早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
身近な民主主義検証を
 家族、町内会、交通安全協会、防犯協会や社会福祉協議会、そして市町村議会これらが民主的に合憲的に行われているのかを検証する必要があります。国政レベルだけではない、むしろ、静かに進んでいた強権的、国家主義的エートスが国政に噴き出たという見方もできます。今こそ批判精神が問われるときはありません。戦後の民主主義がなんであったのかを問う安倍政権です。

     共謀罪何を反省すればいい
           国策への異裁けるものか

     自民党自由と民主大嫌い

     政権の邪魔をさせない共謀罪

     愛おしさ言わずに初夏の犬を撫で
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激しすぎる春の嵐
 ようやく、収まりました。激しい春の嵐、気候も世界情勢も中庸を知らずに見えます。賢人の教えに思い至らないのはどうしてなのでしょうか。その繰り返しがどれほどの悲劇を生んできたか。しかも、一番の被害を受ける庶民の中から、争いをあおる動きが起きていますね。夏日という予報に反し、うすら寒い自分です。そして、政治の劣化は留まることを知りません。

     良き政治座視待つのみの民主主義

     真央さんを真央ちゃんと呼び賞賛す

     共謀罪何を反省したらよい

     人こぞい団結嫌う絆好き

     政治家を信じていれば楽ちんで

     失言集観光客を呼ぶ展示

     共謀罪今を後追う法制化
「生活保護」を「生活保険」と呼んでみる
 ある会合で、生活保護について話し合うことがありました。そこで気付かされたのは、用語としての「生活保護」が土人保護法の「保護」と同じ意味合いではないかという問題です。
 保護には「助けてやる」との上から目線を感じます。余裕と意欲を失えば、保護を止める意志を隠し持っています。ならば、生きる権利の保障に反します。また、保護が自主・自立・自尊を傷つけるという風や、差別意識も根強くあります。
 ならば「保護」ではなく「保険」にしたらという工夫です。「施し」という認識を完全払拭し「助け合い」という理解を社会化すること、後ろめたさを感ぜずに、生きる権利を行使できる土壌作りが目的です。
 こう申すのは、権利主張は「身勝手」「恥知らず」だと捉える風潮が急激に、
強まっていると感じるからです。人権は「力」です。「国家権力」と釣り合うよう、天理が庶民に認めた「力」です。政府もこの再確認を。


川柳の今までの最高傑作!!
 今まで、1000句を越える川柳を作ってきたと思います。思うというのは数えたことがないからです。毎年、200句前後作っていますので、1000は越えたと思うわけです。
今日、今までの中で一番と思える句ができました。九条の会がありましたので、それを自信満々に発表したならば、みなさんは傑作とは思わなかったようです。しばし白白した時間がありました。

     アンダーコントロールされているのは私達

 これがその句です。傑作ではないようですね。無理にほめないでください。
花見に行く
 匝瑳市の花見の名所の一つが「天神山公園です。今日行ってきました。散り始めていましたが、ぎりぎり間に合いました。丸太製のベンチに座っていると、ジャージを着た中学生たちがやってきました。時間は昼の12時です。「昼休み?」と聞くと授業の一環です」「花見してこいと言われたの」「花見も含めてということです」「いい先生だね」そこで、今できたての俳句をメモにして「その粋な先生に、爺様から」と言ってお渡しするように、お願いしました。その一句

     走る子ら声高らかに桜散る

さらに浮かんだ句を

     桜満つその一片の愛おしさ

帰り道で

     鯉幟画紙に張り付けたかのように

帰ってから次郎と遊びの時間に

     千葉の風初夏のパリかとショパン聴く 

これを川柳ふうにすると

     千葉の風ショパン流れてパリの風


     
風評被害・自主避難者という架空
 「風評被害」は国民の無知が原因なので、原発被害ではないとの政府見解に疑問を持ち続けています。
 世間で、責任を取るとは事故以前の状態に戻す(それが不可能なら補償する)ことです。ですから、市民は原発事故以前の「自然界の数値」を安全基準の目安にします。しかし事故後、政府は科学という名の「人為的数値」を下に、大幅な基準緩和をしたのです。加害者が、加害判断基準を決めたのです。その上で、その基準を疑い受け入れない者が引き起こす「風評被害」は原発被害ではないから責任は取らないというのです。社会では通用しない理屈です。
 同じことが「自主避難者」問題にも見られます。避難解除した段階で避難者ではないのに、勝手に、従わず帰らない「自主避難者」だから、支援は必要ないという論理です。「自主避難者」は、帰れないという現実を捨象することで、人為的に創作された架空と言わざるを得ません。
 今村復興相の「勝手な判断をするのだから、その結果は自己責任だ」発言は、罷免しないところを見ると、政府の公式見解です。ならば、復興庁はいらないのです。目の前に起きた現実をどう受け止め対処するかは人ぞれぞれです。これを踏まえた上で、各人に必要な支援を組み立ててゆくのが復興庁の仕事、責任のはずです。その責任を今村復興大臣は放棄し、自らの存在を否定したのです。
 「自主」を身勝手わがまま抵抗と捉える、無いものを有るように有るものを無いように見せ掛ける安倍政権の性癖がここにも、遺憾なく発揮されています。どこまで行っても不実な政権です。


平和
 平和、あまりに当たり前で、聞き流す言葉として定着していたように思います。平和通り、平和都市宣言、平和祭り、平和商会・平和ボケなどというのもあります。
 しかし、その平和の後姿を見ている自分に気付かされる昨今です。今日の陽春を思わせる風も白々しく優しいのです。「憲法を生かす匝瑳九条の会」を久々に、開くことにしました。そこで今日も川柳を。


     追従で国を亡ぼす安保ン丹

     危機の中視聴稼ぐネタ探し

     気が付けば土足で添い寝する戦
気温が冬でも春らしい!?
 我が家の石楠花が咲きだしました。ここ数年早まっています。しかし、今日は寒かったですね。朝の登校安全活動には手袋をしてゆきました。女性陣は真冬の格好でやってきました。
 しかし、春なんです。今日も次郎はねこやなぎの下で、休憩、モーツワルトを聞きながら、前足の上に顔を乗せて、気持ちよさそうにしていました。気温とは違う春があるんです。穏やかな春を感じる気持ちの反面、今日も穏やかならぬ思いが拭えません。また作ってしまった、浮かんできてしまった川柳をご紹介!!

     腹ペコの軍需産業シリア食う

     復興相保護者付き添い謝罪する

     トランプが暗殺狙う毒殺者

     森本の爆風を断つトマホーク
新聞投稿文
国民は油を塗り始めている
                     ・・・・・宮沢賢治

 安倍政権の基本的人権無視、国民主権軽視、平和主義蔑視の政策は確実に進んでいます。
 教育基本法の改定は、教育の目的を「人格の完成」から国家との「人格の一体化」へと変えるものでした。特定機密保護法制定や、マスコミへの干渉も「お上に逆らわない国民」の「育成」が本音です。それが石破茂自民党幹事長(当時)の「デモはテロ発言」で表出したのです。
そして、今や、道徳の教科化、安保法制、原発のついでにとばかりの教育勅語再稼働と、矢継ぎ早です。これらの政策も、本音を隠し、一見もっともらしい口実の下、不確定さ、不実さを残したまま、実現されてきました。これを安倍政権は「決められる政治」と自負しています。
結果、国家主義へのレールが引かれつつあると気付かされる国民です。そこで、連想させられたのが、宮沢賢治の「注文の多い料理店」です。最初は料理を食べるためと従っていましたが、自分の身体に油を塗っている己に気付くに及び、食べるはずが、食べられる自分とようやく気付くのです。目的として扱われるはずが手段にされる「注文の多い料理店」の客のようです。
真綿で締め付けられるように、国家が迫り来て、動こうとすると法律に触れてしまい、黙るしかない。この上、共謀罪が加わり「教育勅語再稼働」を撤回さることができなければ、もう、フライパンの上に乗せられる寸前です。
最近、気になっていることがあります。報道番組のキャスターたちが、懸念を言いながらも、反対とは言わず「国民みんなで考えることが大事ですね」と締めくくるのです。自ら油を塗ってはいけません。

半年ぶりに、新聞投稿
 昨年、10月24日「週刊金曜日」に投稿して以来、書いていなかった文章を書きました。そんなに書いていなかったかと驚いております。
 今朝の東京新聞の一面は、もちろん、アメリカによるシリアミサイル攻撃です。私の主張を川柳にしました。

     殺人に差はないサリントマホーク

     正義の名覇権を守るトマホーク

     トランプが占うアサドの運命は


     自己責任ならばいらない復興庁
風吹けども暖かく、桜開花
 今朝は、雨が降っていましたので、椿海小学校登校安全活動は中止となりました。朝食を摂り、新聞を読んでいると交通安全協会で一緒に仕事をしてるSさんから「弁当持ってゆくから、待っていろや」との電話が入りました。
 昼少し前、我が家に到着、いろいろな話をして帰りました。その中で、薬を止めたら体調がよくなったという話、これは結構な人が経験しているようです。血圧が160あるから、降圧剤を飲んでいたら、めまいがしてきたというんです。Sさんは自分の正常値は160なんだと言います。なるほど、母も降圧剤止めても何の支障もありませんでした。医者の言うとおりにしていたら、最悪、殺されるかもしれません。
 その弁当をいただき、次郎君と庭で遊びました。が、今日はモーツアルトを聞きながら、紅茶を飲みながら楽しみました。そこで一句

     ねこやなぎモーツアルトと眠る愛犬
                        いぬ

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国民は油を塗られ始めてる・・・宮沢賢治
 
 安倍政権の基本的人権の軽視、国民主権への無配慮、平和主義視の政策はじりじり行われてきました。
 教育基本法改定は教育の目的を「人格の完成」から「国家への忠誠」への切り替えでした。特定秘密保護法による国家情報の隠蔽は国民の知る権利を制限し、批判させないさせないことを狙っています。ここでも行きつくのは、「お上に逆らわない国民」の育成です。その後も「積極的平和主義」という戦争準備のための安保法制。
 ここ急に、進んでいる「共謀罪」、教育勅語の再生、柔剣道の教育現場導入。文科省主導の各都道府県朝鮮学校への補助打ち切りも進んでいます。朝鮮への差別意識の表れです。北朝鮮のミサイルと在日朝鮮人の教育は無関係です。彼らも、社会の一員として貢献していること、税金を払っていることを忘れてはいけません。
 以上の政策が、一見まともらしい口実で、実行実現してしまいました。気が付くと、国家主義という暴力装置が出来上がりつつあることに、気付かされます。そこで連想したのが、宮沢賢治の『注文の多い料理店』です。最初は親切と思い従っていましたが、身体に油を塗っている自分がいます。なんで油だ!!食材となり、、自ら料理の下ごしらえを自分の体に施していることに気付くんですね。
 私たちは注文の多い料理店に入り込んでいないでしょうか。正確には、自分たちでこの店を作ってしまったわけですね。少しづつ、真綿で閉められるように、国家が迫り来て、身動きが取れない。動こうとすると国家がいじめてくるんです。黙るしかなくなります。もう、その一歩手前まで来ています。共謀罪を認めてしまうと、教育勅語の再稼働を撤回させないと、もう、国家の網の中に取り込まれたと言っていいのではないでしょうか。
 まずは、在日朝鮮・韓国人が、その他の外国人が、障碍者などのマイノリティーが、共産党員が、社会主義者が、市民運動家が、気が付けば自由主義者、女性、老人が社会から排除、差別されることになるでしょう。いつか来た道です。まさに安倍政権は、『そのいつか』に戻ろうとしている集団です。心が騒ぎます。

   
     国民は油を塗られ始めてる  ・・・・・・ 宮沢賢治

     原発も教育勅語も再稼働

     復興相図星を突かれ不興買う

     文民が軍人よりも戦好き

     自主避難復興税の使い途

     国民の自主が敵の安倍政治   
政府教育勅語容認!?
 恐ろしいことが、明らかに進んでいます、水面下から浮上してきました。安倍政権は、悪びれずもせずに、日本国憲法に挑戦しています。その理由は明治憲法が彼らの憲法だからです。
 今までは、そう疑われていた、そう疑う人もいたでしたが、もう、明言してよいのではないでしょうか。籠池問題をうやむやの内に終わらせたいのは本性がばれては困るからです。今は、まだ、日本国憲法に従うが建前ですから。
 そもそも、この結論は、今まで安倍政権がなしてきたことを振り返れば明らかなのです。教育基本法改定、マスコミ抑制(丸め込み、取り込み、NHK 会長人事が代表的)、自民党憲法改正草案、特定秘密保護法、安保法制、そして、今問題の共謀罪新設。どこに向かって、いるかは明らかです。 日本国憲法の三原則に対する敵意を感じる施策に満ちているではありませんか。
 もし、基本的人権、国民主権、絶対的平和主義に価値を認めるならば、今、動かねば、後悔することになります。そんな思いが浮かび続ける毎日です。川柳が自ずと思い浮かんできてしまう訳です。

 
        ゾンビごと教育勅語復活す

           
        廃炉作業危険にたかる搾取の手
 廃炉作業員に支給される日1万円が元受け、一次下請けと回るうちにピンハネされていることが、正式に、確認されました。なんと、労働者には300円しか支給されていない例もあったと言います(東京新聞)。

        残業百時ゆとり批判は企業発?

        核の傘畳む知恵持て被爆国

        ソンタクだ官僚言葉で攻めている

        身体裂く銃を使いて体育す

        銃剣に道と成り得る理知ありや

        文民は誰が統制したらよい

        
「生活保護」の呼び方を「生活保険」に
 昨日は「生活と健康を守る会」総会に参加してきました。貧富の差が拡大し、子供の貧困率も高まる一方の昨今、庶民の助け合い、支え合いの必要がこの会の存在意義を高めています。良いことなのかどうか、判断に悩むところです。
 一日のOG会、集まった元選手たちの職業に、時代が反映されていると気付かされました。ケースワーカー、知的障碍者施設職員、子育て支援の会代表(この子はアドラー心理学入門という本を出版しています)、そして、専業主婦は一人もいないのです。参加できなかった子の職業も看護士、教員など、相当数が福祉・医療・教育に携わっています。時代の必要はこの分野にシフトしていることが卒業生の職業からも分かるわけです。
 しかし、その待遇と言えば、恵まれていません。ですから、慢性的な人手不足です。きつく、待遇は悪く、責任は重いのです。彼らの話を聞いたり、両親の入院、施設入所の経験からして、公務員と同等の待遇を受けてしかるべきだと思うのです。彼らに生活の余裕と仕事への誇り、社会からの尊敬が集まるような施策が求められます。そのことが「生活と健康を守る」ことに直結すると考えますがどうでしょうか。
 会では、生活保護の現状についても意見が出ました。その皆さんの話を伺っていて、気付かされたことがありました。それは「生活保護」という呼び方です。保護、土人保護法を連想しませんか。確かに、保護にはしてあげるという上から目線があり、ゆえに、できなければ保護する必要はない、という意思が裏に隠れているように感じさせます。ならば、憲法25条生きる権利を国民が持ち、国はそれを保障する義務があるに反します。そこで、「生活保護」を「生活保険」に変えるべきだと思った訳です。
 もちろん、負担者は国と地方自治体です。国民から保険料は取りません。この変更の効果は受けやすくなるということです。施しではなくなるわけですから。受けていない者も「自分が働けない状態になったら受けられるという安心感が得られますし、それゆえに、受けている者への差別意識もなくなります。
 しかし、安倍政権は国民を縛り、国民に求めること主眼を置いた政権です。憲法の三原則を軽視、時には敵視蔑視する政権です。国民が求めることに関心が薄い政権です。国の予算の立て方に厳しい目を向けねばなりません。
ソフト部OG会
 ソフトボール部のOB会に行ってきました。今回は一緒に顧問であった茂さんの還暦祝いということで集まりました。53歳と54歳になられるレディーに囲まれ、華やぎました。と言いたいところなのですが、彼女ら立派なおばさんなのですが、なぜか、女子高生に見えるんですね。不思議なことです。当時の顔が重なるのでしょうか。それとも、話し方笑い方、感性、性格が変わっていないなと思わされるからでしょうか。
 彼女らの名誉のために申し上げますが、変わらないと言っても、成長していないということではありません。愛すべき根っこの部分が変わっていないということです。第三者が聞いていて、可笑しくはないだろうと思えることにも、皆が大笑いします。その子の個性を愛するがゆえの、それが零れ落ちたがゆえの共感と親愛の笑いなのです。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、次回は6年後、私が古希、上級の学年が還暦の祝いに再開しようとなりました。
 行きの特急の中で読んだ宮沢賢治の童話から生まれ出た575をご紹介!!

     身を観ずに偉さを競う根無し草

     己が愚を知れば怒りの種はなし

     人と人較べることの卑しさよ

     美しさ較べることの恥ずかしさ

     儘ならぬ世を愛おしく想えれば

     成るがまま身を任す身の気楽さよ
             俺は俺はが不自由を生む


     おばさんがJKに見えるOG会

     理事長をまともに見せる国の嘘
不安と期待の年度末
 春風が吹き出すと、不安になるという人たちがいます。新学期を迎える不安を思い出すのだからではないでしょうか。サタデースクールの開校は5月第二週ですから、まだ先です。しかし、新年度の人事異動で、交通安全協会の仕事、地域の活動で関わる市役所職員、交番勤務の警察官、学校の先生などが変わるんですね。不安とまでは言いませんが、緊張感は高まります。
 そんな中、明日は横浜時代の卒業生と会います。ソフトボール部のOG、今や立派な「おばさんたち」です。不思議なもので、会うと女子高校生に見えてしまうんですね。不思議なものです。
 今日も釈然としない気持ちの中、ワイトショーを観、新聞を読み、抑えられない創作意欲を覚えました。

     特定秘密秘密理由も秘密なり

     天に有る徳無き輩天下る

     原発に学べぬ教師事故起こす

      
     春雨や車の中の影二つ
ただ、川柳を作る
    核の傘みじめに濡れる被爆国

    なぜ問わぬ百万円の偽証罪

    過労死を九段に祭る合法化

    ギャンブルるカジノに続く再稼働
WBC敗けて爽やか桜咲く
 WBC大会準決勝で瑞穂の国は壁建設の国に負けてました。残念ですが、何か爽やかなのです。策を弄せずに、基本通りの戦い方をしたことがその理由ではないかと思います。時の女神に結果を委ね、それをごねずに受け入れる監督以下選手の姿勢が私にも伝わり、砂をに結果を受け入れることができたと感じています。実力に差はないのです。まさに、女神の首ひねりがどちらに幸いするのかという場が本日のドジャーズスタジアムだったように思います。

     WBC敗けて爽やか桜咲く

 それに引き換え、嘘とだましに満ちた政界の話です。

     共謀罪国のテロルに道開く

 その事実に目を向けずに、法案は国会を通過する可能性が非常に高いわけです。

     共謀の片棒担ぐ無関心
森友問題追及集会マスコミ報道せず
 昨日、国会周辺で「森友問題追及集会」がありました。主催者発表で4800人が集まりました。我が「憲法を生かす匝瑳九条の会」は5人で参加しました。
 東京駅地下で昼弁当を買い、皇居前広場の松の下、芝生に座り、いただきました。家族連れがビニールシートを敷き、子供たちは食べてる最中にも走り出したり、楽しそうです。穏やかな春の日をピクニック気分で、楽しみました。一方、ホームレスと思しき同年代の方が、横になって、寝ていました。ことはそう単純ではありません。
 国会前が近づいても、静かなままです。報道のヘリコプターも飛んでいません。嫌な予感を持って、会場に向かいました。案の定、安保法制反対時とは比べ物になりません。私の感覚では2000人ぐらいではないかとも思いました。それでも、集まった方々の意気は高く、シュピレヒコールは大きな声になりました。
 不思議なのです。森友問題は、安保法制と同等、或いは、それ以上に大きな問題の露呈ですが、世間・マスコミは三面記事的にしか関心よ寄せないのです。国有地取得の際8億円安く買えたことの経緯、100万円の安倍首相からの寄付疑惑、確かに問題です。しかし、ことの本質はそれ以前にありませんか?
 戦後、教育勅語は戦争反省から否定され、捨て去られました。1948年に、国会はそう決議し、宣言しました。その教育勅語を教育理念として掲げる小学校は、土地取得、財政基盤、教員の確保等がしっかりしていても、認可できないはずなのです。しかし、認可されました。これがまず、問われなければならないのではないでしょうか。この認可に、教育勅語教育が素晴らしいという政治家・官僚が教育方針ゆえに後押ししたのではないかということが疑惑にならねばいけません。
 この疑惑を基に事実確認をしてゆくと、不思議な、前例のない官庁の動きの意味が読み取れるのではないでしょうか。


     家族連れディズニー行かず春の芝

     その前後恥じず照れずの大放屁

 皇居前で昼食を摂って国会に向かい始めると催しだしました。何の予告もなしに「ブーおー」とやってのけました。私がです。皇居前広場で大放屁、戦前戦中ならば、不敬罪になったでしょう。いや、またそういう時代が近づいているような気もしますが。本家の伯父が父と私と話している最中、大放屁、畳が振動しました。しかし、伯父は言い訳もせず、謝りもせず、何もなかったかのように平然としています。ですから、話題にできません「豪快よの~お」と思いました。それを真似たのですが、つい「失礼」と言ってしまい、この伯父の話をしました。まだまだ、伯父の域には達しません。

     連休や憩いの風の丸の内

     パリのカフェ気取って座る丸の内

 丸の内も、新丸ビルができて以来、大分、変わりましたね。世界の高級店がずらり、店を構えています。自動車は通行止め、道の両側は並木、車道に移動カフェが店を並べています。集会の帰りにそのカフェの椅子に座り、コーヒーとひよこ豆の粉を使ったクレープのようなものをいただきました。まるで、パリにいるような錯覚。


     堂々の優先席の歳なれど
           譲る気の身に気付いて笑う

 国会前に行ったのは70歳を頭に60代、例外は卒業生のS君だけでした。私も立派な優先席利用資格があります。現に、二年ほど前でしたか、若い男性に席を譲られました。正直、大変なショックでしたが、断ったら、その若者が気まずいだろうと厚意に甘えたことがあったのです。その自分が優先席を避けようとしたら、長老に「ここだったら全員座れるぞ」と言われて「そうか、ここに我々が座っても、批判されることはありえないということに気づいたわけです。
明日は「森友問題追及集会」へ
 国会前で、森友問題を追及しようという集会・デモに参加してきます。13時30分から始まります。参加できる方はどうぞご一緒に!!例の黄色の会の「戦争に行かないぞ」旗を掲げてまいります。