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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
乳飲み子をもつ母親の欲しいものは
 助産婦で、命の大切さを中高生等に講演活動している鈴木聖子さんという方が居られます。助産婦の仕事をする中で、母親達との交流、助け合いの中から得た経験を基に、気付き、感動したこと等をお話されています。
 乳飲み子をもつ母親の欲しいものは何だと思いますか。私は、「旅行したい」「夫の協力」「人との交流」などがすぐに浮かびました。しかし、これは大きな勘違いなのです。己の想像力欠如を叱る結果になりました。
 三位 寝る時間・・・・夜泣で起こされる。鈴木さんに「この子、今日はいい子だったんです。二時間も続けて寝てくれたんです」と話されたお母さんがいたそうです。 この段階で、二位・一位が予想できる方は想像力豊かな方です。私で来ませんでした。子がある方は分かるのでは。
二位 ゆっくり食事が出来る時間・・・・そして一位は ゆっくりトイレを済ます時間  だったそうです。これらは健康の三原則である 快食・快眠・快便を妨げられていることを示しています。人間の正常な生理さへ満たし得ないということです。ですから、「旅行がしたいのでは」と予想した私の認識不足は相当なものです。
 「そんな思いをして育ててくれたんだよ。なぜ私を生んだなんて言ったらお母さんが可哀想だよね」という話になっていくらしいです。「何度もこの子を捨てて、楽になろうとしたでしょうか」そういう母親は少なくないそうです。中高生への話ですが、還暦近い私への話とも聞きました。たとえ近い将来、母のオムツを換えなければいけなくなっても、それを何も言わずに、受け入れることにしましょう。その準備をしておきましょう。



一昨日の記事も読んでいただければ、嬉しいです。できれば、コメントを!
 
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とうとう内閣支持率20%
 共同通信の調査で、内閣支持率が20,7%に急落したことが分かりました。小沢氏幹事長辞任辞任も87%が求めています。
 首相の指導力が無い、閣内の不一致・迷走、政治と金問題、色々です。総じて言えば、将来の社会・国家像を見据える思想がないゆえに、それを体現させる総合的な政策を打ち出せないことがはっきりしてきたからではないでしょうか。
 なぜ辞めるのかが分からない首相が続いたと思ったら、今度は、辞めるべきなのに辞めない、首相が頼りにする幹事長が居座っています。その首相も、支持されていないのですから、辞めたらと指差されているといってよいでしょう。
 チグハグ、アンバランスに、イライラ、怒り、絶望を国民が経験しなければ、新しい時代は創り上げられないのでしょう。


 一昨日のクイズのコメントに期待しています。
面接官は組織の窓
     昨日の記事も見てください。

 「面接試験指導」は教師の大切な仕事です。しかし、指導が逆効果になってしまうことがあります。自信を奪って、面接に向かわせる教師が少なくありません。
 そこで、生徒に言ったことの一つが「見られるよりも見なさい」でした。生徒は選ばれるとだけ思っています。それは合格・採用には倍率があるからです。自分の選択はもう終わっていて、あとは、選んでくれるのを待つだけだと思うのです。しかし、それは勘違いです。試験を通じて「ここ、おかしいぞ」と思うことが多々あるものです。相互に、それぞれの立場で、己を表わしてしまうのが試験です。選んで志願したのですが、数次に及ぶ試験も進路選択の最中、選択行動の部分であることを忘れてはいけません。
 どこで礼をする、椅子のどちら側立つ、そんなことは瑣末なことです。「自分は選ばれるのではなく、選びの正しさを確認しに行くんだ」この姿勢を持って、送り出すことが肝要です。もちろん、上がってしまったり、過度に緊張することの防止にもなります。
 午前中、今川焼き「干潟八万石」のご主人と話をしてきました。娘さんは、四月からある市の職員として働いています。年齢学歴を問わず、幅広く採用試験の門戸を開いたことで有名になった市です。なんと、70倍を勝ち抜きました。願書の他の希望先を書く欄に、正直に「教員希望もあり」と書いたそうです。何度目かの面接の時に、こうこうそういうところを評価しています、教師と迷っているなら、是非、来て欲しい、と告げたそうです。
 一方、教員面接試験では、他に行きたいところがあるんだったら、いくらでも代わりは居るんだから、そっちに行ったら、とすごまれた。この先生も些細なことにしか目が行っていないですね。第一、資質を見抜こうという姿勢がありません。そして、自分も見られている、選ばれているという意識と謙虚さもありません。
 見抜かれたのは先生だけではありません。この人を試験官に任命している組織も見抜かれたのです。娘さんは早くも、将来を見据えた仕事を与えられました。
実は、分かっていない言葉の意味
 クイズ番組ブームが続いています。特に、漢字の読み書きを扱う番組が目立ちます。なぜか、言葉の意味を問うクイズはまだ少ないようです。ここまでくると、主流は意味を扱うようになるのではないでしょうか。
 分かっているようで、分かっていない言葉は多いものです。特に、抽象名詞には上手く説明できないものが目立ちます。
 机は「家具」です。鉛筆は「筆記用具」です。自転車は「乗り物」です。これに倣い「理性」「人権」「文化」「宗教」「経済」は何であるかに答えてみてください。つまり、机は、勉強や事務仕事をする時に使う「家具」です。修飾部分は要りませんから、「家具」に当たる言葉を、それぞれについて答えて見てくださいというクイズです。
 これ、きっと正解は一つではないと思います。だから、クイズにしないのか。今、気付きました。答えをコメントしていただけたら有り難いです。楽しみにして居ります。
局長がUR事業仕分けで応答のなぜ
 4月26日の事業仕分けで、UR(都市再生機構)が対象になった。追及に応えているのは機構の理事長でも理事でもなく、現役の国交省局長なのだ。これ、おかしくないですか?
 自民党政権時、渡辺行革担当相はUR民営化への道筋を立てた。渡辺氏の話では国交省OBは民営化を飲んだという。なるほどと思った。弱気なOBに任せて置けない現役がしゃしゃり出たのだ。
 UR関連企業との随意契約額は725億円(08年度)、関連会社の余剰金は407億円、関連企業を渡り歩いている理事もいる。ファミリー企業の整理について聞かれると「関連企業を潰せない。非常勤職員など多くを抱えている」
 嘘だろう!職員のことを考えているなら、余剰金を作らずに、正職員にするはずだ。非常勤職員を盾にして、組織の存続と権益を守ろうとする卑しい態度だ。民営化したなら、彼らの人格は真っ先に非正規職員を切るだろう。
 官僚を優秀だという人は今もいる。優秀な官僚とは、国家の危機を己のそれと認識できる人物だ。ならば、財政破綻の可能性が叫ばれる今に及んでも、国から甘い汁をすすろうとする彼らのどこが優秀なのか。彼らが心配しているのは己個人の財布の中身であり、国家のそれではない。そのことを語ってしまった現役局長の出席である。
普天間の本質顕在化
 沖縄で大規模集会が開かれました。保守革新の違いを越えて「基地は要らない」で一致しています。
 国防を語る時に、私達は通常生活感覚を忘れて、違った基準を設定するのです。例えば、自動車社会ゆえに、毎年避けられない千人単位の死を了解しています。同じことは飲酒・喫煙・投薬にも当てはまるでしょう。しかし防衛となると、小さな可能性にも過剰反応を示すのです。それをある種の政治家・マスコミが助長します。結果、かえって戦争への可能性を高めるのです。自転車が意識すればするほど、逆に、ドブへ落ちるのに似ています。
 北朝鮮が攻撃してくる可能性はあります。しかし、この場合「国防費増大だ、ミサイル防衛システム」ではなく、可能性を意識しつつ、その緊張の中で最善の道を選び抜く精神力と構想力が肝要です。これは、自動車を運転している時に誰もがやっていることです。
 危機感を煽るのは思惑が働いているのです。石原都知事の「ミサイルが飛んできた方がいい」との発言は、彼が求める国家の姿を覗かせました。これらに惑わされないためには、国防を特別な分野と見なさないことです。 第一、弱小国が強国を侵略した例はありません。その意味では、中国の方が危険です。しかし、現在、中国の日本攻撃を考える人は少数でしょう。なぜなら、それは中国の国益に繋がらないからです。
 沖縄基地を考える場合のキーワードは「抑止力」です。しかし、私が言うのは米軍に対するそれです。「フェンスで囲われているのは基地ではなく私達」「基地が出できることは戦争に加担すること」(東京新聞記事)沖縄の脅威は他ならぬ米国なのです。これを日本人は共有しだしました。
 
サタデースクール認証式
 2010年度匝瑳市サタデースクール指導員認証式出席のため、朝8時過ぎに家を出ました。厚手のコートに軍手をはめて自転車にまたがりました。冷たい北東の風が吹いているのです。
 今年も4年生担当、26名です。残念ですが、昨年に続いての指導員は3名でした。確かに、楽な仕事ではないんです。今年も修行のつもりで、やらさせていただく次第です。最高齢は指導員のまとめ役としてもう6年講師の任にある、元小学校教員の76歳の男性です。昨年、大病をなさったにもかかわらず、今年も意欲的です。まだまだ、若い私ですから、勇気付けられます。
 一時間ほどで式は終わりました。そこで、ベーカリー「えびす」に行きました。新作のパンがあったので買い求めました。
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 名前を忘れましたが、乾燥イチゴを細かく割いて、パン生地にまぶして、焼き上げたものと思います。三時過ぎに、少しかじってみました。それを見ていたぼー君近寄ってきました。口の中のパンとイチゴが匂ったのでしょうか。つかさず、お座りです。
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 パンは私の方近くに置いてあります。この場合、ぼーは手を、いや口を出しません。切なさそうな、この顔。いとおしくなりますね。ぼーにパンを近づけると・・・・
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       このようになります。
パンはなかなかの味でした。ぼーにも分かるのでしょうか。ここの食パンは基本を大切にしてつくっているパンです。イースト以外の添加物は使っていないそうです。だからすぐにカビます。イタリアンレストラン「エストエスト」のご主人はここのフランスパンでガーリックトーストを作ります。買いに来ていた奥さんとばったり会って知りました。飾りまくったケーキのようなパンは作りません。そこがまたいいです。

幸と不幸加えて大小の幸と不幸
 「小さな幸せ」に共感の声が上がる時代です。しかし、幸せに大小があるのでしょうか。勘違いがあるように思います。
 小さな幸せを求める人は、大きな幸せを諦めた人ですから、本当は、小さな幸せに満足していないのではないでしょうか。大きな幸せを求める人は、小さな幸せを不幸だと思っている疑いがあります。一つの饅頭を半分に割って「どちらが美味しい」と聞くおかしさ、愚かしさに似ています。
 自分の身の周りの出来事を幸と不幸、さらに、大小に分けるのです。実は、それが不幸の始まりです。父と母、どちらが大切かと問われたら「両親」と返すでしょう。幸と不幸分けがたく、味わうべき我が人生です。
 私達は幸せ、幸せと騒ぎすぎです。人生の終わりに「成功失敗は分からない。しかし、精一杯生きられたことが幸せだった」と一度だけ、口にすればいいことです。

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アイスあずきを食べた後、アイスの蓋に付いているアイスにも執念を燃やす「幸せそうな」ぼーです。
真ん中は「アイスの自家製うめ漬けワイン酒がけ」です。これ絶品です。ぼーはこれもなめ様としました。
右は梅ノ木の梅の実の赤ちゃんです。今年はあまり実らないようです。
普天間解決唯一の道は
 解決すると言い続ける中、米国に「普天間無条件返還」を要求するしかなくなりました。東京新聞4月21日付「本音のコラム」で精神科医の斉藤学さんは、無条件返還要求が首相の「腹案」ではないかと書いています。
 確かに私も、日米合意案撤回はこの要求を前提とした決断だと理解しました。撤回後の選択を予測するなら、これが唯一の道だからです。
 昨日の党首討論が国民に腹を示す最後の機会でした。しかし、首相は谷垣総裁の促しにもかかわらず、決意を明かしませんでした。日米合意に戻るのでしょうか。ならば、責任は免れません。
 政権維持のためには、その場しのぎにでも、無条件返還を要求するしかありません。情けないことです。しかし、意に反した行為が意図しない新しい時代を切り開くことが、しばしば、歴史に起きます。「しばしば」を期待します。
私達は本当に無宗教か
 日本人の多数派は、自分はどの宗教の信者でも無い、つまり、無宗教者と思っています。しかし、無神論者という人は少数でしょう。神が居ると思っているのですから、何かの宗教の信者です。では、あなたは何教の信者ですか。
 我が地域では、ここに住み町内会に加入すれば、自動的に、水神宮の氏子になります。そして、そのことに疑問を挟む人は居ません。そういう人は現在、町内会に入らなくなっています。しかし、昔は、農業共同体としての町内会は全員が加入しましたから、全員が氏子になったわけです。
 氏子とはその地域のお宮に祭られている神様の信者ということです。ですから、少なくとも50年ぐらい前までは、国民の相当数は神道の信者であったはずです。では、今はどうでしょうか。もし、お盆や正月行事を行っているのであればそれは立派な神道信者です。(「お盆は仏教行事ではないか」、それは大きな間違いです)
 12月31日は年越しそばを食べます。これはれっきとした神道の正月行事です。今は、午前零時に日が変わりますが、昔は日没が日替りの合図です。ですから、晩に食べる年越しそばは、新年の行事になります。
 大晦日の夜に家にいらっしゃる祖先神を年神様といいます。お供えする飲食物を神饌(しんせん)といい、それを下ろしてごった煮にして食べるのが、そう、雑煮です。神様と一緒にいただきます。ですから、正月に使う箸の両端は細くなっているのです。一方を神様が使って居られるのです。
 「神人共食」は神道の大事な考え方です。我々は神様と共に、生き、生かられているのです。その神様に感謝する気持ちを忘れてはいけないと神道は教えています。これがなんとなく分かるなら、あるいは抵抗感が無いなら、あなたは神道信者です。外国で聞かれたら「神道信者」と答えてみてもいいのでは。(「やまと教」ひろさちや著  新潮選書参考)
 
恐竜絶滅の原因分かる
 恐竜が滅んだ原因が小惑星の衝突であったと判明したとの報道がありました。その大きさが直径15キロメートルだそうです。秒速20キロ、そのエネルギーは広島型原爆の10億倍、マグニチュード11の地震が発生し、高さ300メートルの津波も発生しました。そして、生物の6割が滅んだといいます。
 しかし、なぜ恐竜は絶滅したのでしょうか。哺乳類はなぜ、全滅しなかったのでしょうか。恐竜の絶滅が哺乳類の全盛期をもたらしたのなら、小惑星が衝突しなかったら、人類への進化も無かったのでしょうか。恐竜の中から知性を持つ種が生まれ出る可能性は無かったのか。いろいろ疑問が湧きあがってきました。
 その中で、一つはっきりしたことがあります。人類は、その数70億にならんとし、全盛を極めていますが、その力は宇宙規模で見てみると微々たるものだということです。真に力があり、超越した存在は弱き者を助けるものです。人類は弱き者の弱みを突いて自分が肥えるための手段とし、利用するだけですから、超越者ではないでしょう。
 超越した存在は弱き者を助けるために、我々の文明の終わりを求めるのではないでしょうか。それが、6500万年ぶりの惑星の衝突かもしれません。その前に、自滅する愚かさも併せ持っている我々です。
体調を崩しました
 ここ一週間、体調がよくありませんでした。特に、この三日間は最悪、寝込んでいました。首筋が痛く、頭が重く、肩がこり、目の玉が冷たいのです。身体はだるく呼吸が苦しい、というか深呼吸が出来ない、してみてもその爽快さが得られない、という状態が続きました。本を読むことも出来ず、もちろんブログを打つ気にもなれませんでした。ぼーの散歩も二日に一回は何とかしましたが、楽しくはありませんでした。
 今日は楽にはなりました。が快調ではありません。今、晩御飯にカレーを作ったところです。身体を温めて、血行を良くしようとの算段です。散歩にも行って来ました。田んぼは田植え直前の作業に入っています。トラクターで田んぼを均していました。その後は、水を入れるだけでしょう。
 庭木も芽吹きました。チューリップも咲きました。ぼーは相変わらず、元気です。

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省エネ、本気なのかな?!
 ヤマダ電器が新宿に進出というニュース。店舗ビルに馬鹿でかい画面を取り付けました。年間どれほどの、電力を使うのでしょうか。電気代はいくらになるのでしょうか。広告に電気を使わない事を宣言して、エコ企業イメージを定着させる方が得策だと思うのですがそうはしないようです。
 このニュースを観てて気付いたのですが、すでに気付いていましたか。「電気量販店の店舗には窓が無い」なのに、店内は外よりも明るいのです。収益を上げるだけの、エコポイントとの関係でいいのでしょうか。省エネに関わる姿勢があれば、窓を大きく取って、照明を減らす設計にするのではないでしょうか。
 コンビ二業界の常識に、店内の明るさと売り上げが比例するというのがあります。一ヶ月の電気代が150万円ほどになると聞いたことがあります。そこで、あるコンビ二本部に「省エネ企業宣言をして、照度を落したらどうですか」と手紙を書きましたら「検討事項にはなっていません」との返事を頂きました。
 どうでしょうか。テレビで弁当いくらだこうだの宣伝に加えて「省エネんため、店内をちいっと暗くするきに、理解して欲しいぜよ」と福山雅治さんに言ってもらえば効果絶大。不安をよそに、売り上げは、ぐうんと、伸びるのではないでしょうかね。
料亭が相次ぎ閉店
 9日、隣町旭市にある県立東部図書館に行きました。久しぶりに、知り合いが経営する料亭で昼食と考えていたのです。
 表玄関がしまっています。時間は二時ですから、「休憩に入ったのかな」と思い裏口から入りました。すると照明が落ちています。節約なんだろうと「こんちわ」社長が出てきました。「一週間遅かったね」三月いっぱいで店をたたんだのです。
 道路交通法改正以降、客が減ってきたとは聞いていました。しかし、これだけ歴史も名もある大きな料亭が廃業になるとは。聞いてみると取引金融機関の資金回収が直接の原因でした。同じ理由で、他の料亭二軒、何代も続いていたうなぎ屋さんも廃業したといいます。正確には破産です。店は売りに出ているといいます。
 今はいいでしょう。しかし、これでは金融機関も追い詰められるのではないでしょうか。廃業に追い込んだ自分の番がやってくるのではないでしょうか。「借金を返したら、小さい店を始めるから」「その時はすぐに知らせてよ」一時間ほど話が続きました。社長は61歳です。
 そこで、ラーメン屋さんに。このご夫婦とは何度も山に連れて行ってもらった仲です。旭農業高校時代食事のお世話を頂いたんです。タン麺を注文。他の客が帰ったので、話となりました。「こんな時間でも客が居るんだから不景気関係ないでしょう」「いや、出前が激減してんですよ」なるほど、激安弁当がはやりです。ここのタン麺の半分以下の値ですから、無理も無い。みんなで、背中を丸めて小さくなって、我慢の生活です。
遊んでいるのは誰だ
 キーン、ともカーンともつかない、金属を響かせているような音がします。それも一定の間隔をあけてです。どうも、電信柱の上からのようです。何かしらの故障かと見上げていると一番上に、何か動きがあります。視線を合わせると、そこからの音だとはっきりしました。
 そこで、拍手をしたのです。すると驚いて、飛び出したのは小さな・・・・雀でした。音を出すことを楽しんでいたと思われます。音楽です、遊びです。楽しい発見でした。
 後日、別の場所でも同じ音を聞きました。やはり雀です。違う雀でしょう。高崎山で、ある猿が芋を海水に漬けて食べ始めたら、広まったといいます。ならば、これ等は文化です。
 文化も人間だけの持ち物ではないことがはっきりしてきました。動物との違いと思っていた特質がまた一つ失せました。我々に特権など与えられていないのです。

ぼーも遊びが大好きです。「遊び」というと外に飛び出します。
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始まるまでは神妙です。
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しかし、一度、手に、いや口に入れるとなかなか放しません。今日は特に強硬でした。

姉、退院する
 上の姉が退院しました。4月1日手術して一週間、予定の半分で退院できました。というか「させられた」というほうが正しいようです。後が詰まっています。
 姉は大きな危機をまた一つクリアーしました。運がいいのか、強いのか分かりませんが。もう少し、ゆっくり人生を味わい楽しんで欲しいと思う、何も出来なかった弟です。
 今回の入院騒ぎで、驚いたことがあります。手術終了を待っていた時義兄が安田講堂を眺めて「あそこで戦ってから何年たったかな」というのです。1969年の安田講堂攻防戦のことだと思いましたから「41年でしょう」すると「あの中に居たんだからな」というのです。あまりのびっくりに、聞き流しました。ですから詳細は分かりませんが何らかの関係を持っていたということになります。今までそんなこと一度も言わなかったので、驚きました。
 むしろ、義兄は保守、私と意見が合わないので、何時からか互いに、政治の話を避けてきたのです。学生運動をやっていたのか。なおさら驚きました。確かに、義兄は苦労人で、正義感が強い、優しい人です。学生運動に身を投じてもおかしくない人です。
 最終電車で新婚まじかな新居に義兄と向かっていた時です。回送になる電車の前で、酔いつぶれた若い男を数人の駅員が囲んで罵倒していました。なんと、脱糞していたのです。しかも悪態をついています。
 私は足早に過ぎ去ろうとしたのですが、兄は「もう勘弁してやんなよ」と助け舟を出したのです。駅から家に向かう中「あれだけ酒を飲むには訳があるんだよ。そこを察してやらなければ」といったのです。姉は、いい人と結婚したと安心したことを覚えています。
野に春を探す、自然の色彩センスは素晴らしい
 散歩コースを変えて一時間歩きました。ぼーも走り回り、久しぶりのコースを楽しみました。田畑に農家の方々が作業を始めています。田植えが始まるまで、あと半月です。秋田川という農業用水路は早くも、水かさを増して、とうとうと流れていました。
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       畑ではタバコがマルチに守られて成長しています
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長ネギが、田んぼを埋めて造った畑で小規模に栽培されています。70代、80代の爺さま婆さまの仕事です。自家用と、孫というか、ひ孫と楽しむためのお小遣いに共されます。キャベツ、銚子のキャベツは有名です。匝瑳・旭市でも栽培されています。露地イチゴ、これは市場出荷用ではないと思います。直売場、市営の農産物売り場用だと思います。
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土筆はいたるところに顔を出しています。土筆の色彩感覚、ファッションセンスはいいですね。自然の真似をすればベストドレッサーになれるのではないでしょうか。赤の葉と黄緑の葉と空の青、いいコーディネートです。水仙、菜の花、そして我が家のしゃくなげ、素晴らしい色彩センスです。ただし、これは健康に育った場合です。そうでないとコーディネイトはバランスを欠きます。

 











今日は花祭り
 今日は、花祭りの日、お釈迦様の誕生日です。今の日本人の何パーセントが知っているでしょうか。キリストの誕生日を知らない人は居ないといっていいのに。
 といって、私も、多くを知りません。紀元前5世紀にインド・ネパール国境地域の小国、釈迦族の王子に生まれた。その日が4月8日とされている。花御堂を作って、生まれたばかりの御釈迦様像を安置し、甘茶を三度頭からかけるお参りをする。
 生まれてすぐに、7歩歩いて、蓮の花咲く葉の上で「天上天下唯我独尊」と仰ったとか。これは誤って理解されていることが多いようです。自分が、他者と比べて偉いということを言っているのではないそうです。「人と比べられない、自分だけの尊さを自覚することが大事な努めである」という意味らしいです。
 お釈迦様誕生に関する話の中で、忘れられないことが一つあります。それは母親が「無憂樹」に手を伸ばしたら、産気付き誕生したという話です。というか「無憂樹」です。憂(うれ)いが無い木。もともと、仏教がどういう宗教であるのかを教えてくれるのではないでしょうか。
 花祭りを知らない、祝わない仏教徒の国。この国ゆえに、異国の宗教神の誕生日をさまざまに利用して、己の利得にし、欲望を満たそうとする「クリスマス」が生まれたのでしょう。自慢できることではありますまい。
野に返る庭
 とにかく、この十年間、草を取るぐらいで、一切、庭の手入れをしていません。無精者の極みです。とうとう、竹が進入してきました。土筆も現れました。たんぽぽは群生し始めています。名も知らぬ木が、勝手に生えて、今や大木になっています。その数16本、まだあるのかもしれません。
 父は雑木林の中に家を造りたかったのです。その気分を味わうために周りにケヤキを植えました。その意志を継いでいるのです、と言っておきます。とにかく、毎年の枯葉が積もり、庭土は森林のそれに近づいてきました。踏むと柔らかです。
 とは言え、そろそろ、真剣に取り組まないと、家の中が暗くなってしまいます。切り倒すべき木は7~8本になるでしょうか。畑もあります。重い腰を上げなければ・・・・

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ケヤキよりも成長が早い。ケヤキの仲間か。野生は力強い。
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            こどもの木もあります。
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 たんぽぽの群生
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              これで満開、ひ弱な我が家の桜
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散歩で興奮、野獣と化したぼー。それでもこの可愛さ。


米がいっぱい心強い
 Sさんから、米を譲っていただいたばかりなのに、今度は頂きました。土曜日に、卒業生の「たかあき」君がやってきたのです。お土産は父上が作った米です。内山地区の谷津田で取れた米ですから、皇室に献上してきた、ブランド米の「多古米」と同じと思っていい米です。
 彼は29歳、介護士です。三月いっぱいで、退職し、今月から社会福祉士の資格を取るべく、またもや、入学します。頑張り通した5年間を振り返り、疲れた身体と心を癒しにきたのです。介護現場の厳しさは予想を超えます。しかも収入はそれとつりあいません。福祉の世界で頑張ろうと決め、しかも家庭生活を築こうとしたら、社会福祉士の資格が必要なのです。今の収入では、不安で、結婚できません。
 彼が帰った後、Sさんの米と、内山産の玄米を並べて見ているうちに、腹が温まり、安心安泰豊かな気持ちになりました。米は日本人の身体と心を潤す泉です。

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ぼーもごはんが大好きです。ご飯に鰹節とお湯を掛けてかき混ぜた「猫まんま」が大好きです。犬なのに。



修正「批判すべきは政権なのか?」
 書いてはみたものの、言いたいことを文面にしたという満足感やすっきり感がないまま、陰鬱でした。そこで、先に進めないので、申し訳ありませんが、今、書き直してみました。大分、すっきりしたのですが、どうでしょうか。


 財政、天下り、農業、医療介護、労働、自殺、これ等の問題は解決されるどころか、ますます、深刻化しています。そこで、誰もが何の遠慮なく批判をし続けます。しかし、決して「体制批判」はしないのです。
 確かに、体制を問題にする途端、逆に、非難される危険を感じます。しかし、政権が交代しても変わらない時代状況は、もはや、それでは事が済まないことを教えています。
 労働者が基本的人権を主張すれば、弾圧解雇を仕掛けられます。教師が平和教育をすれば、警戒され、そして、国民主権を理解しない国会議員が代理投票しました。現体制は憲法を血肉にしていないのです。それが困難な時代を迎え、露呈しました。
 日本国憲法は「民の幸福が国の繁栄そのものだ」という思想です。今、批判されるべきは改憲の動きであり、必要なのは間違った権力の使い方を許さない、現憲法を体制化する革命です。この覚悟が国民に問われています。

批判すべきは政権なのか?
 財政、天下り、農業、医療介護、労働、自殺、これ等、解決が求められてきた問題は、解決されるどころか深刻化しています。「ゆとり」「やすらぎ」「きずな」が言われれば言われるほどに、失われていることに似ています。
 そこで「政権批判」が盛んに行われてきました。マスコミはもちろん国民も、政治家・政党・内閣を遠慮なく批判の対象にしてきました。その流れの中で、政権交代も実現しました。しかし、決してなされない批判があります。それが「体制批判」です。
 これは危険視されます。体制批判すなわちテロという思考図式が出来上がっており、タブー化しています。昨年の衆議院選挙では「これ以上悪くならないから、民主党にやらせよう」との国民の判断がなされました。国民は、民主党政権でも、さして変わらないことを恐れつつも選択しました。それは体制変革が端から頭にないが故の、強いられた選択だったのです。
 「体制批判・変革」と聞くと、資本主義批判であり、共産主義革命であると思って居られるでしょうが、そうではありません。国民主権と基本的人権の尊重と平和主義の実現を体制化することを言っています。つまり、現体制は憲法を口にしていますが、血肉にしていないという理解です。
 困難ゆえの政官財界の形振り構わぬ姿が、あからさまにこれを示しています。労働者が基本的人権を主張すれば嫌がらせ、解雇・弾圧を仕掛けてきます。教師が平和教育をすれば、危険視して、こじつけて処分しようとします。国民主権を理解しない国会議員が代理投票をしました。
 命を大切にすると言う民主党も自民党と同じだと分かってきました。ならば、政権批判ではなく「体制批判」に臆することなく、踏み込まなければ、展望は開けないでしょう。憲法三原則を改めて政治の最高価値として確認し、実現に実効ある政策を創案する政治・社会体制を作ることが「体制批判」の中身です。日本国憲法は時代の変化に耐えられなくなっている?違うのです。日本には60年以上も早かったのです。
親族入院連日東京へ
 やはり、年には勝てないんだということを実感しました。30日と1日は、朝一番電車で東京へ、帰りは夜9時。疲れました。そして、疲れが取れません。
 手術は大成功!!予定より1時間早く終わり、出血も少量ですんだということでした。退院も早まると思われます。転移の可能性もないということで、ほっとしているところです。
 久しぶりに、ラッシュアワーの中に身をおきました。千葉駅でも、東京駅でも、走る人を多く見ました。しかし、生き生きとした意欲ゆえにではなく、追い立てられるように走るのです。というか、歩いている人の多くも、早足であり、気持ちは走っているように感じました。
 入院者は今年62歳、あわただしい、不規則な生活をしてきました。がんと分かってからは、昔ながらの生活に戻しています。大病が今までの人生を振り返る契機になったようです。身体も、心も大切にして、これからの人生を味わって欲しいと思います。