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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
正月の準備完了
 門松を付け(飾るが正しいのですが)、神棚の掃除、注連縄を新しくして、正月の準備が済みました。クリスマスが、正月が来ても普段とあまり変わらない年が何年も続いています。それでも、親がしてきたことをやらないと気持ちが悪い、すわりが悪いので準備はするのです。
 そこで、今年は、着物を着ようかと思っています。誰に見せるではありませんが、身なりから正月を連れてこようという算段です。やはり特別な時間にしたいですよ。ぼーには肉とおやつを三種類買ってきました。ドッグフードと猫飯だけではぼーに正月が来ません。ぼーにも正月色になってもらいます。勝手な人間の思惑ですが、ぼーの迷惑にはならないでしょう。
 ということで、今年はこれで打ち止めです。みなさま、よいお年をお迎えください。2010年が良い年でありますように。

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「飾る」でなく「付ける」と表現した理由が分かりましたでしょう。
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認知症は病気なのか
 大学病院の心理検査で、母は「認知症」と診断されました。確かに、今日が何曜日かを正確に認知できません。「今日は日曜日だよね」「違うよ、月曜日」で一日が始まります。10分前のことを覚えていません。あれほど多彩・上手だった料理も限られてしまいました。
 しかし、二人の生活で「これは困る」ということはありません。80数年続いている変化にしか見えないのです。50代の私に老眼が来たように、80代の母には物忘れが来ただけの様に見えます。私には介護という意識がありません。医学知識・診断と「患者」の実相は必ずしも重なりません。
 地元の主治医先生は「年相応の老化でしょ」と笑いました。今、その意味が理解できる自分です。付き物の病気にではなく、目的である患者に注目できる開業医が貴重なんだなと、しみじみ感じているところです。
 事実、生活実感は病気ではなく、老化なのです。私達は、病気や死を、人生を切断する遺物のように捉えますが、祖先は、生に連続した一部、変化であると理解していたのではないでしょうか。誠実に、生命と向き合っていたようです。
年賀状出し終わる
 無職でも、年末は忙しいのです。ようやく、年賀状を出し終わりました。書く枚数を減らそうと思うのですが、その人物との思い出、彼、彼女の人となりを思うと、年賀状だけでもいいから繋がっていたいと感じ、減るどころか年を重ねるごとに増えてゆきます。
 今日はお墓の掃除とお参り、花と榊を買いました。我が家も神仏習合です。真言宗智山派で水天宮の氏子です。仏壇の上に神棚があります。明日は千葉そごうに御節料理を買出しに行きます。あさっては、仏壇・神棚の掃除。今年いただいた水神様の御札に替え、注連縄を新しくします。そして、門松、玄関飾りで正月を迎えるのです。そうです。忘れてはいけません。外壁のアオカビを取らないといけません。
 仕事始めは5日の順天堂高齢者医療センターに行くことです。9日サタデースクール、その頃、日本史検定の合否連絡が来ます。双方の検定試験の合否をめぐって、甥との賭けに勝ったとしてラーメンをおごらせた手前、不合格通知がくることは叔父としての沽券に関わる大事です。まさか不合格はないと思うのですが。
今日はぼーの誕生日
 我が家の「 ぼー 」は今日で10歳になりました。1999年12月25日生まれですから。我が家にやってきたのは、翌年の3月4日でした。はやいものです。
 何をしてやればいいのか分かりませんでしたので、とりあえず、朝食はバナナをたっぷり混ぜ合わせたホットケーキにしました。なぜか、ぼーはホットケーキやビスケットを受け取ると私から離れて、背を向けて食べます。ドッグフードなどのペット用食品を食べる時にはそうはしません。どうも、人間用食べ物を私が食べているのを見ていますから、与えられても取り上げられる心配があると感じているのではないでしょうか。真相は、未だ、はっきりしません。

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今日も可愛いぼーです。誕生日だというのに土を食べてます。今日は甘えずに、自分で掻いています。

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ボールを私が取ろうとすると、いち早く反応して、こうなります。遊んで欲しいという意思表示なのか、本能なのか。

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可愛いのは仮の姿で、本性はオオカミなのでしょうか。
徳高き者にお金集まらず その②
 何が美しくないのか。自分は何も変わっていないのに、国境を越えるだけで与えられる、国力ゆえの財力をあたかも自分の属性のようにして振舞うからです。この国力以外に裏づけがない優越感に、親の七光りを笑う資格はありません。
 江戸時代の地主・豪農層の中には、篤農家と呼ばれた人々がいました。私財を使い、橋を架けたり、用水を掘って、新田を開発したり、産業を興し、地域に仕事・雇用を創造したりしました。また、学者・文人・墨客・絵師を招き、地域に文化を持ち込みもしました。地主・豪農として得た財力を地域に還元し、地域のリーダーとして、その住民の生活を守る使命意識があったのです。
 彼らには、我々が失ってしまった哲学があったように思います。「豊かだから与えるのではない。与えるから豊かになるのだ」という生活思想です。富とは、たまたま、自分のところに集まってきたものに過ぎない。元は、みんなの労働が作り出したものだ。だから、富を与えられた自分は皆の福利厚生に役立つ使い方をしなければいけないと考えた。ならば、ここには、天から富を預けられた者として持たねばならない「 徳 」があります。
 しかし、今のお偉いさん達は、利益は己の努力と才能ゆえに自分のところにあると信じて疑いません。中には、たまたまの利益では不足だと、それを引き寄せるために策を弄する政治家や高級官僚や企業家も少なからずいます。権力を持つものに高い徳が必要なように、富を集中する者にも徳が要請されるのです。
 このことは世界的視野に立ってみると、我々日本の庶民にも言えることです。我々は発展途上国民から見れば、お大尽です。「二十万ウォンか。円に直すと二万円。ならば買おう」これは自然と言えば自然ですが、韓国の労働者の労働力を自分のそれの十分の一にしか評価しないで買うということです。同じ労働が国が違うだけで十倍になり、十分の一になるのです。そうして得た金力を暴力のように見せ付けてオークションで大騒ぎすることが美しいはずがありません。





 
お米の有難さ
 今日も寒い朝でした。それに加えて、昔のことが、どんな連想なのかも分からずに、次々と浮かんできます。だいたいがつらい記憶です。そんなことの結果、8時起床となってしまいました。
 8時過ぎに、電気釜のスイッチを入れました。母も寒いもので、掘りごたつにもぐりこんでいます。「ウエルかめ」を観て、「ほっとモーニング」で保育所不足・待機児童の問題の原因を聞いて、腹を立てているうちに、ご飯が炊けました。いつものように、「納豆」に刻みねぎを掛け、大根をおろし、「シラスおろし」にして、「大根とほうれん草の味噌汁(八丁味噌と信州味噌混合)」「ひじきの煮物」「のりの佃煮」を並べて、朝食と相成りました。熱いご飯に熱い味噌汁におかずたち、「ご飯美味しいね」「大根が甘い。八丁味噌を混ぜるとこくが出て美味しい」「幸せ、しあわせ」との、なんと言うこともない掛け合いにこころが軽くなり、温かくなり、わくわく感で肩を弾ませました。
 こんな朝を仕事を持っていたときには迎えたことがなかったと記憶します。食事をしながらも、出勤したらまずこれをしてから、そして、警察からの情報に従い、生徒「尋問」、その裏づけのために、他の生徒を呼んで確認。そして、指導委員会での処分原案。そんなことを考えながらの食事に味があるわけがありません。
 お米の美味しさ、大根の甘さ、ほうれん草のしとやかさに関心が集中し、その味わいに、心うきうき、感謝したくなります。誰に?亡くなった父に、目の前への母に。それもそうですが、大きな仕業、計らいを感じ、それを為す何者かなのです。神・仏・絶対者と言う言葉では包み込めない大きさと質の違いを感じもします。もっと、非人格的、あいまい、でも確実に作用している計らいです。地面の一点しか見られなかった、それを強いられていた自分が、大空と更に、その先にまで想いいたすようになっています。 
温暖化危機は宇宙人攻撃
 以前に、書いたものを改作して、新聞に投稿してみました。載ったのを見たら、教えてください。

 晴れていたのに、曇ってしまった午後の帰り道、道路にやたらと赤とんぼが止まっていました。アスファルトで体を温めているのです。
 相当数が轢かれて死んでいます。体温を作れない彼らには、暖まった道路は魅力なのでしょう。分かっていても、危険を冒してしまうのです。これ等を除け除け、自転車を走らせました。
 連想してしまったのが、人類の運命です。原発廃止の方向にあった欧州各国が政策変更を表明しています。その最大の理由が「地球温暖化対策」です。これは、人類が生き残るために対応せざるを得ない課題です。が、その防止策として、よりによって、原子力発電を選ばねばならないところに追い込まれている、その宿命的な危うさを思わずに居られません。
 先進国市民は、文明を手放さないでしょう。発展途上国民は、豊かな生活を手に入れようと、さらに、意欲を強くするでしょう。引き返せない道です。そのことがCOP15にそのまんま現れてしまいました。CO2排出削減に原発増基は危険をはらんでいます。しかし、今回はCO2削減そのものが決められなかったのです。
 四十数年前、核戦争が現実味を帯びた時、子ども達は「宇宙人が攻めてくれば人間は団結するよ」と言い合いました。今、それが始まっていないでしょうか。温暖化に集約される環境破壊、餓え、貧困が戦うべき宇宙人に見えてきます。
 宇宙人が攻めてきた時、我々は国家間戦争をし続けるでしょうか。協力して、宇宙人を撃退するスクラムを組まないでしょうか。あるべき国際世論を形成しましょう。そして、次回会議では実効ある取り決めをさせましょう。
徳高き者にお金集まらず その①
 900グラムの白トリフが2200万円でセリ落ちたと言うニュースを何度か見聞きしました。この額、サラリーマンの退職金に匹敵するものです。確かに、収入が三桁違えば我々の二万二千円ですから、どうしても欲しいと言うなら、私も買い求めます。しかし、どうなのでしょうか。
 1987年、旧同僚達8人と韓国旅行をさせてもらいました。日本史採用の社会科教員ですから、韓国の文化歴史には自ずから、関心があったのです。最初、「きーせん」旅行と見ていたため、いい加減にガイドをしていた金さん(当時26歳の女性)が、そうではないと知り、詳しく熱心に説明してくれたために、いい旅行になりました。最後の夜はソウルでした。何と、一人住まいのアパートで晩御飯をご馳走してくれるというのです。軽蔑の目で見ていた自分達をアパートに招待してくれるまでに信頼していただいたことを有難く想いました。
 彼女は有名大学を卒業した、英語・中国語・日本語を理解する才媛です。彼女はこういうのです。「日本人は戦前、韓国を殖民支配し、今は、金に物言わせ性を求めて、韓国に攻め寄せてくる」当時の為替レートを正確に覚えていないのですが、円はウオンの10倍の価値があったと記憶します。つまり、月収30万円の人が韓国に行くと月収300万円の生活が出来るわけです。
 プサンに着いた初日、そのことを目の当たりにした年長の先輩が「お金遣いには慎重になろう」と言いました。もちろん、皆、その意味を解しました。翌日、慶州のホテルでは、夕食後、騒がしいので「何が始まるのですか」と聞くと、オークションとのこと、「修学旅行100周年記念旅行企画」参加の同業の教師達が競り落とすのです。大騒ぎしている教師達の姿は美しいものには見えませんでした。
エコのため、寒いから、もう、布団に入ります
 母は遅くとも8時30分には寝ます。平均は8時前になると思います。今、6時50分、すでに、湯たんぽにお湯を入れています。寝る準備です。きっと今日は7時10分にベットに入るでしょう。
 今日はやたらと寒いです。風呂に入りましたが、温かさは保てません。キーボードを打つ指先が冷たく、不快です。コタツも、ストーブももったいないです。私ももう、布団に入り湯たんぽを抱えながら、落語のテープをききましょう。今日は、しん生師匠にご登場願います。その後は、本を読みます。きっと、三十分もしないうちに眠くらるでしょうから、そのまま、夢の中へ。また明日です。
貧困ビジネス弁護士も参入
 最近、気になっていることに、多重債務者を対象としたテレビコマーシャルがあります。「払いすぎた利息は取り戻せます。お電話を」と言った内容です。
 広告とは利益を上げるための営業行動です。社会的正義の実現を託された国家資格を持つ弁護士が、狙いを定めた営業宣伝することに、まず、違和感があります。高額な広告料は、当然、成功報酬に跳ね返り、依頼者が支払う形になってしまいます。債務・貧困に苦しむ人に、より多く手渡す努力義務と相容れないとも思うのです。
 実際、事はすでに起きているそうです。充分説明せずに、過度な報酬を受領したとして、懲戒処分を受ける弁護士が増えていると聞きます。500万円取り戻し、300万円を請求する例も出ています。これでは弁護士による貧困ビジネスと言われても仕方がありません。それを裏付けるテレビコマーシャルなのでしょうか。
 セーフてィネットの整備が言われています。弁護士も最後のセーフティネットです。しかし、そのネットが救い上げるネットではなく、絡め取るクモの巣網なのです。社会不安は募る一方です。
三つの自由 その②
 身ごもった娘の父親は、もちろん、白隠さんに抗議します。というか、僧職にある者が何事かと、怒り罵倒します。出産後、赤ちゃんを連れて来て、置いていってしまいます。この間、白隠さんは何も反論しません。そうですか、そうですかと全て受け入れます。
 これって、欧米近代個人主義を教養とする者からすれば、愚かなことです。その前に、名誉を奪われているのですから、抗議し、事実を公にすることが事態解決の筋と考えるでしょう。しかし、事実を述べ上げ、真実を究明することが、取り返しのつかない結果を生じることもあります。タイミングは大切です。それを待つことは白隠さんが人間を信じているからだと想います。この場合、信じるとは、娘が真実を隠し通した場合でも、後悔したり、娘を批判したり、恨んだりしないことを含んでいます。
 事実を知った花屋さんは孫を引き取りに来ます。白隠さんは、そうですか、と何も言わずに、手渡したそうです。これって、簡単に聞き流しますが、言い訳ばかりしている自分を振り返ると、出来そうにないことです。自分の責任であると分かっていても、言い訳していますから。
 この話を聞いて、日本人の8割は、白隠さんをばか者とは見ないで、むしろ、尊敬するのではないでしょうか。もしそうなら、仏教が我々のこころの深層に打ち込まれているからです。英語教師にして、ロンドンに留学し、その間、うつ病になってしまった漱石は、近代欧米個人主義に敬意を示しながらも、その偉大さを認めながらも、最後は禅に安心境地を求めました。善悪、醜美、正誤、苦楽、成功失敗、幸不幸の区別をしなくても、否、しないからこそ真理をつかむことが出来る、そんな「精神の自由」世界があるんだと、その姿の影をうっすらと感じている不自由人です。
三つの自由 その①
 思うがままに生きたい、そう生きることは自然な姿です。のびのび、自分らしく時間と命を使ってこそ、自由人です。しかし、それが、ある時点で、不自由に感じる時が来るのです。この生活に、自分が求めているものがあるのか。己が求めているものを犠牲にして、この気ままな生活をしているのではないのか、と言う気付きです。この時に、人は思想を必要とするするのではないでしょうか。
 自分が価値とするものを実現したい。そのために、己の時間と命を使うようになる、そうなってしまう。このような生き方を誰にも保障するために、思想信条の自由、表現の自由、職業選択の自由(経済の自由)があると宣言するのが近代と言う時代です。言い換えれば、個人が生まれ持っている人間の種が発芽して、花咲かせることを、国家が妨げてはいけないと考えているわけです。そこには、かけがえのない個性を尊重する個人主義の思想があります。ここでは、それぞれの「個人」を完成させること、それが自由です。
 私達、戦後生まれの日本人は知らず知らす、あるいは、意図的に、この思想を根底に持っています。持つことを強いられた面さえあります。しかし、この自由が、またしても、不自由に感じられてきています。これが本当の自由なのかと言う疑問が魂を通じて、湧き上がってきています。少なくとも私はそうです。
 「 自由とは拘らないことなのではないか 」と言う想いです。思想と信条、これに拘ることで人は自分で居られます。捨ててしまう、妥協してしまうと個性の完成が出来ないと思ってきました。がしかし、その拘れが自らの自由を奪っていると見えてきたのです。
 また、国家が自由を奪うことを否定した近代ですが、今度は、違う価値を持つ集団や個人が自分の自由を侵すものとして、現れてくるのです。他者が自分の人格としての完成を妨害していると見えてくるのです。ここでは、お互いがお互いの不自由の元です。自由が遠ざかって行きます。
 ここで第三の自由が想定されます。というか、それがなければ人は自由になれないという切実な想い、願望です。残念ながら、その自由の正体は分かりません。しかし、言いたいことは少しあります。まず、仏教や中国古代の思想家(老子、荘子、)の思索の中に自由があるのではないかということです。江戸時代中期禅宗の僧侶に白隠さんが居ます。彼のお寺の前の花屋の娘が身ごもり、怒った父親が追求すると、返答に困った娘は「白隠さん」と答えてしまいます。先に行きたいところですが、これから、門の掃除をします。そうして、お昼、今日は、肉団子うどんを作ります。
 
政治家の低資質小沢訪中団露呈
 何ごとかと緊張させられた安倍・福田元首相の辞任放映画面は、すぐに「呆れ」に変わったと記憶します。そして、今回の小沢訪中団です。「失望」させられ、仕舞には、怒りがこみ上げてきました。
 民主党国会議員が胡錦濤国家主席に握手を求め、百数十人が列をなしている姿には、唖然とさせられました。憧れのスターに握手してもらって感激しているファンと変わりません。中国の思う壺です。手玉に取られていることに気がつきません。
 「草の根交流」であり、政治性はないからと、観光旅行のように振舞うのは軽率な勘違いです。地位を考えれば、政治的意図があると理解されますし、そうあるべきです。どうも、その意図は小沢権勢の誇示にあったようです。
 しかし、「日本御しやすし」と思わせてしまいました。見せ付けたのは、国際的駆け引きをする相手だということを忘れた、緊張感も使命感も何もない選良たちの醜態でした。
自ら受賞資格奪うオバマ演説
 オバマ大統領のノーベル賞受賞をいぶかる意見が発せられています。確かに、殺し合い軍事行動の最高指揮官なのですから、気持ちは分かります。しかも、アフガニスタンへの追加派兵を発表したばかりとなれば、批判は当然と言えます。
 とは言え、米国大統領が核兵器を使った自国の責任に言及し、核廃絶への取り組みを約束したことは、世界によい意味で驚きを与えました。さらに、総合的な軍縮、武器輸出禁止、しいえは絶対平和主義への道筋に政治の光が当たるとの希望を、世界の人々に抱かせもしました。この道筋を太くし、舗装する意味を彼の平和賞受賞は持っているとの考え方もあったのです。
 しかし、彼の受賞演説は、自ら、その受賞資格を奪うものでした。「武力は人道的な理由で正当化される」との発言は抑圧から人間を解放し、平和を守ることを名目とした「正義の戦争」を肯定するものです。この場合の正義はアメリカです。ならば、今までと何も変わらないことになります。ブッシュ前大統領にも平和賞を与えなければなりません。
 NHKドラマ「坂に上の雲」には、戦争と国家の命運を一体と見て、求道者のように自らを律し、戦闘に全身全霊を傾けた人物達が描かれています。その真に涙させられます。しかし、帝国主義を放棄した現在は国家が命ずる、殺し殺される理不尽が人の世の真理ではないとの確信に至った時代です。以前、「核廃絶は私達の時代には実現しないだろう」とオバマ大統領は発言しています。これを軽く受け止めていました。チェンジを求めます。



国民向け演説必要
 先送りを批判してきた鳩山首相が重要問題で名言を避けている。普天間問題では連立パートナーや米国から恫喝ともとれる発言が続いた。国民のイライラと不安は高まり、首相の指導力への失望が語られ始めている。しかし、首相が老練したたかな政治家ならば、次のような読みをしているはずなのだ。
 安全保障について、社民党はもちろん、民主党内部にも根本思想が違う勢力が混在していることは自明のこと。その上、日米合意を覆せば、安保条約の存続にまで議論が発展し、混迷を極めるだろう。先が開けないその混乱に乗じて、自分の主義信条を基にした安全保障方針と政策を明示し、一気に、政権決定に持ち込む。これは、その後の決定方法に道筋をつけるだろう。そこで、リーダーシップ発揮して、予算財政・景気回復・温暖化対策の方針を決定し、政権内の主導権を確立する。
 首相はこの動きの一手をいつ打つのだろうか。その好機は、年明け早々、やってくるだろう。「新春国民向け演説」を計画すべきだ。首相は目指すべき、総合的な未来像を明確に述べ、そのために必要な政策を、隠さずに、整合性を持って、明らかにしなければならないと思う。
 ますまう、国家財政は悪化してゆく。福田さんは「国民金融総資産が1400兆円あることが日本の強み」と言った。しかし、地方を含めた借金は1000兆円を越え、、国民の借財数百兆円を入れれば、これ以上の国債発行は危険である。
 芝居がかったことをしてでも、国民に理解を求め、同じ方向を向いて、動かねばならないところに追い込まれているのではないだろうか。災害時に、国家非常事態宣言が出されるだろう。人災による非常事態宣言が必要になっている。
戦国を終わらせる大名の社会的条件 その③
 京都を中心に考えて、ここから遠いところも、近いところもその条件にありません。ならば中間地点ということになります。具体的には、現在の中国地方と中部地方です。そして、この見方通りに、愛知県に信長・秀吉・家康の三人が現れました。(中国地方では毛利氏が勢力を蓄えています)
 愛知県には広大な濃尾平野があります。こういうと、「日本一の平野は関東だ」といわれそうです。その通りです。二位が石狩平野、三位が濃尾平野です。しかし、、この時代、関東平野は未だ森林や荒野であったのです。大規模な新田開発は江戸時代に入ってからです。石狩はコメ生産していません。ならば、開発が進んだ最大規模の平野は濃尾平野であったとなります。三河ではすでに、綿花栽培が始まり、綿製品の手工業も動き出していました。国産力織機(綿織物機械)の製造から自動車生産に成長したトヨタが愛知県に生まれる歴史は戦国時代にさかのぼることができます。このように、経済的発達は畿内に劣りません。
 加えて、京都までの距離は、我々が思うほどに遠くないのです。東海道新幹線で東京から名古屋までが2時間、名古屋から京都までが50分かかります。だから遠く感じるのです。しかし、東海道線は大きく北へ迂回しています。そして、米原で南下するのです。信長が浅井・朝倉連合軍、毛利、延暦寺、石山本願寺などに包囲された時に、馬を走らせ数時間で、京都から岐阜に到着しています。直線距離を逃げ帰ったようです。
 さらに、荘園領主の支配は及ばない地域でした。領国形成も容易であったのです。三河や伊勢長島に一向一揆が発生しますが、農民の自治組織である惣の活動も畿内に比べるとその連携は未熟でした。
 ①京都に近い ②経済的先進地域に領地を持つ。③荘園領主の支配が及ばない地域 ④農民勢力が強くない
この条件を最も色濃く持っていたのが尾張・三河であったと言えます。信長・秀吉・家康の人間的才能・資質を生かす社会的条件が尾張三河にはあったのです。秀吉がその器が大きいと賞賛した伊達政宗が尾張三河に三十年早く生まれていたら、彼が天下を取ったかもしれません。同じようなことが、謙信や信玄にも言えることでしょう。
戦国を終わらせる大名の社会的条件 その②
 経済的先進地域であった畿内から、強力な大名が生まれなかったのはどうしてなのでしょうか。皮肉なことに、それは経済的先進地域という好条件ゆえなのです。
 経済的先進地域は、同時に、社会的先進地域でもあります。豊かさを作り出しているのは農民達です。彼らは、用水路を造り、農地を拡大してきました。乾田ですから、田から水を抜き、秋には麦を蒔くことが出来ました。この二毛作は鎌倉時代から始まっています。
 農業先進地域の関西の農民は、戦国期には、三毛作も始めます。その上、綿花、楮、藍などの商品作物の栽培と、これ等を原料とした手工業を興しました。こうして生まれた経済的豊かさと余裕は、農民達の経済的・生産的自立を確かなものにしました。領主に頼らずとも再生産が可能になったのです。これが社会的自立を促し、政治的発言力を増していきます。その力の根拠が「惣」という農民達の自治組織です。しかも、この惣が何十何百と連合する政治組織性を身につけたのです。領主も彼らの実力を無視しては、地域支配が出来ない所に追い込まれていました。それは、繰り返し起きた大規模な土一揆・国一揆が教えてくれます。
 このような中、大名が農村を支配することは大変困難なことです。農村に入り、実測を行うことが出来ず、確かな検地さえ出来ない状況にありました。当然、年貢徴収率は低下します。その他、段銭や夫役の徴収も思うに任せなくなります。
 加えて、畿内は貴族・寺社の本拠地です。彼らは荘園領主支配を維持していたのです。だから、畿内の大名は自らの一円支配を荘園領主に妨害され、領国を持ち得なかったのです。そして、下からの農民勢力には妥協しなければなりません。地域に、経済的豊かさ・富はあるのですが、それを大名に集中させる社会状況にはなかったのです。
 九州・関東以北は、政権を握るために、押さえなければならない京都に遠く、経済的後進性のために、強力な軍事力をもち得ない。畿内は京都が近く、経済的先進地域であるが、荘園領主・農民勢力が強いために、強力な領主権を打ち立てられない。では、全国統一をなしうる戦国大名が生まれる可能性が高い地方はどこだと言うのでしょうか。
 今日はここらで、ティータイムとさせていただきます。
戦国を終わらせる大名の社会的条件 その①
 戦国時代は、明治維新期と並んで、人々の歴史的関心を集める力を持っています。確かに、多くの個性豊かな人物が多数現れ、事態を変えてゆく様子には凄みがあり、わくわくさせられます。
 戦国の世を終わらせた武将三人(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)が、なぜ、愛知県出身であったのかも興味深いテーマの一つです。若い時から一緒に戦ってきた三人が順番に政権を担当したんだ、それだけのことなんだと漠然と理解してきたように思います。しかし、さすがに、それではあまりに説明が雑で不安を感じるというものです
 戦国を終わらせる大名の条件に「人間的能力」を考える人は多いでしょう。それを比較検討することも楽しいものです。ならば、、織田信長が一目置いた上杉謙信や武田信玄は人間力において申し分ありません。信長は彼らの抜きん出た統率力、作戦能力、勇気・気迫を恐れたのでしょう。しかし、彼らは全国統一を成し遂げられませんでした。それは「京都まで遠すぎたから」と言う説明があります。確かにそうでしょう。しかし、それだけでしょうか。
 大名の軍事力を大将の人間力だけで推し測ってはいけないのです。今でも、軍事大国は経済大国です。領国が経済的に発達し、豊かでなくてはなりません。当時の先進地域は畿内といわれた地域、特には、現在の大阪府、京都府南部、奈良県北部、兵庫県南東部です。武田も上杉も経済的先進地域ではなかった、これが致命的ではないでしょうか。しかし、もしそうならば、疑問が生まれます。「なぜ、畿内から統一者が出なかったのか」。
 お風呂に入りますので、残りはまた後にします。実は、食後で眠いのです。


 
明治に死刑廃止思想あり
 日本史検定を受けるために勉強しているある時に、明治憲法制定の単元で、植木枝盛作「東洋大日本国国憲按」(1881年)の史料を目にしました。
 彼は板垣退助率いる自由党の論客ですから、フランス啓蒙思想の影響を強く受けていることは知っていました。著作に「民権自由論」と言うのがあるだけでも予想が出来る思想家です。
 史料を順に読んでゆくと「なに」と思わせる条文に出っくわしたのです。  45条 日本の人民は何等も罪ありといえども生命を奪われざるべし  これは、どう読んでも「死刑廃止」を謳いあげています。現在、ヨーロッパを中心に死刑を廃止している国は多くあります。しかし、1881年の段階で、死刑廃止を採用している国はあったのでしょうか。
 こんなに重要なことに気付かず、30年以上も社会科の教師をしていたことを恥じました。まだまだ、学ばなければならないことがいくらでもあることも思い知らされもしました。もっともっと勉強してから教壇に上がるべきでした。そう思うと同時に、これから勉強を重ね、充分な準備をした上で、もう一度、授業がしたい気持ちも湧いていることに気付きもするのです。
最高裁にこそ市民感覚必要
 葛飾ビラ配布裁判の最高裁判決には驚き、あきれ、そして恐ろしくなりました。
 そもそも、家宅侵入罪とはどんな性格の犯罪なのでしょうか。未然に、窃盗・殺人・放火なのの事件に至る可能性とその不安を絶つことを意図した条文であろうと素人は想像します。そうならば、目的がビラ配りとはっきりしている場合、この条文を適用する必要はないと、私の市民感覚は判断します。
 ビラやチラシ配布のための立ち入り禁止する張り紙があったことを判決は重視しています。しかし、何が有用でどれが害悪になるか、どれを通報し、何を放置するかの判断は住民の恣意に委ねられています。商業ビラ配布やセールスマンは注意するが警察通報はしない。政治ビラでも自民党はよいが共産党は通報だということであれば事件性の判断権限が住民に握られていることになります。
 一部の住民の立件権限を認めるかのような今回の判決です。恣意性を排除して客観的立場から捉える裁判官の役割を果たしていません。むしろ、己の思惑を込めた恣意性を感じます。そこが恐ろしいのです。最高裁にこそ、市民感覚が必要です。立ち小便を事件として裁判にかけることに等しい愚挙です。
ご無沙汰の無礼をお詫びします
 更新をサボっておりました。日本史検定を今日受けてきました。今度は合格したのではないかと思います。正式の発表がありましたら、改めて、ご報告させてください。
 今回は、真面目に準備しましたので、久しぶりに、緊張しました。上がっていたと思います。開始早々、いつもなら、すぐに出てくる言葉が出てこないで、焦りました。「ここは置いといて、先をやろう」と柔軟に考えて次に当たった問題に確実な正解を得ることが出来て、落ち着いたとたんに、前問の答えになる言葉がすぐに浮かんできました。
 前回は論述問題二問中二問残して、残り時間が10分を切っていましたが、今回は25分も残っていました。余裕で論述式問題に当たれました。この段階で「今回は合格したな」と思いました。最後の10分は見直しが出来ましたほどです。正解が二つではないかと言う作問ミスも発見しました。
 とか言って置いて、不合格通知が着たらまずいので、出来すぎた興奮はこのあたりで収めたいと思います。これからまた、ブログ再開いたします。よろしくお願いします。