいことをするのです」から不安に思うことは無いと説いています。
 その後、9条の理想主義的部分を剥ぎ取ろうとする動きが強まり、今では、核武装論まで現れました。全ての学校に、国旗・国歌を重んじさせることが自分の仕事です、と話掛けた都教育委員もいます。
 これに対して、天皇は「やはり強制になるということでないことが好ましいですね」とお応えになっています。政治的発言をしないことが原則です。それでも、これ等が天皇の想いであることは、健全な民主主義平和国家を維持する上で、好ましいことに違いありません。
春華やぐ
 昨日、下の姉家族がやってくるということで、布団干しをすることに。干しきれずに、廊下にも広げてしまいました。快晴、湿度も低く、気温20度、布団干しには最高の気候でした。
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 ここ一週間の暖かさに、こころ華やぐ春となりました。
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左が4月7日  右が今日の同じ木です。絡まった藤が咲いています。
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イチゴの花も咲き出しました。つつじも野生化したかのようです。成長不良のブルーベリーも花をつけました。
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 客人が帰るのを察したぼー君です。
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渋滞が気にまります。甥が携帯のカーナビで最少時間のコースを調べていました。どうも、デズニーランドよりも、房総半島からの渋滞をカーナビは予想しているようです。やはり、Sさんの米を美味いと言って食べました。30キロの喜びも積んで帰ります。





完璧と個性を求める理不尽
 「人間を幸福にしない日本というシステム」という本を読んだ記憶があります。著者が言う通り、国際調査の結果、日本人の幸福感は、相当低いことがはっきりしました。
 不機嫌な、不安そうな表情をして歩く人が目立ちます。それはむしろ自然、そうなることの方がまともな人間でないのかと、思わせる時代風景です。
 ミスは許されない。ノルマが課せられる。プレッシャーの上に、過重労働を強いられる。それに同情する人はいない。競争社会だから。そんなことに負けているから、うだつが上がらないと見られてしまう。家族までもがそのような目で見る。むしろ、自殺したくなる人間に親近感を覚える自分です。
 エネルギッシュで、個性が強い人物が期待されます。また、皆がそうなりたいと思っている、あるいは、思わざるを得ない今の日本です。確かに、個性は大切であると思います。しかし、完全であり、しかも個性的であることはありえないことなのです。
 全ての人間が完全完璧、絶対であるということは、人が一色であるということです。一方、不完全であるということは、そうであるがゆえに、様ざまに不完全だということなのです。不完全は個性です。完全な人間は個性的で有り得なません。神が持つ完璧な性質を神性といい、人間が持つ不完全な性質を個性と呼ぶのです。
 両方を同時に求められる、その矛盾を解消する唯一の方法は自分を消すことだけです。もう一つあるとすれば、それは自分を神とすることです。この理解を踏まえて、社会を構成してゆかないと、神になることを決意した人達しか幸福になれません。皆が神の道を選んだら、皆が幸福になれますか。なれません。早く無理を解消することです。