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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
秀子ちゃんの話 その②
 朝、みんなが「秀子ちゃんが汚い」という。女子の部屋に行ってみると、オネショで濡れた布団の中に入っている。確かに、臭いもひどい。本人に聞いてみると、他の女の子がオネショをしてしまった。ばれたら、本人が恥ずかしい思いもするし、叱られると思った。そこで、「秀子は温かいから、寝ていれば乾く」と寝ていたと言う。老師は「秀子は汚くない。一番、きれいだ」と言い、抱きしめた。
 秀子は中学を出て、2~3年、寺の手伝いをした後、実家に帰っていった。しばらくして、てんかんを起こしたときに、やけどをし、それが元で、亡くなった。悲しい話である。しかし、ただそれだけではない。幸せとは? 美しいとは? 生きる意味とは? なにが大切なのか?それらが頭の中を走り廻ってしまい、心が揺り動かされる話である。この力を持っているというだけでも、秀子ちゃんの生は尊い。 
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秀子ちゃんの話 その①
 NHKラジオ深夜便「こころの時代」での、長野の円福寺の藤本幸邦老師のお話を紹介します。老師は様々な理由で、親と生活できない子供たちを預かっている方である。その一人、「知恵遅れ」の秀子ちゃんの話が忘れられません。
 ある夜、老師は流しになめくじが沢山いたので、秀子ちゃんに「塩をかけて殺して置いて」と頼みました。朝、女子の部屋が大騒ぎなので行ってみると、なめくじだらけ。秀子が缶になめくじを入れていたのだが、それが出てしまったのです。秀子に「どうしたのか」と聞くと、「ナメクジも生きている。殺すのは可哀そう」と答えました。なもんだから、皆の大笑いとなりました。それに、秀子は悲しくなり、泣くのです。老師は皆の笑いを止めて、秀子に詫びました。
 殺生を禁じる釈迦の教えを守り、実践すべき僧侶の老師が秀子から教えられた場面でした。バカと天才は紙一重と言います。同じように、愚か者と聖者も紙一重なのでしょう。
 







団扇で笑う その②
 机間めぐりを終えて、教卓の前に腰を下ろします。出来が良いか、悪いかは分かりませんが、殆どの生徒は、もう、チャイム待ちモードに入っています。私も、することもなく、落ち着きません。目が合うと、お互いの気持ちが分かっているので、二人で苦笑い。手持ちぶたさから、団扇を手にして、2・3度扇ぎ,前を見ると、その持ち主が首をうな垂れて、こっくりこっくり。よく見ると、よだれも垂らしています。「オイオイ」という顔で、2・3度扇いでやりました。すると「くすくす」という笑い。「くすくす」で、殆どの生徒が彼の状況に気付きました。そこで調子に乗った私が、また、扇いでやると、ヌックーと頭をもたげた彼。「フッフッふーはっはぁ~」という静かな大笑いに発展。本人が何の笑いか確認できないまま、待ちに待ったチャイムが鳴り、ため息とも、笑いともつかない解放感の中、「やめでくださ~い。後ろから集めて」と気持ち良い宣言と相なりました。
 この笑いは「共感の笑い」です。私も、本人も、他の生徒も、もう終わりにしたいのです。しかし、それは「言えません」「出来ません」これも了解し合っています。みんな、我慢して、誤魔化して、なんとか平静を維持していのが実情なんです。寝て、よだれを垂らしている姿は、この状況下に居る皆が、しでかし得る最悪の状態です。彼の姿は、自分にも置き換えられるものと写り、自分を笑ってもいるのです。共感ゆえの一体感が醸し出した笑いでしょう。お互いが同じ目線にあるから、生じたそれです。ドタバタや、駄じゃれや、まして、人を馬鹿にした笑いではないのです。大変、善良で、健全な、清清しい笑いでした。「人を笑わず人と笑う」の好例と言いたい訳です。
団扇で笑う その①
 「人と笑う」話をやり忘れていました。3年前の一学期末試験の時です。よく知ったクラスの数学の時間でした。テスト問題を配り終え、チャイムが鳴るのを待っている時、教卓のすぐ前の生徒が「先生、団扇預かってもらえます」と言うから、預かりました。
 始まると、鉛筆、というか、シャーペンが走る音は静かに、しかし、力強く、重く響きます。消しゴムが忙しく働き、生徒達は自分が真剣であることをさえ意識する余地を残さず、問題に集中しています。消しゴムが床に、飛び落ちます。このときの、生徒達を見るのが私は好きです。教師に成り立ての頃、自分のクラスで同じ思いで心が動き、彼等が愛おしくなったことを思い出しました(彼らは今、43歳ですが)。その学校では、試験中には、掃除をしませんでした。ホームルームが終わり、生徒が帰った後、教室に一人でいる時、消しゴムのかすを集めようと思い立ちました。やり終わると、三日分のかすが両掌に8分目程も集まったのです。翌日、朝のホームルームでそれを見せると「すげーな。そんなにあったんだ」なにせ、両手の平8分目程の量ですから。「みんなの真剣さの証拠になる燃えカスだ」そう感じて、受け止めてくれたら有難いとの思いが産んだアイデアでした。
 そんなことを思い出していたら、時間が過ぎ、気付くと、南風がカーテンを揺らし、その動きのように、生徒達ものんびりヌードになっています。大方、終わってしまったのでしょう。時間もあと10分。様子を見に、机間周り。その後に、団扇をめぐって、心地よい静かな笑いが起きたのです。続きはまた明日。
十五番目に好きな人 その②
 「ところで、職員は全部で何人居るの?」「15人ですが」「五番目から10番目に入る好きな人を言ってみな」「渡辺さん、木村さん、小林さん、児島さん、青木さん、佐藤さんですね」「十一番目は?」「石田さんかな」「12番目は」「うんん・・・・」・・・・・・・「後の4人は嫌いなんだ」「そうっすね」「じゃあ、嫌いなのは4人じゃあないか」「でも2人は我慢できないタイプなんですよ」「11番目に好きな石田さんと3・4番目に嫌いな人の差は何?」「??????」「理由も言えないのに、何で好き、嫌いの線を引くの?」「・・・・・」「嫌いな4人は、それぞれ、12・13・14・15番目に好きな人でしょう」「・・・・・先生、明日、その15番目に好きな人と、ペアーで仕事なんですよ」
 翌日、あの人と一緒に仕事をしなければならないことを考えると、楽しいはずの休日も、憂鬱で、くたくたになってしまうのです。多くの人が経験していることです。もちろん、私も経験者です。怨憎会苦、改めて、お釈迦様の洞察力に頭が下がります。別れ際、「15番目に好きな人に、よろしく」というと「明日は、15番目に嫌いな人に、愚痴を聞いてもらいます」ですって。
 
十五番目に好きな人  その①
 昨日、26歳になる卒業生がやってきました。今の職業に就いて3年目、今の職場が二年目になります。以前から、二人、どうしても、上手く付き会えない同僚がいると言っていました。「向こうが、俺を嫌っている」というから、「あんたは」と聞くと、やはり、嫌いなんですね。
 「今日は忙しくて、四苦八苦したよ」の「四苦八苦」は、元々、仏教用語です。生病老死の四苦にあと四つを加え、「四苦八苦」です。その四つの中の一つが「怨憎会苦」です。お釈迦様も、嫌いな人物と会わなければならないことを「苦」としていた様です。そのお釈迦様は苦しみの原因が「区別することだ」とも言っています。
 「好きな同僚もいるだろう」「それは、もちろん、居ますよ」一番好きな人はなんていう人?」「田中さん」二番目は「佐々木さん」三番目は・・・・・・。この後、私は、どういう会話にしていったでしょうか。また、あなたなら、どうしますか?考えてみてください。
一生懸命になるわけ その②
 大人が「何でも、一生懸命にやりなさい」というアドバイスをするねらいは「見極める機会を与えたい」にあります。一生懸命にやらなければ見えてこないことがあるのです。やってみて「面白い」「できた」「才能がある」と思えることがある一方、「出来なかった、そして、それを認めざるを得ない」と感じることもあります。その時に、一生懸命にやったなら「一生懸命にやらなかったから、出来なかったのだ」という言い訳は、他人に言えても、自分には言えません。断念できるわけです。断念は見方を変えれば「選択できた」ことです。選択すると言うことは、可能性を捨てることですから、出来にくいことです。それが一生懸命にやることで出来るのです。一生懸命にやることを、先に先に延ばす人は、いつになっても捨てられません。つまり、選べません。第一、40歳になった父親が「俺はやれば出来るんだ」と酒飲んで管巻いていたら、尊敬できないでしょう。捨てる覚悟、選ぶ勇気を与えてくれるのが「一生懸命」です。
 「友達を沢山作りなさい」は様々なタイプの人間と腹を割った話をすることで、刺激という転換の機会を得ることになるからです。先に進むと言うことは、変化することです。成長も変化です。学び、分かったということは変化するということです。変わらないものは、知識を得たとは言えても、分かったとは言えないのです。様々なタイプの人間の様々な考え方、生き方が分からせてくれます。だから、あなたの変化を促進してくれます。先に進むためには友達が必要です。
 毎日、我々の身体を形作る何百万の細胞が死んでいます。同時に、何百万の細胞が作られています。それが出来なければ、やがて死にます。生き物は毎日、前を見て、変わらなければ、生きられない宿命を背負っています。若いうちは、新陳代謝が活発で早いのです。留まってはいれないのです。選択し、前に進み、変化するためには、{一生懸命} と{自分とは異質な友達}が必要です。
一所懸命になるわけ その①
 中学や高校に進学すると、大人達は「沢山友達を作れ」「なんにでも一所懸命にやれ」というものです。「またか」と、うんざりさせられる季節です。同じ事を何度も聞かされると、言葉の威力が低下し、無意味で、耳障りなバックグランドミュージックのように感じられてきます。感じるのですから、話の意味を理解していないだろうと想像して良いでしょう。
 言い尽くされている話こそ、その意味が理解されていないものです。「沢山友達を作れ」には「ハイハイ、そう思いますよ」ぐらいの返事をしてもらえます。しかし、「何にでも、一生懸命にやりなさい」には、返事もないのが、普通です。「英語も、数学も、政治・経済も、日本史も化学も、ええ、漢文も!!出来るわけないでしょう。更に、部活だって。ふざけんな」自分の経験上、よく分かる反応です。「その通り」と思います。
 ところで、上の二つの大人達のアドバイスを実行することで、何を彼らは子供たちに期待しているのでしょうか。このアドバイスの意味は何なのでしょうか。私は二つを実行して得られる効果は同じだと思っています。それは、また、明日。これから、床屋に行ってさっぱりしてきますので。
 
劣等感に苦しむ
 自分に短所しか見出せない人は、同時に、劣等感にも苦しむことになるでしょう。そして、これに苦しんだことがない人は稀れではないでしょうか。
 こういう私も例外ではありません。特に、中学・高校生の時は、病的でさえありました。劣等感を感じさせられる当人の前では、ドモリました。その後遺症は未だにあります。成績上位、背が高く、都会的センスに輝くイケメン、スキーが上手く、別荘持ち。もちろん、彼女もいる。同い年なのに、神様のように見えてくるのです。自分が小さく、醜く、弱い、存在してはいけない人間に見えてくる、そんな好青年。あなたの周りにもいませんか。
 このM君と再会したのは、高校卒業して、一浪し、何とか合格して、大学に通い始めてすぐでした。校内から歩いてくるのがどうもM君です。チラっト目があうと彼は目をそらしました。「M、おまえもここか」「経済か。俺は文学部」二言三言か交わして分かれました。嬉しかったこと。彼が同じ大学、しかも文学部の方が、偏差値が2、上だったからです。小さい人間と思わないで下さい。その時は、妙に嬉しくて、3年間の劣等感はなんだったのか、と自分を笑い飛ばしました。この経験が、自分もやれば出来るのだ、出来たのだ、大学に受かったという自信とあいまって、劣等感から解放させてくれました。そして劣等感に苦しむ無意味さを実感させてくれました。
 といって、劣等感と無縁になったわけではありません。苦しむまで行かずとも、その後も感じ続けています。しかし、決定的に違うのは、相手の優れた点を羨むことはあっても、妬んだり、自分を卑下することはなくなりました。高校時代との違いは2つあると思っています。
 一つは自分にも優れた点があると、密かに、自分を認められていることです。もう一つは、自分が人間に予想される資質・才能を全て持ち得るわけがないという、あたり前の事実を真理としえたことと、関係があります。これが理ならば、他人の能力・優秀さを認め、受け入れ、生かすことが避けられないとなります。更に、もっと積極的に、他人の才能に嫉妬し悩むのではなく、どう活かしてもらうかで悩もう、となって来たと思うのです。
 「奴の方が優秀だ」という意味での劣等感は避けられません、天才を除いて。しかし、劣等感で自分を殺してしまってはいけません。悪戦苦闘し、自分の才能、資質のありかを発見して、自分を好きになり、認められる自分になることが、こころ穏やかに生きる前提だと感じています。
長所は長所ゆえに、短所は短所ゆえに
 「安全、安定を求める健全性ゆえに、いじめが起きる」という話をしてしまいました。「いじめどころか戦争にもなる」ということも言いたかったわけです。「健全性が悪を産むわけがない」が普通の見方ですが、人間社会には往々にしたあるものです。  
 「長所は長所ゆえに長所」では普通です。「長所は長所ゆえに短所になり、短所は短所ゆえに長所になる」に真実があるのです。日本では、遠慮深く、慎み深いというのは長所です。しかし、この長所は、引っ込み思案で消極的という性格を隠し持っての長所なのです。「明るく、元気で、活動的」はおっちょこちょいで早とちりのお調子者だという可能性があるでしょう。
 進学・就職で調査書を担任は書きます。人は好いのだけれど、短所ばかり目に付いてしまう生徒がいるものです。そんな時、「短所は短所ゆえに長所になる」理論を使って、長所欄を埋めたものです。そして、これは多くの場合正確な調査書にしてくれました。
 よく、「先生、俺、長所がないいんだよ」という生徒がいるものです。この理論を説明してから、「短所が沢山あるあんたは長所だらけだ」と言うと、先生に化かされた」と言って笑って帰ってゆきます。化かしたのではなく真実を言っているのですが。
 
人は調和と安定を求める
 人は、なぜ、自分が鈍感であることを恐れ、他人の鈍感を嫌うのでしょうか。一言で言ってしまえば、アリストテレスが言うように「人間はポリス的動物」だからなのでしょう。つまり、社会的動物ということです。チンパン君もハグレザルになることを恐れます。ボスの座を奪われた元ボスは下位に甘んじて群れに残るか、ハグレザルになるかの厳しい選択を迫られます。一人で生活し始めると、一年と生きられない。そのため「恥を忍んで」(適切な表現かどうかは分かりません)群れに戻ってくることがあり、この時には、下位のオスからも、「いじめ」にあうそうです。元ボスが戻ってきたら、調和を乱すからです。
 我々は集団生活をしてきました。それは、その方が生き延びられる可能性が高かったからです。ですから、私達は集団生活に、自ずと、安全と安定と平安を期待してしまうわけです。しかし、人が沢山集まることで不安定になっては困る。つまり、和が、調和が、集団の課題になってきます。調和を維持するためには、皆が周りに鈍感ではまずいでしょう。ゆえに、人間は、社会的動物として、本能的に鈍感を嫌い、恐れるのだと思うのですが、どうでしょうか。
 現に、災害が起きれば、多額の寄付金が寄せられます。阪神・淡路の地震の時には、全国から、確か、一千数百億円が寄せられました。これも、社会全体としての安定を求める思いが大本にあるのだと思います。温暖化が進んでいるので、少しでもエネルギーを節約しようとする思いを社会の多数派が感じ、実行しているでしょう。安定への敏感な反応です。これは、大変、正常で、健全な反応と行っていいでしょう。
 しかし、この正常・健全性ゆえに、不健全なことが起こります。そうです、猿社会で起きるように、人間社会でも「いじめ」が起きるのです。調和を乱すと見込まれれば、非難が、それでも変わらなければ、攻撃・排除が始まるのです。エネルギーを大切にしない者が、周りが大切にしている様子があるのに、変わらなければ、いじめが始まります。理由は「鈍感ゆえに、調和を乱す奴」。ことは単純ではありません。
 
 
誰も鈍感と思われたくない
 「鈍感力」という本が売れているということです。この本の内容は知らないのですから何もいえません。が、この本を意識して、小泉前首相が安倍首相に「鈍感力鈍感力」とアドバイスしたそうです。周りの様々な反応や主張や噂に惑わされるな。気にしないで、自分の政策を推し進めなさい、という助言だったのでしょう。
 このアドバイスの是非はともかくとして、我々は、日常生活で「鈍感」と他人から見られることを「よし」とはしません。それどころか、恐れていないでしょうか。また、自分で「鈍感なことをしてしまった」と感じた時、後悔と自己嫌悪に襲われるのではないでしょうか。「そんなことはない」という方もいらっしゃるでしょうが。
 学校では全校集会とか、学年集会とか、数百人が集まることがあります。そのような時の司会をよくしたものです。なかなか、全体が静かにならないこともありました。その時に、怒鳴りつけたり、脅したりしなくても、100%すぐに、静かにしてもらえる、そんな呪文がありました。それは何だと思いますか・・・・・・・・。それはこうです「最後まで話しをし続けるられる鈍感な生徒は誰かな」です。これが100%成功するということは、誰もが、鈍感と思いたくも、思われたくもないと感じている証拠になるでしょう。鈍感であることを恥ずかしいことと皆が思っているのだと私は信じます。
 「場が読めない」「空気が読めない」「気が利かない」「人の気持ちが予想できない」を、私たちは、悪口として批判する時に、使っています。人間力の中で、生きる力のベースにあり、同時に、最高のそれは想像力が豊かなこと、鈍感でないことではないでしょうか。これ以上長々と話し続けると「人の気持ちが読めない奴」と思われるので。
 
問題人物とは
 今日は、このブログの本旨に帰り人間関係の話にしたいと思います。どこの集団・組織にも周りが、そこに属する人の多くが問題とする人物がいるものです。その人たちの共通点は① 自分に甘く、人に厳しい ② 人の話を聞かない ③想像力がない(周りの空気が読めないことを含めて)ではないでしょうか。過去知り合った人物で問題ありとされていた人を思い出してみてください。「ああ、そうそう」と合点していただけましたか。
 想像力については、少し、注がいります。チャップリンは映画ライムライトの中で、「人生に必要なのは 勇気 と 想像力 と 少しのお金」だと自ら演じる主人公に言わせています。学生の時は、「少しのお金」に感動したことを覚えています。しかし、社会人になって、大分経ってから、見直したときは「想像力」でした。正直、学生の時は、想像力が入っている意味には気付きませんでした。しかし、社会に出て、自分の想像力のなさにどれだけ愛想を尽かしたか知れません。頭の回転が悪い、記憶力がない自分より、想像力がない自分であることを呪いましたし、それは今も同じです。
 実は、上の三つを持っている問題児とは私のことです。というか、この三つ、多かれ少なかれ、誰でも持っていませんか。あなたもです。しかし、「私は問題人物扱いされたことはない。客観的に観てもらっても、そういうことはない」という方が多いと思います。私も、私を嫌いという人は沢山いたでしょうが、厄介者扱いされたことはないと思っています。では、問題人物とは?・・・・・上の三つに自分が該当すると「気付かない」「気付けない」「気付こうとしない」人達だと思います。
 しかし、この人たちを弾いてはいけません。なぜなら、人は誰でも弾かれる要素を一つや二つ持っているものです。だから、人間関係は面白くもあるのです。どれだけ異質な者を受け入れられるかがその人物・集団の「成熟度のバロメーター」なのですから。
  
日本会議を知っている?
 今日、朝日新聞の「声」欄に投稿しました。題して「日本会議国民知らない報道を」今までの経験でいうと、採用されるレベルであり、条件を備えていると思うのですが、一つ大事な条件が欠けています。それは、危険な題材を扱っているということです。ゆえに、採用されない可能性が高いでしょう。どう思いますか。また、日本会議に関する質問に答えてくれるとあり難いです。さて、その投稿文は次のようなものです。
 「日本会議」について、国民は知らない。なのに、国民が知っている出来事の多くに、深く、関わっていることが気になっている。
 都知事選の石原・黒川氏がこの会の代表委員である。安倍首相も会員であり、国会議員248名が所属し、民間教育臨調など各種諮問委員会、教科書検定官等に会員が多数、教科書採択で問題になった「新しい教科書を作る会」はこの会議と一体である。財界・学会・宗教界・芸能界にも人材が多数いる。
 石原氏というば、差別発言連発。その他、「産む機械」「人権メタボリック」発言のように、政治家の失言?には人権に関わるものが多い。「核武装検討」発言の中川自民党幹事長はこの会の国会議員懇談会会長代行である。従軍慰安婦、南京虐殺、沖縄集団自決に関して、国家・軍の政策ではなかったとする政治家発言も繰り返されている。これ等と国会議員多数が日本会議に属していることは無関係なのか。会議の主張を読むと関係を疑いたくなってくる。
 このあたりの事情を知るマスコミが日本会議を扱わないのはなぜか。テレビ、大新聞に頑張って欲しい。いや、もうすでに、報じることがはばかれるほと、の危ない団体なのか。
 以上です。そこで、聞きたいのですが、「日本会議を知っていましたか」「どんなことを主張している集団か知っていましたか」「安倍首相をはじめ、有名な政治家では、麻生太郎、平沼赳夫、高市早苗、島村宜伸、下村博文各氏も所属していることを知っていましたか」知りたいところです。(今日は、ブログの設立趣旨に合わないことを書いてしまいました。