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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
だから、人は仏に手を合す
 「生きることは恥を重ねることだ」と聞きました。高校生の頃、大人達は「自分を信じられないのか、人生に自信がないのか」と頼りなくも、情けなく感じることがありました。
 しかし、それは違っていたのです。どんなに成功しようが、力強く生きようが、むしろそれゆえにこそ、人は、でしゃばり、己を主張し、ある時は怒り、焦り、ある時は人を傷つけ、戦ってしまう。愚かにも、勘違いをし、己を棚上げにして、人を諭し、叱り、指図をしてしまう。自然はもちろん、他者をも利用し、手段として生きても、みんなの為、社会のため、国家のためと言って、生きています。誤魔化さずに、己の真の姿を見詰め、覗き込めば、この通りでしょう。
 道を切り開こうとすればする程、恥を重ねなければなりません。ですから、仏に手を合わせ恥を預けなければ、前に進めないのです。預けた恥を眺めながらの生活です。
 
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お見舞い休暇がある社会
 母が退院しました。丸二週間の入院でした。下の姉にはすぐに、弟には退院が決まった日に電話してきましたので知らせ、上の姉には知らせませんでした。知らせても、来ることができないと判っているからです。行けない自分にイラつくことになるでしょうから、そうしています。
 母は、自分が病人なのに、気丈に「遠くから疲れに来るようなもの、疲れて寝込むことの方が心配」と言っています。しかし、来てくれれば嬉しいに違いありません。
 そこで、思うのです。大切な人が病気でも、それを見舞い、労わる時間的、精神的余裕を人々が失っていることが正常と言えるのか。仕事が人間の多くを奪うことを、いつまで、続けるつもりなのかと思うのです。現在、忌引休暇は皆さん取っています。それを受け入れる慣習的合意があるからです。
 死に加え、病老も人間の苦だといいます。ならば、「お見舞い休暇」もこの仲間に加えられるのではないでしょうか。この感受性への道筋を、一度着ければ、育児休暇、看護休暇、生理休暇への許容力も鍛えられそうです。そんな社会になって欲しいと感じています。
身ぎれいなやせ我慢を
 10月20日の衆院テロ防止特別委員会は空席が目立ったという。選挙を優先して、審議を蔑ろにしている。そう思われることが判っていても欠席するのである。
 選挙が気になることは当然であろう。しかし、選挙準備に気をとられ、本務である審議に責任を負わない姿は「本末転倒」を子供に教える教材として優れている。
 解散総選挙に持ち込むため、新テロ対策特措法改正案に反対を表明してきた民主党が、解散総選挙に持ち込むため、この審議を放棄したことも良い教材である。政策実現が目的であり、選挙は手段である。政策実現に真剣な努力をしない政党は、政権を取っても、同じことをするだろう。
 信念に真摯な生き方は政治家に限らず尊い。身奇麗なやせ我慢を忘れた政治家・政党の姿は、もうこれ以上、見たくない。


昨日は8個、本日は10個でした。
フォト575 その3
 秋も深まりつつあります。夕暮れはなんとなく寂しいのに、うす曇の空の散歩道は尚淋しく感じられました。ぼーには通じないらしく、元気というか、それが自然とばかりに、闊歩しています。気持ちが分かり合えていると感じることも多々ありますが、種の違いは超えられません。しかし、同じ種でありながら分かり合えないことはこの何倍か重いものです。


   眼が違う   二つ写しの   散歩道

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本日は缶歩で2個でした。

伝統文化と企業文化の格差問題
 うなぎを食べに行きました。お品書きに、赤字の「うな重」と黒字の「うな重」があります。500円の差があるので、連れが中居さんに「黒字の方が並ですね」と言うと、困った顔をして「まあそうです」
 彼女が去ってから「波を波と書かないのは並を選んだ人への配慮だよ」と私。松竹梅というきれいな表現は、無粋な店が増えて、特上・上・並などに変えられてしまいました。だから、松竹梅としても、上中下と翻訳されてしまう昨今です。ならばと、この店はこうしたのでしょう。老舗の洗練された文化を感じました。
 良寛さんも「比べることは卑しい」と戒めています。しかるに、大学偏差値、大学生人気企業、ボーナス額ランキングと、比較ばやりの時代です。同じことをさせているのに、人の呼び名で上下を表わし、待遇に差を付けて恥じない企業が力を持ってしまいました。不自然に同居する、高き伝統文化と卑しき企業文化との格差問題です。
温暖か、ひこばえの成長はやし
 今日は朝から良い天気。部屋掃除、洗濯、布団干し床拭き、玄関の掃除をこなして、学校へ。テスト問題を印刷しました。湿気が少ないので一枚も無駄にせずに終了。やはり、雨のおとといに印刷しなくて正解でした。両面印刷の場合、裏を印刷する時に、湿気が多いと、失敗します。或いは、裏が印刷されない危険が高まります。気持ちよくテスト問題が出来上がったと言うわけです。
 同僚とエストエストで昼食。楽しい時間を過ごし、帰ってから、布団の取り込み、朝の掃除のやり残しを済ませ、散歩です。気持ちいいこと。田圃には、まだ、雨水が溜まっています。その中、勢いがいい「ひこばえ」が青々と凛として立っていました。

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 凛と立つ  ひこばえ実成せ  秋なれば




  本日は2個でした。     
秋の中へ
 今日は、食事の後、洗濯、掃除、新聞を読んで、髭そろえをして、ヤクルトを買い、匝瑳市民病院に行きました。母の足の赤み味は取れていましたが、まだ、熱を帯びています。三日目にしては上出来と言うところです。 
 午後は晴れてきました。病院手前の坂道をブレーキ掛けずに走り降りました。秋が入ってきます。秋の中に居ます。清掃用品を買い込み、知り合いへのプレゼントを買い、缶を拾いながら帰ってきました。
 ぼーが私の気配を感じ、門の前に到着すると吠えだします。濃厚なスキンシップの後、散歩の準備です。夕日の中を一時間歩いてきました。これで一日がお終いです。


               日の仕事  終えて戻りぬ  秋の中


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昨日は25個、本日は18個でした。
母入院す
 7月以来、三ヶ月、母が同じ縫か織炎で入院しました。起き上がれないというので体温を計ったら38,4度。これはまただと判断し、入院の準備を整えて119番に電話しました。
 ところが、救急車の中で計ると37,4度なのです。おかしいなと思いましたが、まいいや。病院で看護師さんに計ってもらったら37,4度。これは焦ってしまった私がこの場合、38度以上の方が救急車を呼びやすいとの思いから、38度に診てしまったのでしょう。眼鏡を掛けたのですから。
 病室が決まり、移動、4人部屋に、既に、お二人のおばあさんが居ました。母より大分年上らしいです。そのお一人が、出入りする看護師さんや環境整備の方に必ず、「お世話になります」と首を下げるのです。返事があろうなかろうが、それに関係ありません。同じ市が運営する特別養護老人ホームから、昨日こちらに来たのです。



  看護師を見ればついでるお世話様

             弱きからだに  くちぐせ哀し

 
フォト575 その2
 ぼーが干潟駅前の坂本和菓子店の「新栗むしようかん」を気に入ってしまいました。無添加です。添加物に敏感なぼーですから、分かるのでしょう。
 あまりに欲しがるので、少し意地悪をしてやりました。まずは、「お座り」「待て」をやらせてしまいました。
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               あっという間に、口から胃袋へ   いとすざまじき様なり

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       皿を綺麗になめてアピールしています。


                  えさ皿を  なめておねだり   栗ようかん

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 アピールに応えてお代わりを持ってきました。  こころのときめき
政治リーダー失格大臣です
 昼食にしようと上がると、テレビがとんでもないことを冷静に伝えています。午前中の株価が一時千円以上も下がり、円も97円台に突入。更に、大和生命が破産手続きに入ったというのです。
 母が「これはもう世界恐慌じゃないの」「そうだぁねぇ」と私。そこに、与謝野金融担当相が、続いて、二階経済産業相が写されました。その覇気のない表情、張りのない声は語っている状況にそぐわないのです。下手な俳優の演技に似ていました。
 こんな時、リーダーは、緊張の中にも、責任感と強い意志を表わすものです。しかし、二階大臣は用意したメモを拙く読むだけ、与謝野大臣にいたっては内心「どうしてよいか困っています」 「こんな時に大臣になって貧乏くじを引いた」といわんばかりの弱々しい姿を隠そうとしません。
 衆議院選挙や総裁選の時には覇気と意志を国民にアピールしていたではないですか。それなに、職務に励むべき時に、己の政治家を主張しないのです。政治家になった目的はなんですか。リーダー失格です。
「品格」が「劣化」し、「達人」に憧れる
 ブログに文章を打っていると、否応でも、言葉選びに苦心します。その際、品格、劣化、達人という流行語の使用には注意しています。流行語と言うのは便利ゆえに、自分の中にあるものを正確に表現する妨げにもなってしまうからです。
 そこで、流行語を意識することになります。その代表格が「品格」 「劣化」 達人」 なのです。これ等は、流行語であるがゆえに、時代を表象していると言えます。世人の人格が劣化して品格を失っていることに寒々として、己はこれに染まらず、、ことを極めてた達人になりたい、達人に憧れている、そんな日本人の姿が浮かび上がってきます。これが、そもそも、人間が劣化している症例でしょうか。
 日本人が自信を失っている、生きる拠り所を失い、やけっぱちになりかけている、そんな世相にみんなが浮き足立ち、不安になっていると感じてしまうのです。アナ・グロ・ナンセンスの再来が近いのか、すでに到来しているのか、とも思ってしまいます。
 このような時は、理性の声から出発するのではなく、霊魂の叫びに耳を澄ますことから出発しなければいけないと思います。魂が何を求めているのか?生命はどう使われたいと思っているのか?理性ではなく天理に帰って、命を生んだ根源を捜し求め、思いを集中しなければいけないでしょう。
 これを精神の自由というなら、まさに、それが必要な時代です。そういえば、この「精神の自由」も密かな流行語です。
自分に正直が誠実の素
 美智子さんの婚約記者会見を覚えています。皇太子の人柄を質問され、誠実で、ご立派で、尊敬できる方と答えていました。子供心にも、この場ではそう言うことが当然、無難な挨拶のようなものと理解しましたと思います。
 しかし、昨日のTBS皇室番組で、美智子皇后が当時、どう迷われ、決断するに何を根本にしたのかを聞き、感銘を受けました。自分は結婚し、皇太子妃という重責を担える自信がなく、幸せになれる確証が獲られない。これでは殿下をも不幸にしてしまう。皇太子を普通の人間として世間の結婚とした場合、どうなのか。この二つであったそうです。結婚をしたいという思いに迷いがない皇太子は美智子さんに、一人のこととして考えないで、二人のこととして今後を捉えて想像して下さいと電話で話したそうです。記者会見の美智子さんの言葉は挨拶代わりではなかったのです。
 ここには、お二人の自分の心に正直に生きたい、生きるという姿勢が良く現われています。そのことが他者に誠実であり、大切にすることであることを教養としていたことが分かります。自分に嘘は付けません。付くことが精神を不健全にしてゆき、生活をすさんだものにしてゆくことは誰もが経験することです。それでも、人は自分にも嘘を付くものです。これをしないことが如何に大切で、難しいことか。
 24歳と23歳であったお二人の精神性の高さに心動かされました。そして、現在の日本人が失い掛けている大切な生き方がここにあると感じるのです。特に、政治家や官僚や企業経営者、医師、教師、宗教家は肝に銘じなければならないでしょう。それとも、自分に正直に生きている結果が今の醜態なのでしょうか。ならば付ける薬はありませんが。そうでないことを信じ、自分を良く生き、社会を、市民生活を豊かなものにしてゆきたいものです



本日は缶歩で31個でした。
フォト575  その1
 夏の間、食欲がなくなることがあったぼー君、最近は、すごい食欲です。食べる時の勢いが違います。エサ箱の鍋を倒さんばかりです。


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    食べはしゃぎ  忘れたかボー   すまし顔


今日は「住宅土地統計調査」の集めた調査票を提出するために、市役所に行きました。その帰り道で28個、缶歩で1個の29個でした。
お上役人に従順な国民像
 本日の午前の予算委員会での、麻生総理答弁を仕事をしながら聞き流していたその時、「役人が言うことが絶対であったが、今はそうはゆかない」と聞こえてきた。何気ない言葉だが、彼の本質から流れ出たで体液に私のリトマス試験紙が反応した。
 衆院選初出馬の時の「下々の皆さん」、今回の所信表明演説時の「御名御璽をいただき、総理大臣に就任」としたお上代理意識、そして、お仲間中山前国交相の「成田農民ごね得」発言。これらは、「下々はお上役人の言うことを絶対と思い従うものだ」がそうゆかないのは、本来、おかしいのだとする彼の国民愚民論が下地にあることを想像させる。
 これは中山氏の日教組批判への反応にも現われた。「閣僚になったら、あのような発言はしないものだ」と批判した。ということは議員としてなら日教組を解体したいと言って良いということになる。従わない組織、勢力が存在することを認めようとしない政治姿勢は、民主主義的なのか。
 反対勢力は抹殺すると言ったに等しい発言内容を総理は諌めなかった。根っ子では中山氏と同じだとすれば辻褄が合う。
一般財源化して道路を造る
 道路特定財源の一般財源化は福田前首相が閣議決定し、実施するとした数少ない功績である。しかし、やはり、最初から骨抜きであったことが7日の衆院予算委員会でハッキリした。
 質問に立った民主党前原誠司議員は、国交省提出の来年度予算概算要求が本年度道路予算を超えていることを指摘した。政府の答えは「概算要求は前年度より20%増まで要求できる。これから総合的に内閣が判断する」というものであった。
 つまり、必要な道路は造るのだから、余った分があれば一般財源にするという閣議決定であったということである。しかし、国民の期待は、医療制度の再建や社会保障の充実、教育予算の増加のための一般財源化を優先し、必要な道路を精査し絞る政治姿勢ではないだろうか。
 前原議員もそう追及したが同じ答えが繰返されただけであった。一般財源化した上で、その一般財源で道路を造るらしい。
力の誇示は、はしたない
 大手大企業が下請け関連企業や、代理店、加盟店を力で支配している様子は美しい姿ではありません。建前は独立企業としていますが、実質は末端工場・支店として扱い、その経営者を社員以下に位置づけています。
 トヨタは下請け企業が処分してきた鉄スクラップの代金を、高値になった今、要求していると言います。機械の入れ替えまでも報告させ、採用数にまで口を出し、指定仕入先から、原材料を調達させているとも聞きます。これでは、親会社が下請け企業の経営権を奪っていると言われてもしょうがないでしょう。
 小学校のドッジボールでのこと、強さと優秀さをアピールすることで頭が一杯だった私に衝撃が走ります。私より運動能力のある青木君が、逃げ遅れた女子に、軽くボールを当てたのです。「あれ」と思ったすぐその後に、憧れる種市先生が「青木君は優しいのね」 嫉妬する前に、自分を恥じたことを覚えています。力ある者がそれを誇示するは「はしたない」と言うことを、青木君と女の子と種市先生に教えられた瞬間でした。
 なるほど、山男達は脚力の弱い者を列の前にして登ります。パーティーがすれ違う時、よりしんどい登る側を優先させるルールを守ってきました。余裕ある者がそうでない者を気遣うのです。こうした人間が心の奥底に持つ性根を後押しする法律規則を創るのが品位ある政治ではないでしょうか。
 残念なことに、今の政治は、力を誇示して、弱い立場の者を黙らせ、我慢させる勢力を応援しています。それが「国民目線」「生活優先」「弱者救済」といった政治標語となって、逆に、表れています


昨日は、住宅土地統計調査中に、25個でした。
不公正な貧困を構造改革したい
 小泉構造改革は規制に守られ、低コスト生産を怠る企業・生産者を規制緩和で淘汰し、国際競争力を高める意図を持つ政策とされた。
 だが、法律とは、そもそも、規制である。規制緩和は規制しないという規制であり、規制である本質は変わらない。その規制の性質と、誰に有利で不利かを問うべきものであった。国民はそれをせずに、規制緩和が努力する者には誰でも有益だと信じたのである。
 だから、フリーターや非正規社員を見ても、働く意志がない、努力しない若者の増加として、嘆けばよかった。しかし、労働組合「ガテン系連帯」の派遣社員アンケート結果は72%が「派遣しか職がなかった」などの職選択を強いられた現実を伝えている。
 大企業には好都合な規制緩和が、労働者には不利な規制強化であったのである。不公正な無権利と貧困が構造化され、社会を蝕んでいる。不公正な貧困をなくす構造改革が必要になった。
 
 
 
 
校長先生、空き缶拾いにGOサイン
 私が10年間勤め、本年度、非常勤講師をさせて頂いていますのが東総工業高校です。我が校で、登校時に、生徒が空き缶を拾ってきて、それを引き取っていただき、その代金を生徒減で不足している生徒会活動費に当てるというアイディアがこのたび承認されました。
 600人が毎日一個拾ってくれば、計算上は、年、15万円にはなります。本校は、部活動が盛んです、全国大会、関東大会と言うわけではありませんが、有力選手をかき集めることなく、ほぼ全ての部活が県大会に出場しています。部活行動費は馬鹿になりません。現在、部員の自己負担になることが多くなって来ています。交通費、宿泊代の足しにと今は考えています。 
 将来は、寄付と言うこともいいのでは。兎に角、生徒がどのぐらい参加するのかを見定めなければいけません。