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早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
水神祭
 10月17日(土)10月18日(日)両日、匝瑳市春海地区では水神祭が行われました。旧椿海村の350年の伝統を持つ祭りです。この一体は江戸初期まで椿の海と呼ばれる湖でした。が黄檗宗僧鉄牛によって干拓された。当時最大規模の干拓で、教科書にも取り上げられています。以後干潟8万石と呼ばれる穀倉地帯になり今日に至っております。その守り神が水神様です。20集落が交代で、祭りを主催します。今年は沖組が当番町です。私は交通安全協会春海支部として、交通整理、警備を担当して、参加しました。
 神輿に水神様をお乗せして、当番町まで、お連れします。五穀豊穣、家内安全を祈願して、集落内神輿は巡行します。一晩、お泊りいただき、また、水神社にお戻りいただく神事です。

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沖集落の記念集合写真です。お疲れ様でした。この中に、東総工業高校で担当した卒業生が2人います。見事な働き振りでした。
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囃子連です。この3月まで、一緒に勉強していた陸君はこの最年少者です。
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これはこれから水神様を水神社におかえしする前の神事です。
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神事の後、子供たちの巫女さんが舞います。
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陸君の太鼓を叩く凛々しい姿!!
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子供たちも大人にまけずに神輿を揉みます。椿海小学校の校長先生の子供たちを見詰める優しい微笑が印象的でした。
 こうして、二日間のお祭りはよる9時ごろに終わりました。安全協会の仕事を無事できたこと、水神様と仲間たちに感謝です。




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初詣は匝瑳水神社と鎌数伊勢大神宮
 昨日は父の月命日ということで、まずは、お墓参り。酒飲みだったので、菊水265円一缶(酒に興味のない自分はケチる)買って、墓参り。
 続いて、我が町会の氏神様である水神社に初詣しました。
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ここは、椿の海(諏訪湖よりも大きい湖で51キロ平方あったと言います)を江戸初期に干拓してできた広大な新田開発で生まれた村の一つが勘進した水神様です。この干拓地を干潟八万石といいます。鉄牛という黄ばく宗の坊さんが幕府や江戸商人たちの資金援助で完成させました。1674年に一町歩5両で売りに出されたそうです。そうして多くの村ができました。ですから、それほど古い神社ではありません。
 次は鎌数伊勢大神宮に初詣。
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 こちらが干潟八万石の総鎮守です。右の建物が神楽殿です。ここで舞われる神楽は県の無形文化財です。
 
 ところで、この干拓は江戸初期の全国的に起きた新田開発の例として、教科書にも取り上げられています。江戸時代に入って100年で150万町歩であった水田は300万町歩に増えたんですね。中心は関東東北です。関東はまさに、江戸期に入って開発が進んだ地域だったんですね。



飯岡に行く
 震災後、始めて、被害を受けた旭市飯岡にいてきました。生々しい光景はすでにありませんでしたが、海にはそのすざまじい凶暴さの跡が残っていました。

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九十九里の海です。海岸浸食で、砂浜が消えてしまっています。防潮堤が長く続いています。その内側が自転車道路になっているんです。右側の写真の岬の麓が被害にあった飯岡の町です。

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この波ですから、今日もサーファーで、いっぱいです。写真ではまだ、見えませんが肉眼ではたくさん見えているんです。家族連れは波際遊びですが、もう一つの楽しみがあるんです。右の写真は「簡保の宿旭」です。

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家族連れが見えますね。これはハマグリ取りです。サーファーの車が見えます。

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「離岸提」とは砂浜を回復するために海に突き刺して作られた堤防のことだと思います。これが相当激しくやられています。

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これは沖に置かれていた波けしテトラポットだと思います。ここまで持ってこられているんですね。自転車道路にはいたるところ、未だ、運ばれた砂が堆積したままです。

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写真では良くわかりませんね。九十九里浜が弧をなしていることを見ていただきたかったんですが。小さく海の中に四角いものが見えます。実はこれ先ほどの簡保の宿です。海の中のように見えますね。これよりも更に先にまで海岸は弧を描いています。まるで半島のように突き出して見えるんです。よく見てください。右側は風力発電の風車です。20基ほど立っています。風が強いんです。もう、十年以上操業しています。

 11時に出て、4時に帰ってきました。走行距離は30キロ弱でしょうか。途中、旭農業高校近くの「白虎ラーメン」さんに寄って、湯麺を食べました。この店は農高勤務時代お世話になり、ご夫婦とは山によく行きました。また、山に行けるようになったんで、復活するかもしれません。
これはなんでしょうか?
 ばあ様から預かった「国勢調査票」を投函する都合もあって、ぼーを連れ散歩にでました。久しぶりに歩くコースです。
 ところで、これなんだか分かりますか?
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我が地域では、この季節、ありふれ、見慣れた風景です。こうなる前が下の写真です。
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 千葉名物、落花生ですね。今年は雨が降らず、水遣りが大変だったと聞きます。中には、枯れさせてしまった農家もあったようです。荒地も目立つようになってきました。そんな中、町内67世帯中、ただ一軒の専業農家があります。
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米、トマト、きゅうりを中心に生産されています。経営は、磐石のようです。認識されてない方が多いと思いますが、農家は経営体なのです。経営者としての気概と能力がない方は農業が出来ません。ここのご主人も、なかなかの人物です。

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 実は、ぼーはダニに苦しんでいます。そのために私もです。以前に、獣医さんから首に掛ける防虫薬を頂いたのですが、ぼーが目眩してしまい、私もふらふらしてしまいました。それ以来、対策らしい対策を採ってこなかったのです。しかし、良い情報を得ました。「フロントラインプラス」という薬があるそうです。これから買い求めに行こうと思っています。

またも国会議員のどたばた劇です

  稚拙ゆえ答弁拒否の大人度は

「慎重に」は何もしないことのサインのようです。
 
  慎重に決断しない悪い癖
秋を歩く
 今日は「国勢調査」書類提出日です。二時の約束、旧野栄町役場=野栄総合庁舎に出向きました。道のりにして15kmです。
 気温が高かく、蒸し暑かったので汗がにじみ、その上、路に迷って、冷や汗まで掻きました。それでも、早く出たので1時45分到着。67軒中12軒がまだ調査票を市に発送していませんでした。なんと、我がご近所がその中に4軒も居ました。とんでもない連中です。早速明日催促します。それ以外は全て予定通りに進み、2時5分に庁舎を出ました。
 予定より大分早く終わったので、ゆっくり見物気分で自転車をこぎました。
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 匝瑳市は有数の植木生産地です。偶然にも、故郷埼玉は川口も植木町です。先日、中国に500万円の槙が出荷されたと聞きました。高級植木も生産されているんです。と同時に、街路樹も多く生産、公共事業縮小のあおりをまともに受けた格好になっています。
 また、畜産業が旧野栄町地域で盛んです。1500頭の肉牛を飼う熱田牧場は全国的に有名です。
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写真はとある肉牛の牧舎です。牛達がこちらを向いて、餌箱の溝に首を下げていました。


   秋の舎(せき)食べさせるため牛が食う

看護士さんに七箇所も噛み付いた熊はどうしたのでしょうか。先程聞きました。

   熊餓えて蜜求めしが弾(たま)食らう

夕方の散歩の時に、ご近所の奥さんが「捨て猫が上がってきたの。でも、食べられないし、栄養失調がひどいのかもしれない。このまま死んじゃうかも」と言います。何のアドバイスも出来ぬまま帰りました。

   捨てられし猫はかぼそく息絶えて


稲刈り始まる
 残暑厳しき中、稲刈りが先週の土曜日ごろから始まりました。
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 素人が見ても、今年は豊作だと思っていましたが、予想通りでした。今年の農協提示価格は昨年より二千円安い一万円だそうです。新潟の農家の話では、米一俵=60キロの生産費は12500円、2500円を付けて出荷という計算になります。ですが、もし、労賃5000円を加算して17500円なら、後継者をつなぎ止められるというのです。
 しかし、これでも、一反(330坪)収量は平均8俵ですから、4万円です。一町でも40万円なのです。昨年、千葉産コシヒカリ10キロを3500円で買い求めました。一俵21000円になります。もし、新潟の農家が仰るように、5000円の労賃を上乗せしても26000円です。他の物価と比べて、特に高くはないと感じますがどうでしょうか。今日、ベーカリーで菓子パン7種類で1067円でした。
野に春を探す、自然の色彩センスは素晴らしい
 散歩コースを変えて一時間歩きました。ぼーも走り回り、久しぶりのコースを楽しみました。田畑に農家の方々が作業を始めています。田植えが始まるまで、あと半月です。秋田川という農業用水路は早くも、水かさを増して、とうとうと流れていました。
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       畑ではタバコがマルチに守られて成長しています
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長ネギが、田んぼを埋めて造った畑で小規模に栽培されています。70代、80代の爺さま婆さまの仕事です。自家用と、孫というか、ひ孫と楽しむためのお小遣いに共されます。キャベツ、銚子のキャベツは有名です。匝瑳・旭市でも栽培されています。露地イチゴ、これは市場出荷用ではないと思います。直売場、市営の農産物売り場用だと思います。
画像 495規格外のにんじんの運命です

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土筆はいたるところに顔を出しています。土筆の色彩感覚、ファッションセンスはいいですね。自然の真似をすればベストドレッサーになれるのではないでしょうか。赤の葉と黄緑の葉と空の青、いいコーディネートです。水仙、菜の花、そして我が家のしゃくなげ、素晴らしい色彩センスです。ただし、これは健康に育った場合です。そうでないとコーディネイトはバランスを欠きます。

 











田んぼに隙間が
 写真を見てください。田んぼに稲がないところがあります。不思議なことです。農家の方は田植え機だと、植え漏れができるものですから、そこを手植えするほどの気を遣った仕事振りを見せてくれます。なのにどうして、隙間があるのでしょうか。
 赤い小さなたらこのようなものが写っている写真も見てください。これ卵なんです。オオタニシのものです。これが幼い稲を食べてしまいます。大きくなると硬くなるので、もう、食べないので、今ぐらいまで、農家はタニシを田んぼから出してはつぶしています。
 これ、養殖しようと持ち込んだ会社が廃業して、そのままにして置いたものですから、逃げ出し、地域いったいの田んぼに生息する事態になってしまったのです。台の上にはまだ進出していません。従兄弟の田んぼにはいないとのことですから。さすがに、20~30mある台地の上には這い上がれないようです。
 この一例を含め、さまざまな外来生物が生態系を乱したり、人間生活によくない影響をもたらしています。また、人間の生産活動、生活が地球への攻撃になっています。温暖化がその象徴的結果でしょうか。北海道に本州の海にしか見られなかった海草が繁殖し、それを食べないものですから、うにが育ちにくく、身が小さくなってしまうそうです。犯してはならない、自然の法に挑戦し続ける人間です。

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左の田んぼは、それでも、食われた部分は全体のほんの一部です。しかし、右は全体の四分の一は食べつくされてしまいました。

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これが卵です。一塊の大きさは4センチから7センチぐらいでしょうか。一つが100~200個ぐらいの卵の塊になっています。

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左の写真は農家の方が田んぼからタニシを出して、つぶしたものです。なぜかぼーがこれに身体をよじって、狂ったかのように、こすり付けるのです。腐ったたんぱく質の臭いは死肉をあさっていたオオカミの記憶でしょうか。真ん中は、つぶしたタニシの前の田んぼです。被害はまったくありません。右は田んぼの中のタニシを撮ったのですが見えますか。相当数います。

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そしてご本人のご登場です。
 九十九里浜   その②
 子供の頃、埼玉川口から父の実家である八日市場に遊びに来て、従兄弟達と吉崎浜に行ったことが何度かありました。その時の記憶では、松林から、波打ち際まで50~100mあったと思うのです。まさに「浜」でした。しかし今は、浜はありません。侵食を防ぐためにコンクリの護岸が続いています。また、砂が流れ去らないように、堤防が海に突き出し、さらに、テトラポットが護岸の外に置かれています。
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 銚子からこの野栄までの浜は殆どこの状態です。例外は、日本のドーバーといわれる屏風ヶ浦と海水浴が出来る飯岡の浜だけです。これより南には優良な海水浴場がありますが。大変興ざめなところをお見せしてしまいました。
  しかし、一番、落胆しているのは地元民です。海は確かに、大きく広く迎えてくれますが、その大らかさや雄雄しさ、、そして優しさとの間には避けがたい断絶があるのです。それが目に見える形で、無粋に現れているのが、この写真達です。自転車をこいで潮風に当たり寛ごうとするのですが、人工的な無機質な目障り、肌触りに、生よりも死を感じてしまいます。戦跡の様なコンクリートが現われるのです。我々の命のふるさとであり、多く生命を育む海との不自然な接触です。



九十九里浜
 ブログ「半農半遊舎」の宮古島の海の写真を見て、我が郷土の海である九十九里浜に行ってみたくなりました。二年ぶりでしょうか、吉崎浜と野手の浜間を自転車で楽しんできました。
 県立公園になっており、海岸を自転車県道が走っています。海の一キロほど前から、波の音が聞こえてきました。近づくと空気が楽に喉を通る感じです。なのに、酸素は濃密なようで、体が喜んでいるのが分かります。
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 左側数十メートルはもう海です。ここらから、空気が変わったことに気付きました。右の写真は海岸道路が県道であることの標識です。県道408号線です。

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 ご覧の通り、少し海は荒れていました。しかし、九十九里はこんなものです。風もありましたが、気温が高かったので、心地よいものでした。穏やかな気持で、自転車を滑らせました。近くには「国民年金特別融資国民宿舎、のさか望洋荘」があります。
 海岸には釣り人が相当数いました。海が荒れすぎているためでしょうか、釣果はイマイチのようでした。イシモチを皆さん狙っています。話を聞いた人は未だ釣れずとのことでした。
 ところで、「海岸」と言ってることに違和感がありませんか。ここは九十九里浜です。昔から、吉崎浜、野手の浜、長谷浜と地元では呼ばれる集落ごとの浜が連なって九十九里浜です。しかし、私は海岸と言っています。行って見れば「海岸」と言う言葉になってしまうのです。その話はまた明日。

匝瑳市サタディースクール開校式
 今日はサタディースクールが始まる日です。このスクール、週休二日制に伴うマイナス面をカバーする目的で設けられた制度です。主催は市教育委員会ですが、指導員の多くは市民と大学生です。市内三箇所の小学校で行われます。私は八日市場小学校会場で4年生19名を三人で担当します。
 式が終わったら「先生、お久しぶりです。退職されていたんですか」との声に振り向くと旭農業高校の卒業生でした。なんと、息子さんの担当が私です。多くの時間が流れたことを改めて実感させられました。 
 写真は式が始まる前の様子です。この後、司会者の指示に従って、立派な態度でした。残念ながら、保護者席が騒がしかったでのです。校長が見かねて、職員に静かにするよう協力を求めなさいと指示を出したほどです。
 高校でも、十数年前から、入学式・卒業式に遅刻する保護者が目立ち始めました。時代が変わり、共働きで朝大変なのだろうぐらいに思っていました。ところが、数年前から、式中の私語が現われだしました。気になるところです。
 また一年間、頑張りたいと思います。どれだけ、子供達を冷静に、しかも、熱く見詰められるかが課題です。
たこ焼き、今川焼きの「八万石」
 総武本線干潟駅近くのローソンがある十字路を北に入ったすぐにある「八万石」、「干潟八万石」から名を取っている。私と同年輩のご主人と奥さんの二人で切り盛りしている。元旦だけが休日、「元旦も仕事してもいいけどよ、かっこ悪いからこの日だけ休む」という主人である。
 反権力、反骨の御仁である。おかしいと思ったことは憚らず、言葉にする。娘さんもその血を引いているのか、管理主義に嫌気が差し、教職を離れ、今は、行政改革に熱心で、採用年齢学歴を撤廃した、千葉県西部のI市の60倍の採用試験に合格、この4月から働いている。
 たこ焼き、えび焼き6個入り、150円。今川焼き1個70円(つぶし餡がいっぱい)と安い。小豆が上がった昨年10月以降もまったく値上げしない。「こんな時こそ、値を上げず、客を集めて、薄利多売、多く作る分、多く働けばいいだけの話」と平然としている。
 そんな性格を好む人が多く、買いに行って、他の客と会わないことがない。にぎやかな店である。餡も甘さを抑えているから食べやすい。奥さんはいつも穏やかな笑顔を浮かべている。近くの方は、あるいは、東総地区にいらした折にはご来店を。

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イタリアンレストラン、エスト・エスト
 我が家からすぐそこに、この店はあります。総武本線干潟駅近くのローソンがある十字路を北に入り、鏑木に向かう途中、東洋自動車教習所入り口、少し手前にあります。店主は30代後半で、私が11年間お世話になった東総工業高校の卒業生です。
 東京で、幾つもの店で修行して来ただけあり、この地域では、数少ない本格派のイタリアレストランとなっています。開店4周年を迎えました。固定客も付き、経営は軌道にのりました。毎週月曜日と第二、第四火曜日が定休日。土日、祝日は特別メニュー、平日は週替わりランチです。今週のメニューは写真の通りです。
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  週替わりメニュー     土日メニュー

 シェフのこだわりは、調味料は一切使わず、野菜は、無農薬有機栽培をされている常世田さんと契約して入手しています。更に、父親の手作り野菜も利用とのこと。素材の味を生かした料理となっています。料理が来て、まず違うのが、匂いです。この匂いを出す秘密はもちろん調理の仕方にあることは言うまでも有りません。
 本日、私は、Aランチ(1000円)のスナップエンドウとたらこの和風をいただきました。
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 これが今日いただいた料理です。

料理にも増して、女性に大変人気があるのがデザートです。ティラミスは絶品です。今日は、写真に撮るために「パイナップルとココナッツミルクのシャーベット」を特注しました。
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 更に、いつもこぼれんばかりの笑顔で迎えてくれる、気が利いたウエイトレスさんが魅力です。是非、一度ご来店あれ。

電話  0479-62-4601
槙の垣根の集落
 千葉東総地方は昔から、垣根は槙の木と決まっているようです。古くからの農家はもちろん、新築の家にも目立ちます。南房総も槙の木が多いようです。降雨量が比較的少ないことが採用の理由と聞いたことがあります。あるいは、海に近いですから、塩害に強いことが主な理由かもしれません。更に、虫に強い常緑樹で、一年中、風を避けてくれることも考えられられますが定かではありません。
 我が集落も槙を使っている家が多いですが、県道に面している関係上、大分、景観が違います。幹線道路から中に入った集落は、落ち着いた風情が感じられます。
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八日市場ドーム
 風は強いが、快晴です。市役所に定額給付金給付申請に行ってきました。我が家は母と二人で32000円です。そのついでに、買い物。今日は、無添加の「信州ハム」を買うため、ミヤスズではなく、カインズフォームに行きました。省エネの電球を含めて、何と7000円あまり、もう、五分の一以上を使ってしまいました。
 市役所に行きましたので、その脇にあります「八日市場ドーム」という体育館を撮ってきました。これを私は「鉄筋コンクリート造り」ではなく「増健コンクリート造り」と呼んでいます。前市長増田健さんの時に造られました。写真を良く見て下さい。コンクリを必要以上に沢山使って造られています。ちなみに、増田さんの職業は生コン会社の社長です。
 これに味をしめたのか、彼は天神山に造る公園の中に郷土資料館「八日市場城」を「増健コンクリート」で造ると言い出したのです。その費用なんと、15億円。任期切れによる市長選では、八日市場市民病院の事務長などを歴任した山崎千里さんを立て、反対運動が盛り上がりました。12年前のことです。私も参加しました。現職の高校教員だったのに、結構目立ったことをしてしまいました。一つ間違えれば職を失ったかもしれません。
 市長選は、「増田が危ない」と踏んだ自民党県連は八日市場選出の県会議員江波戸さんを立て、この危機を逃げ切ってしまいました。江波戸さんがお城建設計画を白紙撤回しましたから、私の目標は達成されはしたのですが。では、「増健コンクリート造」の八日市場ドームをご覧下さい。
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これが、匝瑳市役所と議会堂です。
香取航空基地掩体壕跡
 我が家がある春海地区は、戦前、香取航空基地の一部でした。戦後、兵士の一部がここに住み、帰農しました。そこで今でも、私に集落は「農耕隊」で通じます。
 ここから、サイパン、硫黄島などに、物資が運ばれたと聞きます。旭農業高校80周年記念誌(平成3年発行)には、昭和18年だか19年に、重輸送機が国道袋の十字路に墜落、それに巻き込まれた農高生が亡くなったという記録があります。ちょうど、中国北東部での徴兵から一時帰省していた父はこれを覚えていました。南方方面戦線への補給基地の性格と本土決戦に備えることを意識し、急遽建設された飛行場であったのです。
 写真は飛行機を空襲から守る「掩体壕」跡です。もう一つ、鎌数伊勢大神宮の北側にあります。これも、今は、個人の所有となり、倉庫・納屋として使われています。我が家のあたりは、当時、保健所が在ったと聞いています。近くの竹やぶの中には武器を空襲から守るためのかまぼこ型のコンクリの遺構があります。高さ2メートル、幅3メートル、長さ10メートルほどです。

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