早期退職後の生活を省みて、ものの見え方、心持ち、生き方の変化を確認しながらの日記です。人生、社会の動きにも眼を向けたいと思っています。
WBC敗けて爽やか桜咲く
 WBC大会準決勝で瑞穂の国は壁建設の国に負けてました。残念ですが、何か爽やかなのです。策を弄せずに、基本通りの戦い方をしたことがその理由ではないかと思います。時の女神に結果を委ね、それをごねずに受け入れる監督以下選手の姿勢が私にも伝わり、砂をに結果を受け入れることができたと感じています。実力に差はないのです。まさに、女神の首ひねりがどちらに幸いするのかという場が本日のドジャーズスタジアムだったように思います。

     WBC敗けて爽やか桜咲く

 それに引き換え、嘘とだましに満ちた政界の話です。

     共謀罪国のテロルに道開く

 その事実に目を向けずに、法案は国会を通過する可能性が非常に高いわけです。

     共謀の片棒担ぐ無関心
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森友問題追及集会マスコミ報道せず
 昨日、国会周辺で「森友問題追及集会」がありました。主催者発表で4800人が集まりました。我が「憲法を生かす匝瑳九条の会」は5人で参加しました。
 東京駅地下で昼弁当を買い、皇居前広場の松の下、芝生に座り、いただきました。家族連れがビニールシートを敷き、子供たちは食べてる最中にも走り出したり、楽しそうです。穏やかな春の日をピクニック気分で、楽しみました。一方、ホームレスと思しき同年代の方が、横になって、寝ていました。ことはそう単純ではありません。
 国会前が近づいても、静かなままです。報道のヘリコプターも飛んでいません。嫌な予感を持って、会場に向かいました。案の定、安保法制反対時とは比べ物になりません。私の感覚では2000人ぐらいではないかとも思いました。それでも、集まった方々の意気は高く、シュピレヒコールは大きな声になりました。
 不思議なのです。森友問題は、安保法制と同等、或いは、それ以上に大きな問題の露呈ですが、世間・マスコミは三面記事的にしか関心よ寄せないのです。国有地取得の際8億円安く買えたことの経緯、100万円の安倍首相からの寄付疑惑、確かに問題です。しかし、ことの本質はそれ以前にありませんか?
 戦後、教育勅語は戦争反省から否定され、捨て去られました。1948年に、国会はそう決議し、宣言しました。その教育勅語を教育理念として掲げる小学校は、土地取得、財政基盤、教員の確保等がしっかりしていても、認可できないはずなのです。しかし、認可されました。これがまず、問われなければならないのではないでしょうか。この認可に、教育勅語教育が素晴らしいという政治家・官僚が教育方針ゆえに後押ししたのではないかということが疑惑にならねばいけません。
 この疑惑を基に事実確認をしてゆくと、不思議な、前例のない官庁の動きの意味が読み取れるのではないでしょうか。


     家族連れディズニー行かず春の芝

     その前後恥じず照れずの大放屁

 皇居前で昼食を摂って国会に向かい始めると催しだしました。何の予告もなしに「ブーおー」とやってのけました。私がです。皇居前広場で大放屁、戦前戦中ならば、不敬罪になったでしょう。いや、またそういう時代が近づいているような気もしますが。本家の伯父が父と私と話している最中、大放屁、畳が振動しました。しかし、伯父は言い訳もせず、謝りもせず、何もなかったかのように平然としています。ですから、話題にできません「豪快よの~お」と思いました。それを真似たのですが、つい「失礼」と言ってしまい、この伯父の話をしました。まだまだ、伯父の域には達しません。

     連休や憩いの風の丸の内

     パリのカフェ気取って座る丸の内

 丸の内も、新丸ビルができて以来、大分、変わりましたね。世界の高級店がずらり、店を構えています。自動車は通行止め、道の両側は並木、車道に移動カフェが店を並べています。集会の帰りにそのカフェの椅子に座り、コーヒーとひよこ豆の粉を使ったクレープのようなものをいただきました。まるで、パリにいるような錯覚。


     堂々の優先席の歳なれど
           譲る気の身に気付いて笑う

 国会前に行ったのは70歳を頭に60代、例外は卒業生のS君だけでした。私も立派な優先席利用資格があります。現に、二年ほど前でしたか、若い男性に席を譲られました。正直、大変なショックでしたが、断ったら、その若者が気まずいだろうと厚意に甘えたことがあったのです。その自分が優先席を避けようとしたら、長老に「ここだったら全員座れるぞ」と言われて「そうか、ここに我々が座っても、批判されることはありえないということに気づいたわけです。
明日は「森友問題追及集会」へ
 国会前で、森友問題を追及しようという集会・デモに参加してきます。13時30分から始まります。参加できる方はどうぞご一緒に!!例の黄色の会の「戦争に行かないぞ」旗を掲げてまいります。

     
 
安倍籠池間に、手紙や電話のやり取り、面会もあり
 本日の東京新聞「こちら特報部」に2014年12月、安倍昭恵さんの塚本幼稚園での講演録画に昭恵夫人の(「籠池氏から)主人にお手紙をいただいたり、電話でお話ししたり、実際にお会いしていただいたりもしていた」という話が載っています。首相は少人数で会ったことはないと言っていますが、夫人がそれは違うと公言しているんですね。脇が甘いのは稲田防衛大臣だけではないようです。次々と信じられないような事実が出てくるのではないでしょうか。


     懲らしめの喚問に出た自民党

     大臣の己にも嘘つく特技

     便利さが人のまんまを歪め行く

     咲く前の歌うがごときねこやなぎ

     浮かぶ句に訪れ気づくおらが春
政治が政治家を、教育が教育者を笑う
 教育勅語を素晴らしいという方々がその徳目である「仁・智・礼・義・徳・信」を、最も、欠く人物であることが市民の前で展開されています。国会中継は総理大臣や閣僚の人格品格の低劣さを明白にしつつあります。

     過労死を無くすと出した100時間

     残業も原発もゼロが大自然

     胃薬の売り上げ延ばすWBC

     森友の反乱を生む無仁徳

     森友の媚薬に落ちた一派あり

     仁智礼義徳にもとる幼稚園
生き方を問わない政治家
 今私たちが陥っている惨状は、生き方を問わなくなってしまった日本人の結果ではないでしょうか。だから、政治家や社会のリーダーに共感してしまい「人間そんなものだよ。政治家だって同じだろう」とこの惨状を聞き、見流せるのでしょう。
 それは戦争に向かう「積極的平和主義」に始まり、戦闘を「衝突」そして今の「共謀罪」もそうです。テロ対策だと言いながら、法案にテロの字がないと指摘され、まさに付け足しとして挿入しました。これにより、テロ防止が目的ではないことを自白してしまいました。
 自分に嘘をつくものは他人に誠実にはなれません。「積極的平和主義」が「戦争待機準備主義」であることは安部首相が一番ご存じのはずです。それをご自身に積極的平和主義と言い聞かせているわけです。国民に誠実になれるわけがありません。政治家は自分の生き方を自らに問うことを最も求められる職業です。まやかしの塊の遺体を焼かれることがないように。

     一票は己を変える公約に

     賛成すお上を正す共謀罪

     買い物を書き並べてる梅の縁


     弔いの客涙する真実に
          父の偉さを死後知る愚か

     やせこけた死に逝く日にもレントゲン
           撮られた父と知りて詫びいる

     死ぬ定め打ち消す為に食べる粥
             匙に伝わる意志と恐怖

     看護師の心ない業諦めて
             されるがままに黙って逝きぬ
次郎君と庭遊び
 昨年の、3月4日、散歩を終えて、座敷に上がった直後、意識を失い倒れ、頭を打って、6針縫ったことはご報告いたしました。先生が仰るには「強く引っ張られたことが原因だろうとおもわれる」ということで、一時再開していた散歩を今年に入りほぼやめました。専ら、庭で次郎と用具を使い遊んでおります。その間自分は早歩き、ラジオ体操、柔軟体操をしております。久しぶりに次郎君です。

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     公魚の苦味正しく揚げにけり

      囀を長閑に聴くは人ばかり

      啓蟄や屈伸の指床に着く



卒業生と白虎ラーメンへ行って
 金曜日、ブログを売っている最中に、卒業生から電話が入りました。いつものS君です。代休で健康診断と確定申告を済ませたら、することがないので、電話してきました。10分後、到着しました。「昼飯は何にする」丸仙という割烹料理やの寿司を友思ったのですが、Sも白虎ラーメンがいいというので、隣町旭市の旭農業高校手前のお店に直行しました。
 相変わらずの旨さです。帰り、S君が「ご主人74歳でしょ。閉店したらさみしいね」というのです。「そうか。ずーとこのままというわけにはゆかない}と初めて意識しました。
 以前「たつみや」という蕎麦屋さんがあったのですが、突然閉店しました。噂ではご主人が入院したとか。その後店が再開されることはありませんでした。ここのチャーハンとカレーうどんは絶品でした。銀座の一流店と言われる中国料理屋さんのそれなどはもう食べる気にもさせないほどの旨さでした。まさに、隠れた名店でした。
  あの衝撃にまた襲われるのか!?諸行無常、平家物語を古典の授業で習った時に「何を黄昏ているのか」としらけたことを覚えている自分ですが、最近は座右の銘のような地位を占めています。これは高校生の時にもっとも嫌っていた「運命」を受け入れることとは違うのですね。嫌ったのは、積極的に諸行無常の中に入り込むことでもあるという反面に気付けなかったということなのです。


     陳情の通りに進むスケジュール

     復興より 復古が進む六年後

     豊洲決断責任取りは欠断す

     保身ゆえ勅語同志が同士討ち

     トランプの札同じでも高評価

     啓蟄や屈伸の手が床に着く
さはあれども
 先月28日今週の火曜日に、確定申告相談会に行き、申告を済ませました。毎年、係の方には有難く、感謝感謝です。手際よく、しかも税額が最小になるよう算段していただき、20分ですべて終了しました。
 が、今年からマイナンバーの記入が必要と書いてありましたから、実は緊張していったのです。私は、マイナンバー制度には反対です。これが定着するような協力はしたくありません。ですから、どうしてもマイナンバーが必要ということなら「確定申告しません」と見栄を切ろうとと決めていたわけです。
 係の方は30代の男性でした。彼は、まず、必要な書類を確認をして、次々作業を進めます。そして、身分保証ということになりました。意志をお話しすると「最初はマイナンバー絶対という指示が来ていましたが、少なくとも今年に関しては、厳密に行うことはないという連絡が入っています。とさらさらとおっしゃるのです。安堵のあまり、気が抜けました。
 こんな些事の中にも、国家権力は姿を現すのだということ、こんな小さなことでも、自分を緊張させるのだということを感じ、国民としてのおのれの位置というものを思い知らされました。権力は従っている間は空気のようなものですが、抗すれば、暴力団などかわいいものだと思わされるほどの怖さを教示してきます。さはあれども。
思い過ごしと笑うなかれ
 教育基本法改定に始まり、特定機密保護法制定、積極的平和主義という戦争法制(安保法制)、そして、共謀罪。もう後に戻れるかどうかの極地にまで、追い詰められたと思っていたら、これらの動きを推し進めている正体が露になる事件が大阪で起きました。
 もしこの学校が大手を振って歩きだし、これを応援した安倍首相が何の変りもなく、首相権限を使い続けることを許したら、もう後戻りはできなくなるというのが私の心配していることです。当たってほしくない予測ですが、当たるような気がします。思い過ごしと笑うなかれ!!

     首相とは教育勅語で通じてる

     改憲を先取りしてる幼稚園

     森友が首相の真姿を炙り出し


     ながらえてまだ続く時俺の分

     東京マラソン避難と見えた記事
川柳作ってみました
    星七つあの人やはり宇宙人

    首相の名隠す学園勅語漬

    毒殺者兄さえ殺す独裁者
トランプ金正恩ばかりだが
 問題児トランプと金正恩、マスコミは大いに驚き取り上げています。間接的に我々の生活に大きな影響があると言えばありますが、これらに特化するような取り上げ方はどうなのでしょうか。自分は安全なところに居るとみて野次馬のごとき気軽さで楽しんでいます。その意味では小池劇場も同じです。
 気楽でいられない事件が大阪豊中で起きています。森友学園への国有地格安譲渡問題です。この学園の小学校開設に伴い買い入れたものですが評価額9億円以上にもかかわらず、1億数千万円で払い下げられています。しかも最初の予定では「安倍晋三学園」としようとしていたようです。流石に、安倍首相は辞退したようですが、名誉校長が安倍昭恵首相夫人であることは事実のようです。首相はこの関係を「私と考え方が近いということで、話が来たのでしょう」といった答弁を国会でしています。
 ではこの学園、どういう教育方針を持っているのでしょうか。既設の幼稚園では「教育勅語」を園児に暗唱させています。理事長は日本最強の右翼集団「日本会議」の有力メンバーです。安倍首相もこの会議の一人です。教育勅語以外にも、不適切な指導をしているとの報道もあります。
 これを厳しく追及するマスコミがないことに抑えきれない恐怖心を表明します。安倍首相らが戦前の国家・社会を再生したいという思想の持ち主であることは疑われ続けてきました。でも彼は憲法の三大原則を守ると言い続けています。だから、国民はそれを信じています。
 が、今回の事件は、大っぴらに、戦前の教育を掲げる学園を財政面で支援してはばからない、大胆さがあります。これをやってのけられるという自信の表れと受け取れます。もう、戦後民主主義の否定、日本国憲法の大日本帝国憲法への復帰に向かって、流れはできたという認識表明とさえみえます。この事件の完全究明をして、安倍政権を打倒するほどの力を発揮しなければ、まさに、安倍首相や日本会議の思うつぼです。
 戦後民主主義、日本国憲法の理念を放棄させられるかどうかの境目にいるという危機感は全く見られません。アメリカ国民はトランプ大統領の反民主主義、反人権主義に立ち向かっています。しかし、それを面白そうに眺める日本国民は、自分たちの人権や自由が奪われつつあることに気付かずに、無関心でいられるのです。土台が腐りかけている料亭の二階で宴会を楽しむ人たちと日本国民が重なります。
春疾風続く
 今日も強風、外に出る気がしません。日曜日、町会の集会があり、集会所に上がると、砂を感じました。モップを走らせるととんでもない量の砂が集まりました。しっかりしたサッシの窓なのですがね。落語で「雨風しのぐ店賃をため込むとは情けねえ奴野郎だ」と与太郎が棟梁から叱られるなんていうのがあります。まさに、雨風から守ってくれる家の有難さを目の当たりにする日が続きます。


     春一番衛星写す砂ぼこり

     ガンディーの真うれしや梅日差し

     卒業式子らに感謝の師のことば

     新年度不安を揺する春疾風

     まっとうに生きたいがほど恥じ多し
風邪ようやく治癒、健康安定
 風邪に苦しみました。こんなに長引いたのは初めてです。役割責任以外の仕事は何もせずに過ごしてしまいました。新聞投稿も今年はまだ一度も送信していません。
 わずかに作った575を発表いたします。


   人形のように置かれし亡骸の
          清福ありて穢れ思わず


   誠実を愚か無能と笑う世の
           落葉を焚いて芋を頬張る


   干蒲団湯たんぽ蹴られ出る夜かな 



 初詣の句、改作しました。

     賽銭が駅まで続く初詣

 前作は

     行列が駅まで続く初詣       
ばれる嘘とばれない嘘
 ばれる嘘とばれない嘘、どちらが罪深いか?浮気はばれない浮気の方が罪が軽いと落語ワールドでは評価が決まっているように聞き取っております。ばれない浮気には最低限の配偶者への配慮=思いやりが感じられるからでしょうか。
 では、政治の世界ではどうなのでしょうか。ばれない嘘は国民への最低限のマナーと言えるかどうかです。国家の利益を守るためには、国民主権を蔑ろにしてもかまわないという理屈が通るかどうかです。そうはならないでしょう。語らないということと、語って、嘘にすることには大きな差があります。隠したいことを、隠さねばならないと思うことを、語らねばならないときに、嘘ではなく、だんまりを選択すれば、その政治家の評価が下がり、政治生命に関わることも考えられますが、嘘をつけば、ばれない限り、安泰ですから、その差は人格に関わります。
 ところが今や、政治家はすぐにばれる嘘を連発しています。しかも、それを恥もせず、平気な顔で国民の前に現れ、悪びれもしないのです。その最近の例がトランプ大統領の自動車貿易に関する関税をめぐる嘘です。アメリカが日本車に2.5%の関税をかけているのに対し、日本はゼロ%であるのが事実なのに、日本が不公平な税制を維持しているから、米国車が日本で売れないとの嘘です。未だに、発言を撤回していません。
 しかし、この手の嘘はこれを批判できる国民とマスコミが存在するなら、それほど脅威ではなりません。ある意味では正直な政治家なのです。今私たちが直面しているのは、政治家が語る理想を実現しない政策を、今よりもより実現する政策を提案しているという嘘の脅威です。憲法の平和主義に対する「積極的平和主義」武器輸出禁止原則に対する「防衛装備移転原則」戦闘を衝突、墜落を不時着と認識して見せる嘘などです。
 この手の嘘を嘘と解きほぐす役割が文化人・学者・マスコミが持っています。このことと、マスコミ、大学への締め付けが強まっていることは関係があります。日本はアメリカよりもいやらしい、陰湿な形で嘘による権力による支配が完成されつつあることを危惧し、」憂いています。

     オオカミを隠さぬ愛犬の散歩影
               いぬ

      避けられる孤立避けられぬ孤独

     大寒や寒さを食べる蕪漬

     冬帽子影も気取って歩いてく

     冬の湯屋孤独ですよともう一人

     鈍間ゆえ潰せぬ冬のごきかぶり

     潰さない鈍間な冬のごきかぶり
外出する
6日、7日、8日と外出しました。そこで、電車の中で創った句をご紹介します。

 
     捜せども書くことの無き初日記

     風呂上り会う約束の初電話

     幸せに見えぬ人々初仕事

     賽銭が駅から続く初詣

     喫茶店捜して回る世となりぬ

     折りたたむ面倒厭い濡れて行く

     携帯の買い替え息子偉く見え

     鮪寿司特急券を安く見せ

     見栄っ張り寿司うなぎ迷うふり

     胸張って歩けば人が避けてゆく

     
さみしさに孤立孤独の区別あり
 甥が勤務5年で退職すると言います。彼には出来過ぎの会社に籍を得え、喜んでいたのですが。この話を聞き、孤独について、久しぶりに、思いを巡らしました。
 彼は、人のために、社会のためなっていない自分の仕事を意識し出しています。会社のため、それは自分のためです。そうではなく、仕事を通じて人との信頼や友情や人の温もりを実感したい、つまり、生きがいや、やりがいを求めているのだと思います。
 今若者に人気な職業は料理人です。それを私はよく理解できます。エストエストのご主人や奥様の陽子さんの仕事ぶりを見、お話を伺えばうかがうほどに、そうです。自分の仕事の良し悪しがすぐに返ってきます。きれいにすべて食べ終えた皿が戻ってくれば、それは人様の役に立った証です。もっとダイレクトに「ご馳走様、美味しかったです。また来ます」と言われます。私はそれを何百回も見聞きしています。それがお二人の楽しみであり、頑張りかいであり、生きがいです。
 多数派は甥の決断に、何らかの待ったをかけるのだと思います。安定した中流以上の生活を捨てるのはもったいない。私も、早期退職の時に、同じことを言われました。では、私は甥に何とアドバイスしたらよいのでしょうか。ここで、孤独に思いが至ります。誰もが自分の人生を他人に生きてもらうことはできませんし、他人に生きて欲しくもないのですね。その意味で人は誰もが孤独なのだと思います。
 父の二回目のがん手術の時、医師の説明を受けた後に、父は力なく「やるしかないかなぁ」と私に問うように言いました。私は戸惑いながら戸惑いの「うん」の首を振ったように見せました。ここには二つの孤独が頭をうなだれていたのです。もちろん父は自身のことです。私にも決断が迫られていました。これも誰にも相談できない決断です。父は孤独に耐え切れずに、私に相談とも、決断ともとれる言葉を発したのだと思います。私はこの時の自分の「決断」に今も苦しんでいます。自分が背負うしかない孤独という苦です。
 この不安定な世の中、どうなるかわからないですよね。その今、起業することは大変な賭けです。しかし、やりがい生きがいを第一に仕事をしてきた自分が「生きがいより生活の安定だ」と言ってよいのでしょうか。しかし同時に、生きがい・やりがいと言えたのは安定した地方教育公務員という地位のお陰でもありました。さあ、どうしたものでしょうか。孤独な決断が求められています。
 では、孤独と孤立はどう違うのでしょうか。これは簡単です。孤独は避けられない人間の宿命ですが孤立は避けられます。また、お互いに孤立しないように努めねばいけないとも言えます。これは社会の問題です。誰もが孤立しない社会を作ることは可能ですが、孤独でない人間は作れません。
 

 俳句・川柳つくりも孤独な作業です。

     デモはテロその口が言う共謀罪

     生かされぬ不安な肩に除夜の鐘

     清水は一字を{乱}と予報書

     君が代を歌い掲げる国民主権

     温泉の温さの代わりに犬を撫で

     冬欅突き刺し切れぬ空の青
穏やかな正月
 風もない穏やかな元日、散歩に出ました。次郎は正月も盆もありません。相変わらず、ハンティングの構えでリードを引きます。広大な田んぼ地区に入ると、リードを放します。ひとしきり走ると、次郎は寄ってきて、体を摺り寄せるのです。腰を下ろし、それに応えます。

     元日や風にはならぬかぜがあり

     奥深さ味わい切れぬ冬の空

 車がいつもよりゆっくり走っています。人々の心も穏やかな証拠とみました。

     元日や車間が広くなっている

と浮かびました。そこで、これは川柳なのか俳句なのかの区別作業が始まります。川柳と認定!
では、俳句にしたらどうなるの?

     元日や車ゆっくり動く窓     


 大晦日に、書斎の掃除をいたしました。そして、庭で燃やしました。というか、時々のメモ=時間を火葬にしました。

     用終えたメモを葬るや大晦日
               おく
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イタリアンレストラン、エストエストの正月用オードブルです。今年はお節を止め、これにしました。もう先ほど、食べ終えました。添加物を一切使用していないので、いつもより、濃いめの塩加減でした。
2017年を迎える
 2017年を迎えました

 新年を迎え、新たな気分にはなります。しかし、祝うとか、目出度いとは言えない気分なのでございます。ひねくれ者の本領躍如なのでしょう。とは言え、そのひねくれ者がことの本質を突いた批判をしてきたのも事実でございます。
 高度経済成長期以来、大事なものを捨て、忘れてはいないかとの指摘が続きました。しかし、今私たちが直面している事態は何でありましょうか。「真心」「誠実」を軽視し、軽蔑さえしかねない世相です。しかも、それをリードしているのが政治家であり、文化人であることが深刻さの度合いを深めているように思うのです。誠実であることは損である、実は無能でさえある、そんな意識を若者に植え付ける社会が今、ここにあります。
 「誠実さ」は助け合う社会だからこその価値です。これを価値と観ない集団は社会に値しない「群れ」です。「自己責任国家社会の無責任」この認識から、一年を始めたいと思います。

2016年のご報告

A 憲法を生かす匝瑳九条の会
 1 安保法制廃止要求署名を行う・・・様々な活動で300筆ほど(正確には集計せず)
 2 匝瑳市議会に安保法制廃止意見書の提出を求める陳情を行う・・・不採択
 3 憲法を生かす匝瑳九条の会ニュース6~9号、特別号発行(一回に1万2千部新聞折込)
 4 東総九条の会連絡会を結成して、憲法講演会開催 講師は船橋法律事務所宮腰直子弁護士
   「そもそも憲法とは何なのか」参加者は65名。この会は「9条の会・あさひ」「9条の会・銚子」「多古9条の会」「戦争をさせな    い・九条壊すな旭の会」「憲法を生かす匝瑳九条の会」が集まり、結成されました。
 5 復興支援フェアに参加・・・SIZバッジ、安保法制反対ポスター、竹とんぼを販売

B サタデースクール・・・今年は71名の児童が在学、昨年よりも18人も増えました。今年も全学年の必要に応じた応援係です。6  年生には考える算数問題に挑戦してもらいました。鶴亀算などです。

C 自宅での勉強会・・・三年生の翔君と我が家で算数と国語を勉強しました。

D 交通安全協会・・・支部長をじゃんけんで決めるとなったので、自分がやると言ってしまったことから始まったこの仕事も、後5か 月となりました。結構大変ですが、結構楽しいのです。というか、知り合いが増え、人を楽しむことが増えるのです。とは言え、二  年で結構というところです。

E 短歌にも挑戦・・・少しご紹介
     父の死に挨拶でないありがとう初めて放つ己に気づく
     道徳を九九のごとくに覚えさせ哲学させぬ人間させぬ
     稲の花知られず開きまた実る見せ掛け嫌う農夫のごとく
     父の目に再び問えば生きる意志ただ一粒の巨峰に託す
     諦めるために頑張る試される若さ残酷迷いの中で

F 川柳
  税引き後タンスヘイブン民悲し        
   沖縄に基地という名の戦あり
  正気では核廃絶はできぬのか        
  富岳から飛ぶ気で選ぶ都民です
  暴言が時代をリードする不気味       
  注文を迷うも味の一つなり
  今流行る社交嫌いの絆好き         
  ポケモンにゾンビと化した人の列

G 俳句
  寄り添うは菜の花のみの戦没碑        
  若冲の牡丹の彩の苗植える
  心太舌滑らせて発音す            
  つつましさ貧しくはない茄子の花
  嵐去りまた鳴きじゃくる蝉しぐれ       
  堅い羽根飛ばずに背負う冬の蠅
  雪見舟眠る季節の夢の中           
  木枯らしや片手を庇い歩く猫
  巻き風にやがては集う落葉かな        
  日向ぼこ白毛ふくらむ犬と居る 


「東総九条の会連絡会」からのアピール
(11月26日開催した「憲法講演会」の時に、来場者のみなさんにお配りしたものです)

繰り返される本質隠し
 南スーダンの政府軍と反政府軍の「撃ち合い」が「戦闘」なのか「衝突」なのかという不思議な「衝突」が国会でありました。政府は「戦闘」ではなく「衝突」だから、自衛隊を撤退させないと言います。
 そうでしょうか。本来「衝突」は軍事用語ではありません。その証拠に軍事用語で使う場合は「軍事衝突」です。衝突は「ぶつかること」に過ぎず、軍事衝突ではありません。そもそも「軍隊同士の撃ち合い」を軍事衝突=戦闘と言います。「衝突」は本質(戦闘)隠しの目くらましです。結果政府は、自衛隊員を戦闘地域に置き、その命を裸で危険に晒しています。
 より鮮明な本質隠しが「武器輸出」から「防衛装備移転」への転換です。武器輸出解禁の本質を隠したい政府による看板替えでした。そして、安保法制制定時です。「積極的平和主義」の名の下、戦争可能な国に変えました。
 「衝突」を使う理由が、せっかく作った安保法制を実働させることにあると、透けて見えます。国会所信表明演説時に議員を巻き込んでの自衛隊員の称賛も根は同じです。彼らの命を道具のように軽く扱う一方、死を条件に褒めたたえ、やがて「道具」とは言わず「英霊」に祭るのです。私たちは、このような「浅ましい」政府の支配下にあります。国を愛しますが、この政府を愛し、信頼することはできません。

危ないのは平和だけでしょうか?
 信頼できないと言えば、この政権は民主主義も人権も嫌いなのかという疑いです。中谷防衛相(当時)は「いかに、憲法を安保法制に適応させていけばいいかの議論を踏まえて閣議決定した」との発言により、憲法違反を自白しました。高市総務相は政治的公平の名を借りて、政権批判を抑制する意思を表明し、安倍首相は「私は立法府の長」と発言。振り返れば、この政権得意の手口は、原則の本意を捻じ曲げ、真逆の意味内容に変質、劣化させておきながら、より改善させたと見せるたくらみです。
 これが自民党憲法改正草案に見事に現れ出ています。憲法は権力者を縛るための法規ですが、この草案は国民を縛ることに力点を移しています。憲法の本質を欠いた「憲法」を作ろうとしているのです。安倍政権は9条平和主義だけではなく、国民主権、基本的人権という日本国憲法の本質的な原則に反する言動を繰り返しています。改憲ではなく「壊憲」になってしまう危険さえあります。
 彼らは、先の戦争を侵略戦争とは認めません、反省していません。ですから、反省の上に創られた日本国憲法が嫌いなのです。私たち東総九条の会連絡会は、敗戦直後に立ち返り、日本国憲法を持つに至った必然性を確認し、自民党憲法改正草案はもちろん、改憲の論理を批判し続けます。

門松やお飾りを迷う
 「あけましておめでとうございます」と入れない年賀状を初めて投函しました。同じ心が門松やお飾りを止めようかと言ってきます。が一応、買い求めてきました。平穏な生活を願う気持ちは時流ゆえに、より強いわけですから。
 22日に父の弟の連れ合い=叔母が亡くなりました。これで、父方の伯父叔母はすべてなくなりました。母だけが存命です。その母は1月2日で90歳になります。叔母は肺炎を起こし、治療のための抗生物質が腎不全を起こし、亡くなりました。母には嚥下障害がありますから、同じことが起きるのではないか心配です。


     誰もかも土台揺らぎを直視せぬ
             どうして新年を祝えるだろう
                  とし

     誠実を愚か無能と笑う世は
        軍国主義のごと終わるだろ


     闇なるか白一色の雪景色

     冬椿大胆な紅そっと落つ

     雀だに啄むはなき霜降田